崇永記   作:三寸法師

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▲8

〜1〜

 

 

 貞和六年(西暦1350年)正月十一日の名将・赤松円心(則村)急逝に伴い、建仁寺の施設の大龍庵において法要が執り行われた。赤松円心(則村)は昨秋、御所巻直前に長門探題の直冬(左兵衛佐)を牽制するため、中国地方に出陣していたが、死去の前には引き揚げて京の七条の屋敷で過ごしていたらしい。

 数えにして齢七十四という大往生であったのだから、一見ひたらすら悼む気持ちになって良さそうなものだ。しかし、赤松円心(則村)の存在感は並ではなかった。相続について譲り状を書く暇すら無かった程の急死でもあり、師直(将軍執事)派の参列者たちの顔はどこか硬かった。

 

 

則祐(師律師)殿。此度は何と言ったら良いか……」

 

 

氏頼(大夫判官)殿……いやいや足をお運び頂き、(かたじけの)う存じますぞ」

 

 

「何の。お父上は紛れもなく偉大な武将でした。生前の多大なるお働きが無ければ、源氏の誇るべき諸侯は今も未だ北条氏の圧力に苦心しておったかも分かりませぬ。また、御子息を含めて、禅宗にも熱を傾けてくださった事、我が心に深く染み入っておりまする」

 

 

 赤松円心(則村)は生前、建仁寺の禅僧・雪村友梅と親密に交わって土地の寄進さえ行ったという。雪村友梅もある時は足利氏から万寿寺の住職を務めるよう命じられても断った一方、円心(赤松則村)から要請があると途端に応じる程、心を許していたようだ。貞和二年(西暦1346年)に雪村が亡くなると(赤松)(則村)は建仁寺に塔を拵えたが、これぞ前出の大龍庵である。

 三男坊の則祐(赤松師律師)も、かつて比叡山延暦寺に拠り、護良親王の股肱之臣として活躍した時期があったとはいえ、後年の活動を見ると室町幕府の武将では氏頼(大夫判官)に次ぐ程、禅律に親しんでいた事が分かる。

 

 

氏頼(大夫判官)殿、ご存知か?我が赤松一族の本拠・佐用荘は元を糺せば、九条家の所領……そして、九条家は東福寺と昵懇であらしゃる」

 

 

「東福寺?確か播磨国の禅寺の多くは東福寺の系列であると」

 

 

「左様。故に当家は元より禅宗に親しんで然るべき存在であると言えましょう。氏頼(大夫判官)殿とは幕将の誼のみならず、御仏の教えでも親交を深めたいもの。我が長兄・範資(信濃守)も同じ思いでございましょう」

 

 

「……それはつまり」

 

 

 落ち着かない様子の氏頼(大夫判官)の反応に則祐(赤松師律師)は余裕の嘆息を漏らした。

 赤松円心(則村)の才能を兄弟で最も色濃く受け継いだのが則祐(赤松師律師)であるとするならば、当然ながら師直(将軍執事)派諸将の心配は分かっている。円心(赤松則村)の急逝により、赤松一族で家督争いが起こるのではという危惧だ。

 仮にそのような事になれば、誰ぞが今は九州の直冬(左兵衛佐)に通じるか、あるいは遁世の直義(武衛禅門)を招いて蜂起するというシナリオも十分考えられよう。何しろ赤松氏は後醍醐天皇の討幕に与したり、尊氏の建武政権打倒に協力したり、反政権の助勢に関して実績豊富なのだ。

 

 

「無論、この則祐(師律師)は長兄・範資(信濃守)を立てまする。他の兄弟も同じ思いでありましょう。惣領職は当然、嫡男が受け継ぐべき。争点は遺領を分割して相続するか、近年ありがちな単独相続を執り行うべきかでしょうが、今は嫡男も庶子も互いに言い出せないだけ。半年程も経てば、自然と結論が出て参りましょう。時間が解決致します」

 

 

「……成る程」

 

 

(赤松氏の庶子は目の前の則祐(師律師)を除けば、主に次男・貞範(雅楽助)氏範(弾正少弼)が挙げられる。貞範(雅楽助)は素行からして師直(将軍執事)派そのものだ。姫路に城を築いたというし、無事に務めを果たす筈。心配なのは氏範(弾正少弼)だが、個の武は大したものとはいえ、兄たち程の実績は無い。嘉吉の乱の赤松満祐の字を思えば、則祐(師律師)が気になるが……この様子では杞憂か)

