〜1〜
幕府軍に緊張が走った。今は、次期将軍の義詮が初めて京の周辺地域で行う軍事活動の真っ最中である。にも関わらず、捕縛した筈の謀反人・土岐周靖たちが脱走を試みたのだ。下手をすれば幕府そのものの名に疵が付く。急報が入るや否や師直の指令が下った。
幸い、師直麾下の天狗衆が即座に再捕縛のためのネットワークを張っていたようだ。しかし、事態は急を要する。周靖は心こそ然程強靭でなくとも、頼遠のような体躯であったのだから、最大限ポテンシャルが発揮されるとマズいかもしれない。故に俺の出番だ。
「ふんッッッ!」
「船木!?」
「悪いな、周靖……お仲間はこの通りの瞬殺だ。お前も後を追ってみるか?将軍に楯突く謀反人がどうなろうとも、残当としか思わんのでな……師直殿の起用は正解だ。昔から土岐氏を抑えたいなら、佐々木一族の出番と相場が決まっている。ま、お前のような庶流風情に我が力を用いるのは、些か牛刀を以て鶏を割くが如しだが」
「おのれ……佐々木六角!聞きしに勝る将軍の飼い犬め!」
「はン。褒め言葉として受け取っておこう。とはいえ、俺は宇多院の血を引いているからにして、犬より猫の方が好ましく思うぞ」
「何の話だ!」
「さて……屈服して貰おうか!」
あらゆる技術を用い、周靖の身体を甚振る。改めて感じるのだ。
少なくとも個の武勇だけなら、今の俺の力は幕府最強を名乗るに相応しい。亡き六角時信より受け継いだポテンシャルを生前の頼遠をも凌ぎ得るものとして昇華できた。今こうして頼遠の面影のある周靖を自由自在に圧倒できている事こそ、一騎当万の領域に至った証拠と自信を持って言える。数年前に楠木正行と交戦した時より確実に強くなっている。今の俺なら、どれだけ悪いコンディションであっても、生前の正行に勝るのではないかと誇張抜きに思える。
「ま……お前は所詮、京極軍に一度負けた出来損ないだ。このまま倒したところで結局のところ、何の自慢にもならんか……ん?」
「……」
「あら、死んだ?おーい」
いつの間にやら周靖が倒れ伏していた。剛力だけでなく微細な力加減をスピードの向上と共に磨いたとはいえ、これ程の巨体の武者が相手の実戦は中々得られない経験だ。加減をミスったらしい。
念の為、肘や膝の腱を切り落としておく。たとえ昔日の逃若党の連中が救いに来ても、どうにもならないだろう。幾ら何でも巨体を持ち上げての脱走は厳しい筈だ。身軽な北条時行や忍びの風間玄蕃とは勝手が違うのだから。俺は溜め息を吐き、周靖を見遣った。
一応は気絶のようだ。これなら残り十日程度、拷問の余地があるかもしれない。反乱には尾張国の地元武士たちも少なからず参加していたようだが、どうにも裏がありそうなのだ。義詮には無用な混乱を避けるために伏せられているものの、将軍執事の師直や腹黒坊主の道誉の共通見解だから、かなりきな臭いと見て良いだろう。
「六角様!首尾は如何です!?」
「饗庭殿か。見ての通りだ。大事ない」
「死、いや虫の息で……誰ぞが救いに参った気配は?」
「全く無かった。直ぐに我が郎党たちに運ばせる。厳重に拘束した上でな……義詮様にお伝えを。斯くなる上は周靖の身体、この佐々木六角氏頼がお預かり申し上げる。息を吹き返し次第、然と京で処刑できるよう計らう故、ご心配あるなと……師直殿にも同様に」
「……承知」
将軍近習筆頭格の饗庭命鶴丸が駿馬で走り去り、六角党の面々が周靖の身体を固く縛り上げるのを見て、俺は太刀を鞘に収めた。
今は昔、四條畷に向かう前に風間玄蕃──京の偵察がてら混乱を狙って連続放火を行ったと見える──を捕えた事があった。結局は師冬勢の雑兵のミスで夏の四とやらに奪還され、後で師直に嫌味を言われた事を思い出す。とはいえ、この手の仕事はあくまで下の者の仕事であり、当主の俺が自ら行うのは、やはり筋違いと言わざるを得ず、お世辞にも京周辺の有力大名の振る舞いとは言い難い。
たとえ万が一、何かあっても俺の抜刀は一級品だ。充分に即応できよう。周靖の体躯を考えれば、突発的な異変は考えられない。
それに、太刀を外に出したまま帰陣しては不恰好だ。仮に道誉なり秀綱なりに陰で笑われたらと思うと率直に言って気が滅入る。
「木村、あれだ。戸板の用意は?」
「は!出来ております!」
