崇永記   作:三寸法師

29 / 201
◆2

〜1〜

 

 

 歴とした六角家当主である俺は、家中においてはまだまだ新顔である亜也子が獲った魚の入った竹籠を手土産とし、師直邸で行われた有力武将たちの集まった宴に顔を出している。

 今日の宴はどこから拾って来たのかよく分からないこの時代の基準で言えば若干年増と思われる女性の酌を受けつつ、庭で披露されている猿楽舞を楽しむという形式が採られていた。

 

 

「さぁさ、六角様。湯冷ましにございます」

 

 

「……どうも」

 

 

 足利家執事高師直という男は厳つい顔とは裏腹に、几帳面なところがあるようだ。あるいは酒を注がれることもあるかもしれないと身構えて臨んだ宴席だったが、全くそのようなことは無い。

 自身の仕事ぶりに誇りを持っている様子なのだから、客人の趣向を把握することなど朝飯前だとでも考えているのだろうか。

 勿論、単に子供扱いされているだけという線もなくはない。

 

 

 このような状況で思い出されるのが、もう云十日も前に告げられた斯波孫二郎……今は家長と名乗る天才軍師の言葉である。

 

 

『高師直の派閥の者たちが何をしているか。彼らの行動から決して目を離さないでくれ』

 

 

 師直の派閥と言えば、弟の師泰は勿論のこと、中先代直前まで京に駐留した足利党を含む他、外様では京極や赤松といった武士たちや土岐頼遠のようなゴリゴリの猛者が加わっている。

 婆娑羅者たちが大半を占めるこの空間では、今まさにその斯波家長に関する話題が持ち上がっていた。

 

 

「師直様。あの斯波殿、赤子同然の時行に幾度も負けたにしては北畠親子と互角以上に渡り合っておられるとか」

 

 

「らしいな。だが、半年も保てば上出来だろう。若い顕家の方はまだしも、父親の親房は朝廷でも政治力屈指のやり手だ。遅かれ早かれ出し抜かれるのが目に見えている」

 

 

「へぇ。じゃあ、中先代の時みたく、また兄者が尻拭いするのか」

 

 

 この時代の弟にしては気安く兄に接しがちな師泰の言葉に対し、師直は特に腹を立てた様子もなく、やんわりと否定した。

 

 

「戦ならば問題あるまい。北畠は所詮公家だ。粗野な奥州武士たちを率いて長征するには無理がある。それに、万が一奥州勢が斯波軍を振り払い、我々の軍勢に追い付くことが出来たとしても、その頃には全てが終わっている。疲労困憊のヤツらなど敵では無い」

 

 

「流石は師直様。考えに一分たりとも無駄がない」

 

 

「……」

 

 

 情勢を鑑みても師直の言葉は的確ではあるが、やはり家長を派遣することで北畠親子の軍事行動に対する妨害工作を行う以上の手を打つ余裕が現在の足利方にはないと言った方が正確だろう。

 何しろ西には楠木正成や新田義貞、宇都宮公綱といった奥州勢を上回る強敵たちがいる。幾ら鎌倉方に人材多しと言えど、北畠相手にこちら側からまともに戦を仕掛ける余裕はない。

 要するに、今は時間稼ぎさえ出来れば十分なのだ。

 

 

「聞けば、斯波殿は刀を新調されたとか」

 

 

「ほう。知っているか?千寿丸殿」

 

 

「あぁ……何でも逃げ上手を討ち取るための刀だとか。かの五郎正宗の作で、銘を"疾風蜂"と申すそうです」

 

 

 足利の麒麟児と謳われ、若くして奥州総大将の座を委ねられただけあって、斯波家長の頭は並大抵の武将たちより余程よくキレる。

 現に、かの勝松寿院の死体現場を見ることなく、全ての死体が顔の皮を剥がされていたと聞いただけで、時行は逃げてどこかに潜伏しているのだろうと言い出した。現場を見た俺が、この時代にありがちな習慣なのだろうかと思い始めた矢先にである。

