崇永記   作:三寸法師

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◆6

〜1〜

 

 

 繖山の佐々木城(観音寺城)貞和六年(西暦1349年)の初日の出を眺め、私はしみじみ感じ入った。腰越で殿様に降り、これで十五年目という節目の年だ。

 ただ、実を言えば感慨に耽る最大の理由は他にある。心躍る内紛の気配がこの南近江の地にも()()()()と伝わってきているのだ。

 

 

「望月様、ここに居られましたか。奥方様がお待ちです」

 

 

「分かった。直ぐ行く」

 

 

 山城を降りて麓の屋敷に足を運んで、魅摩に新年の挨拶を行う。

 今やすっかり当主正室然としている立派な奥方様だ。所作の一つ一つに品が宿っている。昨年(貞和五年)に待望の若子様──殿様と同じで幼名を千寿丸という──を産んだせいか、自信さえ感じられる程だ。

 

 

「さてと……皆、下がって。望月と二人きりで話があるから」

 

 

「「は」」

 

 

「奥方様。若殿をお預かり致します」

 

 

「結構。千寿丸は残して良い。抱いたまま話す」

 

 

「……承知しました」

 

 

 ここのところ魅摩は若子様に執着気味だ。殿様が京の不穏な情勢に集中し続けている弊害かもしれない。妻子を本国に置いたまま、全く帰る素振りが無いのだ。お陰で魅摩はすっかり(へそ)を曲げた。

 凄く昔の殿様であったなら、他の大名に目を付けられ、人質にされる事がないように配慮しているのだろうという好意的な解釈が為されたのかもしれない。しかし、今の殿様なら有り得ないと私でも断言できる。否、むしろ私だからこそと言うべきかもしれない。

 私が殿様に魅せられたように、殿様は源氏将軍・足利尊氏公の虜になって久しい。殿様は心の底から願っていた。初代将軍の婿という加冠の儀の約束が果たされる事を。しかし、遂に御望みが達せられる事はなく、元の婚約通りに庶流出身の魅摩を正室とせざるを得なくなったのだ。殿様はきっと今でも落胆しているに違いない。

 

 

「幸い、千寿丸は無事二歳になる事ができた。こっそり家臣の家の出の乳母の目を盗んで、私自らこの子に乳をやって、神力を与えたのが良かったんだろうね。神力あらば身体の健康は疑い無しさ」

 

 

「……ごく偶に将軍疾病の噂も聞こえて来るけどね」

 

 

「まぁ絶対視はしてないよ。ただ単に、神力持ちなら重症化はし難いだろうという事だ。本当は二人目も欲しいところだけど──」

 

 

「殿様と会う機会すら無いから、どうにもならない……か」

 

 

「そういう事さ。あっちに会う気が欠片も無いときた」

 

 

 結局、殿様は数え一歳の若子様のお姿を見る事なく新年を迎えてしまったのだ。決して時間が無かった訳ではない。光王様の下向や義詮様の上洛で近江国に姿を現す機会自体が二度もあったのだ。

 それでいて殿様は、将軍御子に琵琶湖を遊覧して貰おうという建前で船を用意させ、この佐々木荘に全く顔を出さなかった。他家の者たちは兎も角、周囲の誰もが殿様の真の狙いに気付いている。

 

 

「知ってる?亜也子……氏頼(廷尉)殿は当初この子に龍寿丸という名を与えるつもりだったそうだ。つまり、襲名に乗り気じゃなかった」

 

 

「……というと?」

 

 

「この子に跡を継がせる事さえ内心快く思っていないという事さ。親父が将軍に根回しして、それとなく襲名させるよう言わせたみたいだから、事なきを得たけどね?全く前途多難だよ。この子は」

 

 

「……」

 

 

 後で甲賀衆の忍び経由で殿様に伝える必要があるかもしれない。

 話を聞く限り、魅摩だけでなく道誉(佐渡判官)様もまた、殿様から若子様への将来的な家督継承を不安視しているようなのだ。俗世時代の亜也子ではなく甲賀三郎としての勘が、危険な兆候と警告していた。

 

 

「ただ、もしかしたら……数日以内に光明が差すかもしれない」

 

 

「へ?まさか殿様から帰国の知らせ?」

 

 

「直接は無いよ。ただ……ほら、あれだよ。元お仲間のイケ面」

 

 

「……師冬(高播磨守)様絡み?」

 

 

「そ」

 

