崇永記   作:三寸法師

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◆2

〜1〜

 

 

 建武政権に反旗を翻し、源氏による武家政権の樹立を目指す足利一族に賛同する立場である六角佐々木家の当主を務める俺は重臣たちとの打ち合わせを終え、配下の忍びの働きによって、再び俺の手元に戻って来ていた紅蓮槍を握り、虚空に向かって突き出した。

 馬術を除けば、刀剣の扱いを最も得意とする俺にとって、紅蓮槍というのは集団戦に身を投じながらも、そのリーチの長さを活かすことで敵を寄せ付けないようにするための武器である。

 

 

「うん。使い心地に支障は無い。取り回してみても、何の異常も確認出来ない。この分だと、予備の写しを母上たちのところへ取りに行かせることはあるまい……この紅蓮槍に関しては」

 

 

「つまり、殿。紅蓮槍以外で、予備が必要なものが?」

 

 

「そうだ」

 

 

 救援要請を名目に佐々木城から脱出していた側近筆頭の青地重頼の言葉に、当主の俺は頷いた。要請先だった高師直が率いる軍勢との合流に伴い、重頼は再度我が陣営にいるのだ。

 今後、他の力ある若い郎党たちと共に俺に付き従い、在京している道誉や塩冶高貞を含む一族の軍勢に加わる予定である。

 

 

「亜也子を呼べ。ついでに武器を持ってこいと伝えろ」

 

 

「は……色気のある話ではなさそうですが」

 

 

「当たり前だ。俺を幾つだと思ってる?早く行け」

 

 

「御意」

 

 

 らしくもない無駄口を叩いた重頼を不審に思いながら、その退去する姿を一瞥した俺はその後少しの間、既に日々の手入れを済ませた紅蓮槍の柄を指先で慈しむようにゆっくりと撫でる。

 昨日今日の……振り返って見れば、あっという間だった顕家軍との戦闘の数々を脳裏に呼び起こした俺は溜め息を零した。

 

 

「来たか」

 

 

「うん、殿様」

 

 

 昨年の乱が終わってより、栄えある佐々木六角氏の軍団に当主付きの便女として加わった新参者の望月亜也子も、今日の戦において顕家が放った矢への対処を誤りかけた俺を助けたことで、今や立派な功労者の一人である。しかし、互いにぎこちない。

 昨日、佐々木城で免れ得ぬ敗戦に巻き込ませることはないだろうと考え、一緒に逃げることを提案した亜也子を拒絶し、無理矢理にでも離れさせるために掛けた俺の言葉が尾を引いているのだ。

 

 

「俺はお前に言ったな。確か……魅摩に俺の最期の言葉を伝えた後は勝手にして良い。天下無双の女武者になるだけなら、気心知れた師冬のところでも十分に達せられる。大体こんな感じだったか」

 

 

「殿様。本当は言ったこと、一字一句覚えてるでしょ」

 

 

「まぁな。だが、佐々木城に残った筈の俺は結局、脱出して生き長らえることになり、お前も終に俺のところに戻って来た」

 

 

 曲がりなりにも婚約者だった男を失うことになる魅摩の今後の生きる指針になればと思い、亜也子に伝えるよう言い含めた遺言も、今となっては全くもって無用のものになってしまった。

 また、かつて仕えていた北条家ないし諏訪家ではなく、六角家に身を置くことになった亜也子の心を支えていたであろう、憧れの巴御前の再来となるため、六角家当主に従うという()()も、他でもない俺に突き放されたせいで、梯子を外されたままである。

 本来であれば、六角家に仕える必然性を見失ったことで、洞院軍に従って西国に向かって来ているという実父の元に帰ろうと思っても何らおかしくない。しかし、蓋を開けて見れば違った。

 

 

「重頼に言い付けた通り、得物(四方獣)は持って来たな?……見せてみろ」

 

 

「……はい」

 

 

 跪く亜也子はまるで捧げ物でもするかのように、一見したところではごく普通の鉄棒のような「四方獣」を両手で持ち上げた。

 俺はそれを空いた片手で取り、様々な角度から観察する。

 

