崇永記   作:三寸法師

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◆8

〜1〜

 

 

 空が赤みを増していた頃、俺は繖山からきっと今日で見納めだろうという今世の故郷の光景を目に焼き付けていた。

 既に戦の準備は整っている。士気は高く、あとは一日で十里程度は軽く駆けているのではという程の異常な進軍速度で迫り来る義良親王を担いだ北畠親子による大軍が迫るのを待つのみだった。

 

 

「殿」

 

 

「氏重か。戦えるのか?その病身で」

 

 

 俺の側近筆頭格である重頼の父親で、青地家当主の氏重は戦さえなければ、今も布団で横になっているのが当然である程に病に侵されていた身だ。しかし、戦を前に激っているのだろうか。

 見たところ、今の氏重の気力は全盛期と遜色ない充実ぶりだ。

 

 

「はい。これでも御先代の元、幾度も戦に出た身なれば、殿の御采配を恐れ多くも補佐仕ることは十分に出来ますかと」

 

 

「分かった。斯様な忠臣と共に戦える事、嬉しく思うぞ」

 

 

「かたじけなく」

 

 

 思えば、氏重には幼い頃から世話になって来た。その者が城に立て篭もった主君である俺のため、戦で戦おうと気力を奮い立たせているというのはやはり胸を打たれるものがある。

 せめて一兵でも多くの北畠軍を葬りたい。今出来る精一杯の策を施したのだから、最後に一花咲かせても良い筈である。

 

 

「なぁ、氏重よ。今は二人きりだ。故に、率直に言う」

 

 

「お話しくだされ」

 

 

「此度の戦でこの城にいる二千人は皆死んでしまうだろう。二千人の将兵の死を虚しく終わらせないためには、甲賀忍軍の者たちやお前の息子の重頼の働きが極めて重要であると言って良い」

 

 

 甲賀忍軍の棟梁である山中道俊は既に城を脱出している。息子の方は避難する六角家の人々の案内に当たっているが、道俊に関しては北畠軍を弱体化させるための工作に勤しんで貰うのだ。

 もし道俊が無事に成果を上げることが出来れば、十万騎の北畠軍はその刃を尊氏に突き付ける前に滅ぶことになるだろう。

 

 

「何か策がお有りなのですな。しかし、我が愚息に大事な御役目を与えて下さるとは……一体如何なる策でありましょう?」

 

 

「お前には明かすべきだろうな。耳を貸せ」

 

 

「は」

 

 

 気力に満ちた氏重と言えど、刀を杖のようにして立っていることからも武力自体はやはり全盛期には程遠い。

 しかし、当主ながら歩み寄った俺に耳打ちされた氏重は珍しくも口角を上げた。武士として痛快な心持ちなのだろう。

 

 

「これほど規模の大きい策をお立てになるとは」

 

 

「甲賀忍軍の情報網により、北畠軍の到着時間の予測が付いたからこそ立てられた策だ。あの者たちは今後二百年以上にわたって六角家の底力となるであろう。まさに命綱よ」

 

 

 脱出した道俊には既に将来の六角家当主に対する短い伝言を託してある。これだけでも、運命を切り開く助けになる。

 しかし、そのためには佐々木城で幼い当主が討ち取られたという筋書きが不可欠である。だから、進んで贄になれるのだ。

 

 

「氏重。この先、六角氏と北畠氏が相入れることはない」

 

 

「は」

 

 

「北畠氏の拠点は伊勢国にある。いずれ六角氏が征するぞ」

 

 

「楽しみです。黄泉の国から見物することに致しましょう」

 

 

「黄泉の国か。郎党(お前)たちと一緒なら悪くないかもな」

 

 

 赤みを増していた空も、気が付けば徐々に暗さを帯びている。

 大禍時という言葉を俺は思い出した。黄昏時とも言うらしいが、誰かに出会うという意味があるという話を聞いた覚えがある。

 

 

