崇永記   作:三寸法師

26 / 202
▲10

〜1〜

 

 

 逃若党や鎌倉党の面々による助力もあり、持ち前の逃げ上手で足利の大軍を翻弄した時行は遂に諏訪頼重救出に成功し、自らの故郷である鎌倉を目指している。

 

 

「凄かったね、若様」

 

 

「ああ、あれは変態過ぎた」

 

 

 身体に塗りたくった油による滑らかさと鎧を脱いで軽装にしたことによる身軽さで高兄弟の魔の手から逃れ、単騎ながら足利の大軍を掻き回すだけ掻き回した末に尊氏すら躱して逃げた時行の姿は郎党たちの心をこれ以上なく揺さぶった。

 

 

「足利軍は追撃不能だ。今のうちに鎌倉へ!」

 

 

「「「は!」」」

 

 

 単身足利軍の中を駆け回った時行は鈴を携えていた。時行殺害の印として鈴の音に耳を澄ました足利兵たちは、玄蕃が放った鉄はうによる急な爆音で揃って耳にダメージを受けたのだ。

 この隙を突いて、三浦八郎率いる鎌倉党が足利軍による頼重包囲網を突き破り、救出が叶ったのである。

 幾ら尊氏が健在であろうとも、麻痺した足利軍は体勢を立て直す時間が必要である。当分の間は身動きが取れないだろう。

 

 

(初めて……髪を切った)

 

 

 鎌倉を目指す間、時行はしきりに自らの髪を触った。馬に乗っていれば決まって風を感じるものであるが、髪を切ったことにより、その感じ方もまた変化していた。

 

 

「如何ですか?時行様。新しい髪の心地は?」

 

 

「勿論、決まってる。最高だ!」

 

 

 神力が枯れかけていた頼重の命を存続させるため、時行はただの一度も切ったことのない自らの神聖な髪を瀕死の頼重の首周りに緩く巻いたことで、"神の加護"を齎した。

 今の時行の髪型は謂わゆるざんぎり頭である。しかし、時行の幼い顔立ちのせいか存外様になっていた。

 

 

「さぁ、時行様。もうすぐ鎌倉です。北条の本拠地にございます」

 

 

「……ああ」

 

 

 南には懐かしの江ノ島が見える。何年も前に千寿丸と共に訪れた場所であり、ほんの少し前には自らの郎党たちと巡った場所だ。

 これまでの人生における数々の出来事が、時行の脳裏において走馬灯のように蘇っていたその時だった。

 

 

「放て」

 

 

「「「!?!?」」」

 

 

「ヴッ!」

 

 

「うおっ!?」

 

 

 突如左右より飛来して来た矢が時行たちに襲い掛かった。逃若党や頼重たちを囲むようにして進んでいた鎌倉党が命を散らす。

 矢を放った下手人たちは、一斉に旗を掲げた。最早、言うまでもないだろう。四つ目結の旗印である。

 

 

「おい、どうすんだよ。これ……」

 

 

「四つ目結。佐々木一族が用いる家紋だが、あの布地は」

 

 

「六角軍。またしても彼奴が立ち塞がるか」

 

 

「あの野郎……」

 

 

 前方に、二十騎ほどの護衛と共に千寿丸が姿を表す。

 当然、一気呵成に討ち取ることも考えられるが、左右では夥しい数の旗が翻っており、これに何かしら千寿丸の策が反映されたものであることは火を見るよりも明らかである。

 

 

「昨日は碌な挨拶も出来ず、失礼したな。相模次郎」

 

 

「千寿……」

 

 

「殺しに来ておいて、よく言うぜ。本当に。しかも、若の鬼心仏刀にまんまとヤられておいてよ」

 

 

「小次郎、だったか?野暮なことを言うもんじゃない。殺し合いは戦の華だし、窮鼠が猫を噛むこともあり得なくはない」

 

 

「あ゛?」

 

 

「弧次郎、ここは私が」

 

 

「頼重様」

 

 

 最後の機会だろうからと、主君を窮鼠と侮辱されたことに忠義心ある武士としてキレた弧次郎を抑え、頼重は大将としてただひたすら冷静に単騎で北条軍の先頭に出た。

 