 

 

「お分かり頂けましたかな?氏頼(大夫判官)殿」

 

 

「ええ、安堵致しました。赤松氏はこの先も安泰でしょう」

 

 

 結論から言えば、則祐(赤松師律師)の予見通りとなった。この年の七月二十八日に一族内で議論の場が持たれ、嫡子・範資(赤松信濃守)に氏神の祭祀権を伴う惣領職が付与された。播磨国や摂津国の守護職も無事に引き継がれたという。取り敢えず赤松氏の内紛の兆しは見られなくなった。

 だが、かと言って赤松円心(則村)の死が惜しくないかと言えば、全くそのような事はない。遺された兄弟たちが力を合わせれば、十分に補えようが、円心(赤松則村)の武名はここ十数年間、あまりに高まり過ぎた。

 赤松氏がこれまで同様、西国のストッパーとして機能するのか、中国地方の豪族たちの間で疑念が生じようとしていたのである。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 名将・赤松円心(則村)の死から一週間後の正月十八日、義詮(足利左馬頭)が初の参内を果たした。前日より幕府から粟飯原清胤(下総守)が使者として遣わされ、入念な打ち合わせが行われていた事が日記『園太暦』に見える。

 太政大臣・洞院公賢は尊氏・直義が初めて参内した際の事例を鑑みながら、極めて慎重に対応したらしい。義詮(足利左馬頭)は次代の武門を司るべき存在とはいえ、京で活動する以上、慣例遵守が重要となる。

 

 

「それにしても随分遅かったな。てっきり去年の内に済ませてるもんと勘違いしてたぜ。朝廷との折衝は今や義詮(足利左馬頭)様の仕事だろ?」

 

 

「あの凡庸さだ。儀礼を完全に習熟し直すまで、使者のやり取りを通じて折衝業務を遂行して頂いていた。それなら俺が逐一内容に目を通せるからな。万が一の粗相があっては幕府の沽券に関わる」

 

 

「兄者、本当に大丈夫なんだろうな?朝廷は院や帝、公家どもの思惑が絡み合って煩雑だ。義詮(左馬頭)様が直に捌けるとは到底思えねェ」

 

 

「案ずるな。そのために重茂(大和守)が四六時中、義詮(左馬頭)様にお仕えできるよう関東から呼ぶのだ。師冬(播磨守)に再び関東を抑えさせるついでにな」

 

 

「……師冬(播磨守)と言えば、今頃は関東に着いている頃か」

 

 

 新関東執事──と言いつつも数年振りの再任──の師冬(高播磨守)が京を出発して既に二週間以上が経過している。この間に赤松円心(則村)が突然亡くなるとは、さしもの高兄弟も想定外であった。齢七十四にして廉頗のような「老いてなお盛ん」を体現していただけに、却って盲点となっていたのである。古の名将を熟知していれば尚更だった。

 円心(赤松則村)の死で高兄弟は緊張を余儀なくされている真っ只中である。

 関東は師冬(高播磨守)、中国地方は範資(赤松信濃守)が新たな抑え役となるが、どちらも数年前、楠木正行(まさつら)に敗れている。これが悩みの種となっていた。

 

 

「東も西も正行(まさつら)に敗れた武将が抑え役となると……少し厄介な事になるかもな。地方豪族どもが勘違いして露骨に侮りかね無ェぞ」

 

 

「……ここに来て正行(まさつら)の武名が全国に浸透し切る前に討ち取らせた事が仇になるとはな。正行(まさつら)は実力こそ父親譲りだったが、如何せん若過ぎた。何も知らない田舎者どもが幕府武将を見下しかねん」

 

 

「俺たちくらい力があれば兎も角な……兄者。遅かれ早かれ地方の反乱鎮圧で出兵して引き締めを図った方が良いんじゃないか?」

 

 

「直冬か……九州というのが面倒だ。遠過ぎて糧秣の手配に障りが出かねん。現地武士たちの力で抑え込めるなら、本望なのだが」

 

 

