崇永記 作:三寸法師
〜1〜
言葉を交わした事こそないが、北畠顕家の名声については近江国守護として建武政権に仕える以前からよく耳にしていた。
後醍醐の帝が西園寺の別邸に行幸した際、「陵王」を舞った様がたいそう立派で華があり、褒美に衣服を賜ったのだとか。
しかし、顕家の絢爛さは当座において問題ではないだろう。
「畜生めェェェェ!」
急ぎの人払いによって急造の城である佐々木城に設けられた今の六角軍本陣には当主の俺を除けば僅か四人しか居ない。
先程急を知らせて来た美濃部や忍軍棟梁の山中道俊、六角家重臣の木村、そして師直の指示で帰還した猛将の目賀田である。
彼らの前で、地図を広げた俺は昂った感情のままに叫んだ。
「親房が『神皇正統記』を常陸国で執筆するからには、息子の顕家も進出できて常陸国までだと思えば、何だ!?これは!」
「殿、その『神皇正統記』とは……?」
「んなことどうでも良いわ!があああああ!」
収まるどころか荒ぶるばかりの興奮は決して無闇矢鱈と口に出すべきではない情報やら言葉やらまで俺にあっさりと溢させた。
案の定、突然のことに木村たちは困惑し、顔を見合わせた。
「……家長は敗れたのか?」
「はっきりとは分かりませぬが、現に北畠軍が奥州を出て、大軍と共に東海道を西に上って来ているということは恐らく……」
「殿。両者共に長井家の血を引いておられる殿と斯波殿のご交流は存じております。ですが、私も山中殿の申される通りかと」
「クソったれぇ……」
奥州の勢力を纏めて上洛を実現させるというのは当世より百五十年以上前に栄華を極めた奥州藤原氏は勿論、戦国時代の武将として後世に名高い独眼竜の伊達政宗でも出来なかったことだ。
どうしてそれを南北朝時代を目前に控えた今、公家の出である北畠顕家が成してしまったのか。顕家の持つ貞宗にも匹敵しかねない天賦の弓の腕は知っているが、それにしても釈然としない。
「我が軍の負けは決まった。目賀田。非戦闘要員だけでなく、この城にいる郎党のうち、三十歳に満たぬ者、兄弟の居ない者、幼子を持つ者、文武どちらかで際立った力を持つ者たちを急ぎ纏めよ。彼らの身をお前に託す。可及的速やかに甲賀へ退避するのだ」
「……殿!」
「やむを得んだろう!十万騎相手の戦など想定していない。ましてあの斯波家長を破った北畠顕家にどうして俺が勝てる!?」
はっきり言って、斯波家長の才覚は俺よりずっと上だ。弓馬の術ならまだしも、知力については到底俺の敵う人物ではない。
その家長でさえ進撃を許してしまった顕家が相手では、勝算はとてもではないが、見込めない。まして兵力が違い過ぎる。
「目賀田様にお母上や五郎様、それに郎党たちの多くを託されるということはつまり、殿は……残られるおつもりなのですか?」
「道俊。ここで俺が退く訳にはいかぬ。もはや俺がこの城を枕に討ち死にせぬ限り、今後の六角家に繁栄はあり得ないのだ」
念頭に置くべきなのは足利尊氏が二年後に幕府を京で開くということに尽きる。京を本拠地とする為政者にとって近江国とは言ってしまえば、東からの勢力を防ぐための防波堤である。
そして、俺は現職の近江国守護なのだ。政務ならまだしも、戦まで郎党たちに任せて逃げたとなっては立つ瀬がない。
「今、俺が逃げれば、足利家は我が六角を逃げ腰で、自分たちを脅威に晒した臆病者よと謗るだろう。そうなった場合、足利氏は外様の六角家にこれまで通り近江国守護を任せようとは思うまい」
「殿。恐れながら、殿は今お幾つですか?」
「道俊、お前も知っているだろう。十一になったばかりだ」
「では、殿。お言葉ながら、大敵を前に逃げる十一の子どもを糾弾する大人など、この世には早々おりませぬ。どうかお逃げを」
「……」
正直に言えば、逃げたいと思う。せめて師直と直義が衝突するという観応の擾乱が終わるまで、生きていたい。そこさえ無事に見届けられれば、少なくとも戦国時代に織田信長が台頭するまでは六角家が何とか続いていくという確信を得られるだろう。