 

 幼少期の逃若党時代、吹雪という名で文武両道の軍師が居た。

 それが中先代の乱で私の一日前に建武政権軍──吹雪の場合は足利家の部隊──に降り、名を改めて高師冬となった。もしかしたら遠い昔に聞いた師冬(彦部吹雪)本人の自覚と裏腹に、足利学校で俊英として期待されていたのかもしれない。早々に師直(高武蔵守)の猶子となっていた。

 あれから師冬(高播磨守)は着々と軍功を重ね、一時期は関東執事・上杉憲顕(民部大輔)に匹敵する有力者となっていた。しかも、春日顕国──かつて北朝の大軍勢に苦戦を強いて、岩清水八幡宮焼き討ちという禁断の手を使わざるを得ない状況にした張本人──を死に追いやったのだ。

 その話を聞いた時は、中先代・北条時行(相模次郎)を名実共に超えたと思っているに違いないと察したものだ。尤も、だからこそ二年前の四條畷合戦終盤における対正行(まさつら)軍の局地戦の惨敗がかなり痛かった。

 

 

「確か今月にも関東に再出向するんだっけ?師冬(高播磨守)は」

 

 

「流石に知ってるわな……どうやら義詮(左馬頭)様の補助で高重茂(大和守)を京に呼ばないと政治が行き詰まると判断されたらしい。それで代わりに上杉憲顕(民部大輔)と両翼を成す関東執事が必要という話になって、前任の師冬(高播磨守)が再び就任する事になった……ま、これは表向きの話だろうね」

 

 

「表向き……?」

 

 

「ほら、上杉一族の重能(伊豆守)が隣の越前国で処刑されたらしいって早馬が此方にも来てただろう?あの二人は義兄弟。しかも憲顕(民部大輔)の実子で重能(伊豆守)に育てられたという子が東国に健在だ。仇討ちで武力蜂起されては高重茂(大和守)じゃどうにもならない。高重茂(大和守)は武将として考えると大した事ないからね。何しろ十二年前、名将が殆ど居ない北条時行(相模次郎)の軍勢に墨俣川で敗れた男だ。上杉軍と戦っても勝算はまず無い」

 

 

「代わりに上杉氏を抑えられる人材……だから師冬(高播磨守)を」

 

 

「あんまり向こうで評判が良くなかったらしいから、妙手とは言い切れ無さそうだけどね。兎に角、高師冬(播磨守)が関東に降るなら──」

 

 

昵懇(じっこん)と評判の殿様も不破関まで同道する?」

 

 

 前回の師冬(高播磨守)の関東下向時はどうだっただろうかと疑問に思う。

 それ以上に昨年(貞和五年)、光王様の関東下向や義詮様の上洛において琵琶湖遊覧の名目を用いる事があったばかりだ。今回も南近江に寄らない可能性の方が高いと言えるだろう。無理やり船上に押し掛けるならまだしも、今の魅摩にそこまでする程の熱意はあるだろうか。

 

 

「ただ……同道なら師冬(高播磨守)の行く末が暗いという事かもね」

 

 

「え?」

 

 

「何でも無いよ。大事なのは今からする話だ。師冬(高播磨守)は摂津国の職権や伊賀国の守護職を幕府に返上した。当然、元の住居もだ。驚いた事にね、今は私の兄貴・京極秀綱の宿舎を間借りしてるらしい」

 

 

「!?」

 

 

 唐突な話で頭の中が混乱する。一時期、殿様に()()()()だった頃はその考えが分かるようになった事もあったとはいえ、元の頭脳に自信がある訳では無い。殿様や魅摩とは比べるべくもないのだ。

 ほぼ唯一分かった事は、久々に謁見が叶いそうという皮算用だ。

 果たして正月三日、師冬(高播磨守)が正式な関東執事再任の使命を帯びて下向するべく、京を出立したと知らせがあった。その話を館の広間で聞いた時、魅摩のスンとした顔が、私には何より印象的だった。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 どうにか北朝政府が滑り込みで新帝(崇光天皇)即位式を終わらせ、貞和六年(西暦1349年)の正月を迎えた今、思う事はただ一つだ。まず間違いなく今年で元号が変わるに違いない。擾乱を彩る「観応」に切り替わるのだ。

