崇永記   作:三寸法師

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◆11

〜1〜

 

 

 長年にわたって当主を務めた先代の時信の言葉通り、六角家に仕える郎党である目賀田の武勇は圧巻だった。

 齢十一の俺を連れた二人乗りであったにも関わらず、鎮守府将軍である北畠顕家に従う関東新田党の数千騎は下らない軍勢を蜀漢の趙雲に纏わる伝説もかくやという程の強さで突破したのだ。

 結局、俺は翌日の朝を迎えるよりも早く、甲賀忍軍の首領である山中道俊が六角家の非戦闘要員や未来ある若い郎党たちのために用意した避難場所に到着し、束の間の仮眠を味わった。

 

 

「……母上」

 

 

「お目覚めですか、千寿丸殿」

 

 

 どうやら今世の母親である長井時千娘は落ちゆく城から逃げ延びた俺の寝姿をずっと見守ってくれていたらしい。

 ただ、今の俺にあるのは申し訳なさだ。その理由は単に手間を掛けさせたからだけでない。父親の時信のことがあるからだ。

 

 

「母上……既にお聞き及びのことと存じますが、父上は」

 

 

「聞いています。目賀田殿が仔細を話してくれました」

 

 

「左様で」

 

 

 果たしてどちらが六角家にとって良かったのだろうか。現当主で未だ元服を済ませていない俺が城を枕に討ち死にするのと、既に隠居した身ながら六波羅軍で最上級だった武力を未だ隠し持っていた先代当主の時信が身代わりのような形で戦死するのと。

 一度は仮にも父親である時信に背中を押される形で決断したことではあったが、それ大将首だと群がった新田家に仕える将兵たちを一閃の元に次々と討ち払った目賀田に連れられ、やっとこの地に辿り着くまでの間、ずっと悶々と考えていたことである。

 

 

「母上、これから私はどうすべきでしょうか」

 

 

「……」

 

 

「幼い身ながらあの手この手で、北畠顕家の軍勢に何とか損害を与えたつもりではありますが、結果はご存じの通りです。父上を死なせた事で、私は多少なりとも求心力を失うでしょう」

 

 

「……千寿丸殿は郎党たちを恐れておられるのですか?」

 

 

「郎党たちもそうですが、気掛かりなのは民たちです。どうすれば家を失った彼らの心を安んじられるか。私が死んでいれば、口を噤んでいたことでしょうが、こうとなってしまっては」

 

 

 元々、東方より来るであろう洞院軍への防備を整えるにあたって繖山の麓に罠を張っておくことを検討し、有事の際には民たちを寺社に避難させる手筈であったが、家々を使った火攻めについては北畠軍の襲来を知り、やむを得ず採用した策である。

 幾ら避難する民たちの面倒を見るためにと寺社に渡した兵糧があるとしても、怨嗟の声が上がるのは想定して然るべきだろう。

 

 

「千寿丸殿、この母は大江(長井)家から六角家に嫁いだ身。道理は弁えているつもりです。その上で、言わせていただきますが、今の貴方の郎党や民衆に対する恐れは感心出来るものではありませんよ」

 

 

「……と言いますと?」

 

 

「貴方はこの近江国の支配者です。支配者たる者、下々を気遣うのは結構なことですが、恐れを抱いてはならぬものです」

 

 

 今世の母親の言わんとする事を瞬時に察した俺は雷を打たれたような衝撃に駆られ、憂色を発露させていた表情を引き締めた。

 かつての大陸で陳勝が叫んだ「王侯将相寧有種乎」の発想がまだ劇薬である当世の身分社会に上澄みの立場として生きている以上、きっと十分に踏まえておかなければならない道理なのだろう。

 すなわち、既に当主になってしまったからには余人に教えて貰う機会に巡り合うことが難しいことを、今世の母親は真剣そのものな眼差しで息子である俺に言い含めようとしているのだ。

 

 

「千寿丸殿。人を従えるのに必要なのは何も武力や知謀といった強さだけではありません。真の意味で人を従えるには、やはりまず主の貴方が威風堂々としなければ。勿論、そうした態度には身体の内より滲み出る、地に足着いた自信が欠かせません。つまり、近江国の守護として心身ともに確固たる芯を持ち、己の弱さを取り除くのです。そうすれば、不可思議な力に頼らずとも、皆と揺るぎない主従関係を結べることでしょう。真の君主とはそういうものです」

 

 

「……」

 

 