「殿!北畠軍が!」

 

 

「遂に来たか!」

 

 

 感慨に浸っていると、山頂から北東の様子を観察していた部隊からの遣いが急を告げて来た。いよいよお出ましのようだ。

 城の西の方にある故郷の街並みを悠長に眺めている訳にはいかなくなった俺は山頂にある櫓まで移動して、徐々に広がっていく途轍もない数の人馬の群れを視認し、固唾を呑んだ。

 

 

「十万騎と言うからには察していたが、やはり」

 

 

「千葉、宇都宮、そして新田の旗指が。関東の反足利の武士たちを北畠軍は奥州よりの道すがら、存分に吸収したようですな」

 

 

「狙い通りだ。俺の推論が正しければ」

 

 

「はい。先手は関東の諸武家で間違い無いかと」

 

 

「ああ、疲弊具合はやはり奥州兵たちの方が濃い筈。先代の六角時信を欠く我が軍相手にはまず温存しようとするだろう」

 

 

 遥か彼方の奥州より駆けてきた北畠軍の気持ちになってみよう。

 後醍醐の帝に絶対の忠誠を誓っていると言われる北畠親子のことである。家長の妨害工作を躱した後は四の五の言わず、奥州兵の屈強さを頼りに足利軍に追い縋ろうとしたに違いない。

 

 

「先月、源氏軍が伊豆国府に駐留していた時、北畠軍は身動きを取れずにいた筈が、鎌倉殿が西に移動した途端に、()()よ」

 

 

「足利尊氏の決起や新田義貞の敗戦を知った時、北畠親子は奥州で相当慌てたことでしょうな。何の問題なく準備出来ていたなら、新田軍と息を合わせて北と西から挟撃していた筈です」

 

 

「だが、尊氏様の西進は奥州で隙を伺っていた北畠軍にとって絶好の好機でもあった。さしもの斯波軍も箱根での源氏軍の勝利を聞いて安心し、多少は気が緩んだであろうからな」

 

 

 成長した家長に慢心があったとは断じられないが、周りの足利家の郎党たち関してはどうだろうか。皆が皆、麒麟児と呼ばれた家長のような鋭利な頭脳の持ち主であるという訳ではあるまい。

 何はともあれ、北畠軍は奥州足利党の緩みを突き、関東に在国していた新田家や宇都宮家、千葉家の郎党たちに声を掛けたのだ。

 

 

「奥州より斯波軍を振り切るための進軍をしてきた北畠軍よりはまだ関東から合流した武士団の方が疲れ切っていない筈。彼らを先鋒に愛知川を越えさせ、自分たちは宿で一眠りし、昼夜を徹しての行軍の疲れを取ろうとするだろう。誰でもそうする」

 

 

「関東兵だけでも数万騎に達している様子ですからな。一万騎もいない六角家の城を落とすには十分足りると判断するでしょう」

 

 

「ああ。だが、それこそ奴らにとっての落とし穴よ」

 

 

 恐らく北畠親子は一眠りして朝になっても落城させていなかった場合に出陣する心積りだろう。頭の良い彼らは足利軍の大軍との決戦を見据え、主力の奥州兵たちに休息を取らせる筈だ。

 何せ、普通に考えたら幼子の籠る城ならば、楽に陥落させることが可能だ。まして坂東勢に()()()()が居るのであれば。

 

 

「殿!敵の陣容、分かり申した!」

 

 

「……ほう。流石は我が甲賀忍軍。仕事が早いな」

 

 

 公家である北畠親子が十万騎から成る複数の武士団を纏め上げて奥州からこの近江国まで辿り着いたことは恨めしくはあるものの、敬服に値すると言って良い。少なくとも俺には無理だ。