 正月になって早々、意識を乱される出来事があった。遂に師冬(高播磨守)の関東執事再任と鎌倉下向が開始された。前々から掴んでいた情報であったが、改めて諦観を覚えざるを得ない。精々師冬(高播磨守)には擾乱が起こる間、間違っても上杉憲顕(民部大輔)軍が上洛しないよう尽して貰おう。

 

 

「次に会うのはいつの事やら。来年か再来年か、あるいはもっと」

 

 

「……私の未来は見えませんか?氏頼(大夫判官)殿」

 

 

「え?ま、大丈夫なんじゃないの?……多分」

 

 

 旧知の師冬(高播磨守)を近江国と美濃国の国境沿いまで見送るべく、共に南近江の街道を東に進みながら、今後の展望を話し合う。とはいえ、俺はほぼ本音を口にしていない。正直、分が悪いと思っている。

 既に上杉重能(伊豆守)の訃報は京に伝わっている。同族の憲顕(民部大輔)が淡々と受け止めても、他の者たちも同様とは限らない。以前、重能(上杉伊豆守)に養子入りしていた能顕たちの事を思い出す。結局のところは野獣な彼らにどうして「待て」を期待できようか。暴発リスクが多分にある。

 あるいは師冬(高播磨守)が西国に逃げ帰る最悪なシナリオになりかねない。

 

 

師冬(播磨守)殿。三年間、間違っても西国に戻るなよ?」

 

 

「三年間……その間に西国でもう一波乱ありますか」

 

 

 話を吹き込むなら、京から下向直後の今が最適だ。近頃、師冬(高播磨守)は我が同族の京極秀綱の宿舎で寝泊まりしていたが、それで良い。

 もし京の六角邸の離れで寝泊まりさせていれば、俺は痺れを切らして最適な利害調整を失念した挙句、師冬(高播磨守)に話を持ち掛けていたかもしれない。だが、一旦離れて心積りする期間があったお陰だ。

 このように今、師直(高武蔵守)道誉(佐渡判官)の矯正を気にせず、話が出来ている。

 

 

「ああ……だが、お前はあくまで関東に残るんだ。もしお前が焦って西国に戻れば、上杉氏の対抗心に火がつく。そうなって関東諸将が上洛を目指した場合、最も迷惑するのは誰だ?近江国守護の俺を差し置いて他にあるまい。それより東国でジッと機を待たれい」

 

 

「静観するだけで私の出世が叶うなら、そうしますがね」

 

 

「むしろ下手に動かない方が良い。関東に君臨しておけば、事が落ち着いてから呼ばれるさ。共に尊氏様の真の天下を享受しよう」

 

 

「……確かにそちらの方が有利でしょうか。西国が内紛再発で疲弊する一方、関東が無事なら、上杉憲顕(民部大輔)を残して私が上洛し、軍事力を背景に執政を握る事も夢ではない。たとえ師直(高武蔵守)様でも私を軽視できなくなります。外戚の強い師夏(武蔵五郎)殿の勢いも十分に抑えられる」

 

 

「だろう?その時は俺も協力する」

 

 

 勿論、()()()()()()()()()()()()()()()()という条件は言うまでも無いだろう。擾乱が終わり次第、旧執事家では師冬(高播磨守)が、外様武将では俺の他に土岐頼康(刑部大輔)・小笠原政長(兵庫助)の両名が存在感を発揮する構想こそベストと考えている。加えて、後の三管領と四職の面々だ。

 まず三管領となる細川氏・斯波氏・畠山氏については確かに擾乱を生き残れるだろう。同じ氏族でも直義(武衛禅門)派と師直(将軍執事)派に別れ、保険とする態勢に移る見込みだ。斯波(尾張足利)氏こそ家格の高さ故に別格扱いが相当だとして、細川氏は顕氏(陸奥守)に対して惣領の()()頼春(刑部大輔)頼之(弥九郎)父子、畠山氏は国清(阿波守)の動静こそ微妙なものの、高国(上野介)が明確な師直(将軍執事)派だ。

 四職の場合、赤松氏が対直冬(左兵衛佐)の抑止力になったばかりであるし、一色氏は九州で直冬(左兵衛佐)と対立の真っ最中である。山名氏も若狭国の守護職を得たせいか師直(将軍執事)派に近く、京極氏は言うに及ばずだろう。

 

 

「近江国さえ俺が抑えておけば、京が如何なる状態になろうとも、正常化は容易い。道誉(佐渡判官)殿も恵源(武衛禅門)直冬(左兵衛佐)に与する線はまず皆無だ」

 

