崇永記   作:三寸法師

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〜1〜

 

 

 天下人の覇気に満ちた尊氏の命に沿い、千寿丸以下六角軍が後方に退いた頃、義助の戦術によって散開していた将兵たちを再集結させた脇屋軍の陣容は既に足利家執事の師直に把握されていた。

 敵を攻め滅ぼすための算段を立てた師直に、勝利を確信しているのか余裕のある笑みを湛えた尊氏が声を掛けた。

 

 

「脇屋を破り、疾く直義を救けに行かねばな。師直」

 

 

「は」

 

 

 自他共に認める完璧執事である師直は矢継ぎ早に指示する。

 天狗衆を指揮する師直は、尊良親王の陣営を狙う姿勢を敵に見せつければ、陣形を立て直したばかりの脇屋軍は再び崩れるだろうと当たりをつけ、育て上げた手勢は勿論のこと、細川や仁木、そして上杉勢をも駆り出して一点に狙いを定めた集中攻撃を開始した。

 

 

「細川勢、我に続け!一宮の身柄を奪うのだ!」

 

 

「ヒャハハハハ!血だ!血を見せろ!脇屋の武士ども!」

 

 

「敵軍にいる実力者の目星はつけてある。長尾、ここはお前を強化するための素材を収集するには打ってつけの戦場だ」

 

 

「感謝します。上杉様」

 

 

 多少の誇張はあれ十万騎を優に超過した兵力を擁し、数多くの実力者を有した足利軍を前にして、一万騎に満たない脇屋軍は浮き足だって劣勢を余儀なくされる……かに見えた。

 建武政権軍搦手大将である脇屋義助はここに来て奮い立ち、新田義貞の弟として恥じない実力を見せつけたのである。

 

 

「七千騎の勇士たちよ!一つの塊となって敵を破るぞ!新田軍搦手大将脇屋義助これにあり!足利尊氏!我らが血で贖った所領を奪った上に、鎌倉殿を僭称した罪!あの世で後悔すると良い!」

 

 

 激戦が始まった。命ではなく名を惜しもうとする脇屋義助の気迫が隊列を立て直した将兵たちに乗り移ったのだろうか。

 数では大差、将兵の質でもやや劣っているにも関わらず、脇屋軍は佐々木や土岐・赤松だけでなく佐竹や山名をも味方につけた足利の大軍を相手に互角近くにまで持ち込んだのである。

 

 

「奴ら、存外しぶといな」

 

 

「尊良は脱出し、後はもう死を覚悟して戦うだけだと脇屋兵どもが口走っているようだ。ああいう兵ほど面倒な手合いはない」

 

 

「兄者、俺が出るか?」

 

 

「いや、ここは師久に任せる。師泰、お前の出番はこの後の箱根路の大手軍との戦だ。総大将の新田義貞は自明だが、一騎当千の舩田義昌や四天王たちとの対戦に向けて今はまだ力を温存しておけ」

 

 

「了解だ。兄者」

 

 

 高兄弟だけでなく、後方に退却して少しの間だけ羽を休めた六角千寿丸もまた脇屋義助の真骨頂に舌を巻いていた。

 

 

「雁行の陣をあそこまで使い熟すか……脇屋兵もここに来て本来の勇猛さを取り戻している。小細工抜きで正面からぶつかれば、今の俺では到底勝ち目がなかった。脇屋義助、恐るべき武将だ」

 

 

「何を言われます。殿とて、いずれ必ず十倍以上の敵軍を破るような名将になられましょう。気を強くお持ちください」

 

 

「そうだな、伊庭。悪い。少し弱気になっていたようだ」

 

 

 これ以上ない激戦だった。血で血を洗う戦いとはこのことを言うのであろうか。人だけではなく、数多の軍馬も犠牲になった。

 武士たちが本気で敵を殺しては敵に殺される光景を見た千寿丸の心身において徐々に高まっていく熱を感じ取った六角家家臣筆頭の馬淵義綱は主君の頭を冷やさねばなるまいと口を開いた。

 

 

「殿。脇屋の狙いは明白です。尊氏の大軍を相手に持ち堪えれば、今に兄の義貞が箱根の直義軍を撃破し、必ず勝てる。そう信じているのです。だからこそあのような戦いぶりを」

 

 

「確かに……だが、いつまでも好きにはさせん。美濃部!」

 

 

