崇永記   作:三寸法師

31 / 202
◆4

〜1〜

 

 

 今より遡ること三ヶ月近く前、諏訪頼重らが自害して中先代の乱が幕を閉じてより暫くが経ったある日の昼下がり。

 俺と魅摩の姿は亜也子を含む僅かな護衛の者たちと共に、見るに耐えない惨状と化した鎌倉大仏殿跡にあった。

 

 

「これを……本当にお前がやったのか?」

 

 

「だから何遍もそう言ってんでしょうが」

 

 

 呆れたとでも言いたげな白い目を向けてくる魅摩は涼しい顔をしているが、本当に大仏殿を倒壊させたのだとすれば、あまりにも度が外れている。罰当たりとかそういう問題ではなく。

 

 

「……亜也子」

 

 

「うん。夜中に急に風が強くなってさ。魅摩の気配がするって雫が言うから見に行ってみたら、魅摩と道誉が居て」

 

 

 複雑な面持ちで当時を回顧する亜也子の言葉から嘘の気配を感じ取ることは出来ず、まして魅摩とこの場で口裏合わせをする意味も見出せなかった俺の表情は自ずと渋くなる。

 一方、京極家の令嬢である魅摩はまだ北条家の郎党の色が抜けていないと思わしき亜也子の失言に目敏く反応していた。

 

 

「ちょっと、亜也子。今のあんたは一応佐々木の家人なんだから、父上を呼び捨てるのはどこであっても止めときな。京極(うち)の者に聞かれたら面倒になるよ。あたしなら別に良いけどさ」

 

 

「魅摩姉、それは後で俺の方から言い含めておくから。亜也子、聞くが現人神とかいう諏訪頼重にも同じような力が?」

 

 

「うん。雨を止ませたり怪しげな未来を見たり……変な所は色々あったし、戦も結局敗けちゃったけど、間違いなく諏訪の神様だった。私みたいな信濃の民にとっては」

 

 

「……」

 

 

 降伏した身でありながら、信濃国に未練があることを隠そうともしない亜也子の態度には苦笑したくなるところだったが、それ以上に現人神であると噂に聞いた諏訪頼重という男に、そのような聖人染みた逸話があることに対して驚かされた。

 諏訪神党出身の亜也子の弁だから話半分に聞くとしてもだ。

 

 

 ……冷静に考えてみると、宗教勢力にどっぷり漬かった娘を家に迎えた形になるのは、本当に大丈夫なのだろうか。

 尤も、俺のところも宇多源氏の末裔としてあれこれと祭祀をしているのだから、あまりとやかく言えないのだが。

 

 

「諏訪頼重は未来が見えるのに足利に戦を仕掛けたんか。折角の神力を無駄遣いして何がしたかったんだか」

 

 

「忠義心が強かったんだろう。諏訪明神は北条のおかげで東国の武神として扱われていたという話を聞いた事がある」

 

 

 他にも特別扱いされた事例はある。例えば、鷹狩りである。

 聞いたところによると、幕府が鷹狩りのために仕事を疎かにする武士が出現するのを防ぐべく禁止令を出した際、神事の一貫としてならばと諏訪大社には特別に許したのだとか。

 

 

「でも、尊氏……様の神力は頼重様の神力を遥か上回ってた」

 

 

「……亜也子。お前それ本気で言ってる?」

 

 

「相模川の光は殿様も見たでしょ。頼重様が尊氏様の神力は自分を超えてるって言ってたけど、あそこまで桁外れだなんて思いも寄らなかった」

 

 

 八月十八日に足利を中心に佐々木や土岐らが参加した源氏軍と北条・諏訪連合軍とが雌雄を決した地である相模川。

 そこで見た光となると心当たりがない訳でもなかった。

 

 

「亜也子。相模川の光というのは、よもや尊氏様がご自害召されようとして失敗した時の?」

 

 

「うん、勿論」

 

 

「ふーん。三郎、あれはちゃんと認めるんだ。あたしの神力はこれまで散々否定しておいてさ」

 

 

「……ま、あれはね。と言うか、相模川の前日の治癒でお前の主張も多少は認めてるから。原理は今もまださっぱりだがな」

 

 

「ならさ、()()はどう?今の三郎なら分かるっしょ?」

 

 

 その時、俺は爪の手入れが丁寧に施された魅摩の指先に僅かな光の粒が集まっていくのを感知し、漸く悟った。

 俺が二十一世紀の記憶と共に生まれ落ちたこの洲が、単なる過去の日本ではないかもしれないということを。

 