「良し……急ぎ我が帷幕の者どもに伝えるのだ。土岐周靖の身柄を預かる事になった。もし再び脱走されては恥である。心せよと」
「御意!」
結果、義詮及び師直の決定として土岐周靖は六角軍お預かりという仕儀となり、美濃国駐留を終えて上洛の途に着こうと決した。
八月十八日、幕府軍は近江国米原に到着する。かつての京極家の本拠地で、義詮はやっと安心して祝勝の宴に臨む事と相成った。
〜2〜
反乱鎮圧が無事に成功したとなれば、恩賞が諸将の頭にチラつくものだ。しかし、その諸将以上に次期将軍の義詮が落ち着かない様子である。流石に見かねて、道誉が代表して尋ねる事になった。
師直も俺も盃を片手に注視する。今、義詮が何を思い、何を考えているのか。新たな時代を見据えるなら知っておくべきなのだ。
義詮は浮かれたせいか、開口一番に素っ頓狂な事を言い出した。
「官位だ!官位が欲しい!」
「……官位でございますか?左馬頭では御不満で?」
「左様だ、道誉殿。以前、氏頼殿が励ましてくれたが、やはり元は叔父上の官位だ。いずれ京を預かる者として相応しくない。今直ぐにでも関東の光王にくれてやる。師直、我は反乱を鎮圧したのだ。京で鎮圧完了を朝廷に報告し次第、褒美があって良いと思うぞ」
「……確かに一理あるやもしれませぬが」
口では同意を示すものの、多少の譲歩の姿勢は拭い切れない。
それもその筈だ。幾ら周靖が生前の頼遠を思わせる大丈夫であったと言っても、所詮は土岐一族の庶流である。元々、経験を積むための義詮出陣だったのだ。次期将軍ともあろう者がその程度で得意げに朝廷に姿を現せば、公家たちの陰口は避けられないだろう。
「そうだ!氏頼殿、お主も新たな官職が欲しかろう?佐々木惣領なら今の時代、従四位下にでもならねば格好が付かないだろうよ」
「……はい?」
急に矛先を向けられ、俺は固まる。確かに従四位下は足利一門の最高峰の斯波氏や吉良氏どころか、細川顕氏までもが手にしているのだから、かねてより密かに望んでいたが、今その話を持ち出されるとは思ってもみなかった。しかも、義詮に悪気が無いのは一目瞭然とはいえ、言葉に針が付随している。思わず顔が引き攣った。
慌てて道誉が鎮静を図る。俺の逆ギレを恐れたのかもしれない。
「お待ちを、義詮様。そう軽々に官職の皮算用を致すものでは」
「道誉殿の申される通り。まずは将軍の意向をお伺いせねば」
「「「……」」」
「……どうした、皆?左様に静まり返って」
楽しい筈の席が台無しである。婆娑羅大名たちですら、このままでは外聞に差し障ると思っているらしい。危機感が滲んでいる。
俺と命鶴丸の視線が交差する。互いに冷や汗ものだ。命鶴丸だけではない。赤松則祐も多少俯きながら周囲の反応を窺っていた。
皆が薄々気付いているようだ。義詮の凡庸は時に大きな毒になりかねないと。特に朝廷絡みでは無神経が身を滅ぼしかねないと木曾義仲の故例で誰もが知っている。鎌倉で上杉憲顕たちは何を教えていたのだろうか。関東足利党の傀儡にしようと企む余り、凡庸さを矯正せずに英才教育を欠いたとするなら、それこそ本末転倒だ。
はっきり言って義詮の凡庸なら遠慮するに値しない。とはいえ、面と向かって諫言するのは、やはり危険だ。義詮は兎も角、その次の三代将軍・足利義満が気掛かりだ。将来の不快を買わないためには今の段階から建前で言葉を塗り固めておく必要があるだろう。
「義詮様。どうかお気を悪くしないで頂きたいのですが、先程のお話は有り難き限りにて。しかしながら、たとえ宴席でも将軍の御許可無しに昇進の勧めはお受け致しかねます。将軍烏帽子子なりの、西国武将なりの線引きです。どうか広い御心でお察し願いたく」
「宗家は誠に殊勝であられる。義詮様、どうかお汲み取りを」
「左様ですぞ。何より氏頼殿はまだ周靖処刑の仕事が残っておられるのです。徒らに心を掻き乱しては……この際、凱旋の段取りも詰めておきましょうか。あまり派手にし過ぎて、土岐一族の顔に泥を塗るのも躊躇われます。この老骨が思うに二日間程に分け──」
後から考えれば、この周靖討伐こそ師直最後の戦果となったのであるが、義詮のために慎重を期して凱旋までの処理が為された。