 

「初めまして、六角殿」

 

 

「こちらこそ初めまして。諏訪三河権守殿。我が師小笠原右馬助より聞いている。何でも信濃仮面と名乗っておられるとか」

 

 

「……六角殿。いや、時間が惜しい。単刀直入に聞く。一世一代の機会を逃して本当に後悔していないのか?」

 

 

「後悔?……昨日お前たちを取り逃したことか?」

 

 

「違う。本当に足利に付いて良かったのかと聞いている!」

 

 

 信濃国随一の神官、諏訪頼重は看破している。千寿丸もまた先が見える類の人間であると。

 

 

「遥か先の近江国がどうなっているか考えたことくらい、貴方であればある筈だ。その運命を打破する機会を貴方は逃した」

 

 

(まさか……安土桃山時代のことを言っているのか)

 

 

 今は隆盛を築こうとしている足利氏も、いつかは衰え新たな支配者に取って代わられる。

 千寿丸は予見している。戦国期には分国法を定めることで後世に名を残す六角氏の領土はいずれ別の者に奪われるということを。

 

 

「今は路線(レール)に乗って先へ繋ぐことこそが最優先だ。いずれこの世に現れる終焉の天魔王を封じ込める方略は、この頭の中にある。貴殿に心配される筋合いはない」

 

 

「そうか……」

 

 

「それより、諏訪頼重。加えて北条時行。討伐軍の大将の一人としてそなたたちに告げる。首を差し出せ」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 馬上の武者である千寿丸は、怒りで武器を掴む握力を強くする北条軍の様子を全く意に介することなく告げた。

 逆賊指定された挙句、敗北の憂き目に遭う両者の首は京に送られて六条河原に晒されることだろう。

 しかし、一応ではあるが六角には北条と結んだ誼がある。この歴史を汲み、今は敵であろうともいずれ丁重に供養すると。

 

 

「そなたたちの首さえあれば十分だ。残りの者たちは助命するよう征東将軍様に掛け合おう。確か今の北条軍は無駄死にを禁じるそうだな?ならば、腹を召し、彼等の命を助けるが良い」

 

 

「……ッ!ふざけんじゃねぇ!自分可愛さで主君売れるか!俺たちは五大院じゃねぇんだぞ!」

 

 

「そうだ!俺たちは五大院のような人でなしじゃない!」

 

 

「左様!いい加減黙りやがれ!この小童が!」

 

 

「……皆」

 

 

 交渉は決裂した。いよいよと決心した千寿丸が武器を構える。

 世に言う腰越の戦いが、今ここに始まった。

 

 

「今更足利に降れるか!この蘆名入道が相手ぞ!」

 

 

「あっそ。ならば、お前は地獄行きだ!知らんけど!」

 

 

(やっぱり、こいつ強い。これが佐々木の棟梁)

 

 

(昨日も思ったが、あの馬術の腕はやべぇ。狂気染みてるとかそういう次元の話じゃなく、マジもんの天才の捌き方してやがる)

 

 

 あっという間に北条軍の将を仕留めた千寿丸の腕前に、力自慢の亜也子が驚嘆する。剣士の弧次郎もまた同様である。

 こうする間にも、精強なる六角軍と前政権の復興を期した北条軍の戦いは、激化の一途を辿っていった。

 六角軍の中でも精鋭とされる者たちを選んで編成された部隊を率いて来たにも関わらず、容易に殲滅出来ないことに、千寿丸は今回の反乱軍の主力とされる諏訪神党の力量に舌を巻いた。

 

 

(武田勝頼が家を没落させた原因の一つに、母親の実家である諏訪氏の力を十分に借りることが出来なかったというのがあると聞いた覚えがあったが……これが全盛期の諏訪軍。畏るべき力だ)

 

 

 しかし、舌を巻くばかりが大将の仕事ではない。千寿丸は自らの考えに基づき、自軍を鼓舞した。

 

 

「皆の者!尊氏様は明言された!この反乱の主はあくまでも諏訪頼重!北条時行に非ず!ならば我らは自称神の首を獲る!」

 