 

 

 そこからは早かった。鎌倉奪還から奥州派遣前に行われた孫二郎の元服までの短い日取りを縫い、アポを取って正宗に面会。

 腰越において時行と一騎討ちの末、あとほんの少しで首を掻き切るところだった俺を参考人とし、二人は天下無双の逃げ上手である時行を倒すための刀について話し合った。

 

 

『手首の動脈を狙う鬼心仏刀を逆手に取った刺撃……成る程、そうやってあの無駄に素早い時行を追い詰めたのか』

 

 

『刺撃が(時行)に有効なのはオレも同意見だ。だが、その鬼心仏刀とやらを(時行)が毎度毎度使って来るとは限らねェんじゃねェか?』

 

 

『となると、必要なのは……執拗なまでの刺突連撃か』

 

 

『だが、孫二郎。恐らく普通の刀でそれをやるなら、かなりの力量が必要になる。身に付けるには鍛錬に一意専心しなければならないだろうが、多忙になるお前には時間的に厳しくないか?』

 

 

『いや、千寿丸。思うに、発想を逆転させるべきだ』

 

 

『ああ、斯波様の仰る通り。刀身自体を軽くしちまえば良い』

 

 

 以上のようにして、クライアントの望みにプロフェッショナルとして応える正宗が鋭意制作したのが、刀身に幾つもの穴を開けて連続での片手高速突きを可能とした逸品「疾風蜂」である。

 あれなら確かに時行が鬼心仏刀を封印しようとも、一騎討ちに持ち込みさえすれば、十分に勝利が見込めることだろう。

 

 

 しかし、師直が主催する宴に居合わせた婆娑羅連中は、一連の涙ぐましい家長の努力を鼻で笑った。

 彼ら曰く、努力の方向性を間違えているらしい。

 

 

「奴の第一の敵は北畠親子だ。死んだ時行ではない」

 

 

「ええ。哀れなるは斯波家長殿。あの齢で渋川殿ら仲間を大勢殺されたのですから、恨みに思うのは分かりますが、よもやご自分の仕事の優先順位を理解しておられないとは」

 

 

「心配になって来ましたなァ。北畠に足元を掬われるようなことがあっては、尊氏殿の大業成就も危うくなってしまう」

 

 

「六角殿。何故斯波殿を諌めなかった?」

 

 

 今度は俺に矛先が向いて来る。

 しかも、よりにもよって婆娑羅連中の中でも関わってはいけない者として真っ先に名前を挙げたい頼遠による矛先である。

 

 

「孫二郎が奥州に行ったら、当分会えなくなると思い、つい優しくてしまいました。今思えば、この私が浅はかでした」

 

 

「六角殿はたいそう奥ゆかしくいらっしゃるようで」

 

 

「どうでも良い。たとえ斯波がしくじり、想定より早く北畠軍が襲来しようが、屠るだけだ」

 

 

 妙にニヤついている赤松の皮肉を師直がシャットアウトしたことにより、ひとまず奥州や家長についての話題は持ち越しとなった。

 程なくして別の話題が持ち上がる。肝心の京の話である。

 

 

「新田は今頃、烈火の如く怒っているのでは?」

 

 

「いや、あの新田は何が問題なのか理解していない。今頃、頭に血が昇っているのは、周りの家臣連中だろう。気が付いた時には我らに自分たちの土地を奪われていたのだからな」

 

 

「船田殿でしょうなァ。新田党の中でも今回の件で一番腹に据えかねているのは。常日頃あの新田殿をよく支えておられる」

 

 

 あたかも学園長の突然の思いつきであるかのように、恩賞を連発する癖がある尊氏は、中先代の乱において功労のあった者たちに対して褒美の約束をし続ける最中、意図的なのかはっきりとは断言しかねるが、遂に一線を越えた。