だが、逃げれない。俺がただの何も知らない子どもであれば逃げても良かったのかもしれない。しかし、実際には違うのだ。
「無理だ。父上から家督と近江国守護を受け継いだのみならず、複数回戦場に立ち、足利の精鋭たちが傷一つ付けられなかった北条時行の腕を貫いた俺が今更、年齢を言い訳に使える筈が無い」
「実績があるのなら、尚更生きて帰った殿を暖かく迎え入れて貰える筈です。伝え聞く鎌倉殿の器の大きさは偽りなのですか?」
「成る程、尊氏様なら道俊の言うような態度で迎えてくださるかもしれん。だが、果たして高師直がどう思うか」
思えば、直義麾下の関東庇番に属していた者たちは中先代の乱において北条時行の軍に敗れたことで、師直の心象を悪くしていた。
無論、乱の終結後すぐに斯波家長が奥州総大将に抜擢されたことに対し、師直が静観の構えを取っていたことからも、一度の失態が即座に人事に反映されることはないかもしれない。しかし、だ。
「既に俺は洞院軍の数を読み違え、師直殿に対策を要請した前科を持っている身だ。この上、佐々木城で敵を迎え撃つという役目も果たさず尻尾を巻いて逃げれば、師直殿は如何に思う?やはり佐々木六角に近江国を任せられぬ。他の者に……となる筈だ」
「殿、何故に高師直にそこまで遠慮なさる?所詮あの者は足利の家臣に過ぎません。たかだか執事にございましょう」
「されど執事だ、木村。あの完璧執事は当家の執事と違い、多くの権限を握っている。今後更なる権力を手にすることだろう」
六角家の執事は普通の執事の仕事の多くを郎党筆頭にして近江国守護代の馬淵義綱に吸収されている半分名ばかりの職だ。
しかし、高師直はどうか。聞いたところによると、人事や炊事洗濯を含めた家政全般だけでなく、入浴の世話や寝る前の読み聞かせといったベビーシッターのような仕事も担っているらしい。
これではいずれ秦の趙高のように権力を握りかねない。故に観応年間に突入する頃、既に尊氏の宰相の如き直義と今以上によりはっきりと目に見える形で対立することになるのだろう。
「今この場で告げておく。六角家は今後、足利家執事高師直に近い立場を維持することとする。詳細は今から急ぎ父上に宛てて書面で記しておく。目賀田、避難準備に疾く取り掛かれ」
しかし、時間がない中だと言うのに、目賀田の反応は鈍い。
武勇だけでなく、忠義にも秀でた目賀田とは思えない挙動を不審に思った俺は雑味のない声を低くして促した。
「どうした?早く行かぬか」
「殿。起用に口を出すことをお許しください。その御役目、木村殿にやって頂くわけには参りませぬか?」
「何?」
「どうか殿と共に城に残ることを御容赦願いたく。殿と命運を同じくしたい。この目賀田の我が儘をお聞き入れくだされ」
本音を言えば、忠勇に秀でた目賀田は今後の六角家のために残しておきたい。正月も十日を過ぎた今は再び家を空けている先代当主の時信を欠いた今の六角家では抜群の猛者なのだ。
目賀田の言葉で彼に生き延びて欲しいという思いは却ってますます強くなった。そのことを俺は確かに自覚している筈だった。
「分かった。嬉しく思うぞ。では、木村。後を頼む」
「……謹んで、承ります。殿、今一度お聞き申し上げます。本当に足利が天下を取られるのですな?引き返すなら今度こそ」
「木村。今年のうちに楠木正成は死を迎え、再来年には尊氏様による足利幕府が誕生する。これだけは確かだと断言できる。北畠軍が何だと言う。北から十万騎が今更来たところで、後醍醐の帝はとうの昔に詰んでいる。持明院統の復活まで、あと少しだ」
情勢は最悪である。しかし、それは佐々木城に身を置く今の俺たちにとっての話で、足利軍の敗北を意味する訳ではない。
北畠軍が本当に十万騎いたとして、近江国坂本へと退いたらしい新田軍や楠木軍と併せても、足利軍の大軍には遠く及ばない。
この時の俺は信じていたのだ。足利尊氏という天下人に敗北の二文字は無いと。信じた上で、贄になろうとしていたのだ。
〜2〜