「は!お探しの隊は彼方にございます」

 

 

「良し。六角軍、移動するぞ!」

 

 

 今一度軍の態勢を立て直した千寿丸は矢を取り出す。懐から一通の書状を取り出し、器用にも口で矢に結び付けた。

 矢を(つがえ)る。尊氏の目がない今は別に先程の強弓でなくても構わないだろうと今度は元来の弓を使った。狙う先には幾本もの敵軍の旗が翻っており、その旗には花輪違という紋が記されていた。

 

 

「仕上げは我ら佐々木一族の手で行おう。重頼」

 

 

「は!」

 

 

 千寿丸の側近である重頼が戦場にあって笛を吹くや否や、千寿丸は謂わゆる矢文を花輪違の旗を掲げた軍へ放った。

 軍中へ吸い込まれた矢をとある武将が素手で掴んだ。その武将の頭の中にあるのは紛れもなく迷いであった。

 

 

「高貞様。それはもしや」

 

 

「ああ、宗村。宗家からの催促状だ……」

 

 

 出雲国と隠岐国の守護を兼任する塩冶高貞は逡巡した。今の二ヶ国守護の座は鎌倉幕府が滅びるに至った元弘の乱において後醍醐帝を助けたことへの報いとして得た地位である。

 しかし、建武の新政による当世の気風で公家たちが増長の気配を見せ始めている。尊氏が敗れれば、その風潮は加速しよう。今ある塩冶の繁栄もいつまで保つか分からないのは確かであった。

 そこに、幼い宗家当主からの文である。高貞は元弘の乱における千寿丸の動向を同族である道誉より耳にしていた。

 

 

「寝返り御免!塩冶軍はこれより、佐々木惣領家当主たる六角千寿丸殿の御命を受け、脇屋治部大輔義助を討ち取らん!」

 

 

「何いッ!?」

 

 

 ここに、箱根北西部における竹下で勃発した足利軍と新田軍の争いは決着を見る。塩冶高貞は勿論のこと、どういう訳か同調した大友貞載の裏切りによって脇屋義助の軍は総崩れとなり、一時は大将の義助の息子である義治すら行方不明になるほどだった。

 中先代の乱の後、鎌倉殿として武家の都に鎮座していた足利尊氏はこうして天下奪取に向けた第一歩を踏み出したのである。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 今朝方までの余裕はどこへやら。脇屋義助が大軍を率いた足利尊氏の前に喫した大敗によって、足利軍に追われる身となった尊良親王と二条為冬の主従は佐野原に差し掛かっていた。

 彼らを追う足利軍の数はおよそ三万騎。仁木や細川の他、上杉憲顕の義兄弟でかつての関東庇番衆で吉良満義を筆頭としていた六番組に名を連ねていた上杉重能に率いられた精鋭部隊である。

 

 

「殿下、お逃げ遊ばされませ。この中将が敵を引きつけます」

 

 

「ならん!汝が行って何になると言うのだ!汝も余と共に」

 

 

「いいえ、この()()()()二条為冬であれば、きっと敵の武士たちも手柄を求めて集まって来ることでしょう。殿下がお逃げになる時間を十分に稼げる筈です。お忘れあるな。殿下はあの後醍醐帝の第一皇子なのです。戦で朝敵、まして下賤の者どもに捕らわれることがあってはなりません……さぁ、早く行かれよ!」

 

 

 佐野原で二条為冬は戦死する。自分こそ親王殿下の股肱之臣であると高らかに叫び、三百騎を率いての奮戦虚しく、西国では東夷と呼ばれがちな坂東の武士の手によって討ち取られたのだ。

 

 

 さて、為冬が敗死した翌日の夜明け直後のことである。

 宇都宮や千葉といった諸将たちが後少しで勝利を掴めるとばかりに攻撃し始めた矢先、直義の後方を急襲せんと迂回した脇屋軍が竹下で尊氏軍に襲撃されたという報告が漸く義貞の元に舞い込んだ。

 居合わせた新田軍の主要な武将たちが危急を知ったために揃って息を呑む本陣で、感極まった執事の舩田義昌は箱根周辺の絵地図がこれでもかと敷き詰められた卓子に拳を叩きつけた。

 

 

「すぐに道誉を捕えろ!六角の内応は偽り!加えて塩冶殿まで敵方に走ったとなれば、京極も足利と通じている筈だ!」

 

 