「大丈夫。千寿丸殿、貴方ならきっと出来ます。戦に敗れはしましたが、貴方は成長の機会を得ました。もう無邪気に職に当たることもないでしょう。今の貴方に必要なのは自信です。ご自分の中に眠る京極殿すら威信によって平伏させられる器を信じるのです」

 

 

「……ありがとうございます、母上。近江国守護の私が一敗でめげてはなりませんね。お陰様で、幾らか気が晴れました」

 

 

 夫を失った状況であっても生き残った息子を激励する今世の母親の言葉の真意は簡単に言うなら次のようなことだろう。

 当主たる者、縮こまってはいけない。大敗を喫しても尚、次の戦で勝利を収めるために気を強く保つべきであると。

 どこの誰の言葉だったか、勝敗は兵家の常であるという。昨夜のうちに敗死してしまったであろう先代当主のためにも、生き残った現役の当主である俺がクヨクヨしていてはいけない筈だ。

 思い悩む位なら、供養のための寺の算段でも付けるべきなのだ。

 

 

「失礼致します。殿、たった今、斥候から報告があり、油日におられた馬淵殿が兵馬を率い、近くに来られたそうです」

 

 

「馬淵が?」

 

 

 我が家の郎党で近江国守護代の馬淵が油日から駆け付けてきたことに俺は一瞬だけ目を丸くしたが、程なく歓喜で頬を緩ませた。

 良い機会である。内政に関して抜群と言える見識を持っている馬淵義綱ならば、何か良策を持っているかもしれない。

 

 

「直ぐに向かおう……母上、身支度を致します」

 

 

「はい。千寿丸殿、時間が惜しいでしょう?母が手伝います」

 

 

 近江国守護の俺は思考を切り替えた。人生において初めて正真正銘の敗戦の恥辱を味わった今、大事なのは初動であろう。

 課題は山積みである。問題は単なる戦後処理だけではない。

 今頃は既に佐々木荘を通過した後であろう北畠顕家をどうしてくれるか。心の内で沸々と生じつつある衝動を一旦飲み込んだ俺は今世の母親の助けを得て、重臣筆頭の馬淵に会う準備を整えた。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 六角家に仕える能臣で近江国守護代としても知られる馬淵は甲賀郡の東南にある油日に足利軍の武将である岩松頼宥を残し、足利軍より借り受けていた他の兵たちを合戦のため北上させて来た。

 彼らは元々、関東で新田党や紀清両党らを吸収すると目された洞院実世の東山道軍の対策として師直が手配した軍勢である。

 だが、洞院実世より早く北畠顕家が大軍で近江国に到達した事を知った現場の判断で、予定を変更しても支障はないだろう。将外に在りては何とかも受けざるところ有りとはよく言ったものだ。

 

 

「殿、ご無事でしたか!」

 

 

「ああ、馬淵。よくぞ来てくれた」

 

 

「山中殿より連絡を受け、可能な限り急いで油日より兵たちを連れ出しました。殿の火急を知り、せめて御命を救い申し上げるべく、一刻も早く参らねばと急ぎましたが、戦に間に合わず。申し訳ございません。ですが、今は何よりもご無事をお喜び申し上げます」

 

 

「馬淵よ。急ぎ相談したいことがある。良いか?」

 

 

「は。承知しました。中へ御入りください」

 

 

 今なお健在である幼い当主の俺とわざわざ出迎えをした重臣である馬淵は揃って本陣に入り、近江国の地図が広げられている盾を並べる事で作られた仮の机を前に、床机に腰掛けた。

 他に居る将と言えば、馬淵に同行していた六角家の重臣である青地源五や里より俺に随行して来た目賀田くらいであるが、鎧姿の俺はまず真っ先に馬淵に対し、感心する態度を示した。

 

 

「流石に用意が良いな」

 

 

「殿が御自ら足を御運びになるからにはきっと何かあるかと思い。それで……殿。御辛いかもしれませんが、佐々木城で一体如何なる戦が起こったのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 

「……では、掻い摘んで話そう」

 

 

 佐々木城で勃発した北畠顕家の軍勢との戦について持ち得る限りの情報から要点のみを抽出し、馬淵に説明していった。

 途中、武勇では郎党たちの中でも抜きん出た目賀田が恐縮しながらも補足を入れることが何度かあったが、単身戦に駆け付けた先代当主の時信の説得を受け入れ、脱出するまでに起こったことを現在の当主である俺は無事に話し終えることが出来た。