(先月の始めなぞ、直冬の勢力が九州で力を増して俺や師泰を討ちに京へ参るという噂が持ち上がった。全く馬鹿げた話だ。建武大乱の頃と違い、今の九州は一色や南朝の懐良の勢力が(ひし)めき、統一は(いばら)の道だ。半年足らずで上洛の算段がつくものか。まず間違いなく恵源(武衛禅門)派武将が流した揺さぶりだ。だが、情報戦なら俺に分がある。しかも将軍が珍しくやる気になっておられる。負ける筈が無い)

 

 

 既に昨年(貞和五年)十二月二十七日、尊氏自ら九州武士たちに追討文書を発行して、直冬(左兵衛佐)の勢力切り崩しに邁進している。新年になっても六日に島津貞久(上総介)宛て直筆文書を(したた)め、盛んに追討を呼び掛けていた。

 こうした折、顕氏(細川陸奥守)邸の見張り役の天狗衆から一報が届けられた。

 

 

「何……祇園社僧が(恵源)の住む豚小屋に?」

 

 

「は!」

 

 

「どういうつもりだ?玄恵法印が病となり、(恵源)の豚小屋に出入りする者は途絶えた筈であったが……調べを付けろ。念には念をだ」

 

 

「御意!」

 

 

 『祇園執行日記』によれば、貞和六年(西暦1350年)正月二十二日に八坂神社の顕詮が直義(武衛禅門)の住居に赴き、如意丸のために加持を行ったという。

 師直(高武蔵守)は拍子抜けしながらも顕氏(細川陸奥守)を呼び出し、詰問する事にした。

 太い身体に麺棒が打たれ、ブヨンという音が台所に響き渡る。

 

 

「この豚め。何のためにお前の邸内に弟殿(恵源)を預けたと思っている?些細な事でも関係無しに報告しろ。俺に小言を言われる前にだ」

 

 

「ブヒィ!?」

 

 

「……四日後、将軍と義詮(左馬頭)様が共に男山へ参拝なさる。顕詮とかいう祇園社の要人を見物に呼び出せ。足利将軍家の揺るぎない事を示すのだ。弟殿(武衛禅門)や如意丸の介在する余地は無いのだと分からせる」

 

 

「……承知」

 

 

 正月二十六日、尊氏(権大納言)義詮(左馬頭)がかつて師直(高武蔵守)の燃やした男山・岩清水八幡宮に揃って参拝するという何とも皮肉な出来事が起こった。

 斯くして貞和六年(西暦1350年)の正月が閉幕する。二十日には待ちに待った翌月の改元に向けて、北朝政府で水面下の話し合いが行われるなど、「観応」という新たな世を迎える準備が着々と進められていた。

 そして来たる二月であった。赤松円心(則村)の急死という師直(将軍執事)派の()の象徴の喪失に続き、今度は()の弱体化が早々に始まる事となる。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 兼好法師を知らない日本人は中学生未満でもない限り、まず居ないだろう。かの随筆『徒然草』は、あまりにも有名である。その冒頭を(そらん)じる事の出来る者も決して少なくないのではなかろうか。

 しかし、晩年の兼好法師が将軍執事・高師直(武蔵守)にこき使われていた事を知る者となると、古典『太平記』が広く享受されていた頃ならいざ知らず、現代人では限られる筈だ。塩冶高貞(判官)を知っていれば辛うじて、まんまと人妻(顔世御前)宛ての恋文を代筆させられた能書家としても認識できているだろうが、現代では高貞(塩冶判官)の知名度自体が危うい。

 閑話休題。その兼好法師は貞和六年(西暦1350年)の二月に病を患ったという。

 

 

「何だと?兼好は薬すら拒んでいるというのか」

 

 

「はい、父上。上皇陛下が心配して典薬頭の和気殿を使わされたようですが、固辞して止まないようであると。院は却って感動して、米三十石分を与えられたそうです……ですが、意味があるとは」

 

 

「いや、日々の食事は健康の源だ。院の判断は悪くない」

 

 

(しかし、マズいな。文化・教養の面で兼好法師はやはり薬師寺以上に使える存在だった。それが使えぬとなると些か障りがある)

 

 

 南北朝時代の和歌四天王*1の一人とあって、兼好法師は歌人たちでも格別な存在である。代わりとなる存在は幾ら将軍執事の師直(高武蔵守)と言えども、そう簡単に確保できるものではない。側近の薬師寺公義も優秀な歌人であったが、上級公家の相手は些か荷が重かろう。