執事(義昌)殿、京極軍はおよそ三千騎。それを今から襲えば、軍全体が動揺しましょう。ここは偽りで道誉を呼び出して」

 

 

「いや、顕友。ここは重広に行かせるのが良いと思う。重広が不意打ちを仕掛ければ、五百騎でも十分に京極軍を制圧できる」

 

 

「殿……」

 

 

 常日頃からクエスチョンマークを頭の側に浮かべている義貞はまるで野生の獣のように本能に従って動くことが多い。

 とはいえ、往々にして状況をよく理解していない義貞の判断は意外と良い方向に向かう場合がある。実際、今しがた栗生顕友に告げたような方略は現実味で言えば十分にあった。

 篠塚重広とはそれ程の猛者なのだ。命を受けた篠塚は早速、佐々木道誉捕縛のための兵を動かしに陣幕を出た。

 

 

「それより気になるのは尊氏だ。足柄峠の麓で義助を破り、佐野原で二条卿を討ち取った後、どう出ると思う?義昌」

 

 

「はい。恐らく伊豆国府を占拠した上で、直義軍と連携し、東西から我々を挟み撃ちにしようとするでしょう」

 

 

 義昌の予測する足利軍の戦術は丁度、ついさっきまで新田の本軍に詰めた面々が考えていた策とやはり似ている。

 しかも、箱根において義貞を挟撃するのは足利軍にとって大いに有利である。何せ義貞が得意とする平地戦になりにくいのだ。

 

 

「殿、挟み撃ちにされる前に、急ぎ退却しましょう。我ら大手軍は多勢ですが、謂わば寄せ集め。挟撃されたと知ったが最後、完全に総崩れになります。ここは駿河国まで後退して態勢を立て直すべきです。洞院軍や北畠軍と連携すれば、まだ十分に勝機はあります」

 

 

「……いや、最早間に合わん。伊豆国では今頃、足利兵が犇いていることだろう。尊氏は強い。一度獲物に噛み付けば、必ず噛み殺すような猛獣だ。どうだろう、地図を持て」

 

 

 先程の怒りに震えた義昌の拳で卓子は木っ端微塵になり、広げられていた紙は散乱している。義昌の他、堀口貞満や畑時能をはじめとする武将たちが静々と紙を拾って良さげなものを探した。

 

 

「殿、これが全体図です。如何でしょう?」

 

 

「……義助を追撃した尊氏が伊豆国に移動したなら、今の足柄峠はどうなっている?もぬけの殻だ。勝機はそこにある」

 

 

「殿……まさか」

 

 

 あまりにも奇想天外な発想だった。今のままでは足利兄弟に包囲される。ならば、いっそのこと尾根伝いに足利軍の居なくなった北西の竹下まで出てはどうかと義貞は言っているのだ。

 

 

(このバカ殿は……いや、かつての稲村ヶ崎の時もそうだった)

 

 

 二年前の鎌倉攻めのことが義昌の脳裏に蘇った。防御の堅い鎌倉を攻めあぐね、義兄弟である大舘宗氏をも北条勢の反撃で失う損害を受けた義貞が活路を開いたのが稲村ヶ崎である。

 崖沿いに海を歩いて攻め込むことを提案した義貞が水深による現実味の無さを知り、取り出したのが腰に差した自らの刀である。

 

 

『おい海よ。この刀あげるから浅くなれ……ダメか』

 

 

『『『何がしたいの、バカ殿!?』』』

 

 

 その直後だった。刀を奉納しても龍神は応えてくれないのかと肩を落とした義貞や驚き呆れた新田家郎党の目の前で、突如として潮が引いて、崖沿いを歩ける程の水深になったのは。

 

 

(足利尊氏だけでなく、我が主君・新田義貞公もまた天に愛された当代の英傑なのだ。この局面、賭けてみるのも一興か)

 

 

 だだ、執事としては主君の考えを熟知しておきたい。盲目的に従うだけでは執事失格だと義昌は考えているのである。

 

 

「殿。直義軍はどうされるおつもりで?足利直義も今日中には竹下の戦況を知る筈。必ず逆襲しようとするでしょう」

 

 

「直義か……」

 

 

 実を言えば、義貞を総大将とする建武政権軍の大手軍は昨日の戦だけで先鋒大将の菊池武重による間に合わせの槍を使った攻撃を皮切りに直義軍が拠った箱根の陣屋の大半を制圧していた。

