崇永記   作:三寸法師

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◆7

〜1〜

 

 

 北白川で新田家執事の船田義昌を討ち取るために、天下有数の智将である赤松円心が仕掛けた囲みの中に、新田家嫡男の義顕が居るこの状況は普通に考えれば、足利方にとっての好機でしかない。

 しかし、義顕は文字通りの疑問符を頭の傍らに浮かべるという間の抜けた絵面でありながら、ただならぬ風格を漂わせていた。

 

 

「伊庭!直ちに兵三百を率い、中国・四国軍の囲みに突入する新田義顕軍の横腹を突け!まともに殺り合わずとも、隊列を乱すだけで十分だ。赤松円心が敵の反抗の芽を摘む時間を稼ぐと心得よ」

 

 

「は!」

 

 

「それにしても、投石が船田の膝に命中していなければ、今頃とんでもないことになっていたぞ。全く冷や汗ものとはこのことだ」

 

 

 あるいは船田のための狩場に遅々として赴くのではなく、一度は目賀田に任せた対新田義顕の方に切り替えるべきだったのか。

 園城寺(三井寺)の合戦後、楠木軍も北畠軍も撤退し、新田軍のみと戦っている今日の戦で、力を使い果たしてたまるものかと出し惜しみしたのが一歩間違えれば危機的状況を招くに至るところだった。

 どうやら俺は死を厭わぬ戦をして()()()のようだ。支那浜からの帰京直後、生死の境に積極的に飛び込むような戦の仕方を魅摩に嗜められたが、やはり俺は俺のやり方を通した方が良いのだろう。

 

 

「殿、遂に船田入道が膝を着きました。もういい加減、限界が来たようです。幾ら義顕に武勇があろうと、救出は難しいでしょう」

 

 

「ああ。船田とて、己のために義顕が徒労を尽くすを望むまい」

 

 

 少し離れて戦況を注視する佐々木軍にしろ、尚も船田義昌を囲んでいることには変わりない赤松・細川連合軍にしろ、謂わゆる武士の情けというものだろうか。将たちはじっと見守っていた。

 新田家嫡男の義顕が押し寄せて来る兵たちをかなり余裕ありげに払い除ける中、執事の船田義昌が若き英雄に別れを告げる様を。

 

 

「しっかりしろ、義昌。父上顔負けの武勇はどこに行った?今に俺が敵兵どもを蹴散らす。それまで持ち堪えよ。すぐ終わらせる」

 

 

「……いえ、そのお言葉だけで拙者は十分です」

 

 

「義昌?」

 

 

「そのままで結構ですので……お聞きください」

 

 

 新田家の執事を務めてきた船田義昌は知っていた。義顕が駆け付けるよりも早く、自身の命運が決まってしまっていたことを。

 実際に一騎当千と後世に伝わる程の豪傑なればこそ、自分の身体に訪れた限界というものを義昌はよく把握していたのである。

 

 

「若殿。若殿はいつかお父上を超えられ、この世に数多いる逆賊どもを成敗し、日の本一の武士となられるお方。執事ごときにお構いなさるな。拙者は死に掛けの身。全身に矢を受けて、足も動かず、馬に乗ることも叶いません。治療したとて、助かりますまい」

 

 

「されど、生きておるではないか!喋っておるではないか!」

 

 

「若殿。拙者はもう多くを語れません。ただ、最期に一つ願いが」

 

 

「願い?」

 

 

 文字通りの疑問符を頭に浮かべる義顕の純真さは第三者の目から見ても痛い程に伝わってくる。邪魔するのは無粋というものだ。

 東国武士の大将とは勝手が違う。俺が率いているのは風流心を持つ西国武士なのだ。しかし、何もしないのは大将失格だろう。

 近辺の足利方の武士たちの中に目を濡らす者が散見された一方、俺を含めて名のある大将たちは皆、周囲の様子を見極めていた。

 

 

「冥土の土産に見せてくだされ。この囲みを突破し、お逃げになる若殿の勇姿を。劉邦然り、頼朝公然り、逃げは恥ずかしいことやもしれませぬが、英雄に欠かせぬ技量。名将・赤松円心の魔の手から逃げ切れば、若殿が若き英雄としてお育ちになった証。いつか偉大な武家の棟梁になられると確信し、拙者はあの世に行けまする」

 

 

「……分かった」

 

 

 明らかに分かっていない御嫡男の答えに、執事は微笑む。

 鉢巻を外した義顕が包囲を破るべく、馬を飛ばした直後、限界を超えて命を燃やし尽くした義昌は地面に頭から倒れ込んだ。

 一騎当千と広く謳われた猛将の最期に、生来の西国武士の俺は一瞬だけ目を閉じる。どことなく土臭い赤松親子も同様だった。

 しかし、開眼した足利方の武将たちは決して示し合わせた訳ではないが、一斉に命じた。義顕を討ち、後の憂いを払うようにと。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 薄々予感していたことだが、義顕を討ち取るのは難しかった。

 まだ経験の浅い俺は言うに及ばず、知謀だけでなく、武力にもまた優れている円心の軍でも、言ってしまえば、三年前の五月八日の六波羅軍との決戦で、時信に一時勢いを止められた過去がある。

 地盤の播磨国やその周辺諸国であれば、六角時信(我が父)でなく義顕が相手でも無類の強さを発揮できるのだろうが、生憎とここは京だ。

 

 

「佐々木軍に命ず!追撃中止!これ以上は隊列が伸び切り、却って我らが危ない!ここからは少数精鋭の赤松軍に一任しようぞ!」

 

 

「本当に宜しいので?みすみす義顕を諦めることになりますが」

 

 

「高貞よ。むしろ遅いくらいだ。卿律師(細川定禅)を思い出してみろ。野郎、早々に見切りを付け、船田の亡骸の首を確保しに戻りおった!」

 