 しかし、六角軍には室町時代を迎える前でありながら、軍団として組織的に動くことの出来る忍びたちが既に居る。

 屈強な武士たちの大軍と俊敏な水破たちの群れ。どちらをより活かせるかが、北畠と六角の命運を左右することになる。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 皇軍の威を示す錦の御旗以外に、笹竜胆の旗を掲げた北畠軍は数多くの武士団を抱えた都合上、様々な旗を翻しているようだ。

 例えば、結城氏の右三つ巴や南部氏の向鶴紋、新田氏の大中黒と言った有名どころが挙げられるだろう。無論、他にも例はある。

 

 

「左三つ巴を掲げる紀清両党……氏重、予想通りだ」

 

 

「はい。北畠軍が足利方の佐竹氏の常陸国ではなく、宇都宮氏が拠点を置く下野国を通るのであれば、当然の帰結かと」

 

 

「当主の公綱殿が足利軍に投降したとも知らず、御苦労なことよ」

 

 

 坂東一の弓取りと謳われた名将の宇都宮公綱と言えど、足利尊氏と赤松円心の連携の前には流石に分が悪かったようである。

 去る九日の戦において、敗色を悟った新田義貞が帝を比叡山へ移すために退却した際、進退極まった公綱は白旗を上げたのだ。

 

 

「殿。宇都宮家の誇る精鋭部隊の紀清両党が来たということは」

 

 

「居るだろうな。芳賀禅可が。しかし、対処は可能だ」

 

 

 宇都宮家随一の能臣として知られる武将が芳賀禅可だ。戦上手ぶりで言うならば、当代でも有数の武将と言って良いだろう。

 とはいえ、芳賀禅可率いる紀清両党が西進して来ることは元より予測していた。洞院実世の軍勢が諏訪神党に引き続き、関東の反足利諸勢力を吸収するのであれば、紀清両党を傘下に引き入れない筈がないからである。それほど有力な武士団なのだ。

 

 

「殿、ご覧ください。敵が動き出しましたぞ」

 

 

「ああ、敵の松明の動きから明らかだな。二隊に分かれて愛知川を越えて来るようだが、紀清両党はどちらであるか」

 

 

 日が落ちたというのに、攻めて来るというのは決して想定していなかった訳では無いが、やはり面倒であることは確かだろう。

 これが昼間であったならば、遠目を利かせることによって敵の旗差しから陣容の変化をより詳しく察知出来るのだが、夜間だとどうしても限界が生じてしまうのだ。当然、奇襲のリスクもある。

 

 

「目賀田、敵が動き出したと改めて皆に伝えよ!皆も勿論分かっているであろうが、ここで気持ちを入れ直させるのだ!」

 

 

「は!」

 

 

 指示を出した俺は懐に入れた六文銭をギュッと握る。

 渡賃が必要であるらしい三途の川というものが存在するか否かについては知っているが、それとは別に決意を固め直したのだ。

 

 

「報告致します!和田山に愛知川を越えた千葉軍が布陣!また宇都宮軍並びに新田軍が箕作山に向けて進軍中との由!」

 

 

「相分かった!引き続き探れ!」

 

 

 奥州で北条家の残党に対し数々の戦を繰り広げたという北畠顕家がどのような戦法を使うのかと思いきや、意外と定石通りに進めるらしい。あるいは顕家とは別に軍師でも居るのだろうか。

 和田山と箕作山は佐々木城がある繖山から見て、それぞれ北東方向と南東方向にある。要は掎角の勢を取ろうとしているのだ。

 

 

「この城を攻めるとしたらまず南から。北方にある和田山から千葉軍が圧力を掛けつつ、宇都宮と新田の両軍が主力として南方から攻めるという筋書きだろうな。ただ、念のため北側の守備兵に警戒を怠らぬよう伝えさせろ。不意を突くなら北一択だ」

 

 

「……は。殿、南側の備えはご指示の通りに」

 

 

「ああ、南方からこの城を攻める上で、奴らはまず市街地を掌握しようとする筈だ。それこそ奴らの墓場。寺社に避難させてある民たちにまで危害を加える気ならそれまでだ。躊躇せぬように」