 こうした事情があったからこそ、先程の義昌は佐々木一族の奸計に嵌って尊良親王や脇屋親子ら精鋭七千騎を竹下に派遣した結果、要らぬ窮地を招いた自分自身に激しく立腹したのだ。

 

 

「問題ない。宇都宮殿ならたとえ直義が残兵を纏めて追撃して来ようと十分に防げよう。それどころか返り討ちにすら出来る」

 

 

「分かりました。それで、竹下に出て、その後は?」

 

 

「西へ向かう。駿河国まで退くか反転攻勢を仕掛けるかは伊豆国の足利軍の様子を見て判断しよう。義助たちの生死も気になる」

 

 

「成る程……」

 

 

 義貞の主張を頭の中で吟味した執事の舩田義昌は居合わせた知勇兼備の栗生顕友や老将である畑時能と目配せする。

 竹下に出てしまえば、新田軍の動向を掴んだ伊豆国にいる足利軍に回り込まれようと、突破は十分に出来る。肝要なのは東に陣取る直義軍に足柄方面まで向かう余力が残っていないという点である。

 換言すると、北西に脱出すれば、息を合わせた尊氏と直義の両軍に致命的な形で挟み撃ちされることを回避できるのだ。

 主君の発想は時々ではあるが、悲劇の天才武将として後の世にも広く名を馳せる源義経を彷彿させることがある。義貞の立てた策に従うことを郎党である義昌たちが決意したその時だった。

 

 

「大変です、殿!」

 

 

「!?」

 

 

「どうした篠塚!?つい先程、道誉を捕らえに行ったのではなかったのか!?何か問題でもあったと申すか!?」

 

 

「脇屋殿の敗戦が兵に伝わり、大勢が逃げ出しております!加えて京極勢が牙を剥き、各所に火を放っている模様!」

 

 

「何と!」

 

 

 兵たちが続々と西へ逃げ出し、新田軍は混乱に陥った。五百騎もあれば京極勢を制圧できるとされた篠塚重広さえ、基準に達するほどの兵を集めきれない程に大きく数を損じたのである。

 しかも、京極勢が放ったという火の煙が四方八方に確認できるようになっていた。義昌はすぐに察した。兵たちの掴んだ脇屋軍敗戦の報は新田軍の混乱を狙った京極勢が広めたものなのだろうと。

 

 

「早過ぎる……我らとて今さっき、脇屋殿の敗戦を知ったばかりなのだぞ。幾ら京極勢が西に布陣したとて限度があるだろうに」

 

 

「船田殿。執事の御主がすべきは嘆くことではあるまい。殿のために我らがこれから取るべき道をお示しくだされ」

 

 

「畑殿……」

 

 

 確かにその通りであると義昌は頷いた。こうなってしまったからには義貞の秘策は使えない。今に直義軍を攻める宇都宮軍や千葉軍といった他軍にも脇屋軍敗戦の報は伝わるだろう。方針を伝達する間すら無く、現状の新田軍と同じように混乱に陥る筈だ。

 最早、新田軍に残された道は死中に活路を見出し、敵の大軍を中央突破しての危険な退却しかないのである。

 そこへ新たな急報がまるで追い討ちのように齎された。

 

 

「殿、尊氏軍が来ました!北の尾根より攻め下って来たと!」

 

 

「何!?名張、それは真か!?」

 

 

 驚愕した義昌は心の中で悔しがる。義貞に通じる発想を、尊氏が思いつくことは執事として想定すべき事態であったのにと。

 片や、主君の新田義貞は以前より半ば一方的に好敵手扱いしていた尊氏襲来の報に触れ、居てもいられなくなった様子である。

 

 

「尊氏が来ただと!?なら俺が!」

 

 

「無茶です!殿、西です!西へ逃げましょう!」

 

 

「いや、敵は尊氏だ!逃げる前に一当てせねば、全滅も免れん!」

 

 

 結局、大軍を率いて押し寄せた尊氏や東方から反撃した直義軍の前には手勢を率いた義貞も逃げ延びるので精一杯だった。

 混乱の最中に何とか掻き集めた五百騎で、二十万騎と見紛う数の足利軍を突破し、伊豆国府を通り抜けたことが、建武政権軍の大将軍である新田義貞のせめてもの面目躍如と言えるだろう。