 

 

『え……馬淵。これ、新田殿の配下の所領ではないか。以前、上京して来たこの土地を治める武士とお茶した覚えがあるぞ』

 

 

『はい。他にも()()()()()()もそうです』

 

 

『どう考えても揉める気しかしない』

 

 

『恐らくそれこそが足利の狙いなのでしょう。一部とは申せ、新田の所領を殿に与えることで、六角を足利と新田……ひいては朝廷との争いに引き摺り込む気です。無論、足利の味方として』

 

 

『うわぁ』

 

 

 先の戦では大分やらかした自覚のある俺でも、先鋒を任された名越高邦の副将や北条本軍の大将の一人である蘆名を討ち取ることには成功したのだから、気前が良過ぎる尊氏は満面の笑みを浮かべて新たな所領の分配を約束した。

 俺以外にも多くの武将が新田の所領を貰っている今、執事として新田家に仕えている舩田義昌は、きっと朝廷に尊氏弾劾の働き掛けをしていることだろう。それこそ一所懸命に。

 

 

「殿の天下に新田は不要だ。それに、新田の方が楠木に比べて与し易い。猪突猛進の新田がどうして鎌倉殿に勝てようか」

 

 

「師直様の仰る通り。鎌倉殿の手に掛かれば、新田ごとき赤子の手を捻るが如く、勝利は容易い」

 

 

「左様です。ああ、君。酒を一杯注いでくれ」

 

 

 婆娑羅連中は勝利を確信しているらしい。かく言う俺も、南北朝初期に楠木や新田が死ぬことを知っているので、内通疑惑による粛清の恐れに怯えた中先代の乱よりはまだ気楽である。

 厠を借りると一言残して場を一旦離れた俺は、誰も見ていない廊下で伸びをして身体の凝りを取った。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 他家の者たちとの宴席では神経を使いがちだ。まして師直邸での宴席であれば、尚更である。

 年頃なのか仮面を被っている吹雪と下手に目を合わすべからずと自分に言い聞かせ、再び俺は歩き始めた。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 戦の気配は日増しに増していく。日暮れ前に鎌倉郊外での演習地から屋敷に戻って夕食を摂った後も、俺は迫り来る戦のことを考えていた。最も心配なのは留守にした近江国のことである。

 

 

「道俊。氏重の体調は大丈夫そうか?」

 

 

「……あまり芳しくない様子とのこと」

 

 

 重臣としては馬淵や伊庭に並ぶ青地氏の当主で、重頼の父親である左馬允氏重はかねてより病床の身である。

 乱鎮圧のため近江国を出る際、氏重ならば足利と朝廷の間の争いに巻き込まれないだろうと見込み、本人の合意の基で留守を預かる者として名前を貸して貰っている状態にあった。

 

 

「薬は……いや、それも限界があるか」

 

 

 遠征中、本国である近江国に非戦闘要員の多くを残さざるを得ないという都合上、負担を承知で頼んだことに後悔はない。

 ただ、それでもある種の責任感……申し訳なさのようなものは感じてしまうのもまた事実だった。

 

 

「氏重であれば、朝廷から出兵を命じられようと病身を理由に断れると思ったんだがな……他に大将も残していないし」

 

 

「そう悲観なさいますな。お母上も伝手を使い、唐渡りの医者をお探しとのこと。必ず良くなられましょう」

 

 

「気休めの言葉は不要だ、道俊。氏重にもしものことがあった場合の遣り様がないでもない。勿論、今は氏重の身体が何とか保つことを願うばかりだが。ときに父上(先代)は今はどちらにおられる?」

 

 

「……聞けば、相変わらずとのことにございます」

 

 

「分かった。もう良い。興が冷めた。風に当たってくる」

 

 