 

 

「では、大殿は……」

 

 

「亡くなられた、と思って相違ないだろう。もしかしたら、僧籍だからと北畠軍によって生かされ、囚われの身になっておられるかも分からないが、蛮族だと噂の奥州武士たちに左様な理屈が通じるかどうかは何とも………貴族の北畠親子なら違うかもしれないが」

 

 

「馬淵殿、源五殿、くれぐれも殿をお責め申し上げぬよう。殿は確かに残られるおつもりだった。その御心に対し、御先代が異議を唱えられ、殿は後ろ髪を引かれる思いで城を脱出されたのだ」

 

 

 猛将である目賀田の出した助け舟に俺は胸が締め付けられる思いであった。目賀田の一族は取り込む過程で佐々木一門、つまり源氏と扱われるようになったものの、実際には藤原の姓を持っている。

 馬淵や青地のような生粋の同族たちと違って一歩退いた立場にある筈の目賀田ですら、親不孝なことをしてしまった俺の肩を持っている状況は却って心苦しさを感じさせるというものだった。

 

 

「大殿の思いは憚りながら理解出来まする。馬淵義綱、亡き大殿のためにも今まで以上にご奉公させて頂きたく存じます」

 

 

「この源五入道も同じ思いです。我が兄氏重も大殿と同様、殿が今後の六角家を背負っていかれるものと思い、戦死されたものと考えます。私が兄の想いを受け継ぎ、遺された甥重頼を支え、ひいては殿の御為に働く所存です。何なりとお役目をお命じください」

 

 

「お前たち……ここに来る前、恥ずかしいことだが、気落ちしていた私に母上は申された。恐れるべきに非ず。自信を持てと。今こうしてお前たちの話を聞き、やっと母上のお言葉の裏に隠された意味が分かった。どうやら俺は少し難しく考え過ぎていたようだ」

 

 

 余人からの信頼を自覚してこそ、主は真の主で居られる。結局のところ、主という生き物にとっての自信の根源は()()なのだ。

 思えば、建武政権で月日を過ごす中で心折れて出家し、隠遁してしまった時信にも確かにあった。本人は出家の理由に関して朝廷での居心地に言及していたが、それだけではないだろう。郎党たちの忠義というより信頼が当時の当主の時信より、北条との手切れを唱えていた嫡男の俺に寄せられたことに気付いたからだ。

 だからこそ、幼く未熟な俺に大役を委ねたのだろう。千寿丸なら郎党たちの支えを活かし、家を守っていくことが十分出来ると。

 

 

「俺は六角家当主として、佐々木惣領として、この世に父上の子として生まれ、お前たち生き残った郎党たちや先の合戦で死んだ二千の壮士たちと巡り会えたことを誇りに思う。父祖や一族・郎党たちのためにも、足利尊氏公のお作りになる源氏の源氏による源氏のための武家社会で、佐々木六角氏の存在を改めて示さなければ」

 

 

「ご立派です。目賀田弾正忠、なお一層の忠義を殿に捧げたく」

 

 

「その言葉、嬉しく思うぞ。お前もまた立派な我らの仲間だ」

 

 

 暴虐な平家に対抗できる源義朝の正統後継者として人心を集め、坂東の諸勢力を糾合し、弟の九郎判官義経や範頼(蒲殿)といった名将たちをして平家を撃破せしめた源頼朝の足跡を鑑みても、源姓の支配者が武家社会に君臨している状態こそ正当であることは明らかだ。

 後に、我が物顔で幕政を仕切った政子の実家が北条(彼ら)の権威不足の目眩しとなる四代以降の将軍に公家(摂関家)や親王を据え、源氏諸家は時信を見ても分かるように、自分たちの誇りすら忘れてしまう程に圧倒されてきたが、三年前には北条家から政権を取り上げ、昨年は信濃国から蜂起した北条時行やそれに与する残党たちを成敗した。

 そして、今年は公家一等を唱えて武家政権を認めなかった帥宮尊治*1を京周辺から追い払い、持明院統の帝を立てるべき年である。

 こうした王業の担い手である偉大なる御方に対し、頼朝の挙兵にその祖父・為義の猶子として参じ、平家との戦に身命を賭した秀義の系譜を継ぐ佐々木一族の頂点に立つ六角氏がただ傍観していられるだろうか。まして俺は既にその偉大なる御方の威光に魅せられた身なのだ。全身全霊を懸けるのが当たり前というものである。