 

「「「応ッ!!!」」」

 

 

「なっ……」

 

 

 頼重が自称神と呼ばれることは最早今更であるが、この千寿丸の命令は北条軍にとって喜ばしくないものである。

 六角軍が時行を狙うなら、まだ先程の対足利軍の戦術を流用する余地があったが、頼重狙いでは元の木阿弥でしかない。

 むしろ内部に時行が居る分、より質が悪かった。

 

 

「千寿丸を討ち取れば、六角軍は瓦解する!千寿丸を狙え!」

 

 

「甘いわ!」

 

 

「グハッ……!」

 

 

 並の武将では千寿丸を討ち取れない。頼直や保科は六角軍の武将たちの妨害で近付けず、四宮の弓は悉く防がれてしまった。

 この状況下では、時継の戦闘不能が悔やまれる。諏訪の武神である時継が戦えたなら、まだ打開出来る可能性はあっただろう。

 

 

(私は……何も出来ないのか)

 

 

 敵大将の一言で、ここに来て傀儡と何ら変わらない状態に陥ってしまった時行は何か自分に出来ることはないかと模索する。

 そして、遂に心を決めた。かつての友が作り出した死中に活を求め、頼重ら残った郎党たちと共に鎌倉へ帰るのだと。

 時行は刀を手に取って駆け出した。

 

 

「若!?」

 

 

「……掛かったな

 

 

 片瀬・辻堂において尊氏に仕掛けたのとほぼ同じ突撃を今度は千寿丸相手に仕掛ける。逃げの要領によって六角軍の武将たちの刃を潜り抜け、千寿丸が乗る馬の首に飛び乗った。

 

 

「近江三郎……吹雪はどうした?」

 

 

「さぁな。死んだかもしれないし、そうでないかもしれないし」

 

 

 続けて千寿丸は告げる。中先代の乱の主が北条家の遺児時行であるとしても、この戦場はあくまで千寿丸の盤上である。

 

 

「時行よ。挑発して刀を振らせ、六角軍ごとお前の土俵に引き摺り込むつもりだな?無駄だ。伯父上!皆の指揮を頼みます!やっ!」

 

 

「!?」

 

 

 大胆にも千寿丸は、軽装の時行を自らの馬に乗せたまま軍務を伯父の盛綱に託し、明後日の方向へ駆け出した。

 馬を走らせながら、千寿丸は眼前の時行に問い掛ける。

 

 

「時行。分かっているんだろう?その体勢からでもお前は俺を殺すことが出来ない。力量差以前の問題だ。お前は逃げることを誰より愛するが、殺しに関してはそうでもない」

 

 

「……」

 

 

「だが、逃げながらであれば殺すことも造作ない。結局はお前も武士だからな。さもなくば、ただの子どもと変わりない」

 

 

 両者は互いに互いが大将として自分なりに成長してきただろうことは理解している。勿論、その在り方が全く違うということも。

 時行は北条の遺児として、得宗家やそれに仕えて死んだ者たちに報いるべく立ち上がり、死なずに逃げるというポリシーを貫いた。

 一方、千寿丸は六角の若当主として、滅びゆく北条ではなく天下を制する足利に従う道を選び、自分なりにベストと思える守護としての当主像を追求し、文武弓馬の道を進み続けた。

 

 

「俺とお前のどちらが真の兵であるか、武士らしく一騎討ちで決着を着けよう……ここなら大丈夫か。周りには誰も居ない」

 

 

 千寿丸は考える。天下一と言えるかもしれない身軽さを持つ時行相手に複数人で相手をするのは却って自滅を招く。

 ならば、あえてこうして両軍から離れた場所で幼子同士の一騎討ちに持ち込んだ方が余程勝算が見込めると。

 

 

「私は君と一緒に戦いたかった。今までも、これからも……ずっとこの気持ちは変わらない」

 

 

「俺もお前も先祖代々の功罪を背負う身だ。だからこそ名門の当主として相応の振る舞いをしなければ。さぁ、殺し合おう。佐々木氏惣領と北条家当主。最高のマッチアップだ」

 

 