 

「顕家の矢はこれ程までに破壊的か。窪みを作るとは貫通させるのとは別の意味でエゲツないな……どうした?そんなジロジロと」

 

 

「あー、いや……それ、片手で持てるんだって思ってさ」

 

 

「……あのなぁ。腕相撲したって、怪力自慢のお前も五回に一回以上は俺に負けるだろ?ある程度の膂力は付いて来てる。ほら」

 

 

 もう片方の手で持っていた紅蓮槍を石突を利用し、地面に立たせた俺は少し距離を取り、サッカーの要領で地面に転がる小石の一つを足の上に乗せて蹴り上げ、眼前の高さ辺りまで飛ばした。

 そして、間髪入れずに「四方獣」を正確に振り抜き、窪みが出来ていない箇所に造り込まれた刃で、小石を両断する。

 

 

「うむ。流石は天下の名匠、岡崎五郎正宗の作だ」

 

 

「……お、お見事?」

 

 

「何故に疑問形……兎に角、かような逸品を損じてまで、お前は主人の俺を助けた。ならば、俺は功臣に褒美を与えるべきだろう」 

 

 

「ッ!」

 

 

 目を見張った亜也子を尻目に、俺は軍の大将のために用意されたスペースの隅にある籠の中から一振りの刀を取り出した。

 手に持っていた「四方獣」を立て掛け、跪いたままの亜也子の眼前に悠然と歩いて戻った俺は鞘付きの刀を示して見せる。

 

 

「見よ。佐々木氏重代「綱切」……の写しだ。これを授ける」

 

 

「授けるって……」

 

 

「あくまで写しだが、性能は本物(ガチ)だ。受け取っておけ」

 

 

 当然、我が家に「綱切」の写しは何振りかあるが、その性能は写しの製作を依頼された刀匠に依存するところがやはり大きい。

 しかし、亜也子に褒美に取らせようと善は急げとばかりに取り寄せた刀はそうした写しの中でも、最上級の代物である。

 勿論、ここまで大層な褒美を与えるとなると、その理由は単なる感謝のみに留まらない。甲賀望月家の養女を単なる家人の域を超えた我ら名門一族の一員として認めたということを意味するのだ。

 しかし、意外なことに亜也子は遠慮する態度を見せた。

 

 

「ごめん、殿様。受け取れない」

 

 

「……どうして?」

 

 

「だって、私さ。殿様の元でまともに戦ったの今日が初めてだよ?それなのに、功臣だなんて大袈裟過ぎるよ。しかも、一族の象徴で殿様が愛用してる名刀の写しを新参の私が貰ったなんて知れたら、昔から仕えてる郎党の人たちがあまり良い顔しないでしょ」

 

 

「ふむ」

 

 

 確かに亜也子の弁には一理あるかもしれない。為義から譲られ、高綱が振るった名刀が佐々木一族にとってどれだけ重要なのかは当世を生きる武士たちの常識であると言っても、過言ではない。

 写しとはいえ、一族に活力を与える「綱切」を模った刀を新参者の亜也子が与えられたと知れば、主に若い郎党たちの間で嫉妬心が芽生え、亜也子の居心地が悪くなる可能性は否定できないのだ。

 

 

「ならば、こうしよう。この刀は今暫く俺が預かる。武才豊かな亜也子のことだ。この先、俺を助けたり敵を討ち取ったりトントン拍子で手柄を積み重ねるに違いない。いずれお前だけでなく、他の郎党たちも納得すると思える時が来れば、この刀をお前に渡そう」

 

 

「うん……そうしてくれると嬉しいな」

 

 

「よし。話は決まりだ。ああ、そうだ。「四方獣」だが、この状態では戦で使う際に不測の事態が起こらないとも限らない。鎌倉での駐屯時、正宗に依頼して作って貰った複製品が佐々木城の隠し蔵にある筈だ。明日にでも持って来させるから、そのつもりでな」

 

 

「えっ」

 

 