 

 

「御意!」

 

 

 小勢が大勢に大損害を与えた例は歴史上無くもない。

 島津勢が得意としたという釣り野伏せも一例だが、今回は使うに値しないだろう。地理的条件が叶えば、話は別なのだが。

 しかし、それとは別に一つある。基本的には夢物語の類ではあるのだが、当主自ら命を擲つ今回に限っては話が別だ。

 

 

「しかし、火計とは大胆なことを考えられましたな」

 

 

「……為政者として本拠地を燃やすは痛恨の極み。しかし、その一方で、一人の軍人として火攻めに面白みを感じているのもまた偽らざる本音だ。無茶苦茶な行軍速度から考えて、北畠軍は行く先々で食糧を強奪せんと人々に無体を働いたのだろう。それこそ草木の一本も残らない程にな。どうせ敵軍に好き勝手される位なら、此方から街に火を放ち、一人でも多くの敵兵を亡き者にしてくれようぞ」

 

 

 すなわち、これまで京の市でコツコツと買い集めた鉄はうの他、元々保有していた油や炭を惜しまず使った火攻めである。

 流石に観音正寺のある繖山で行う訳にもいかないため、数多くの民家を利用することになったが、民心については事前に避難先の寺社に渡した面倒代の食糧と幼い当主の戦死による悲哀の誘いを以て落ち着かせるしかない。まさに天魔波旬の策である。

 

 

「殿、箕作山を制した敵軍が市街地へ!ご案じあるな!いつでも火を放つことが出来まする!さぁ、お下知を!」

 

 

「美濃部。敵を誘い入れ、十分に時機を見計らって燃やせ。それと、宇都宮勢への仕掛けは済んだか?対宇都宮が此度の戦の肝ぞ」

 

 

「ご安心を。主君・宇都宮公綱の投降を知り、さしもの紀清両党も真偽を疑ってはいるものの、戦意が鈍っている様子!」

 

 

「良し!美濃部、市街地での火攻めの号令はお前に任せる。行け」

 

 

「は!」

 

 

「……ふぅ」

 

 

 ふと、風を操ることの出来る魅摩がこの場に居れば、愛知川宿に火攻めを仕掛けて総大将の北畠顕家ごと敵を纏めて焼却出来たのではという考えが頭に浮かんだが、直ぐに消し去った。

 この戦で命を燃やし尽くすと決めた以上、魅摩はもはや自分とは関係のない名前であり、要らぬ雑念の種でしかないだろう。

 

 

「氏重」

 

 

「は」

 

 

「火の海を突破した者たちがもうすぐ此方に来る。一花咲かせる時がようやく巡って来るぞ。やることは全てやった」

 

 

 ここまでの戦は順風満帆に進んでいる。まず、主君である公綱の降伏をここまでの京での戦の詳細と共に知らせることで、宇都宮勢の気力を削ぎ落とした。また、迷う紀清両党に構わず進んだ新田勢の兵力を火計によって大幅に削ることが出来た。

 いよいよ佐々木城の備えを発揮する時である。たとえ最後に散ることになるとしても、出来る限りの力を尽くす。

 なりふり構わず戦い、この生涯に花を添えるのだ。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 以前、足利の麒麟児と謳われた斯波家長と会話した内容の一つに次のようなものがある。即ち、防御機能というのは往々にして実際に使ってみなければ有効か否か分からないものであると。

 現に、鉄壁を謳われた鎌倉は魅摩の神力が新田軍を助けたという要素があったとはいえ、あろうことか僅か四日で陥落した。

 

 

「なぁ、氏重」

 

 

「……は」

 

 

「この城……脆くない?」

 

 

 何と言えば良いのだろうか。大会前の練習試合で大勝に次ぐ大勝を収めていたにも関わらず、いざ大会が始まると早くも一回戦で負けそうになっている。差し詰めそのような状況である。