 

 

「俺のやるべきことは変わらない。源氏の誇りを胸に、俺は足利尊氏公を天下に推し上げる!これぞ佐々木六角の本領を示す事なり。また、俺には一所懸命仕えてくれる皆がいる。皆と力を合わせた俺が京極道誉や塩冶高貞に遅れを取る筈がない!そうだな?」

 

 

「「は!!」」

 

 

「……良し」

 

 

 一気に視界が晴れやかになったかのような心地の俺はつい先程まで確かに持っていた迷いを捨て去り、馬淵に相談するまでもなく、六角家の当主として次に移すべき行動について考えを巡らせた。

 かの御方のためなら、恐れるものは何もない。尤も、正直に言ってしまえば、幾ら郎党たちの献身的な助力があっても、得体の知れない道誉に対する寒心は拭えないが、()()()()()()()()()()だ。

 

 

「では、まず……源五に命ずる」

 

 

「は!」

 

 

 きっと俺に足りなかったのは自領で生きてきた民たちに対する信頼であり、遥か高みにある支配者として持つべき力強さだ。

 他の土地の者たちならいざ知らず、東山道の通る佐々木荘で暮らす民たちは先祖の代から長く六角家と付き合い、戦禍に巻き込まれることも念頭に置いて暮らしていた筈だ。何ならもっと早く戦の被害に遭っていても何らおかしく無かった者たちなのだ。

 北畠軍との戦の準備をするにあたり、俺は乱世に生きる統治者として出来る最大限の配慮をした。だが、これまで散々付き合ってきた自領に生きる()()()()者たちがそれを汲み取り切れない衆愚であると判断し、勝手に恐れたのは君子の思考ではない筈だ。

 とはいえ、慢心する訳にはいかない以上、何かしらの手当ては必要だろう。この先もずっと佐々木の領民であることを自覚し続けて貰うためにも、投げ出す格好になってしまうのは宜しくない。

 

 

「我が代理として佐々木荘に戻り、統治を再開せよ。先にも軽く説明した通り、彼らの食糧については問題ないが、京を巡る戦乱が収まった時に備えて街の復興準備はしておかねばならん」

 

 

「承知しました。殿。恐れながら、寺社に面倒代を渡したという体裁を取られたのは英断でございました。これを活かせば、ますます近江国の人々の信望を殿の元に集めることが叶いましょう」

 

 

「む?そうか?何はともあれ、よろしくやってくれ」

 

 

 果たしてそこまで事が上手く運ぶのだろうかと思わず不安に駆られたが、この時代で俺の倍以上の年月を過ごし、領地の経営にもよく励んでいる源五の言うことであればと俺は深く考えなかった。

 これまでを踏まえれば、無駄に持ち上げる事はあっても、主君の俺に対して真っ赤な嘘を言うような性分ではない筈である。

 ただ、後から振り返れば、この時の源五の言葉こそ、長きにわたる六角家の粛々とした勢力拡大の狼煙だったのかもしれない。

 しかし、まだ元服すら済ませていなかった俺は源五の真意を察すること能わず、気休め程度にしか受け取っていなかった。

 

 

「畏まりました。殿、お言葉から判断しますに、洞院軍が来た際には何もせず退避するということでよろしいのでしょうか?」

 

 

「……ああ、そういうことになる」

 

 

 城下の防御設備を粗方使い果たしてしまい、佐々木城は数年単位の改修でもしない限り、使い物にならないということが北畠顕家の軍勢との実戦を通して判明した今、洞院軍を防ぐのは難しい。

 ただ、馬淵は疑問に思ったようだ。それもその筈。馬淵が油日において足利の大将である岩松頼宥に無理を言って連れ出したという兵馬を動員すれば、関東にいた宇都宮や新田、千葉の郎党たちを北方から先んじた顕家軍に獲られた格好であろう洞院軍に勝つのはたとえ野戦での勝負であっても、不可能とまでは言えないからだ。

 

 

「殿……殿のお考えに関して、この馬淵が推測を述べても?」

 

 

「忌憚なく申せ」

 

 

「は。もしや殿は今あるこの軍を使い、顕家軍を追いかけようという御心積もりではないかと思った次第なのですが……」

 

 

「まさしく!」

 

 

「「……」」

 

 

 折角、奥州軍の南部馬たちを駄目にしたのだ。まして今頃は足利に寝返った宇都宮公綱に従う芳賀禅可ら紀清両党と呼ばれる宇都宮軍の軍勢の処遇を巡り、問題を抱えている筈であろう。