重臣である木村の指示により、新たに退避することになった兵たちの選別作業と避難準備が行われている。
一方、当主の俺は時信への譲り状に関して公式なモノと私的なモノの二つを書き終え、今世の母親に託していた。
「母上、これを父上にお届けくだされ」
「承知しました。しかとお届け致しましょう。千寿丸殿、貴方はこのまま佐々木城に篭り、北畠軍を迎え撃つのですね?」
「はい。今後の六角家のためを思い、齢三十に満たないような先のある郎党たちも逃すことにはしましたが、私は当主ですから」
「……自分が死ねば、足利家は幼い当主を死なせたことで六角家に負い目が生まれ、天下を取った後も近江国の守護職を六角家に委ねざるを得なくなる。そうした判断であれば、母は何も申しません」
流石は大江広元の流れを受け継いだ長井家の出身である。
俺の狙いを看破した上で、溢れそうになる感情を抑え、呑み込もうとしている様子からは乱世の母親らしさが伺えた。
「母上、この身を当世に産み落としてくださったこと。深く感謝しております。どうか弟たちのこと、お頼み申します」
「無論です。この母にお任せを。お父上の説得も含め、必ずやり遂げましょう。千寿丸殿、最後に一つだけ良いですか?」
「……何でしょう?」
瞬間、俺は久しぶりに母親という存在に抱き締められた。
今はただの母に対する子として、俺は拒むことをしなかった。
「今まで六角家を守ってくれて、ありがとう。千寿丸。元服もまだだというのに、家督を譲られ、大変だったでしょう?」
「いいえ、むしろ楽しくございました。戦も、政も、何もかもがまるで夢のような心地にて。父上には申し訳なき事ながら」
後悔していることが無いとは言わない。今ある窮地に関して六角家当主の俺に何の責任もないとは思っていない。また、これまでも当主の役目を遂行する上で息苦しさを感じることは多々あった。
しかし、楽しかったというのは嘘偽らざる気持ちなのだ。二十一世紀で受験を終えて、バイトを含め大学生活を送り、そして就職していただけなら、あり得ない充実感を得ることが出来たのだ。
「さようなら、母上。来世でまた私を産む機会があれば、是非産んでください。その時は普通の子として孝行します」
「……ええ、きっとですよ。千寿丸」
城に残れば、死を免れない。二人ともそれを分かっていた。
今生の別れだと心底思って二人は抱擁を解除する。俺は精一杯頭を下げて今世の母親の後ろ姿を見送った。
「高宮、執事のお前も逃す郎党の一人。早く行け」
「……主様は私にこの先、どう生きていけと」
相変わらず口の減らない執事だと思うも、北畠軍が北近江を通過して来るとなると、必然的に高宮家も危なくなるだろう。
頭の良さを見込んで形ばかりの執事にしたが、この先仕える甲斐がないのであれば、俺から命令すべきことは何もない。
「追い腹したいなら、すれば良い。言っておくが、鎮魂は不要だ。何度生まれ変わってでも、俺にはやりたい事がある」
「往生することなく、この世の苦しみを何時迄も味わうと?」
「ああ、構わない。重頼を呼べ。それがお前の最後の仕事だ」
「……は」
一縷の望みを託すため、俺は近臣たちの中で最も信頼を置くことのできる股肱之臣である青地重頼を呼び出すことにした。
重頼の父親の氏重は重篤の身で、避難させることは難しい。父親を置いて退避することは辛かろうと思い、避難とは別件で佐々木城から出て行うべき大切な任務を与えることにしたのだ。
実際に重頼が来るまでの時間を勘案し、手早く事を済ませた俺は想定通りのタイミングで重頼が来たことを察知した。
「重頼か。疾く入れ」
「は」
恐らく重頼は思うところがある筈だ。北条のために死ぬことのなかった俺が今になって足利のために死ぬのである。
思い返せば、今や人々に天魔波旬の仕業と噂されている時信に齎された虚報は幼い俺に命令された重頼によるものだ。
口にしたくとも口に出せない思いが重頼にあるに違いない。
「これを持って、急ぎ勢多へ向かえ」
「……武蔵権守殿を訪ねよと仰るのですか」