 こうして、箱根竹下合戦と後世に呼ばれる戦は"闘将"新田義貞に土をつけた足利軍の大勝利で幕を下ろしたのである。

 

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 足利軍が伊豆国府で腰を落ち着けた頃、佐野原で討ち取られた建武政権方の公家大将である二条為冬の首が晒された。

 珍しい公達の姿を一目見ようと集まった将兵たちの後ろにある建物の屋根の上には六角家当主である千寿丸の姿があった。

 

 

(もし為冬に来世があるのなら……その時は未来の日本で過ごして欲しいものだ。本来、戦場に向いた御仁ではないのだから)

 

 

 今となっては何年も前のことである尊良親王の六角邸における幽閉生活に為冬もまた身を投じていた。

 過ぎ去った日々を思い返した千寿丸は胸のつかえを誤魔化すようにそっと手を合わせて死んだ為冬の冥福を祈った。

 

 

「へぇ、殊勝な心掛けじゃない。三郎」

 

 

「……魅摩姉。それに亜也子も」

 

 

 面食らった千寿丸は直ぐに魅摩は亜也子に自分を担がせてここまで登らせたのだろうと察しをつけた。

 事実であれば、まるで亜也子を自分の郎党とみなしているかのような振る舞いとも取れるが、千寿丸は特に気にしなかった。

 何なら他にも郎党を地上で待機させているのを見て、意外と時勢を基に自身の身の安全を考慮しているようだと感心していた。

 

 

「魅摩姉、お前は道誉殿の元に帰した筈だが?」

 

 

「何よ。来ちゃいけないってか?ああ、そっか。私はもうあんたのものだから、命令と来たら従わなきゃいけないよね?旦那様?」

 

 

 皮肉たっぷりな魅摩の物言いに千寿丸は辟易とする。

 本来、二人の間には佐々木一族内での立場による差が明確にある筈なのだが、当人たちはまるで気にしていない様子である。

 家中ではまだまだ新参者の亜也子ですら、今やこうした二人のやり取りに慣れ切って特に違和感を覚えていなかった。

 

 

「お前、まだ根に持ってるの?俺の捕虜にしたのは将兵たちからお前の身柄を守るための方便だって何度言えば分かるのさ」

 

 

「捕虜?へぇ。捕虜か。あながち間違いでもないと思うけど、そんな考えだと今に痛い目に遭うよ。気をつけな、三郎」

 

 

「……どういう意味だ?」

 

 

 何か裏があるのではと瞬間的に勘付いた千寿丸だったが、魅摩はただほくそ笑んで見せるばかりで、要領を得ない。

 試しに亜也子に視線を向けてみるも、当然ながら亜也子は魅摩の言葉の意味を分かっておらず、首を傾げた。

 

 

「まぁ、良いか。魅摩姉、六角軍は温泉が湧いてるところに陣を確保したから、入ってく?いつまでも此処に居るのもアレだしさ」

 

 

「ふーん。いつにも増して気前が良いというか積極的だね。どうせ言葉通りの意味なんだろうけどさ」

 

 

「……すまん、お前が何を言っているのかマジで分からん」

 

 

 とはいえ、気にしても仕方ないだろうと千寿丸は魅摩や亜也子を伴って再び地上へと降り立った。郎党である重頼や小太郎らに任せた馬を繋いだ場所に向かい、歩き出そうとした瞬間。

 

 

「誰だ!?」

 

 

「「!?」」

 

 

 背後に現れた気配を探知した千寿丸は咄嗟に踵を返し、刀の柄に手を遣り、そして距離を確保して殺気と共に身構えた。

 

 

「やはりやりますね、千寿丸殿。後ろから肩に手を掛けようとしたのですが、こうも簡単に察知されてしまうとは。どうやら先代の時信殿にも勝る武才があるご様子。武将として類稀な素質です」

 

 

「お前は……吹雪。いや、今は師冬殿か」

 

 

 ほんの数ヶ月前までは北条時行直の郎党として知られた逃若党の一員だった吹雪の出現に、魅摩も亜也子も顔が強張る。

 相模川の戦いの後、足利家執事高師直の猶子となった吹雪改め高師冬と今も変わらず一族の惣領の座にある佐々木六角千寿丸。

 師冬の仮面に千寿丸が戸惑ってしまったがため、久方ぶりに言葉を交した二人の間にはえも言わぬ独特の緊張感が漂っていた。

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