大軍で一挙に上洛し、威風堂々とした姿を見せつけるという大方の予想は外れた。討伐軍の大半が江州勢で占められていたという理由はあったものの、兵を幾つかに分けて京入りしたために義詮は僅か二百騎足らずで姿を現し、そのまま将軍邸に向かったのだ。
参内は先送りとなり、装束も義詮が赤地の錦の直垂を着るのみで甲冑を身に纏わず、将軍執事の師直が鎧武者ながらに弓矢を帯びずと実に簡素であった。暦にして観応元年八月二十日の事である。
〜3〜
観応元年八月二十三日、前日の公武の密かな連絡を経て足利義詮の昇進が正式に発表された。これにより、左馬頭から左近衛中将となって参議を兼任し、宰相中将と広く呼称されるようになった。
朝敵というよりかは土岐氏庶流の内乱を鎮圧しただけなのだからという名目で参内こそ行われなかったものの、義詮は極めて上機嫌であった。亡き新田義貞も左近衛中将であったが、流石に参議までは兼ねていなかった。南朝の新田義興と同じ左兵衛佐の官位を持っていた直冬に対する優位性が明らかになったという考えである。
「まだ従三位にはなっていないが、参議になった事で我も公卿の仲間入りだ。皆、感謝するぞ。特に師直。よく骨を折ってくれた」
「は。しかし、それもこれも義詮様御自らの出陣により、謀反人どもが恐れ慄いての成果あってこそ。どうぞ自信をお持ち下され」
「うむ……時に氏頼。今、周靖たちの様子は?」
「は。神妙に致しております」
結局、義詮の昇進は叶ったものの、他の武家の昇進は俺も含めて有耶無耶になった。そもそも義詮の昇進自体、聞いたところでは反乱鎮圧の勧賞というより、内紛が頻発している昨今における大嘗会開催について話し合いが行われた結果としての同意らしいのだ。
とはいえ、あまりにも気分爽快な義詮がその事に思い至る事に誰が期待しようか。未だ周靖を気にしているのが意外ではあるが。
「確か六条河原で斬る予定であると申していたな」
「如何にも。我が郎党の木村源三をして周靖の首を刎ねまする」
「そうか……ああ、いや。分かっておる。気にせず進めてくれ」
「は」
謂わゆる死刑執行日は着々と迫っている。既に世間の土岐周靖に対する関心は離れつつあり、二十五日には春日大社で金や銀の花が数年振りに咲いたという何とも呑気な一報が京に齎されていた。
そして、二十七日の日が暮れる。確か二十一世紀では死刑執行の前に罪人の好物を与えるという風習があった筈だが、いざ実際に処罰を実行する側に立ってみると変に場が汚くなるリスクを負うだけなので、ひたすら胃の内容物を抜かせた。諸々の手配は万全だ。
「六角様。六条河原で周靖とその弟を斬るという事で」
「左様……雑賀よ、もう面倒臭いから此処で良かろう。樋口河原の六波羅地蔵堂の焼け跡なれば、趣があるというものではないか」
「はぁ」
既に戌の刻である。言ってしまえば、早くお家に帰りたいのだ。
まだ周靖の舎弟は衣装の用意が整っていないが、首チョンパなら同じ事だろう。奉行人の雑賀も納得している。どうせ死刑執行の穢れが何とやらで暫く宮中は出禁なのだ。ならば俺が手を下そう。
「喜べ。俺がお前たちを斬り、頼遠殿の元に送ってやろう」
「……兄貴。六条河原で斬られる筈では?」
「よもやよもやだ……!先代の佐々木惣領ならば、丁寧に段取りを整えていたであろうものを。幾ら我らが謀反人とはいえ、ここまで粗末な仕事をするヤツがあるか!つくづく上は見る目が無い!」
「残念だったな。俺は抜かりが無いのでな。頼康殿の同意は元より得てあるのよ、これが……お前たちは三つもの罪を犯した。第一、不遜にも将軍家に弓を引き、尾州武士をも巻き込んで美濃国で乱暴狼藉を働いた上、義詮様にも足労を掛けさせた。第二、謀反のあらましを今日に至るまで洗いざらい吐かないどころか、一度は逃げようとした。第三、京極軍のみに手柄を立てさせた。以上である」
「「おい、最後!」」
後に理由なく周靖たちの処刑が急がれたという噂が立ち、『祇園執行日記』に記されてしまうのだが、この時の俺が気にする由がある筈も無かった。こうして、土岐周靖の反乱は完全に閉幕する。
後から考えてみれば、この時期までが完璧執事・高師直の全盛期であった。月を跨いだ途端、状況は一変する。九月三日、京に異変が伝わった。信濃国・常陸国・越後国など諸国で一斉に南朝軍が蜂起したというのだ。京で美濃国の平定が喜ばれた矢先であった。