「ああ、この血で書いた書状を師直殿に届けて欲しい。こう伝えるのだ。援軍が一刻でも遅れれば、佐々木城は陥落すると」
救援要請のためだと俺に言い含められた重頼は早馬で、勢多に布陣しようとしている師直の本陣を急ぎ目指すことになった。
残る仕事はもうない筈だ。そう思っていた時、奥州に居た筈の北畠軍が濃尾平野に現れたという知らせが来て以来、準備に悩殺されていたために初めて会う顔が城内に設けられた居室に現れた。
「亜也子。お前も既に聞いただろう?この城は陥ちる。ここはお前の命を使う場所ではない。疾く逃げろ。それとも、珍しい東夷の姿を一目見たいか?見たいなら別に残っても構わんが」
「……殿様。東夷って何?」
「……そこから?」
敢えて古典から引用した少々……否、かなり品に欠ける言い回しが便女の亜也子に通じなかったことで俺は拍子抜けする。
信濃国だと逆に東夷という言葉を耳にする機会に恵まれないのかもしれないが、『平家物語』を読めば知るような用語だからだ。
いや、むしろ疑問に思うことはあっても、諏訪では望月家のお嬢だからと教えてくれる人間が居なかったのかもしれない。
尤も、時行にディープキスをかました肉食系巫女なら知っているのではないかと思ったが、それはひとまず置くことにした。
「後で知る機会もあるだろう。それより、何かあったか」
「さっき、私の養父から遣いがあった」
「!」
二月近く前、後醍醐の帝の第一皇子である尊良親王を担ぎ上げた軍の出鼻を挫くために魅摩と一緒に密かに上洛した俺が手を回したことにより、亜也子は既に望月分家の養女になっている。
今、俺が思い出したのは先日甲賀忍軍の棟梁である山中道俊に忠告されたことである。亜也子の実父で本家当主の重信が洞院軍に従軍したため、亜也子と望月分家の接触に気をつけるべしと。
「私の実の父上……望月重信が信濃国で洞院軍に従軍して、そのまま上洛する予定なんだって。殿様、実は知ってたでしょ?」
「……ああ。お前の言う通り、知っていたさ。で、お前はどうして今になって分家の者たちを危険に晒しかねないことを言う?北畠親子以外を相手にする余力がない今の俺なら問題ないとでも?」
「安心して、殿様。甲賀望月党はこの先も六角家に従うけど、私は本家の当主の娘としてどうするのか聞かれたってだけだから」
それはそれで背信行為なのではないかと思ったが、君主としては傘下に入る国人の本家への配慮は大目に見るべきなのだろうか。
尤も、城を枕に討ち死にしようとする俺が今更どうこう言っても仕方の無いことではあるのだが。あくまで望月亜也子は俺に仕えている便女であって、六角家の家臣かと言うと正直微妙だ。
「で、亜也子は何と答えたんだ?」
「……私は殿様に付いて行く。だから、父上の元には帰らない」
流石に俺との主従関係より実の父親との縁を優先するだろうという心中の予想とまるで異なる返答に俺は虚を突かれた。
疑問に思った俺は平静を装って理由を聞くことにした。
「何故だ?どんなに遅くとも明日までに俺は死ぬ。お前が天下無双の女武者を志すのであれば、お前も直ぐに退去するべきだろう」
「そうだね。死んだら元も子もない。でもさ、それは殿様だって同じ事だよ。殿様に死なれたら、私は誰に仕えたら良いの?私は若様のところに戻る道を断ってまで、何が何でも夢を叶えるために近江国に骨を埋めることにしたんだよ?責任、取ってよ。殿様」
「……お前のために俺に逃げろと申す気か。亜也子、俺がこの城に残るのは今後の六角家の行く末を思えばこそだ。弁えろ」
当主である俺はいつかの仮面を外した師冬にも似た精悍な面影が印象的な今の亜也子に対し、何ら怯む事なく凄んだ。
家人風情が戦の采配に口を挟むなという意味を込めたのだ。
「魅摩はどうするの?したんでしょ、婚約」
「別にどうもしない。あいつとて武家の女子だぞ。婚約した男が戦で死ぬこと程度、覚悟していない筈がない」
「……それさ、魅摩の前でも同じ事が言える?」