 幼少の齢ながら、一定の自信足り得るだけの武勇を持ち合わせているつもりの俺ですら、対処を誤る程に強烈だった顕家の矢は確実に望月亜也子の「四方獣」に簡単には消えない痕跡を残した。

 実際に手に取り、俺は確信した。何の対処も講じなければ、亜也子が用いる「四方獣」は遠からず自壊し、使用者の身に危険が及ぶだろう。ならば、いっそ予備の品と交換してしまった方が良い。

 しかし、どうやら亜也子は不服とまではいかずとも、釈然としないようだった。原因は今ある武器への愛着か、また別の何かか。

 

 

「ねぇ、殿様。複製品って」

 

 

「ん?言ってなかったか?お前の「四方獣」な、珍しいのは言うに及ばす、一人の武人として考えても面白そうな武器だったからさ。思い切って金に糸目を付けず、何振りか作って貰ったのよ。鎌倉の使い捨ての屋敷なんかより、意義があるだろ?こっちの方が」

 

 

「……」

 

 

「で、聞くけど。今まで使ってたヤツに相当愛着があるなら、鎌倉まで修理に送っとく?ただ、戻って来るのに一月程度は掛かるし、その頃には大体片付いてる……いや、ちと待てよ?このままいくと今後は力押しより兵糧攻めか?追い込んでるのは此方だし」

 

 

 相変わらず、敵軍の頼みの綱は北畠軍であるが、奥州の軍馬は愛知川宿で馬草に混ぜる形で薬を盛られたことにより、回復まで十日程度必要だ。とはいえ、敵軍に千早城の戦ぶりで知られた楠木正成がいることを思えば、力押しは思わぬ損害を被る危険がある。

 万全を期すのであれば、顕家軍の再起が叶うまでの十日間を不確実な殲滅策に使うより、気長な兵糧攻めの準備に充て、敵の反撃の芽を着実に摘み取る方がむしろ良いのかもしれない。

 こうした思考の海に沈もうとした俺に、何やら思い詰めた様子の亜也子が切り込んで来る。勿論、武器ではなく、口でだ。

 

 

「殿様」

 

 

「ん?」

 

 

「私は……殿様の何?」

 

 

「は……?郎党と違うの?」

 

 

「ッッッ!だったら、こんな特別扱いしないでよ!」

 

 

 俺は困惑した。何か間違ったことを言っただろうか。亜也子が今にも掴み掛からんばかりの勢いで、声を張り上げたのだ。

 あまり大きい声を出されると、主君の身が危ういと感じた六角家の郎党たちに踏み込まれるぞと俺が心の内で溢した一方、感情を爆発させた亜也子は我に返ったのか、淡々と言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「そりゃ、降兵の私が他じゃ有り得ないほど厚遇されてるってのは分かってる。言ってたもんね。腰越で。他所の軍よりずっと良い待遇を用意出来るって。確かに、殿様はその通りにしてくれた」

 

 

「で、その何が不満なんだ?まさか、ぞんざいに扱えとでも?」

 

 

「……そうだよ。ただの郎党だって言うのに、殿様から贔屓されるくらいなら、いっそ雑に扱って使い潰して貰う方がずっと楽」

 

 

「えぇ?」

 

 

 ある種の被虐趣味でもあったのだろうか。俺が六角家の当主として用意した亜也子への優遇措置は逆効果であったらしい。

 とはいえ、まるで訳が分からない。どうせ理由は分かっていないだろうと感じ取ったのか、亜也子は諭すように話し始めた。

 

 

「殿様はさ、不安なんでしょ?分かるよ、何でもない風に振る舞ってても。本当に望月亜也子は心から自分に仕えているのか。私の心がいつまでも相模次郎にあるんじゃないかって。だから、煮詰めた甘葛の汁みたいに、ドロッドロに私を甘やかしてみたり、時には突き放したりして、不覚を取らないように御当主として努めてる」

 

 

「……よくも、そんな知った風な口を」

 

 

