崇永記   作:三寸法師

42 / 202
◆6

〜1〜

 

 

 近江国で迎えた肌寒いどころではない冬の朝。まだ日が昇る前ではあるが、六角家当主の座にある俺は同じく佐々木荘に残っている弟の千金丸と一緒に武術の稽古に没頭していた。

 

 

「はっ!やっ!とっ!てやっ!」

 

 

「そこ、甘い!」

 

 

 訓練用の木刀を持った俺は幼い次弟が相手であろうと容赦なく、横からの痛烈な一振りをその脇腹に与える。

 豊かな武の才覚を秘める千金丸にはこれ位で丁度良いのだ。

 

 

「ッッ……!」

 

 

「どうした?これで終わりか?」

 

 

「いえ、まだやれます。兄様」

 

 

「ならば結構。さぁ、来い」

 

 

 木刀で殴られた痛みにも耐え、果敢に立ち上がった千金丸の闘志に感心しながら、俺は稽古を続ける。

 少し相手をしない間に、千金丸は目を見張るスピードで成長し続けているらしい。兄の俺に勝つのは百年早いと言いたいところであるのだが、千金丸には将来的に六角家を重臣として支える家を興して貰いたいと並々でない期待を掛けている。

 千金丸の連続攻撃をいなし続けた俺は軽く蹴りも交えて反撃を与えながら、いずれ猛将となるであろう次弟の稽古に付き合った。

 

 

「今日の稽古はここまで」

 

 

「は!」

 

 

「よう頑張った。では、千金丸。朝餉を食べに戻るぞ」

 

 

「はい!」

 

 

 次弟の額に浮かぶ汗が登った日の光を反射するようになって暫くしてから、俺は頃合いだろうと弟との稽古を打ち切った。

 

 

「洞院軍が不破関を突破した知らせが入り次第、お前は母上を含む非戦闘要員たちと共に、甲賀に逃れて貰う手筈になっていること、お前の近侍の野田から既に聞いているな?」

 

 

「……はい。先に送る荷も造りました。ですが」

 

 

「言うな。俺とお前が同時に戦で死ぬ可能性は出来る限り潰しておきたい。そのための措置だ。言っておくが、籠城戦は個人の武力で有利不利を決められるものでもないから、粘っても無駄だぞ」

 

 

 負けるとは思っていないが、万一の際の想定はしている。

 俺に不測の事態が起これば、一旦出家して俗世を離れた先代である時信に当主復帰を強引に要請する運びとなる。これは馬淵義綱や俺の系図上の伯父にあたる盛綱も承知していることである。

 当面の間、そこからの家督継承権の順位は四郎、五郎、六郎と年齢順に続いていくことになるのもまた規定事項だ。

 

 

「……分かりました。兄様」

 

 

「ま、俺もそう簡単に敵に命をくれてやる気はない。援軍の当てはある故、勝算は十分。代替わりは無しだ。残念だったな」

 

 

「残念などとんでも無い!兄様は必ず勝ちます!五郎はこれからも兄様に張り倒されと……倒されることになります!」

 

 

 透き通るような高い声色による幼い口調で捲し立てるも、途中で何故か言い直した千金丸の言葉に俺は苦笑する。

 直した言い方の筈なのに、まるで俺に死んで貰いたいように聞こえるからだ。尤も、こんなことで問題にする俺ではないが。

 

 

「ま、稽古に付き合える日も当分ないだろう。恐らく夏が過ぎるくらいまでは激しい戦が続くだろうからな。その時は俺も遠征だ」

 

 

「……兄様、未来が見えたのですか?」

 

 

「見えたというのは大袈裟だな。適当な予想だ。聞き流せ」

 

 

 後世においても千早城の攻防戦の実績で軍神と呼ばれることになる楠木正成の最期は機会があれば見てみたいものだ。

 前世の記憶による知識がなくとも、足利尊氏、高師直、赤松円心の三者が揃えば、まず間違いなく勝てると確信できる。

 籠城戦を得意とする楠木正成が摂津国の海に流れ込む湊川で本領を発揮することは難しいだろう。沿岸あるいは川岸に追い込めば、集団の武力によって問題なく揉み潰すことが出来る筈だ。

 

 

「適当な予想でも当たる筈です。前に聞いたことがあります。兄様には武神の御力が宿っていると。だから先が読めるのだと」

 

 

「……武神?誰がそのようなことを?」

 

 

「以前、伯父上が」

 

 

「んん、武神ときたか。八幡大菩薩とかか?あるとしたら」

 