 火の海を突破した新田軍、名乗りによると新田義貞の甥であるらしい大舘幸氏という大将に率いられているそうだが、彼らは此方の想定の倍以上の速度で佐々木城の第一の防御線を突破したのだ。

 

 

「殿。はっきり申し上げても良いでしょうか?」

 

 

「申せ」

 

 

「敵の攻め口が的確です。そこを攻めるのかと思いきや、いざ攻められてみると、確かに弱点だと痛感させられるのです」

 

 

「……むぅ」

 

 

 もし築城したり防衛の指揮をしたりするのが師冬だったならば、こうも容易く突破されなかったのだろうか。

 開戦して漸く分かった。この繖山に築いた城は防御拠点としては隙が多過ぎると。何もなければ、一線級の馬術の使い手なら騎乗したままの登山が可能な山なのだ。巨大ではあるが、京近くの男山に比べると脆弱である。斜面の急さで劣るのが確実に響いている。

 

 

「目賀田」

 

 

「は」

 

 

「前線に出るぞ。宇都宮と千葉は来ていないというに、義貞も義顕も義昌も居ない新田勢に敗れたとあっては恥辱でしかない」

 

 

「……大舘幸氏の首を狙うのですな」

 

 

「左様。大舘幸氏が死ねば、今頃は城下からの出火を聞いて仮眠から目を覚ましたばかりの北畠顕家も出陣せざるを得ないだろう」

 

 

 最後の突撃用に残した馬の一頭が俺の元に連れて来られた。尊氏に貰った弓を馬具に掛け、刀ではなく紅蓮槍を手に持った。

 騎乗する。目賀田を連れて、敵の眼前を駆け巡るのだ。

 

 

「報告!敵軍、第二陣を襲い、その勢いは苛烈そのもの!」

 

 

「……早いな。だが、それもここまでだ!」

 

 

 以前、籠城戦は個人の武力で有利不利を決められるものではないと次弟の千金丸に諭したが、劣勢を逆転させるには有用だ。

 即ち、戦死というリスクを背負った大将自らの武威によって兵たちの士気を高め、勢いを味方に引き寄せるのである。

 

 

「さて、どいつが大舘某だ?」

 

 

「我が君……あの大斧の使い手が大舘幸氏です。お気を付けて」

 

 

「問題ない。勝ち方は分かった。美濃部、戻ったか」

 

 

「は!」

 

 

「良いか、即席で仕掛けを作れ。つまりだな……」

 

 

 大斧を振るう幸氏は飛来する矢や石をモノともしていない。

 まさに豪傑というのに相応しい武将である。恐らく関東庇番の主力たちと比べても遜色ない武勇の持ち主と言えるだろう。

 

 

「時行、逃げて隠れることはお前と違って得意ではないが、敵を誘い込むことについて言うのなら、俺はお前に劣らぬぞ」

 

 

「殿?」

 

 

「皆、囃せ!囃せ!佐々木城城主、佐々木千寿丸のお通りだ!」

 

 

 繖山に敷いた防御網において馬で自由自在に駆け回るというのは困難である。しかし、それは常人にとっての話だ。

 出会ったばかりの貞宗からもお墨付きを得た俺の馬術は例え山の中であろうと平地のように駆け回ることを可能とする。

 如何なる障害物があろうと関係ない。土塁も柵もお構いなしだ。

 

 

「佐々木千寿丸……奴を顕家卿に献じ、新田の汚名回復を!」

 

 

「大舘幸氏!俺の迅さに付いて来れるか!?いざ勝負!」

 

 

「見え透いた挑発……されど!」

 

 

 どうやら大舘幸氏という将は膂力に関しては相当高い水準にあるようである。馬の扱いこそ猛将にしては並だが、手に持った斧を間髪入れず振い続けることで、行手を遮る仕掛けを次々と破壊し、俺を目指して突進し続けた。流石に関東で新田領の留守を預かっていただけのことはあるらしく、かなりの猛者と言えるだろう。