 何故だか大人びた感が出てきた亜也子が言ったことは驚くほどに的を射ていた。だからこそ、俺は思わず返答に窮してしまう。

 まして、亜也子の以前の主君で、今なお名誉回復の希望となる日記を六角家当主の黙認下で記すという形で、彼女に慮られている北条時行の名前をその口から持ち出されたのだから、尚更だった。

 経験に欠ける俺では、冷静さを失って上手く捌くことが出来ず、虚勢を張らざるを得ない。しかし、何とも情けないことに、精一杯の強がりですら、今の亜也子の前には無意味であった。

 

 

「やっぱ図星だ。けどね、殿様。こっちだって不安になるんだよ。変に優しくされると。それなのに、殿様の命令で敵と戦ったことは一度もない。これじゃ、私もどうして良いのか分からなくなる」

 

 

「亜也子。流石にそろそろ言葉を選べ。これ以上は当主として看過出来なくなる。大体、それはお前が判断することでは……」

 

 

「殿様。前にも行った通り、私は巴御前をも超える天下無双の女武者になる(野心)を何としてでも叶えたい。殿様の命令なら、何でもやる覚悟だよ。目標の為には殿様の信任もお情けも必要だから……ただ強いだけの女武者じゃダメなの。私は身体を張って、殿様のお役に立って見せる。躊躇うことはないからさ、私に御役目を命じてよ。もし、まだ私を信用出来ないって言うなら、殿様が望む通りの証を立てる。起請文でも何でも、どんな形のものだって構わない」

 

 

「……」

 

 

 郎党になった筈の亜也子にここまで言わせてしまったのだ。

 並大抵の証では、それこそ亜也子の言うような起請文を灰にして飲ませたところで、わだかまりが残ってしまうかもしれない。

 かと言って、亜也子の日記を彼女自身の手で焼却処分させる手は却下だ。所詮は詭弁に過ぎないとはいえ、曲がりなりにも降伏させる際の謳い文句として持ち出したのはこちら側である上に、たとえ亜也子が自発的に処分したとしても、逆に怪しく見えてしまう。

 固唾を呑んだ俺は荒療治のためだと、(革手袋)を外し、片手を口元へと持っていく。そして、己の中指に犬歯を立て、流血させた。

 

 

「ならさ、亜也子。お前は飲めるか?()の指から滴る赤い血を」

 

 

「!」

 

 

「因みに言うと、俺は飲めるぞ。尊氏様のものなら、幾らでも啜れてしまう。まぁ、やり過ぎると失血死させてしまって、逆に不忠だから本末転倒だとして……一舐めでも出来るのか?望月亜也子」

 

 

 果たして、口の中で仄かに広がる血の風味に当てられ、昂りの色を隠さない俺に対し、臣従を誓う亜也子は一体何を思ったのか。

 心を決めていざり寄って来た便女に待てと言わず、俺はただただ黙って見ていた。彼女が俺の指に吸い付こうとする様を。

 一つ思ったことは戦場に身を置けば、敵の返り血が誤って口の中に入ってしまうことは間々あることなのだから、亜也子にとっても大して高いハードルではないのかもしれないということだった。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 一月十四日。勢多を渡り、細川氏の大将たちが駐屯している()()()での所要を終えた師直の命を受け、西へ西へと進んで行く。

 逢坂山から山科を抜け、俺は再び京の地へと足を踏み入れた。

 

 

「うわぁ、こりゃ酷い有り様だ。暫く見ない間に」

 

 

「四日前、真っ先に入京し、白川まで兵を進めた幾万騎もの細川・赤松連合軍と臨幸の成否を確かめようとした名和長年の三百騎の間で十七回もの戦闘が生じたと耳にしましたが、これはまた……」

 

 

「京にいる足利方の兵は今や多くが諸国から機に乗じて駆け付けた謂わば寄せ集め。それ故、足利の諸将と言えど、統制を行き渡らせるのも一苦労なのでしょう。殿。この後は尊氏公に御目通りを?」

 

 

「如何にも。俺は師冬殿と共に尊氏様に拝謁する。重頼と目賀田は皆を連れ、伊庭たちの他、京極殿や塩冶殿ら一族の軍勢と合流を」

 