 

 当世には神力が存在しているのだから、多少は傾聴に値するかもしれないが、俺はその手の伝承は得意ではないのだ。

 まして伯父である盛綱が言ったこととなると、無駄に信心深い老人の戯言に過ぎないのだから、眉唾も良いところだろう。

 

 

「八幡大菩薩!私は好きです。兄様は?」

 

 

「何となく弓を射る時に唱えることはあるな。かの屋島の戦いで扇の的を射たという那須与一をこんな風に真似してさ」

 

 

 そう言えば、竹下であり得ない程の強さの弓を尊氏から渡されて四苦八苦した時も、何だかんだ八幡の名を唱えながら発射した。

 思えば、自分一人だけの力であの強弓を射ることが出来たのはその時だけだ。ただ、恐らく関係ないだろう。

 理由は簡単だ。那須与一にかこつけて八幡大菩薩の加護を唱えながら弓を射たことはこれまで何度もあったが、発射した弓矢の威力が強まったような感覚は特に感じなかったのだ。

 

 

「ま、神の加護があろうとなかろうと、結局は自分で力を付けなければ、論外だろうさ。千金丸、お前の目標とする武将は?」

 

 

「……申し上げても良いですか?」

 

 

「誰だろうと構わん。新田でも楠木でも好きな名前を言ってみろ」

 

 

「北条時房です。兄義時を支えた名将。私も時房のように、兄様の右腕になりたい……気を悪くされましたか?」

 

 

 そう。千金丸にはこうしたところがある。前世の記憶がある様子など微塵も感じないのに、凄くあざといことを言うのだ。

 どうやら八方美人という訳ではないようだが、兎にも角にも千金丸は将来有望と言えるだろう。俺は以前、尊氏が弟の直義にしていたように千金丸の肩を摩って二度、三度と軽く叩いた。

 朝日に照らされた満足そうな次弟の顔が、俺の目に焼き付いた。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 洞院軍迎撃のため繖山を要塞に変貌させるにあたり、中核の拠点としているのが山中にある観音正寺という寺である。

 かの聖徳太子が人魚を見たことに端を発して創建されたとかいう由緒正しい寺ではあるが、神力が存在している当世でも人魚を見た覚えは全くない。探したら居るのだろうか。

 何はともあれ、寄進のような形で戦後に見返りを与えることをチラつかせることにより、難なく築城の協力を得たのだ。

 

 

「着々と出来上がっている。明後日には完成だな」

 

 

「はい。信濃国に放った忍びによれば、小笠原軍と戦った洞院軍は上野国に向けて去って行ったと。となれば」

 

 

「此処に押し寄せてくるのは早くて二十日。余裕で間に合う」

 

 

 結局、俺の弓の師匠である貞宗は自身の勢力の三倍以上の数を有していた洞院軍を撃滅させることは叶わなかったようだが、それでも吹雪改め高師冬が言うところの木曽路から直接美濃国へ帰さないという戦略目標は達成することが出来たようだ。

 ただ、忍軍棟梁の山中道俊の顔色はあまり芳しくなかった。

 

 

「殿、御心を強くもって聞いて頂きたいお話があるのですが」

 

 

「忌憚なく申せ」

 

 

「同じ信濃国からの情報に、諏訪三大将が小笠原軍と戦う洞院軍に力を貸したというものがあり、加えて従軍の気配ありと」

 

 

「……従軍?こっちに来るのか?」

 

 

 信濃国の各地に偏在する諏訪神党には三人の名将がおり、併せて三大将と呼ばれる。去年勃発した北条時行による中先代の乱において反乱軍の主力として活躍していたというのは有名な話である。

 一人は海野幸康。もう一人は根津頼直。残る一人が──

 

 

「望月の本家当主の重信が来るとなると……厄介だな」

 

 

「はい。問題は重信本人の実力のみに留まりません」

 

 

「そこよ、道俊。甲賀望月家にしろ、亜也子にしろ、如何に手を打つべきか。強硬手段も厭うべきではないと見る」

 

 

 甲賀望月家はかねてより近江国の守護家である六角家の傘下に入る意思を示していたものの、本家の信濃望月家の当主である重信が打倒足利を目指して近江国を通るとなると、旗色を変えかねない。

 重信の娘の亜也子であれば、尚更だ。平素ならまだしも籠城中は便女として当主の俺の側近くで寝泊まりすることになる。

 以前に師冬が危惧したような俺が亜也子に寝首を掻かれるような事態になってしまえば、目も当てられない。

 