 要するに、猪突猛進さに敵うだけの武力が幸氏にあるようだ。並の武将ならまだしも、この域の将との真っ向勝負は不利である。

 

 

『しかし、師冬殿。馬術が得意な俺だからこそ、後学のために聞きたいのだが、お前はどうやってあの今川範満殿を討ったのだ?』

 

 

『ああ、それはですね』

 

 

『ちょい待てい。食ったまま喋るんかい。別に良いけどさ』

 

 

 逃げるというよりは、ただ姿勢を低くして馬術を活かしたスピードで敵を翻弄する。殺すための誘引であれば、死を受け入れんとする俺でも、生の怪物であると云う時行に負けず劣らず実践可能だ。

 確かに幸氏は強い。突破力という点に限れば、高兄弟にも届き得るかもしれない。市街地に仕掛けた火の海も、大木でも土の壁でも簡単に打ち砕く自慢の馬力によって強引に切り抜けたのだろう。

 しかし、対する俺は六角家の当主である。幼い身なれど、天下有数の武家の佐々木一族の惣領なのだ。仮に北畠顕家が奥州から攻めて来ていなければ、きっと二十年後には斯波家長と共に幕府で文武の両翼を成していた筈だと自負できる程の力が俺にはある。

 

 

「目賀田!大舘の後ろの兵たちは任せた!」

 

 

「は!同志たちよ!殿がご覧になっているぞ!押し返せ!」

 

 

「「「応!」」」

 

 

 死兵と化した六角軍の武士たちの持つ力は若者や抜きん出た勇者の殆どを欠いた状態でも、新田軍の関東居残り組に劣らない。

 幼い総大将の登場で想定外だった要害の機能不全への戸惑いを捨てた六角軍は一気に新田兵たちを麓まで突き落としていく。

 

 

「分断する気か!だが、お前たちに囲まれようと、恐れはしない!如何なる障壁も、俺の大斧の前には木っ端微塵ぞ!それに、みすみす姿を現した敵の首魁!捕えれば、この戦はお終いだ!」

 

 

「随分と強気だな!」

 

 

 俺の手にある紅蓮槍はただの槍ではない。穂先の根元に蓮の花を模した突起が付いており、様々に活用することが出来る。

 例えば、地面に落ちている枝を払って、(あぶみ)の上から振るう斧では対処の出来ない馬の嫌がる障害を作ってしまうのだ。

 

 

「小癪な!」

 

 

「大舘!足元ばかり気にしている場合か!?」

 

 

「なっ!?ぐうっっっっ!」

 

 

 生憎と、大舘幸氏と今の俺では身長に大分違いがある。それこそ馬に乗った幸氏の首元は騎乗する俺の頭上より高いのだ。

 だからこそ、木々の間に仕掛けられた変糸が効果を発揮する。

 首元に思い切り糸が食い込んだ幸氏は悶絶して落馬し、動くどころではない。今の幸氏こそまさに格好の的と言えるだろう。

 

 

「さぁ、死に晒せ。尊氏様より授かった弓でお前を仕留める」

 

 

「!?」

 

 

「子どもだからと侮るな。大舘幸氏は今この場で死ぬ。佐々木千寿丸の弓、ひいては真の天下人たる足利尊氏公の威光により、北畠顕家に従った新田家の郎党たちは大将諸共、あの世行きだ」

 

 

 これは終ぞ俺の知らないことだが、この戦いから何十年も後に作られる軍記物語『太平記』には版ごとに様々な叙述がある。

 その中に、観音寺城における北畠顕家に従う大舘幸氏と佐々木千寿丸の交戦について簡素な記述があるが、その戦では「大将以下」の首が斬られたと云う。ここで言う大将が大舘幸氏なのか、それとも佐々木千寿丸なのか、また別の誰かを指しているのか。

 真相は後世に生きる読者たちの推察に委ねられることになる。

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