 

「その京極氏ですが……くれぐれも道誉(佐渡判官)殿の手綱は離さずにお願いしますよ?秀綱(源三判官)殿も然りです。あの父子が動き出すと事態が一気に見えなくなって厄介です。たとえ尊氏様の勝利に繋がるとしても」

 

 

「……師冬(播磨守)殿は如何に思う?再び乱が起こった時、道誉(佐渡判官)はこの俺を排除しようと企みやしないだろうか?正直それが最大の心配だ」

 

 

 六角氏は二十一世紀でも分国法で知られる存在なので、少なくとも戦国時代までは生き残るだろうし、京極家は後の四職である。

 どちらも無事に擾乱を切り抜けるに違いない。しかし、道誉(佐渡判官)の獰猛さが擾乱においてどう発揮されるか未知数だ。場合によっては(佐渡)(判官)と妻子を滅ぼし、その近縁を京極家の新当主に据えるという活路を見出すべきなのだろうか。決して楽な道のりとは思えないが。

 そもそも俺は元々、道誉(佐渡判官)を南北朝時代の婆娑羅大名という文化的な性格で触りのみ知るだけであった。つまり、道誉(佐渡判官)がこの先も絶大な功績を立てるのか、あるいは身を滅ぼすのか確証がないのだ。

 

 

「どうでしょうか。それより貴方が急にやる気を無くさないかが気掛かりですね。はっきり言って道誉(佐渡判官)殿より貴方自身が心配です」

 

 

「俺が?……他人の事より俺自身の心配をせよと?」

 

 

「少なくとも魅摩殿や亜也子殿に今更会うのも面倒臭く、かと言って何時まで経っても会わないのもマズいから、私の下向に乗じておこうという考え方をするようでは、先が思いやられます。中途半端が最も拙い。私のように振り切って考えた方が疲れませんよ?」

 

 

「そう言えば、お前の妻は京に居残りか。師泰(越後守)殿の娘の」

 

 

「ええ。関東に連れて行っても足手纏いになりそうですし」

 

 

「成る程なぁ」

 

 

 妻を顧みないという点で俺と師冬(高播磨守)は共通している。師冬(高播磨守)は廊下ですれ違っても一言も会話がないそうだ。俺の場合、会っても嫌味の応酬が間違いなく生じるので、師冬(高播磨守)夫妻が羨ましく感じられる。

 方やミマはと言えば、父・道誉(佐渡判官)が幕府の政所執事となり、しかも正室待遇で我が嫡子を産んでしまった今、気軽に殴って黙らせる事も躊躇われる。つまり、師冬(高播磨守)夫妻のような省エネ関係は厳しい。

 本音を言うなら、現状のまま会わない状態を続けたいところだ。

 

 

「本当に何であんなのが……ああ、尊氏様。やはり()()は──」

 

 

「西国武家でも指折りの氏頼(大夫判官)殿なら、将軍の御息女こそ厳しくとも上級貴族から娘を妻に迎えるくらい出来たのではないですか?恵源(武衛禅門)のような妻一人に拘る理由は全く以て無いに等しいでしょうに」

 

 

「やだ。面倒だし、歯黒が……女の歯黒は本当に見るに耐えない」

 

 

「そして歯黒をしない女子は決まって芋臭いと」

 

 

「……師冬(播磨守)殿は歯黒もしないし芋臭くも無いのになァ」

 

 

「やめて下さい。大体、その条件なら魅摩殿とて同じでしょう?」

 

 

「分からんぞ。久々に会ったら歯が真っ黒クロスケかもしれん」

 

 

 もしかしたら旧知の仲の師冬(高播磨守)と共に過ごす夜はこれで最後になるかもしれない。今宵は枕を並べて語り明かそう。そう言いたいのは山々であったが、その前にミマという障壁が立ち塞がっている。

 結局のところ、どのように生きようとも何かしらの悔いは生まれてしまうものだ。この佐々木惣領・六角氏頼(大夫判官)の場合、道誉(佐渡判官)の娘こそ後悔の象徴と言えるだろう。溜め息で肺がおかしくなりそうだ。

 師冬(高播磨守)と馬を並べて東山道を進み、近江国の佐々木荘を目指した。

 その果てにミマとその子と対面した際、俺はどのような顔をするだろう。きっと直冬(左兵衛佐)と顔を合わせた際の尊氏様に似ている筈だ。

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