 生臭坊主の感の否めない兼好法師だからこそ、世俗に塗れた師直(高武蔵守)の手に堕ちたが、それでいて上級公家の相手が可能な手頃な人物は換えが効かないのだ。となると師直(高武蔵守)が自ら動く場面が多くなる。

 

 

(恵源(武衛禅門)派を排除し、我らに仕事が集中しているのみならず、義詮(左馬頭)様のお守りが馬鹿にならない。義詮(左馬頭)様の前で苦しい顔を見せる訳にもいかない上、恵源(弟殿)という幕府武将たちの不満の捌け口が消えた事が意外と大きい。復帰前より格段に舵取りが難しくなっている。この状況下で兼好法師が使えず、俺が動かざるを得なくなると厄介だ)

 

 

「して、兼好法師は早期復帰できそうなのか?師夏(武蔵五郎)

 

 

「それが……かなり厳しい様子らしく」

 

 

「チッ」

 

 

 兼好法師の命運について戦前は貞和六年(西暦1350年)二月十五日に亡くなったと思われていたらしい。しかし、現代では二条良基の著作(『後普光園院殿御百首』)の痕跡から擾乱収束期以降も生きていたと考えるのが通説のようである。

 また、『諸寺過去帳』ではこの年の四月八日に亡くなったとされている一方で、同月の玄恵法印追善詩歌や八月の二条為世十三回忌和歌会に活動が認められるなど、摩訶不思議な事になっている。

 何はともあれ、師直(高武蔵守)が政務のために兼好法師を頼る事はめっきり無くなった。極めて老練な兼好法師の勘の良さなれば、御所巻以降は師直(高武蔵守)の衰微を感じ取って距離を置こうとしたのかもしれない。

 

 

(やはり夢窓疎石を頼るしかないか。あれはあれで門下共々氏頼(大夫判官)の息が強く掛かり過ぎている感があるから、頼りたくないのだが)

 

 

「クソ……先の短き者を頼るにも限界がある。円心(赤松則村)殿ですら急に亡くなって諸将の動揺が収まらん。義詮(左馬頭)様の支えとなる若い世代の力を引き出していかねば、後が続かぬ。この俺とて若くないのだ」

 

 

「父上……」

 

 

 人知れず晩年に突入している師直(高武蔵守)であるが、この頃は足利義詮(次期将軍)の地盤を形成するため、忠臣らしく奔走していたと言われている。

 数えで齢十二の師夏(武蔵五郎)は表情を引き締める。まだまだ若輩の身でありながら、師直(高武蔵守)の嫡子として強く自覚する必要に迫られていた。

 一方、師直(高武蔵守)(わきま)えていた。急拵えで若き人材を矢面に立たせてみたところで、渋川義季(刑部大輔)ら庇番衆の面々の二の舞がオチであると。

 

 

「当面は道誉(佐渡判官)殿や仁木たちの力で文武の穴を補填する。氏頼(大夫判官)にしても頼康(刑部大輔)にしても脇の甘さが無いか、本人たちの代わりに俺が佐々木氏や土岐氏の内情を確認してやらねばなるまい。忙しい限りだ」

 

 

「そこまで……父上こそ御身体は大丈夫なのですか?」

 

 

「案ずるな。老いたとはいえ、養生は欠かしておらん。ついさっき言っただろう?日々の食事は健康の源と。よく覚えておけ、師夏(武蔵五郎)。味見は調理人の特権だ。その時間を利用して滋養をつけるのだ」

 

 

「は……お言葉、この胸に刻みます」

 

 

 外祖父が亡き関白・二条兼基という武家では類稀な血統を誇る高師夏(武蔵五郎)も実を言えば、年若にして先はそう長くない。本人がその事を悟っていたかどうかも、この段階では甚だ怪しいところだろう。

 しかし、衆目には明らかに高師直(武蔵守)の衰えの兆しが見え隠れし始めていた。天下の名将・赤松円心が急死し、数寄者・兼好法師が師直(高武蔵守)の手駒としての価値を失った。文武の両翼を()がれたのである。

 貞和六年(西暦1350年)二月初旬、観応改元まで残された時間は僅かであった。

*1
二条為世門下の敏腕歌人たち。兼好法師の他に頓阿・慶運・浄弁が伝わる。

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