「君も……訳の分からない言葉を使うんだな。頼重殿のように」

 

 

「まぁな。あ、そうだ。亀寿、その髪……似合ってるぞ」

 

 

「……ありがとう。千寿」

 

 

 六角軍と北条軍から半里ほども離れているだろうかという場所において、示し合わせたかのように下馬した二人が向かい合う。

 時行は自らの手に馴染んだ打刀を構え、千寿丸は佐々木一族が誇る宝刀である「綱切」を構えた。

 

 

「我こそは宇多院より数えて十四代目の後胤にして近江国を預かりし佐々木六角家が当主近江の三郎、六角千寿丸なり」

 

 

「我こそは得宗大権現こと鎌倉幕府十四代執権北条高時が嫡子相模の次郎、北条時行とぞ申し侍る」

 

 

 後に六角氏頼として表舞台で武威を振るう千寿丸が、中先代の乱を起こした張本人・北条時行と干戈を交える。

 鎌倉郊外で行われたこの一騎討ちは、ほんの幾許もせずに結実を迎えることと相なった。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 主君を馬に乗せて去った千寿丸を追い掛け、玄蕃の攪乱で何とか六角軍の目を掻い潜った弧次郎と亜也子は地を駆ける。

 焦りを誤魔化すかのように手綱を握り締める二人は、安堵故の失策を悔いた頼直に託された鷹が急降下するのを視認した。

 

 

「弧次郎!」

 

 

「ああ、分かってる!」

 

 

 弓に矢を番た弧次郎は、馬乗りになって時行を襲っているように見える千寿丸に騎射せんとして狙いを定める。

 上空より襲って来る頼直の鷹に気を取られた千寿丸の隙を突き、そのまま射殺しようという算段によるものだった。

 

 

「あいつ!?」

 

 

「手で掴んだ!?」

 

 

 小ぶりな打刀を手に持つ千寿丸は瞬時に身体を起こし、飛来した矢を片手で掴み、更に矢を投げて迫り来る鷹に命中させた。

 逃若党の二人は、常人には成し得ない芸当を実践した千寿丸がいつの日か猛将として覚醒するであろうことを嫌でも予感した。

 

 

 しかも、それだけでは終わらなかった。

 

 

「でやああっ!」

 

 

「うわっ!?」

 

 

 千寿丸によって叫び声と共に全力で投擲された打刀が、四方獣を持つ亜也子が乗る馬の目前に突き刺さり、驚いて急遽スピードを緩めてしまった亜也子は、結果として勢い余って落馬した。

 

 

(あの刀、若のヤツじゃねぇか!)

 

 

 弧次郎は悟った。二人の一騎討ちの顛末を。

 恐らく千寿丸は、再び鬼心仏刀を使った時行の挙動を見切って逆手に取り、手首を狙って引かれた刀を掴んで引っ張り、体勢を崩した時行の隙を見逃すことなく痛手を負わせたのだ。

 かなりの離れ業だが、あの尊氏が幼齢ながら用いる六角軍大将であれば、あるいはと弧次郎は冷や汗を流して歯噛みした。

 

 

「この野郎!」

 

 

「チッ!」

 

 

 かつて頼重に同世代随一の剣士と言わしめた弧次郎は、己の誇りと忠義心を込めた一撃を千寿丸に加えようと試みる。

 馬の突進力を生かした斬撃が、地を踏み締めた千寿丸を襲う。

 すかさず千寿丸は、地に伏せた時行の腕にあたかも鰻の目打ちであるかように刺さっていた太刀を抜き、応戦する。

 辺り一帯に鋭い金属音が響き渡った。

 

 

「刀の性能が違うんだよ。それ、正宗の弟子の作だな。悪くないどころか優れた刀だが、生憎この綱切には及ばない」

 

 

「刀の性能を誇れるのも今のうちだぜ?こっちは騎馬武者。今のお前は一歩兵。どちらが有利か比べるまでもないだろ」

 

 

