〜1〜
観応二年二月二十日の夜、男山在陣の直義は本格的に尊氏様との和睦に向けて準備を進め始めている。一体いつまで男山に本営を構えているのかという話だが、例の密約通りに高兄弟の暗殺が成って将軍の上洛が果たされ次第、直ぐにでもという算段らしかった。
命鶴丸が退出し、俺と景忠は本陣裏から直義の面前に姿を現す。
「氏頼、長尾。聞いての通りだ。兄上と和睦する」
「「おめでとうございます」」
「ついては氏頼。二階堂を洞院御所に遣わしたい」
「ッ……北朝の院宣によって和睦を天下に布告するのですね?」
「そうだ。さすれば、高兄弟とて有無を言えまい。今更あの二人が南朝に擦り寄って我らに対抗する道など有り得ない訳だからな」
「成る程」
これはまた妙な事になったものだ。俺は他人事のように思う。
直義は両朝と誼を通じている今の立場をフル活用し、高兄弟を袋小路に追い詰める気のようだ。しかも、将軍兄弟間の和睦を北朝の院宣で成立させる形にするのだから、今後の直義は元通り北朝政府を重視して政を行うという意思表示に他ならない。南朝がご苦労な事なのは言うまでもないが、俺の働きも重要になってくる筈だ。
観応の擾乱の第二段階では尊氏様が弟・直義を討つ機運が高まる筈だが、北朝を将軍と強く連帯させなければならない。今まで将軍兄弟では直義の方が北朝皇族との付き合いを率先して行なっていたのだから、生え抜きの西国武将の俺が将軍を支える必要がある。
「無論、桃井や石塔などを納得させる意味合いもある。全く嘆かわしい話だが、足利一門内で将軍との和睦に不満を覚えかねない者が一人も居ないとは言い切れんからな。義詮様とて北朝の院宣で私が兄上と和睦したと知れば、無駄な血を流す道を避けてくれよう」
「……卓見かと」
やはり直義は甥・義詮の不満を心配しているらしい。義詮が駄々を捏ねて、尊氏様との和睦が破綻する事を恐れているのだろう。
さしもの義詮様も北朝の院宣があると知れば、一旦は帰京せざるを得なくなる筈だ。とはいえ、高兄弟が居なくなってしまえば逆にこちらのものと言える。もう二度と「君側の奸を討て」という直義が将兵を集めるための大義名分が使えなくなってしまうからだ。
むしろ「君側の奸を討て」と叫んだ側が将軍父子と上手く折り合いを付けられずに政が滞ったとなれば、今度こそ人望が地に堕ちてしまう。その時こそ例の第二段階に突入する頃合いになる筈だ。
「そういう訳だ。長尾よ、憲顕の子らにも納得して貰うぞ」
「は。お任せを」
「うむ。とはいえ、高兄弟の暗殺となると失敗は許されん。今から具体的な段取りを詰める故、何日間か待って貰うぞ。取り敢えず二十四日を目処に我が軍営から兄上に迎えの使者を送るつもりだ」
「承知」
「……お待ちを。恵源公、景忠殿。どうか討ち手の協力者の選出は慎重を期して頂きたく。どさくさに紛れ、将軍までもと考える不埒者が出ないとも限りません……お心当たりはございましょう?」
「……時行が気掛かりか。氏頼」
「はい」
あの頭のおかしい逆恨みカマ男の事だ。火事場泥棒を企んでいる恐れは十分に考えられる。意固地になって目的意識を持っているからこそ、殆どの幕府武将の冷たい視線に晒されながらも、未だ直義派の軍営に残留し続けているのではないかと疑わざるを得ない。
聞けば、いつの間にやら時行は打出浜合戦にも戦見物で出掛けていたらしい。結局、尊氏様が湊川の要害に拠り続けていたから手を出さなかっただけで、状況が整っていれば不遜にも御首級を狙ったに違いなかった。無論、あくまで高兄弟のみを討伐対象にして将軍御本人に手を出すべからずとした直義の意思を無視してである。
「確かに時行は警戒すべきだ。少なくとも討ち手から外さねばな」
「仰る通りにございます。ただ、それでも心配です」
「……言っておくが、殺害は無しだぞ。確かに時行が死ねば兄上の気も確かに晴れるだろう。ただ、厄介な事に時行は南朝のお目付役を自称しているようだ。真偽の程は兎も角、今の段階で徒らに時行を殺せば南北講和の芽が潰える可能性がある。それは避けたい」
「南北講和……ですと?」
この期に及んで直義の口から出たワードに面食らう。忍び寄る危険を知らず、これまた随分と寝惚けた事を言ってくれるものだ。
