崇永記   作:三寸法師

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▲3

〜1〜

 

 

 後醍醐方と足利の間で戦が起これば、否でも応でも足利に味方しようと考えている幼当主・千寿丸の意向の元、六角軍は迫りつつある戦に備え、通常よりも実戦的な演習を実施している。

 

 

「うん、千金丸。お前は指揮の方も中々筋が良い。見事だったぞ」

 

 

「はい!ありがとうございます!兄様!」

 

 

(若干行き当たりばったりなきらいがあったのは玉に瑕だが、俺と違って()()()()()であることを踏まえれば、かなりの潜在能力の持ち主だと言える。想定以上の収穫だった)

 

 

 父親にして隠居済みの時信や長弟の四郎の不在により、自身に不測の事態が起きれば、次弟の千金丸を少なくとも名目上の六角軍総大将に据えるという方針は、既に千寿丸が伯父の盛綱や家臣筆頭の馬淵義綱と協議の末に決めたことである。

 あくまで訓練の場だからと模擬戦の場で試し、明らかになった千金丸の軍才に、千寿丸は兄として目を細めていたのだ。

 

 

「午後は屋敷に戻れ。模擬戦の後に兵書を読むと、普段とは違う発見があるものだ。しかと励めよ」

 

 

「はい!一日も早く兄様のお役に立てるよう精進します!」

 

 

「ああ、心待ちにしている。行きなさい」

 

 

 尚も誇らしげな様子の千金丸が六角家の新しい邸宅がある鎌倉の市街地に向けて出発すると、本陣にある太鼓を一瞥した千寿丸は、すぐ側に居た自らの近侍に目線で合図を送った。

 当主の側近による太鼓の音が六角軍の兵士たちに、食文化として徐々に広まりつつある昼食の時間を知らせるのである。

 

 

(やっとお昼だ……六角(ここ)の訓練って意外とクるんだよなぁ。殿様が無茶やることを想定した演習みたいだから、便女の私も振り回されて息吐く暇がない。ある意味、父上*1の軍みたいだよ……)

 

 

 豪傑の素質を秘めた亜也子でさえ、ここのところ毎日参加している六角軍の演習を徐々にハードなものだと感じ始めていた。

 しかし、心の持ち様が違うのだろうか。亜也子と違って前々から六角家に仕える人々の表情はどこかほっこりしていた。

 

 

「殿。先程重頼殿に聞いたのですが、我が兄のために貴重な薬の数々を手配して下さったとのこと。御礼申し上げます」

 

 

「何を言う。氏重には我らの留守を預かって貰っているのだ。これしきのことは何でもないぞ。源五」

 

 

「勿体無いお言葉にございまする」

 

 

(大勢の家臣が殿様に忠誠を誓ってる。弟の千金丸様もそう。(高時)の御子だった若様や神様だった頼重様とはまた違った大名としての当主らしさだけど……私と同じ歳の殿様が名家の御当主、しかもあの貞宗と同じ守護をやって来れたのも分かる気がする)

 

 

 同じ近臣である重頼や粟生田小太郎らと共に昼食の配膳の準備をする傍ら、亜也子は遠い目をして心の中で溢した。

 図らずも彼女は新たな主君の千寿丸を逃若党時代の主君である時行や諏訪神党の長だった頼重と比較しがちになっていた。

 

 

「亜也子殿。この御膳を殿に」

 

 

「はい。重頼殿」

 

 

 近江国に分家がある望月家の娘だからなのか、あるいは天真爛漫という亜也子の特性を見抜かれているからなのか。

 亜也子は帰順して半年も経たない身ながら、こうして主君の口に入る膳の持ち運びを委ねられるほどに信頼されていた。

 

 

「殿様。御膳をお持ちしました」

 

 

「苦労」

 

 

 皆の面前なのだからと臣下として丁寧に言葉を使った亜也子に対する主君の千寿丸の返事は素っ気なかった。

 贔屓にしていると思われれば、家中に不穏を招くだろうという考えによるものだったが、家臣たちの目は妙に生暖かい。

 

 

(あ〜あ〜。殿、我らに遠慮せずとも)