「ああ、何度でも言えるさ。亜也子、お前が俺の言葉をあいつに伝えるのだ。他の者には頼めない。これが最後の命令と心得よ。そこから先はお前の勝手だ。天下無双の女武者になるだけなら、気心知れた師冬のところでも十分に叶えられよう。さぁ、聞くのだ」
俺は一切の澱みなく告げた。俺は家のため、尊氏様のため、そして源氏による武家社会の再生を想い、北畠軍の大軍と相対し、郎党たちと拵えたこの佐々木城で討ち死にする覚悟である。
〜3〜
一月十二日の
結局、佐々木城に残った兵は約二千人。彼らと共に、濃尾平野を突破して不破関をも通過した十万余騎の北畠軍を迎撃するのだ。
「皆、揃ったな」
「「は」」
此処にいる全員が死を覚悟している。言い換えると、謂わゆる死兵と化しているのだ。こうした武士は通常より強くはあるが、圧倒的大差の前には遅かれ早かれ力尽き、殺されてしまうだろう。
ただ、安らかな気持ちで召されるように。当主の俺が今すべきはありったけの鼓舞によって、彼らの心を満たすことだ。
「この中に、実はまだこの世に未練があるという者は?」
「「「……」」」
「居れば、遠慮は要らぬ。心置き無く退去するが良い。北畠軍が押し寄せて来るまで、時間がある。今ならまだ間に合うぞ」
場に漂っていたのはまさしく悲壮感である。戦死を覚悟している十一歳の幼い当主に気を遣われている構図なのだから、無理もないことだろうと我ながら他人事のように思ってしまう。
依然として沈黙が郎党たちを覆うのを見た俺は再び口を開いた。
「では、皆に問う。皆、この千寿丸が哀れだと思うか?」
「「「……!」」」
客観的に見れば、数えで十一歳の子どもが近江国守護としての責任を果たし、家名を守るために時代の波に呑まれ、まだまだ燃やせる命を今日にも戦で使い果たそうとしている状況である。
現に、城に残った武士たちは涙ぐみ、居た堪れ無さでいっぱいになっているのが手に取るように分かる有り様だった。
「良いか!この場ではっきり言っておく!左様な哀れみは一切不要であると心得よ!何故ならば、俺は今この瞬間、生涯で最も歓喜しているからだ!どういうことか、お前たちは分かるか!?」
「「「!?」」」
「此処は天がこの千寿丸に与えた死に場所ぞ!斯様な死に場所は滅多に巡り会えるものではない!武士として喜ばずに居られようか!床の上ではなく、戦で華々しく散れるのだぞ!」
悲しむ気持ちを挫かれた各々は息を呑み、双眸に闘志を宿した。
掴みは順調である。ここで一気に決め、軍の士気を高揚させておくことが、後に足利軍が北畠軍を破る助けにもなるだろう。
俺は続けた。まして、二千人もの勇者たちが各々の身を惜しむことなく、今も俺に付き従ってくれている。これより嬉しいことはこの世に無く、当主冥利に尽きるというものであると。
「この千寿丸はお前たち六角軍の将兵たちと共にある!恐れるものは何も無い!今更逃げも隠れもするものか!そうだろう!?」
「「「応!!!」」」
「死など恐れん!北畠軍、何するものぞ!皆、復唱せよ!風蕭蕭として易水寒し!壮士一たび去りて復た還らず!」
「「「風蕭蕭として易水寒し!!!壮士一たび去りて復た還らず!!!」」」
城に残った六角家に仕える郎党たちは大将の俺に促され、司馬遷による歴史書である『史記』に載っている歌を口々に唱和した。
後の始皇帝として高名な嬴政の暗殺未遂を引き起こす荊軻が旅立ちの前に残したという歌で、皆の心を一つに纏めたのである。
「六角軍は不屈だ!誇り高き江南の覇者としての底力、東夷どもに篤と見せつけてやろう!最後の一兵まで力の限り戦おうぞ!」
「「「応!!!!!」」」
やるべき事はやったという自負を胸に秘め、筆舌を尽くして鼓舞した俺は城に残った兵士たちを各々の持ち場に着かせた。
士気は高い。屈強な奥州兵を主力に据え、道中で反足利の武士たちを吸収した北畠親子の大軍に必ずや辛酸を舐めさせる。
後に作られる軍記物語『太平記』に佐々木千寿丸の名を初めて登場させることになる一戦がいよいよ始まろうとしていた。