ただ、ここで俺は思い出した。観応の擾乱の最中だか直後だか詳しい事はあやふやだが、「正平の一統」という出来事が起こる。
用語の質感から察するに、表向き南朝の顔を立てて和睦を成らしむという話だ。確かそのような流れで理解したような気がする。
とはいえ、所詮は一時的な夢物語で終わる筈だ。だから今の今まで然程この用語を気にしていなかったのだ。この様子だと直義が試みるも将軍の手の者に討たれて全て御破算という流れだろうか。
「恵源公。失礼ながら、それは本気で仰っているのですか?」
「如何にも。甘言で南朝皇族を南の山奥から引き摺り出してしまえば此方のものなのだ。当面、口八丁で両朝併立の異常事態を解消し得る期間が続こう。我が手腕に懸かっている。この機会を逃せば、次は何十年、何百年と先になるか分からんのだ。堪えて貰うぞ」
意外と先を見据えている。三代将軍・足利義満の発想がここで出るとは、流石は当代随一の政治家の直義と褒めるべきだろうか。
ここは時行封じを無理強いするのも悪手かもしれない。必要なら俺の方で行うべきなのだろう。北朝廷尉の暴走という事であれば、どうにか「正平の一統」に向けた挽回工作も可能な筈だ。それに何も時行封じの方法は殺害に限るまい。数日間の猶予があるのだ。
そう思って翌二十一日の朝を迎えた。京で噂が広まる。丹波国から義詮の二千余騎がこの京に攻めて押し寄せるのではないかと。
〜2〜
観応二年二月二十一日、桃井・上杉・諏訪連合部隊が丹波国に向かった。無論、義詮の攻勢を防ぐためにである。京の人々が戦禍を恐れて東西に逃げ惑う中、俺は確認のために男山に顔を出した。
流石に直義がこの機に乗じて義詮を討つとまでは思っていない。
ただ、人選が人選だ。二年程前まで関東で次期将軍・義詮と縁を育んでいた上杉氏は兎も角、桃井・諏訪というのが不安だった。
「彼らの性根を見極めるためでもある。義詮殿を受け入れられないようでは況んや兄上をや、という事になるからな。必要措置だ」
「……本当にそれだけですか?あまり説得向きの人選とは」
「……鋭いな。仮にも義詮殿は兄上の御子だ。思わぬ才覚を秘めているやも。例えば防御に行かせた筈の者たちが却って我らに刃を向ける事態が考えられよう……それを防ぐ意味もあっての起用だ」
要するに直義はまだ警戒心を完全に緩めるには早計であると考えているらしい。西国に姿を現して以来、義詮は公然と直義及び直冬に対して敵意を燃やしていたのだ。無理からぬ事と言えようか。
とはいえ、俺は白い目を向ける。流石に十中八九あり得ないと思いつつ、実は子飼いの武将たち──諏訪直頼ですら今や直義の偏諱を引っ提げて京周辺で活動している身──をして次期将軍・足利義詮をも誅殺する気ではないだろうなと無言で疑って見せたのだ。
「案ずるな。長尾景忠擁する上杉勢なら万一桃井が良からぬ事を企んでも抑えられる。諏訪勢も義詮殿に疵一つ付けられん。諏訪大祝の体面の問題ではないぞ?何しろ、義詮殿の五体満足の帰京が叶った暁には、信濃国守護職の授与を考えると約束したのだからな」
「……は?」
打出浜合戦で軍功第三位の小笠原政長を蔑ろにするかのような発言に面食らう。よもや実のところは政長に遅れる形で直義に帰順した俺を牽制するための発言ではないかという可能性さえ疑った。
仮にも現在の直義は兄の血筋を尊重するという立場上、恩賞権の行使を控えている状態だ。しかし、大勢が決した今、その姿勢がいつまで保たれるか分からない。まして口約束レベルなら役職の内定を出していても決して可笑しくない。とはいえ、事が事である。
どうして信濃国守護職という鎌倉幕府の滅亡以来、小笠原氏が主に担っていた責務を直頼に引き渡すと言えるのだろうか。これが足利一門でも三指に入る名門・吉良氏にという話なら、また別の問題に違いない。ただ、諏訪直頼を新たな信濃国守護にという意向は一体どのような了見に基づいているのだろうか。徹底して訝しむ。
「確認ですが……政長殿は源氏の一門。しかし、諏訪氏は──」
「言いたい事は分かる。この私とて代々の小笠原氏の貢献、重々承知しているつもりだ。だが……師冬の討伐。これが大き過ぎた」
「あくまで東国の軍功第二位を重んじると?」