 

 

(道誉の娘とは鎌倉でも何度も出掛けるほど親しくされておられると言うに。歯痒いことよ。まさか亜也子殿でも無理なのか)

 

 

(こればかりは……おいそれと進言も出来ぬ)

 

 

「ん?どうしたお前たち?そんなに見つめて」

 

 

 心の中で好き勝手に呟く家臣たちだったが、主君である千寿丸本人に凝視していた理由を問われると、揃って言い淀んだ。

 

 

「……あ、いえ」

 

 

「……」

 

 

「何でもございませぬ」

 

 

 主君の女性関係に余計な口を挟めば、碌な結末が待っていないというのは身分の高い人物に仕える者にとって常識である。

 勿論、隠し子が出来てしまったというような問題が生じたときは別かもしれないが、齢十の千寿丸にはまだ早過ぎる話だった。

 

 

「そうか?気付いたことがあったら忌憚なく申せ。俺もまだまだ若い身だからな。お前たちの助けあってこその今の俺だ」

 

 

「「「は!!!」」」

 

 

「うん。さぁ、折角の昼餉だ。共に食べようではないか」

 

 

 肉食が平然と行われている諏訪育ちの亜也子にとって、"前世の記憶"を有する千寿丸の好みが多分に反映された食事は他の者たちが感じるほど目新しいものではない。

 むしろ未来視を活かして好き勝手に食文化を楽しんでいた諏訪頼重の数々の奇行を思い出すのが常だった。

 

 

(今頃、どうしてるかな……みんな)

 

 

 時行は勝長寿寺で頼重と共に自死したのだという風評は六角家中においても蔓延している。しかし、弧次郎をはじめとする逃若党メンバーに関しては死体も無いし、生き延びている筈だという推測に関しては千寿丸も公然と口にするところであった。

 

 

「……亜也子殿。箸が止まっているようですが、私の料理はお口に合いませんでしたか?」

 

 

「!?いえ、高宮殿。お替わりお願いします」

 

 

 近くで重頼と小太郎がまだ食べるのかと顔を見合わせる中、亜也子は望郷心を誤魔化すかのように、新たに盛られた器の飯を人目も気にせず掻き込んだ。

 

 

「高宮殿。我が隊の馬具についてなのだが」

 

 

「はい、儀俄殿。目録をこちらに」

 

 

 当主の千寿丸が設定した昼食休憩の時間は意外と長い。

 実際、休憩と言いつつもこうして雑務処理の時間に費やすのが通例となっている。それ以外にも、本陣では今後の方針にも関わる()()()が食後の茶菓子を片手に行われていた。

 

 

「足利と新田……二年前の二引両旗の一件は勿論、義国義重兄弟の時に枝分かれした両家には深い因縁が。見物ですな」

 

 

「伊庭殿の申される因縁の方はともかく、新田軍には篠塚伊賀守や畑六郎左衛門、他にも多くの猛者が。腕が鳴りまする」

 

 

「ほう。目賀田はもう戦が待ちきれないか?」

 

 

「無論です。百年生きて巡り会えるかどうかという戦。武士としてこれに立ち会えるは、何よりの喜びにございましょう」

 

 

(意外と積極的だな。これも足利と朝廷ではなく、足利と新田の争いにせしめた師直の手腕の賜物か。まぁ、誰しもが目賀田のように武人らしく割り切れるとは限らないのだろうが)

 

 

 新田の持つ土地を勝手に恩賞として傘下の者たちに与えた足利の挑発行為に対し、新田の側も対抗措置を取った。

 すなわち、越後国や上野国といった新田の影響力が強い国々で足利一族の持つ荘園を差し押さえたのである。これにより、両者の間に散る火花は天下万民の知るところとなっていた。

 

 

「そろそろ阿波守殿も向こうに着いた頃合いでしょうか」

 

 

「ひょっとすると、京に入る前に追い返されているやも」

 

 

「ま、足利と新田の悪口合戦も近い内に終幕だろう」

 

 

「そうなれば、いよいよ……」

 

 

「始まるな。戦が」

 

 