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 そして、現在。俺と魅摩は京の街に潜入していた。

 六角軍を統率すべき立場にある俺が、その仕事を弟たちに任せて出張るのだから、当然ながら相応の使命を帯びてのことである。

 

 

 隣にいる魅摩と同様、変装の一環でいかにも猿楽一座で面倒を見られている子供のような格好となった俺は目を凝らした。

 かなり遠目に見えた三条河原には五百騎程度の煌びやかな兵馬の列があり、その周囲には見目麗しいと評判の尊良親王の勇姿を一目見ようと駆け付けた見物客が溢れていた。

 

 

「魅摩姉、あれが一宮中務卿親王殿下だ。間違いない」

 

 

「そ……三郎、見せてあげる。()()()の一端を」

 

 

 そっと突き出した魅摩の手先から力が溢れる。だが、それはあくまで微かで淡く、儚さすら感じさせる力である。

 

 

 大風が吹く。儚さとは程遠い烈風そのものだ。

 その結果、尊良親王の手勢が意気揚々と掲げた錦の御旗が瞬く間に強風に煽られ、耐え切れずボキリと折れた。

 

 

 晩年の俺が目にしたとある軍記物語にも盛り込まれることになったこの一件は、根回しを含め綿密な事前準備をした割に、振り返ってみると酷くあっさり実を結んだように思われた。

 

 

「これで敵の士気は急降下。噂は噂を呼び、承久の乱と同じく此度も武家方が勝つのではと貴人たちは内心怯え、その不安は敵方の武家に伝播する。長居は無用だ。退こう、魅摩姉……魅摩姉?」

 

 

 目頭を押さえた魅摩の反応が鈍いことに気付いた俺は思案する。

 佐々木の惣領を務める人間として一族の娘である魅摩に無理はさせられない。この歳にしてはかなり豊富な体力を有している筈の彼女だが、この様子だと場所を移動して一旦休憩すべきだろうか。

 ただでさえ、船を使って素早く移動するためには、風を操ることの出来る神力使い(超能力者)の魅摩の助力が必要不可欠なのだ。

 しかし、その考えは直ぐに頭から立ち消えることになった。

 

 

「何でも無いよ、三郎。そんなことより今は」

 

 

「ああ、行こう。そう遠くない内にまた上京出来る筈だし、全ての仕込みを終えた今は一刻も早く東に戻りたい」

 

 

 奇怪かつ不吉な事態だとして騒然とする三条河原に集った人々の様子には目もくれず、変装中の俺たちは美濃部ら猿楽師に扮した裏で甲賀忍軍に属す家人たちに紛れ、その場から姿を消した。

 

 

 五日後、俺と魅摩は討伐軍迎撃のため鎌倉から出撃した足利軍に参加する京極軍と三河国矢作宿で合流した。

 

 

「宗家。まずは長旅、ご苦労に存じます」

 

 

「いいえ、道誉殿。そう大したことでは」

 

 

「ふふ。途中の宮方の領地を避けての隠密行動。中々体験出来ることではありません。さぞ貴重な経験になったことでしょう」

 

 

 面倒な役回りを自分に押し付けておいて、よく抜け抜けと言えたものだと顔が引き攣りそうになるが、意思の力で回避した。

 息子たちの誰かや数多くの郎党たちではなく、惣領家当主の俺に娘の同伴を委ねたのはあまりに大胆な振る舞いだが、尊良親王の顔を知る者たちの中で、参謀として足利軍の中枢に喰い込む道誉本人以外に、戦略兵器級の価値がある魅摩を全幅の信頼を以て預けられる人間が俺しかいないとなれば、納得できなくはないのだが。

 

 

「勝利が危うくなる程に味方の軍の士気が低下したのなら、こちらは相手の軍の足並みを乱すための布石を打つ……道誉殿の発想にはこの千寿丸も感嘆するばかりです。ただ、そのための力を持った魅摩を私に預けるというのは別の意味で驚かされました」

 

 

「今の拙僧は新田軍に内通したる身と言うに、宗家は随分と正直なのですなァ。どうやら足利と新田の両陣営から信を得た拙僧の意思一つで、如何様にでも勝敗が決まることをお忘れのようだ」

 

 

「……そうでした。鎌倉殿も真相を知れば、驚かれましょう。まさか南の方を手引きしたのが、気心知れた友である道誉殿だとは」

 

 