 

「「は」」

 

 

 正直、既に京入りした伊庭たちの六角党と支那浜から伴って来た若い郎党たちを併せても、数はそう多くない。よって、以後は道誉の京極軍や高貞の塩冶軍と力を合わせ、鎌倉以前よりの名門の佐々木軍として今後の戦局を左右する大戦に臨むことになっていた。

 さて、郎党への指示を済ませた俺は弾む心を抑え、逢坂山において敵の反攻に備えた要害の設営に兄弟で従事することになった師直の代理として京まで派遣されることになった師冬と合流した。

 

 

「ああ、緊張するなァ」

 

 

「と言いつつ、ご機嫌ですね。千寿丸殿」

 

 

「それはもう。お前だって、ある意味では尊氏様や直義殿をはじめとする足利首脳部の皆様方に対する、師直殿の猶子としてのお披露目の場だろ?今後の出世のためにも、大事な局面じゃないか」

 

 

「ええ、その通りです。前もって天狗を通じたやり取りが義父上と尊氏様の間で交わされていたので、()()()のようではありますが。ただし、くれぐれも場を掻き乱さないようにお願いしますよ」

 

 

「任せとけ。任せとけ」

 

 

 蓋を開けてみると、源氏軍の本陣では尊氏様の周りを弟の直義は勿論のこと、足利や外様を問わず名のある将たちが固めていた。

 とりわけ目を引いたのは尊氏様の左隣に居座る同族の武将の佐々木道誉であった。いつも通りのドス黒い笑みを顔に湛えているが、俺に言わせれば、一族の分家の出で、あたかも尊氏様の片腕であるかのように振る舞う道誉の姿が以前にも増して妬ましく思えた。

 

 

「師冬。そして、千寿丸殿。席を用意致した。座られよ」

 

 

「は。有り難く」

 

 

直義(御舎弟)殿。ご厚意、痛み入ります」

 

 

 恐らくは師冬と言うより、本拠地の城を失った幼い将である俺への配慮だろう。柔らかめの(シート)が用意されていた。足利直義という人物は冷徹に見えて、こう言うところはしっかり行き届いている。

 だからこそ、必要以上に人望を集めてしまうのだろうか。足利一門きっての家柄を持ちながらも、直義に心酔している今現在の奥州総大将で、足利の麒麟児と謳われた斯波家長に思いを馳せる。

 そんな俺を現実に引き戻したのは敬愛する武家の棟梁で、真に帝王たる器を持った足利尊氏公が発する心安らぐ声だった。

 

 

「まずは千寿丸。ここ数日の顕家軍との連戦、大儀であった」

 

 

「は……しかしながら、近江国の守護として東国から攻め上る敵軍への対応を任されながら、防ぎ切れなかったこと。悔やんでも悔やみ切れず、またそれ以上に尊氏様に対して申し訳なく存じます」

 

 

「何を言う。君の働きは大きい。何より宇都宮勢(紀清両党)だ。顕家に従った関東勢の主力部隊と言える彼らに、当主・公綱殿の我が方への帰順を知らせることで無力化し、離脱せしめることに成功した」

 

 

「全ては名将、宇都宮公綱殿をも取り込んだ尊氏様の御人徳あってのことです。実際に公綱殿を投降させていたからこそ、流布した噂が説得力を帯び、紀清両党を翻意させることが出来たのです」

 

 

「ふふ。千寿丸は褒め上手だな」

 

 

 満足そうに微笑む尊氏の顔を見て、俺は胸の内にじんわりとした熱が灯るのを感じる。恐らく顔にも滲み出ていることだろう。

 ここで、口を開いたのは道誉だ。俺に無理やり娘との契りを交わさせる道を選んだ腹黒坊主が何を企んでいるのか。それは道誉に対して本家の当主に当たる俺にも、見極めることは至難の業だ。

 

 