 主座に座る千寿丸は剣呑な目で告げ、湯呑みを口に付けた。

 対して、六角家に仕える重臣たちの反応は様々である。馬淵のように周囲の反応に目を配らせる者もいれば、目賀田のように闘志の宿った笑みを浮かべる者もいる。

 

 

「何も案ずることはない。天下は源氏の手に還る。後醍醐の帝は京を追われ、足利によって推し挙げられた持明院統(新たな帝)がこの日ノ本を照らすのだ。俺がやるべきは足利の覇業に力を貸し、佐々木の本分を果たすこと。付き合ってくれるな?」

 

 

「「「は!」」」

 

 

 このような場における千寿丸の当主としての振る舞いは全く年齢離れしている。重臣たちだけでなく、近臣たちも主君の言葉に聴き入っては興奮し、中には武者震いをする者もいる程だった。

 

 

(源氏の家って、どこもこんな感じなの……?他に私や殿様と同じ位の歳の子が当主やってる家なんてそうないと思うけどさ)

 

 

 亜也子は空になった器を持ったまま、周囲の反応に気圧された。

 馴染みつつあるとはいえ、まだまだ新顔。主君のためにと息巻く生え抜きの郎党たちとの温度差をはっきり感じたのである。

 

 

「亜也子殿。そろそろ我々は外で準備に掛かりましょう」

 

 

「っ……はい!」

 

 

 昼食休憩が終わるまでに、近臣の面々はいつでも千寿丸が出られるように整えておく必要がある。

 手早く準備をする間、亜也子は陣幕の外の武士たちの様子を横目にチラリと確認した。

 

 

(沢山の武士がこの自由に使える時間を使って、率先して型を確認したり武器の手入れをしたりしてる。戦になったら頻りに最前線に出たがるって云う殿様をお守りするために。昔の私と同じだ)

 

 

 その時、カタと地面を鳴らす下駄の音が亜也子の耳に入った。

 直ぐに他の近臣たちも身構える。理由は言うまでもない。

 

 

「亜也子。三郎はこの中?」

 

 

「……魅摩」

 

 

 佐々木の惣領家である六角家に属していようと、一郎党の立場では道誉の息女を呼び捨てることは本来許されない。

 しかし、亜也子の立場が特殊かつ実質的に一郎党の領分を超えているという見方は、六角家だけでなく分家として位置付けられる京極家においても公然のものとして知られていた。

 

 

「うん。中で重臣の皆様方と歓談されてる。だけど、そろそろ演習を再開する頃合いだから、今からだと殿様とはそんなに話せないんじゃないかな」

 

 

「へぇ。つまり、出直せってか?」

 

 

「ええっと……」

 

 

「冗談よ。大事な用があるって取り次ぎなさい」

 

 

 単なる令嬢ではなく、神の力を振るう博打打ちとして京では並ぶ者がいない魅摩の言葉には凄みがあった。

 田舎育ちの亜也子には馴染みのない匂いを漂わせた魅摩の手には雅に香る一つの手紙が握られていた。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 人払いがされた陣中において千寿丸と魅摩が二人きりで床机に筋向かいになって座っている。

 この間、六角軍の調練自体は千寿丸の代理として系図の上では伯父にあたる盛綱が指揮を執る形で行われていた。

 

 

「これ、東海道で()家の配下が手に入れた密書なんだってさ」

 

 

「……ふむ。それで?」

 

 

「もしかしなくても見覚えあるでしょ?この筆跡」

 

 

「……左中将様のものに見えるな。その上、懸紙にある宛て先はこの俺と来たとなれば……成る程。また疑われているのか。俺は」

 

 

 ここで言う左中将もとい左近衛中将とは、藤大納言こと二条為世の息子である為冬のことを指す。

 とある縁から為冬と千寿丸の二人は多少の身分差があれ、知らないでもないという程度の仲になっていた。

 

 

「だが、妙だな。詰問したいなら鎌倉殿の御所なり師直殿の邸宅なりに呼び出して行えば良いものを」

 

 

「そんなことして大事になったら困るからじゃない?少なくとも今回は私もあんたが敵に内通してるなんて思ってないよ」

 