 

「殿。恐れながら、これから万の敵軍を迎え撃つという状況で甲賀望月党討伐の兵を派遣するのはお勧め出来ませぬ。甲賀郡に居を構える他の国人たちを刺激することにもなりかねませぬ故に」

 

 

「……確かに。軽率な判断は禁物だ」

 

 

 守護代を務めるほどの重臣筆頭であり、知恵者の馬淵義綱がここに居れば、助言を求めることが出来たのだが、残念なことに義綱は勢多を破った直義軍から未だ戻ることが叶わず不在である。

 どうやら今は自分一人で判断するしかないようだった。

 

 

「道俊。我が母たちの避難予定地、甲賀望月家には?」

 

 

「まだ話しておりません。ただ、お移り戴くのは我が所領にある隠し里にございます。たとえ甲賀望月家が本家に追従する形で京方に寝返ったとしても、身の安全は十分に保障出来まする」

 

 

「分かった。念の為、偽情報を掴ませよ。どう反応するかであの者たちの真意をある程度は見極めることが出来る筈だ」

 

 

「は」

 

 

「で、残る問題は亜也子だが」

 

 

 正直、亜也子単独で洞院軍に従軍する父親のために出来ることがあるとすれば、良くも悪くも隙を見て俺の寝首を掻く程度だ。

 対策は可能である。眠りにつく俺の隣に側近である小太郎や太郎左を張り付かせておけば、防げないことはないのだ。

 

 

「亜也子が俺の掌中にある限り、甲賀望月家は本家に同調するにしても迂闊に行動できない筈だ。ひとまず手を下すのは止めておく」

 

 

「……それが宜しいかと。ただ、万一に備えて両者の接触には十分過ぎる程の警戒を。飲食物に毒でも盛られたら大事です」

 

 

「ああ、勿論だ」

 

 

 ここ数ヶ月の袖の振り合いを踏まえれば、亜也子が卑劣な手段に出るとは考えにくいが、警戒しておくに越したことはない。これが単に時行と別の北条勢力が攻めて来たとかいうのであれば、全く不要だろうが、父親というのはこの時代は特に格別だろう。

 それにしても分からないのは諏訪三大将の思考だ。彼らが国外へ進軍すれば、信濃国は間違いなく小笠原軍の独壇場だ。

 まさか貞宗が長期間にわたって外部に侵略出来なくなる程完膚なきまでに叩き潰されたという訳ではあるまい。それなら洞院軍は上野国ではなく美濃国の方に進軍して来る筈である。

 

 

「何はともあれ、洞院軍の目論む京への軌跡は奇しくも中先代の乱と同じとなったか。上野国から鎌倉を目指すという点で」

 

 

「諏訪三大将が何かしら助言をした可能性も有り得ましょうな」

 

 

「ああ……待て。だとしたら拙い」

 

 

 中先代の乱における首謀者の北条時行やその共犯である諏訪頼重の手法に倣うとすれば、一つの問題が浮上する。

 聞いたことがある。北条時行が信濃国から直接美濃国を攻撃したり鎌倉を獲るために最短距離である甲斐国の通過を狙わず、上野国や武蔵国を使って迂回する形で鎌倉を目指した理由を。

 

 

「信濃国で諏訪神党を吸収したように、これからも洞院軍が行く先々で現地の反足利勢力を吸収すれば、どうなる?」

 

 

「……その場合、洞院軍の兵力は一万騎を遥かに超えるかと」

 

 

「北陸であればまだマシだったが、関東は……盲点だった。中先代の乱で北条時行に味方した者たち、竹下の戦の前に立ち上がった尊氏様の元に駆け付けた者たち以外にも戦で戦力になり得る者たちが居ることを失念していた。とんだ失態だ」

 

 

 足利方の冨樫高家が挙兵した加賀を避け、一番遠回りの上野国から鎌倉へ出て、そこから京を目指す進軍ルートは此方が態勢を整える時間を稼ぐという意味では最も望ましかった。

 しかし、これはこれで問題があったようだ。越後国や上野国に未だ点在している新田勢や下野国に残存する宇都宮勢の主力部隊を悉く吸収されてしまうという点で非常に厄介なのだ。

 急拵えの城とはいえ、将来的な運用も見据えて構築した佐々木城で決して夢想ではない援軍の到来を頼みに迎え撃つのだから、三万騎未満なら何とか保つかもしれないが、不安は拭えない。

 

 