「我が宗家、千寿丸殿のお言葉はまことに明瞭で、事の真髄を捉えておいでだ。尊氏殿、聞きますれば、千寿丸殿は一族の本拠地たる佐々木荘を火の海に変えてでも、寄せる敵を大将(大舘幸氏)含め、数多く討ち取ったそうで。尊氏殿への篤き忠義あってこその戦果でしょう」

 

 

「何と。それは大変なことだ。安心せよ。千寿丸。佐々木荘はこれまでと同じく、佐々木のものだ。他の誰にも渡すことはない」

 

 

「感謝致します」

 

 

 何でもないことかもしれないが、うっかり二重で土地を与える癖があると聞く尊氏様の口から、諸将の前で佐々木荘が永続的に俺に帰するという旨を政権奪取を前に明言されたことは割と大きい。

 他にも、機を見計らい、京から勢多まで出張っていた師直軍と示し合わせ、顕家軍の出航を狙った襲撃により、奥州兵の数を大きく減らしたことにも言及があり、尊氏様との謁見は幕を下ろした。

 

 

「意外にも興奮されず、名のある将たちの前でも堂々と構えておられましたね。始まる前はどうなることかと少し不安でしたが」

 

 

「だから言ったろ。任せとけって」

 

 

「ええ。お陰様で、私も無事に義父上に任された役目を全うすることが出来ました。千寿丸殿。私はこれにて、失礼します」

 

 

「ああ。師直殿に改めてよろしくお伝えを」

 

 

「はい。承りました」

 

 

 夜食を持たせなくても平気だろうかと冷静に考えれば妙な不安に襲われながら、俺は逢坂山に戻る師冬の姿を見送った。

 それから、尊氏様にお褒めの言葉を賜ったことへの充足感に浸った俺は僅かばかりの供たちと共に佐々木軍の陣営に赴く。

 近付いてみると、陣営の前には一人の少女が立っていた。

 

 

「三郎!」

 

 

「京極魅摩。わざわざの出迎えとは、ごくっ!?」

 

 

「何しくさってんのよ、あんた!もう少し頭使って戦えや!」

 

 

「使っとるわ!失敬な!つか、お前!」

 

 

 両家の郎党たちの目がある今、抱きつかれるだけでなく、頬にすりつかれるのは勘弁願いたいと言いたいところだったが、意外と心の浮き沈みが激しい魅摩にも、俺と顕家の対決に思うところがあったのではないかと考えると、無理に止めろとは言いにくかった。

 せめてもの抵抗として、ぞろぞろと出て来ては野次馬と化す佐々木一族に連なる武士たちに睨みを効かせる。つまり、見せモンじゃねぇんだぞという意味だ。しかし、同年代の少女に抱きつかれた状態でガンを飛ばしたところで、効果は期待できないようだった。

 

 

「ねぇ、三郎」

 

 

「ん?」

 

 

 惣領の俺が一族の武士たちと無言のやり取りを交わす間、いつの間にやら感情表現を終えたらしい魅摩がいつもの薄着で抱きついたままの状態にして、不意に小声で耳元に向かって囁いて来る。

 どうせ耳障りの良くないことに違いない。何となく悪い予感に駆られた俺は身構えた。そして、それは案の定であった。

 

 

「あんたさ、亜也子に()()したの?」

 

 

「ッッッッ!」

 

 

 日増しに少しずつ着実に強くなっている腕力で同族の重鎮の愛娘を無理に引き剥がす訳にもいかない俺の身体は硬直する。

 それでも、密着しながら睨んで来る魅摩の腰に、傷跡の一つすら残っていない自分の手を回し、落ち着かせることを試みた。




現在も集計中のアンケートに関してですが、細川顕氏は後の千寿丸たちと共に楠木軍討伐に従事しますし、仁木義長に至っては義詮の代に佐々木や土岐と争うことになります。原作登場済みで、いずれこの作品でも存在感を発揮する両者ですが、既に票が入ったということで、書き手としては高師直のようにほっこりしています。

以下に挙げた武将たちであれば誰が好きですか?

  • 高師泰
  • 細川顕氏
  • 仁木義長
  • 佐々木道誉
  • 赤松円心
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