 伊豆国の田舎にある寺で遺族の菩提を弔う毎日を過ごしていると聞く覚海尼のような女性たちはともかく、中先代の乱の終幕を機に北条残党は粗方この世から退場したというのに、時信はまだ北条家への想いを捨て切れてはいないらしい。

 これではまるで夫に死なれて失意の日々を送る妻のようだ。北条滅亡の片棒を担ぎ、中先代の乱でもあれこれ動いた俺が非難するようなことではないのかもしれないが、だとしても今現在重責を担う身として思うのところの一つや二つはある。

 

 

「はっ!やっ!」

 

 

「ぐっぅ……まだまだァ!」

 

 

 そう言えば、うちの屋敷にも夫に先立たれた妻みたいなヤツがいたなと庭で得物……普段使いの四方獣ではなく、訓練用の薙刀を振るう女武者の姿を見て感慨に耽った。

 

 

「野田。これはどういう状況だ?中々面白い組み合わせだが」

 

 

「あっ、殿。お二方!手を止めなされ!」

 

 

 仕える家人の一人である野田の大声により、模擬戦をしていたようである亜也子、及び俺の弟の千金丸が即座に跪いた。

 

 

「殿様」

 

 

(あに)様」

 

 

「ふむ。邪魔をしてしまったか……いや、千金丸。お前随分派手にやられたなぁ。手加減を嫌がる性質(タチ)が裏目に出たか?」

 

 

「面目ございませぬ。兄様」

 

 

「何を言う。その粘り強さは実に好ましい。だが、察するに相当長い間稽古に没頭していたようだな。少しは休め。野田」

 

 

「はっ!……ささ、千金丸様。こちらへ」

 

 

 野田がお付きとして俺の弟である千金丸の身なりを整えさせた上で建物の中へと入っていくのを見届けた俺は一息吐いた。

 一方、亜也子は羽織を脱ぎ、布で肌を伝う汗を拭っていた。

 

 

千金丸(あいつ)の稽古相手、力を入れてやってくれたようだな」

 

 

「うん、ごめんね。千金丸様じゃ加減するのも難しくて」

 

 

「ふむ。やはり我が弟には光るものがあるか」

 

 

「……殿様も強いけど、千金丸様もお強いからさ。一年前の私なら加減するどころか、きっと負けてたと思うし」

 

 

「確かにあれには才覚がある。武術だけなら近江に残した四郎を既に超えているかもしれん。さて──」

 

 

 中先代の乱は勿論、鎌倉幕府滅亡後の信濃国における小笠原軍との争いにおいても逃若党の一員として尽力していたという亜也子の存在は、俺の直属の郎党であるという点を抜きにしても、若党たちの刺激になっているようだ。

 中には何をどう考えたのか、六角家の若き当主である俺に近い極少数の若党たちによる新たな内部の郎党組織を逃若党に倣って作ってみてはと言う者までいるというのが重頼の弁である。

 

 

「次は俺が相手をしよう。食後の運動として丁度良い」

 

 

「言うね、殿様。あまり舐めてると怪我するよ?」

 

 

「どうだかな。もし傷の一つでも付けられたなら、何か褒美の一つでも考えるとしよう。加減は無用と心得よ。いざ」

 

 

 あたかも戦に臨んでいる時のように感情を昂らせた俺は稽古に使う刀を手に取った。対して亜也子も再度得物を構える。

 先に動き出したのは十分に身体の温まった亜也子の方だった。

 

 

「……はああああ!」

 

 

「でりやああ!」

 

 

 俺も亜也子も猛者揃いの新田軍との戦闘に向け、数ヶ月前に比べて一段、二段と強くなっている。

 目つきを変えた二人の若武者たちの勝負は蒸し風呂の用意が出来たと執事に告げられるまで止まるところを知らなかった。




明日は特番配信ですね。情報が解禁されるに連れ、アニメ放映が近付いていることを実感させられます。ところで、本日6月7日は本作にとってかなり重要な日です。理由はまたいずれ……
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