 また、俺の近臣である青地重頼に持たせた書状を読んだ師直は必ずや南近江で北畠顕家にトドメを刺そうとするに違いない。

 ならば、このビッグウェーブに乗るしかない。父親に命を救われたばかりだからと()()()()()()場合ではないのだ。佐々木城で行った絶望的な籠城戦と違い、次の戦は十分に勝算が見込めよう。

 絶好のチャンスをみすみす逃す手は武将としてあり得まい。

 

 

「勢多におられる師直殿が率いる大軍と今ここに居る足利軍の兵たちを動員し、北畠顕家を挟み込む!馬淵、兵たちの休息はもう十分であろう!すぐ北西に向けて出発するぞ!追跡開始だ!」

 

 

「!?……は!」

 

 

「源五は先程言った通りに。つまりは別行動だ。先々を見据えて、甲賀郡に避難している六角家の若党たちから二百弱を選抜し、彼らを率いて戻るのだ。民たちの差配は当面の間、お前に任せる」

 

 

「承知!必ずやご期待に応えます!」

 

 

 ただで転んでなるものか。俺は決して北畠顕家に勝ちを譲ってやる気はない。最後に勝つのが誰なのかは既に決まっているのだ。

 どんな辛苦があろうとも、俺はその御方に勝利を齎す。

 また、仮にも俺の父親である時信を討ち取ったであろう顕家に対してはどうあっても落とし前を付けなければならないだろう。

 既に勝利に向けた絵図面を脳裏に広げていた俺は随行させる目賀田も含め、重臣たちに向かって激励の言葉を叫んだ。

 

 

「では、各々。先代の御心を胸に秘め、抜かりなく励むのだ!」

 

 

「「は!」」

 

 

 その時である。感極まった様子の美濃部が陣内に現れたのは。

 

 

「殿!ここにおられましたか!山中殿より急ぎの伝言を持って参りました!お喜びください!お父上は無事です!生きておられます!天狗に化けて敵を撹乱し、何とかお救い申し上げたと!」

 

 

「「「……」」」

 

 

 場が何とも言えない空気に包まれる。案の定、俺たちが知らせに諸手を上げて喜ぶと思っていたに違いない美濃部は戸惑った。

 ただ、やはりどうしても気まずいのだ。丁度、先代が遺した思いを受け継ぎ、各々が尽力しようとしていたタイミングで、その先代である佐々木六角時信の生存報告が持ち込まれたのだから。

 

 

「殿……その、どうなさいますか?」

 

 

「決まっているだろう、馬淵。方針は曲げぬ。皆、御先代は生きておられた!ならば、後顧の憂いなく力を尽くすのみ!やるぞ!」

 

 

「「御意!」」

 

 

 父親の生存の報に安堵する暇も無く、俺は出征を決断した。

 きっとこれで良い筈だ。俺は室町幕府初代征夷大将軍になられる御方のため、躊躇すべきではない。烏帽子親の約束も、竹下で頂戴した大弓も、これまで施された光の如き恩恵が物語っているのだ。

 至尊なる君を天下に推し上げるべし。天下にあるべき太陽はただ一つのみ。全てを捧げ、尊氏様の大業成就に貢献するべしと。

*1
帥宮は後醍醐天皇の昔の呼ばれ方。尊治は後醍醐天皇の諱であり、足利尊氏の尊は後醍醐天皇より偏諱を受けたもの。




寡聞を承知で申しますと、佐々木城の死線を潜り抜け、原作のラスボスである尊氏により深く傾倒するようになった今の千寿丸は主人公としてかなり奇矯なのではないかと勝手ながら考えております。
これはネタバレになり得る話ですが、六角氏頼は同時代の公家の日記において、武家にして信仰心が篤く、道理を知っている人物だと評価されることになります。ただ、その一方で寺社の関係者に対する殺傷が取り沙汰されたという点で、非常に興味深い人物です。
とはいえ、信長などに比べたらまだ可愛い方なのかもしれません。勿論、この作品でも氏頼を高く評価した公家である三条公忠や幾度も対立する寺社について少なくとも言及はするつもりです。

因みに、後に千寿丸が開基することになる永源寺という名の寺があるのですが、先日テレビCMを聞き流しながらの作業中、その名前が突然耳に入ってきたものですから、完全に虚を突かれました。
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