 違和感自体はあった。宮中で暮らしていた南の方がゆっくり時間を掛けたとしても、当世の治安で賊に襲われることなく鎌倉から京まで辿り着けたというのは、どうにも奇妙な話である。

 安全性の面では、きっと世界でも有数だった二十一世紀の日本に遠く及ばないのだから、親王の愛妾になるような容貌を持った女性が無事に長旅を終えるには誰かしらの庇護が欠かせないのだ。

 

 

 しかし、黒幕が他でもない同族の道誉だとは、惣領として彼の腹黒さを知るこの俺でさえ、思いも寄らないことだった。

 華道や猿楽に精通する道誉は鎌倉に滞在する間、尊氏と一緒に遊びに興じていたかと思えば、謀略家らしく裏でしっかり暗躍していたのである。その大胆不敵さは到底俺の及ぶところではない。

 

 

「やむを得ますまい。尊氏殿と帝の間の深い縁を断ち切るにはこうするより他、何か手がございましたでしょうか」

 

 

「源氏軍屈指の知恵者の道誉殿が無いと言われるのであれば、何も無かったのでしょう。他に良い手があれば、かような苦肉の策を用いはしなかった筈ですから。ところで、真面目一徹なお人柄の直義殿はまだしも、執事の師直殿は全てご存知なのですか?」

 

 

「無論、必要なことは全て。さもなくば、師直殿は先の乱でも度々活躍された六角軍の後方配置を認めなかったでしょうなァ」

 

 

「……何やら直義殿には新田軍撃破の後、南近江を素早く制するためのことだと伝わっているようだと聞きますが」

 

 

 中先代の乱において中軍の主力を担った六角軍は今回、箱根に配置されることが決まっている。

 表向きは山間部での防衛戦に長けた赤松軍と共に、実質的な最後の防御線を構築するためであり、現在も弟の千金丸と留守を預かる盛綱や馬淵らの元で準備が進められている筈である。

 

 

「嘘ではないでしょう。現に、宗家は上京がてら今後の反転攻勢を見据えて南近江の各地に密かに手を打って来られた筈です」

 

 

「ええ。つつがなく。とはいえ、隠密行動の最中だったということもあり、口惜しくも寺社領の方には手が及びませなんだが」

 

 

「十分です。六角家の支配地域にさえ確と抑えが効くのであれば」

 

 

 言外に京極家の支配地域は当主が苦労して密かに赴かなくても大丈夫なのだと告げられている気がするが、今ここで道誉の言葉に目くじらを立てたところで何の益もないだろう。

 用意された茶で喉を潤した俺は気を紛らわすため、この情勢でも鎌倉にいる武家の棟梁に思いを馳せた。

 

 

「結局、鎌倉殿……いえ、尊氏様はお出になりませんでしたか」

 

 

「ええ。話を聞いた途端、部屋に篭られました。仕方なく、直義殿が総大将として出陣することに」

 

 

「それはまた……正直意外でした。尊氏様が出られない時は千寿王様を名目上の総大将として師直殿が仕切るものとばかり」

 

 

 中先代の乱における緒戦により、直義に対する軍事的評価は地に堕ちたというのが敵味方問わずの共通見解である。

 何せ足利一族の誇る若手有望株を集めた関東庇番衆を抱えておきながら、味方の軍勢を小出しにした挙句に連敗したのだ。

 極め付けは優れた防御拠点とされた鎌倉を捨てての井出沢の戦いである。尤も、これに関しては多少勉強になる点もあったのだが、それは今この状況において問題ではない。

 

 

「宗家は直義殿が総大将では士気が上がらないとお考えですか」

 

 

「……どう捉えようがお任せします。道誉殿」

 

 

「無理もないことです。ただでさえ、大塔宮弑殺や諸国にばら撒いた御教書の件で朝敵認定されているところに、総大将が戦下手なのではないかと疑われている直義殿なのですから」

 

 

 紆余曲折の末に、朝廷の評議に顔を出した南の方は護良親王の寵愛を受けた身として、その最期について語ったという。

 これにより、新田からの上奏文にあった讒言が真実だと知った後醍醐帝は唖然とした末、怒りに震えた。

 おまけに、鎌倉殿の名前であちこちの武士に出された御教書が次々と表沙汰になり、遂に討伐軍の派遣が決定されたのだ。

 

 

「ここからどう転びましょうか。色々と」

 

 

「情勢次第と言ったところでしょうなァ。まずは初戦が肝要かと」

 