「これは師直殿の想定の内……なのか?いや、あの完璧執事なら十分予測していたと思うが、師冬(息子)の口振りからは一切感じられなかった。いや、予測出来て当然だから、態々口にされなかったのか」

 

 

「殿。急ぎ具申されてみては如何でしょう?時間はまだあります」

 

 

「……ああ、そうだな。序でに甲賀にも手を打つべきか」

 

 

 前世の記憶がある分、後世における通信機能を活かした即時の連絡が出来ないことに痛く感じてしまうが、幸いにして俺が築き上げようとしている佐々木城は京から近い近江国にある城である。

 情報は半日と少しもあれば伝わる上に、師直が追加で対策を施すことになったとしても、手遅れになることは考えにくい。

 

 

「師直殿に書状を送る。足早で信頼出来る者に届けさせよう」

 

 

「は」

 

 

 佐々木城の完成まで残り二日。手違いの気配こそあれ、東から迫り来る洞院軍への備えはまだまだ十分に間に合う。城自体は数万規模の大軍勢に攻められることを視野に入れて築いたのだ。

 そう信じた俺は急ぎ紙と筆をとり、足利家執事の高師直に確認と催促の意味をそれとなく含めた書状を送った。

 

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 完璧執事と呼ばれるだけあって、師直は確かに洞院軍の勢力倍増を予測していた。だが、幼当主の俺をはじめとする佐々木城に籠る者たちを改めて安堵させる必要があると感じたのだろう。

 数にして三つの対策を師直は間髪入れずに提示して来た。

 

 

「目賀田、よくぞ戻って来た」

 

 

「殿。少し見ぬ間に、よくぞこれ程の要塞を築かれましたな」

 

 

「ああ、これが佐々木城。そして、あれに見えるは目賀田砦。この二つの拠点が掎角の勢を成して敵を迎え撃つ。二万を超える敵が攻めてこようと、城内に三千人もいれば十日は耐え切れる」

 

 

 師直が手始めに講じたのは京攻めに駆り出していた六角家の郎党たちのうち、猛将である目賀田を一早く戻すという手だ。

 欲を言えば、馬淵と伊庭も序でに戻して欲しかったが、こればかりは文句を言っても仕方がない。事情があるのだ。

 

 

「残念ですが、四郎様と伊庭殿は叡山攻めの道案内が必要とのことで京の足利軍の陣に残られることに。また、馬淵殿は甲賀郡を押さえるべく、足利軍の将兵を借りて密かに京を出られました」

 

 

「叡山からは京の動静も筒抜けになってしまう。一見回りくどい手も必要だ。だが、目賀田。お前の合流が今は何より嬉しい」

 

 

「勿体無いお言葉」

 

 

「さぁ、早く寺の中へ。今後のことは勿論だが、京周辺で起こっていた合戦についても詳しく聞きたいからな」

 

 

「は」

 

 

 師直の講じた三手の二つ目とは即ち、甲賀の状況を不安視する近江国守護の俺の要請を受けて守護代の馬淵義綱を足利軍の武将の岩松頼宥*1と共に、交通の要衝である油日へ遣わすことである。

 これにより、甲賀望月家は洞院軍に助力していると云う本家への同調が困難になり、間も無く甲賀に逃す運びである佐々木荘の非戦闘要員の安全を保つことが出来るという筋書きである。

 

 

「して、師直殿が本当に勢多まで足を運ぶのか?」

 

 

「はい。細川勢の二万余騎が派手に三井寺に入る裏で、軍勢を率いた武蔵権守殿が密かに勢多に伏せる手筈だとか。目立たぬよう分散して派兵するとのことですが、明日の十三日には勢多に洞院軍対策部隊が集結する見込みであると聞いております」

 

 

「尊氏様のうどんをお作りしたいだろうに、態々のご足労。師直殿は洞院軍に対して相当な警戒をしていると見える」

 

 

「……うどんであれば、京に美味しいうどんがあるという噂を聞きましたから、暫くは大丈夫ということなのかもしれませんな」

 

 

「……何だ。その噂は」

 

 

 当然、現在の日本国の首都は京都なのだから、人やモノが集積された結果、美味しいうどんの一杯や二杯がないことはないのだが、この情勢で何故にうどんの噂を生粋の武人である目賀田が聞き付けることになったのかこの時の俺はまるで理解出来なかった。

 兎も角、知勇兼備の高師直自ら予め勢多に布陣し、いつ洞院軍が来ても良いように備えるというのが第三の方策である。

 