 馬首を返して千寿丸に告げる弧次郎は、かつての和田米丸との一戦を思い出す。刀を構えた騎馬武者による突進が戦場においてどれ程の脅威であるのかを実感した一戦だ。

 そして、今は弧次郎自身がその脅威を与える番である。

 千寿丸自身、馬に乗って応戦したいのは山々だったが、乗ろうとした瞬間、弧次郎に隙を突かれて殺されることが目に見えており、このまま戦うしかない。

 

 

「確かにな。だが、良いのか?あんまり悠長にしてると、おたくのご主人様が失血死してしまうぞ」

 

 

「てめぇ……!良くも抜け抜けと」

 

 

 地面に仰向けになっている時行は痛みで悶絶し、刀が抜かれた腕の周りには小さな赤い溜まりが出来つつある。

 早急な治療が必要なのは明らかだった。

 

 

「時行の手足は潰しておいた。とてもじゃないが、自力で逃げることなど出来やしないさ。さぁ、俺を討ってみろ。そうしたら時行が助かるかもしれない。どうせ直ぐ尊氏様に殺されると思うがな」

 

 

「上等だ……やってやんよ」

 

 

 馬上から弧次郎は幾度も千寿丸に襲い掛かったが、千寿丸は悉く受け流す。しかし、体力消費は弧次郎の方が遥かに少ない。

 騎乗しているか否かによる差が、確実に千寿丸を蝕んでいく。

 

 

(不味いな……一つ一つの攻撃が想定より遥かに重い。このままだと押し負ける。単調にさせようと煽ったのは墓穴だったか。今ここで俺が死んだら、今までのことが全部台無しだってのに)

 

 

 一方、弧次郎の焦りもまた増すばかりである。理由は明白だ。

 

 

(ヤベェ、仕留めきれねぇ。早くしねぇと若が手遅れに)

 

 

「弧次郎!」

 

 

 戦友の声に振り返った弧次郎は途端に表情を明るくし、千寿丸はまたも失態を重ねたことに気付き、顔を青くした。

 再び馬に乗った亜也子の腕には主君である時行が抱き抱えられている。弧次郎との戦闘に集中する千寿丸の隙を突き、主君である時行の身柄を確保したのだ。

 

 

「行くぞ!」

 

 

「うん!早く雫に治療して貰わないと!」

 

 

「近江三郎!これ、餞に贈っとくぜ!」

 

 

「なっ!?」

 

 

 多くの仲間たちに認められた将才を備える弧次郎は、後ろ射ちによって放った矢で六角氏当主本人ではなく、連日の戦で千寿丸に乗り回され、今は離れた場所で佇む子ども用の馬の尻を射た。

 当然、馬は嗎を上げて何処ぞへと駆け出し、千寿丸は即座の騎乗による追跡が望めなくなり、巻き返しの芽を潰された。

 臨機応変の才は決して千寿丸だけのものではないのだ。

 

 

「あばよ!」

 

 

「じゃあね!」

 

 

 二人の騎馬武者が、北条軍に合流しようとその場を離れる。

 あらゆる感情が胸の内でごった返した千寿丸は、わなわなと震える自身の片手をもう一方の手でギュッと握り締めた。

 

 

「待てよ……テメェらのおかげで……ざっけんなああああああ!」

 

 

 南北朝鬼ごっこ 雷霊鬼 六角千寿丸

 

 

 目を血走らせた千寿丸は、我を忘れて宗家当主として所持する一族の宝刀である筈の「綱切」を全力で振りかぶって投げた。

 かつて宇治川において佐々木高綱の手により、木曽義仲の軍に誰よりも早く斬り込むために使われた名刀は、文字通り雷のように痛烈な一閃で、時行を抱える亜也子の影を切り裂いた。

 

 

「ッ!?……くぁ、ぐ……」

 

 

「亜也子!?おい!?」

 

 

「弧次郎、若様を……お願い」

 

 

 幕府滅亡以来共に時行を支えて来た戦友の悲壮な姿に顔を歪ませた弧次郎は、主君のことを他の何よりも優先する忠義心溢れる武士として、地に転がった亜也子より時行の身柄を受け取った。

 腰越の戦いが終幕を迎える時が、刻一刻と迫っている。




安心して下さい。生きてますよ……亜也子は。
次回の◆11で本章を締めさせて頂きます。
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