 

 新田義貞が中心となって尊良親王を神輿として担ぐ討伐軍の迎撃地はここから直ぐそこの矢作川で行われる見込みである。

 既に元関東庇番衆六番組筆頭の吉良満義や人智を超えた膂力の持ち主である土岐頼遠、他にも仁木や細川といった足利一門の人々が戦に備えて設営を開始している。

 

 

「戦に向かない総大将がこちらに到着する前に戦端を開くのは目を瞑るとして、先鋒大将が師泰殿というのには驚きました」

 

 

「ご案じなきよう。師直殿は既にこちらにお着きです。師泰殿はあくまで名目上の大将に過ぎず、采配は師直殿が振うことに」

 

 

「……この地での勝敗の見込みは?率直にお答えを」

 

 

 討幕に貢献した三英傑に位置付けられる新田義貞に比べ、完璧執事の高師直が大軍を率いる将として劣っているとは思えない。

 それどころか実際に袖振り合った感触を踏まえれば、むしろ格段に上回っているのではないかとすら感じられる。

 

 

 しかし、不安要素がないでもない。

 俺は不安に駆られ、戦の経験で己に勝る道誉に尋ねた。

 

 

「拙僧には分かりかねますなァ、千寿丸殿。大事なのは勝った時にどうするか、あるいは負けた時にどうするか……この両方に考えを巡らせること。これに尽きます」

 

 

「……ご尤もです。それで、負けた時は旗色を変えるので?」

 

 

「いえ、暫くは師直殿の隣で高みの見物をば。尊氏殿さえお出ましになれば、如何に不利な状況からでも戦局は転じるものと」

 

 

「道誉殿。これだけはお忘れ無く。最後に勝つのは足利尊氏公ただお一人。まさかとは思いますが、決して妙な気を起こされぬよう」

 

 

「これは心外ですなァ。何のために魅摩を宗家に()()()()()のかお考えになれば、心配は無用のものかと存じます」

 

 

 ここは中世。往々にして親の一存で全てが決まる。親が子を人質に差し出すと判断すれば、子は従わざるを得ない。

 尋常ならざる力を宿した魅摩でさえ、例外ではないということなのだろうか。すなわち、彼女は父親の胸三寸によって惣領家の当主である俺の手元に置かれることになったのだ。

 

 

「では、本当にこのまま箱根まで魅摩殿をお連れして構わないと。考え直すなら今のうちですが……どうやら必要ないようで」

 

 

「ええ、勿論にございます。ご自身の望むまま、好きにされるが宜しいかと存じます。美貌と賢さ、そして強さを兼ね備えた良き娘だと身内ながら思っております。どうぞよしなに」

 

 

「……では暫らくの間、六角軍でお預かり致しましょう。道誉殿の御息女として()()()扱います。道誉殿が無事に新田の懐に潜り込んだ後の処置については、以前ご相談した通りに」

 

 

 言いたいことを胸の内に仕舞った俺は一族内最有力の重鎮である道誉の言葉に、何の異論も唱えることなく同意した。 

 果たしてこの判断は正解だったのか、それとも誤りだったのか。

 ただ一つ言えることは、この時の俺が京極道誉という佐々木一族の大物に対し、あまりに信を置き過ぎていたということである。




以下アニメの感想につき、未視聴の方はご注意を。今後のネタバレもありますので、本誌or単行本未読の方もご注意ください。
(本話との温度差にはお目溢しして頂けると助かります)
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 まずはOPについて。登場人物が代わる代わる映し出される構図が好きなこともあり、夜襲の如く刺さりました。直義、護良親王、高兄弟と続く箇所を見て興奮が最高潮に達したところに、サビ部分の躍動感溢れる逃若党でダメ押しを喰らいました。
 肝心の本編についてですが、時行の身体能力の高さが映像だとより鮮明に伝わってきますね。いつかの松井先生による超快速の野球選手を引き合いに出したコメントが思い出されました。
 変更点も興味深かったです。例を挙げるとするならば、尊氏の時行への挨拶でしょうか。顔立ちなどから直義と思わしき水色の鎧を着た武将や師直のねっとりした視線にも目を奪われました。
 そして、EDについて。墓の画で原作がこの先辿るであろう結末を察したのは言うに及ばずですが、一期の範囲で登場する主だった人物たちの楽しむ姿に心打たれました。特に米丸や征蟻党。
 最後に、願わくば二期の制作を。佐々木親娘を是非アニメで!
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