 

「洞院軍は関東を経由して近江国に達する頃には当初の一万騎を優に超過しているだろう。多く見積もって三万余騎。だが、佐々木城で我々が敵を引き付け、油日や勢多から援軍が駆け付ければ」

 

 

「勝てまする。まして洞院実世が下野国に残っていた宇都宮勢を自軍に加えていた場合、敵が勝手に自滅することもあり得ます」

 

 

「その通り。新田軍が京を捨てる際、名将の公綱殿が足利方に降ったことを奴らが知れば、洞院軍の結束は簡単に崩れ去ろう」

 

 

 すぐ北西に内湖、東に少し行けば愛知川が流れている佐々木城を包囲して攻略に躍起になった敵を西と南から追い込めば、敵は城方の援軍の勢いに押されて逃げ場を失い、全滅することになる。

 籠城戦の肝は援軍の有無にこそあるが、後世における大坂城や小田原城と異なり、俺たちの援軍の見込みは非常に現実的である。

 勝利をこの場にいる誰もが確信していた。この時までは。

 

 

「殿ォ!一大事です!殿!」

 

 

「!?美濃部か。どうした?そんなに慌てて飛び込んで」

 

 

 いつに無い狼狽ぶりの美濃部の様子に俺は面食らった。

 息だけでなく、表情からしても正気を疑いたくなる程で、普段の美濃部からはおおよそ考えられない振る舞いである。

 

 

「濃尾平野に遣わしていた忍びより報せがありました!」

 

 

「もう来たのか!?洞院軍が!」

 

 

 十二月末に信濃国で小笠原軍を撃破した洞院軍が上野国から鎌倉を経由して尾張国に到達するというのは流石に早過ぎる。

 一日あたりの移動距離の問題は言うに及ばずだが、三河国や尾張国では足利軍の武将である吉良貞家が目を光らせている。万全の状態の吉良軍が簡単に洞院軍の西上を許す筈がないのだ。

 

 

「いえ、洞院実世ではなく……」

 

 

「何……?」

 

 

「北畠軍が笹竜胆の旗を掲げ、押し寄せて参りました!三万騎どころか十万騎にも達しようかという規模であるとのこと!」

 

 

 一月十二日。奥州から京への大遠征を試みた北畠顕家率いる大軍が瞬く間に不破関を突破し、近江国に侵犯した。

 京極家の所領を易々と通過した北畠軍は日が暮れる頃、佐々木城から文字通り目と鼻の先にある愛知川宿に布陣する。

 "其ノ比未ダ幼稚"な佐々木六角千寿丸と従二位の若き公家将軍である北畠顕家。両者の間を隔てる壁はまさに絶望的だった。

*1
関東庇番衆二番組筆頭である岩松経家の弟




(以下、前にもどこかで書いたような気がする余談)
『逃げ上手の若君』を原作とするこの作品を書こうとしたきっかけとしては、やはりまず原作を読むうちに魅摩をヒロインとした小説を書きたいという欲求が生じた上で、佐々木道誉の娘婿かつ宗家当主の六角氏頼に着目したというのが第一に挙げられます。
勿論、道誉の娘婿は他にも何名か確認出来ますが、原作の時行と同年代の守護という経歴や尊氏をはじめとする人物たちとの関係性、戦歴に焦点を当てる価値が認められる事などを踏まえ、六角氏頼を主人公に据えたこの作品を書くことを決めました。
調べていくうちに古典『太平記』の世界や六角氏頼を含む人物たちに惹かれたのも確かですが、原作『逃げ上手の若君』の存在無くして本作を書くことは執筆に至った経緯を踏まえても、恥ずかしながら個人の技量を考えても、無理な話です。この事は原作を拝読して初めて南北朝時代の虜になった自分だからこそ、断言出来ます。
ただ、佐々木氏惣領の六角氏頼(千寿丸)の視点を中心とし、敵味方が目まぐるしく入れ替わる足利をはじめとする武家の姿を原作主人公の時行とはまた異なる視点から描き出そうとしている手前、北条の宗家当主である時行がこの作品で再び姿を現すまでかなりの話数と時間を要するかと存じます。どうかお付き合い頂ければ幸いです。
(以上、長文を大変失礼しました。また、申し訳ありませんが、当面の間は私生活における勉強の方に集中したいと存じます。ただ、機を見て魅摩を主軸に据えた幕間のような話を投稿できたらなと考えておりますので、気長にお待ち頂けると有り難いです)
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