 

「要するに、ただの確認のために来たのか?」

 

 

「そゆこと。で、どうなのさ?三郎」

 

 

「はぁ……無論、俺は京方に味方するつもりは更々ない。鎌倉殿やその御嫡男の千寿王様に誠心誠意お仕え申す所存」

 

 

 行儀悪くも肘を机に着けた千寿丸が、こうして大事な演習の時間を割いてまで端から分かりきったことをわざわざ言わせられることへの抗議の意思も込め、半ばうんざりした顔で明言した。

 方や魅摩はそれを聞き、口角を上げて白い歯を覗かせる。

 

 

「やっぱそう来たか。父上の予想通りだ」

 

 

「道誉殿の?」

 

 

「そ。六角家ってさ、昔から持明院統に近かったでしょ?だから、大覚寺統由来の帝との対決も畏れないんじゃないかって」

 

 

「……流石だよ。お前のお父上は」

 

 

(道誉が謀略家とは知っているが、娘の口からこうもあっさり本音を示唆されると恐ろしくなるな。しかし、確認とはまさか)

 

 

 腹黒坊主と呼ばれる道誉の胡散臭さは本家である六角家に属する郎党たちも事ある毎に指摘するところである。

 仮にも惣領である千寿丸は彼らに同情しつつ、一応何と書かれてあるか目を通しておきたいと言って魅摩から手紙を受け取り、懸紙を開けて文面を読み進めようとした矢先、凍り付いた。

 

 

「お父上は今はどちらに?」

 

 

「ん?今頃、尊氏様と船遊びでもしてるんじゃない?冬の船遊びも風情があるってもんさ。今度暇が出来たら一緒にどう?」

 

 

「申し訳ないが、それどころではない」

 

 

「……何。それ、そんなにヤバいこと書いてあったの?」

 

 

 いつになく低く透き通った声を出した千寿丸の異変を肌で感じた魅摩は、ならば事前に父親である道誉に密書の内容を詳しく聞いておけば良かったと後悔しつつ、戸惑いながら問い掛けた。

 千寿丸は珍しく腹を立てている。程なくして、品のある文字で綴られた手紙を力の限り握り締め、感情の昂るままに捲し立てた。

 

 

()()()とは何だ?大塔宮(護良親王)の寵姫なんぞが朝廷に乗り込んで有る事無い事吹き込めば、執事(師直)殿の工作は台無しだ!一体全体どうやってそんな者が鎌倉から京に上った?協力者でも居たのか!?」

 

 

「ちょっと、あんた……」

 

 

「噂止まりならまだしも、身元が明確な証言者が現れてしまったからには、如何なる言い逃れも情報操作も意味がない!事は尊氏様が帝に朝敵認定されるだけでは済まないだろう。尊氏様に心酔していた公家や民衆……いや、老若男女が一斉に掌を返す筈だ!」

 

 

 六波羅探題が陥落して以来、二年以上も在京していた尊氏は誰の目から見ても分かるほどに都人の信頼を勝ち取っていた。

 しかし、それも朝敵とされては元の木阿弥だ。それどころか親王弑しという悪業が白日の元に晒された今、世間は足利軍を極悪非道の凶徒集団と見做しかねない。尊氏の面目は丸潰れである。

 

 

(……本当にこのままで大丈夫なのか?最早、君側の奸(新田義貞)を討つという名目を振り翳したところで、意味が無い。師直の思惑は外れてしまった。人心を失うだけでなく、兵の士気すら危ぶまれるぞ)

 

 

 せめて持明院統の院宣さえ得られれば、士気の低下を幾らか軽減できる筈だと千寿丸は睨むも、東国に居る今はまだ距離の問題等で現実味が薄い。何より、足利首脳部にその気が見られないのだ。

 もはや現状打破を試みずにはいられない。こうした時に千寿丸の脳裏に思い浮かんだのは、馴染みある腹黒坊主の顔だった。

 

 

(道誉はこの書状の詳細を知らせることなく、娘の魅摩を演習地の俺のところへ寄越したようだ。その意図するところは……)