「さすれば、関東に戻った憲顕も一安心できよう。直頼が厚遇された以上、自分たちも過分とまでは行かずとも相応の形で報いられる筈であるとな?加えて、前にも告げたように南朝と北朝の間で交渉を纏めたい。今ここで元南朝武将の諏訪直頼がしっかり幕府から恩を与えられる形を作っておきたいのだ。何、上手く南北講和の話が纏まれば、功労者の政長に我慢して貰うような事もなくなろう」
「……そこまでお考えなのであれば」
結局、観応の擾乱が更なるステージに突入すれば、自然と直義が滅びるのだから、諏訪直頼の新たな立場も儚くなるに違いない。
何より好都合なのは事ここに至り、政長が再び直義に矛先を向ける切っ掛けが生じたという「偶然」だ。これから真に逆襲者として動き始める尊氏様の大いなる力となるだろう。実に占めた話だ。
「ところで、高師冬の死に様……恵源公も聞かれましたか?」
「ああ。烏帽子子と腹を切り裂き合って自害したそうだな。だが、安心して良いぞ。お前も兄上もそんな事をする羽目にはならん」
「……安心というと何やら語弊がありそうですが」
「気にするな。お前の兄上に対する篤い忠誠心、この私も嘘偽りなく好ましく思っているのだ。氏頼、お前はそれで良いと心得よ」
「お気持ち、有り難く。とはいえ、高兄弟暗殺計画とやらに反対するつもりは無いので、そこのところを御理解頂ければ幸甚です」
「勿論だ。その様子だと師冬の戦死を松岡城内に伝え、士気を低下させる策でも献じる気だったのか?あまり必要ないとは思うが」
「……何か松岡城内の様子でも掴んだので?」
確かに師直たちは現在、畠山国清たちのみならず、細川顕氏の四国勢による西からの攻撃にも備えなければならない苦境にある。
おまけに細川顕氏は同族の頼春をも従えているという情報もあるのだから驚きだ。頼春の息子・頼之は後に室町幕府で重要な役割を果たす事が分かり切っているため、所詮は一時的な動きに過ぎないだろうが、師直がそれを知る由もあるまい。今頃、かつて小笠原貞宗以上に称えられた名射手・細川頼春すら既に敵方であると知り、流石に絶望的な状況を直視せざるを得なくなっている事だろう。
ただ、直義は別の情報を入手していたらしい。吉良満義の手の者でも動員したのか実に耳敏く、更に着眼点もやはり並ではない。
「ふ。聞いて驚け。間諜の報告によれば、師直配下の良将・薬師寺公義が早くも出家したそうだ。しかも高野山に向かったらしい」
「高野山……?あの高野山に薬師寺が?」
「そうだ」
詳しく聞いた話によれば、どうも師直はめげずに頭を丸めて直義に降参する以外の道も探っていたらしい。赤松家に尊氏様を預け、師直が四国に渡って現地で細川勢を剛腕でねじ伏せる戦略を検討していたようだ。しかし、ここへ薬師寺公義が待ったを掛けた。
何とも呆れた事に、薬師寺公義が降伏や悪足掻きが如何に無意味か説いて、それより小細工抜きの徹底抗戦で最後の徒花を咲かそうと語ったところ、途端に高兄弟は白けて出家を決心したという。
これにより、薬師寺公義は逆ギレの末、髻を切って姿を消した。
「いやはや……間の悪い事とは確かに世にあるものです」
「ああ。もし師直が四国に渡っていれば、薬師寺の危惧と裏腹に存外厄介な事態になっていた可能性は充分にある。もし顕氏か国清、もしくは九州から直冬が攻めて万一にも奇策で敗れてみよ。途端に形勢は師直に傾くぞ。無論、一時的に四国で四面楚歌の状況に陥ってはいただろうが、古今東西の英雄は苦境を乗り越えて覇権を得るものだ。第一、師直は西楚の覇王・項羽と違って老練な武将だ」
「しかしながら……もはや師直は死に体です。薬師寺が師直を見捨てた事、それこそ軍師・范増が項羽と決別したようなものかと」
「きっと薬師寺もそう思っているだろうな。尤も……当代の項羽と申せば、やはり師直より細川元氏だ。新田義貞と同等の知恵足らずな武力自慢が今も義詮殿の御傍に……意外と厄介だぞ、これは」
奇しくも直義の懸念は当たる。罷り間違っても義詮が無茶をして収拾不能な事態にならないように計らうという使命を帯び、丹波国へ意気揚々と牽制に向かった桃井・上杉・諏訪連合軍であったが、一両日の間に撃退されて直義の本営に敗走する憂き目に遭った。
しかし、彼らが男山に戻って来た時、既に俺の機嫌は最悪の一言に尽きるものと化していた。観応二年二月二十二日の未明、尊氏様の二条高倉の屋敷が、跡形も無く燃え尽きてしまったのである。