 

 

「魅摩姉、今後の対応について急ぎ道誉殿と相談したい。道誉殿が屋敷に戻られるのは何時になりそうだ?」

 

 

「……夕刻前には屋敷に戻って来る筈だけど」

 

 

「そうか。少し……手を借りるぞ」

 

 

「!?」

 

 

 奪い取るようにして魅摩の手を掴んだ千寿丸は彼女の様子を一切顧みることなく、ズカズカと陣中を進んで行く。

 目撃した郎党たちが驚いて口を開けるのさえ気に留めない千寿丸に現れている焦りの色は誰の目にも明らかだった。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 

 さる広大な屋敷の内に構えられた物見櫓で、きらびやかな二人の貴公子たちが冬風に晒されながら立っている。

 彼らは当分、あるいは二度と見られないかもしれない京の景色を目に焼けつけながら、二条高倉の方角よりけたたましく鳴り響く鬨の声とそれを切り裂くような鏑矢の音を耳にしていた。

 

 

「いよいよだな」

 

 

「はい、殿下。準備は万端にございます」

 

 

「万端……か」

 

 

 かつては都で最も見目麗しいと評判を博していた男は、どこかもの寂しそうに乾いた笑みを溢した。

 

 

「殿下。いかに尊氏が強大と言えども、この陣容を相手に、あまつさえ朝敵の汚名を着たまま勝てる道理はございません」

 

 

「……後鳥羽院の二の舞にはなるまいな?」

 

 

「ご安心を。当時と違い、官軍にはこの京で攻め滅ぼすべき敵がいない上、帝のご叡慮により、速やかに軍を東へ動かせます。此度はよもや東夷どもに後れをとるようなことはありますまいかと」

 

 

 古の後鳥羽上皇による承久の乱では、在京していた義時の義兄である伊賀光季を討ち取ったり院宣を有力武家に送り付けたりしたのは良かったが、その他に関しては緩慢な点が目立っていた。

 翻って今回は自勢力に軍神と呼ばれる楠木正成を抱えているだけあってか朝廷軍の動きは実に速やかである。追討の決定から実際の討伐軍派遣までの日数が必要最低限に抑えられていた。

 

 

「だと良いのだが……為冬、千寿丸から何ぞ返事はあったか?」

 

 

「……申し訳ありません。まだ何も」

 

 

「では、実際のところは分からぬままか」

 

 

 天を仰いで溜め息を漏らした公達の名前は、尊良。

 後醍醐帝の第一皇子であり、候補としてその名を挙げられながら終ぞ皇太子には選ばれなかったものの、元弘の乱に際しては流罪先である土佐国を脱出した後、九州において反幕府勢力の旗印となって鎮西探題を陥落せしめた親王である。

 

 

「戦の差配は左兵衛督に任せる。北条軍二十万を破り、鎌倉幕府を滅亡に追い込んだ男だ。余はあの者の器量を信じたい」

 

 

「その左兵衛督ですが、どうやら己と尊氏のどちらが偉くて強いか雌雄を決せられると息巻いておるようにございますぞ」

 

 

「まさに武の者だな。余とはまるで違う……余はただ知りたいだけなのだ。弟護良が如何にして死んだのか。その真のところを」

 

 

 かつて皇太子の座を掴み損ねてより長い間、尊良は立身の望みをさっぱり忘れ、風流の心を重んじて生きていた。

 それが今や何の因果か尊氏討伐の軍の象徴(シンボル)である。建武二年十一月十九日、五百の近衛兵を率いた尊良が三条河原に姿を現した。

*1
諏訪三大将の一人である望月重信のこと。




原作の「インターミッション1336①」(13巻収録)で足利討伐を目指す新田軍の襲来時期は1336年の1月とされていましたが、本作においては旧暦に依拠して1335年の11月から12月にかけての出来事として書かせて頂きます。ご承知おきください。
ところで、いよいよ明日からアニメ放送ですね。どうコメントするのが良いか迷うところですが、映像媒体だと漫画とはまた一味違った『逃げ若』が楽しめそうで、非常に興奮しております。
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