 

 よくよく考えれば、足利本軍が正面衝突で新田義貞軍に押されている現状において大切なのは義顕の首を狙うよりもむしろ、新田家執事の船田義昌を討ち取ったことを方々に喧伝することにある。

 その点、日本屈指の戦巧者と目されながら、建武政権で政争に敗れた赤松円心ではなく、足利家の庶流の身にして四国武士を束ね、大軍同士の戦に慣れつつあった細川定禅に一日の長があった。

 尤も、こう考えると、政争に長ける筈の西国武士の生まれにも関わらず、迷った挙句、判断が遅れた俺が情け無くなるのだが。

 

 

「殿!目賀田殿が戻られました!」

 

 

「そうか!……特に手傷はないようだな」

 

 

 偶発的に義顕を誘引する役を担った目賀田がここまで一向に戻らなかったため、流石に心配していたが、至って平気そうである。

 軍中きっての大丈夫だと知ってはいるが、これには少し驚いた。

 

 

「ええ。しかし、新田越後守は敵ながら大したものです。誘い込まれたと勘付くや否や、すぐに船田入道が危ないと踵を返したものですから、この目賀田も追尾し切れず……悔しゅうございます」

 

 

「いやいや、お前はよくやってくれた。この後も戦えるか?」

 

 

「無論。如何なる豪傑も、この目賀田弾正忠にお任せあれ」

 

 

「頼もしい」

 

 

 目賀田弾正忠は後に俺が敗北を喫した軍からの敗走中、不意に出会った一人の豪傑と意気投合して引き返し、たった二人で八面六臂の奮戦をすることになるのだが、それはまだまだ先の話である。

 何はともあれ、合戦の流れが直ぐに変わるのは目に見えていた。

 新田家執事の首を手にした細川定禅が配下たちに命じ、各地で船田義昌の戦死の報を吹聴させたのである。加えて、北白川から上がる火の手が両軍の将兵に誤報でないということを強く物語った。

 

 

「宗家。伊庭殿も目賀田殿も無事に戻った今、態勢は万全です」

 

 

「ああ。義顕は取り逃したが、形勢は我らに甚だ有利だ」

 

 

「我が君。皆に御号令を。再戦前の景気付けとお考えあれ」

 

 

「良し」

 

 

 大将の俺は副執事の三井に促され、佐々木軍の面々を見渡した。

 皆、一様に闘志の籠った眼差しをしている。上々の士気だ。

 

 

「皆、聞け!これから足利軍の逆襲が始まるぞ!船田義昌の死で、敵方は動揺し、逆に味方は勢い付く!今日の合戦はあくまで前哨戦に過ぎぬが、お前たちが手柄を上げる絶好の好機と言えよう!」

 

 

「「「応!!!」」」

 

 

「良いか!兵書はよく説くものだ。機は逃すべからず!必ずこの戦で手柄を立てよ。お前たちだけでない。この俺もだ!我ら共に手柄を欲している。手柄を贖うには何が必要か?血だ。ならば、我ら同じ佐々木の名の元に集った者同士、共に血を流し、手柄を立てようではないか!敵を討ち、功名を成せ!我らが名を天下に示そう!」

 

 

「「「は!!!」」」

 

 

 前哨戦で一騎当千と謳われた新田家執事の船田義昌を死に至らしめただけでも大戦果であることは言うまでもないが、今後の戦局次第では新田四天王は勿論、新田親子や脇屋義助の首をも狙える。

 俺は希望を胸に、改めて戦に臨んだ。現に、数多の人馬の屍で京中を血で染めた激戦の末に、勢いに乗って足利本軍をあわや敗走のところまで追い込んでいた義貞軍は一転、退却戦を開始した。

 執事が敗死したという情報が広まったのは勿論、北白川の他に松崎や中加茂といった数十ヶ所にまで燃え広がった大火を見た新田兵の士気は義貞でもどうしようもない程、酷く落ち込んだのだ。

 

 

「驚くべきは定禅殿の知謀だ。船田の戦死を喧伝するだけかと思っていたが、あちこちで火を追い焚きするとは。今朝方も園城寺(三井寺)を攻める敵の連合軍に善戦していたとは聞くが、午後の戦で彼の威名は天下に轟いた。あの頭脳、よもやとは思うが、張良と同等か?」

 

 

「細川定禅か。ヤツは以前、鶴岡八幡宮下宮の別当だった。当然、頭はよくキレる。そうか。あの炎はヤツの部隊によるものか」

 

 

「!?……師泰殿」

 

 

「よう。時信の息子(ガキ)

 

 

 逢坂山で師直や師久と共に、義貞の残した部隊と交戦している筈の師泰が突然、唐形大薙刀「平和偃月」を肩に担ぎ、現れた。

 かつての雑訴決断所における父の元同僚に口を挟まれ、驚愕した俺の表情が余程面白かったのだろうか。元から嗜虐に喜びを見出す傾向にある師泰はいつにも増してニヒルな笑みを浮かべていた。

 現惣領の俺はさることながら、先の惣領である時信にも至極無礼な言動を取られたことで、腹を立てた佐々木軍の面々はあからさまに師泰に対し、反骨心を露わにするが、当の本人はお構い無しだ。

 

 

「私も居ますよ。六角殿」

 

 

「師冬殿まで。師泰殿、ここへ来られた訳をお伺いしても?」

 

 

「兄者の判断だ。新田義貞や脇屋義助が入京したことで、逢坂山の戦に余裕ができ、北畠軍は東坂本で休息中。だが、尊氏様の本軍の戦況は不利と来た。なら、俺が援軍に出るのが得策だろう?」

 

 

 足利軍でも群を抜く実力者の師泰は兄の師直には従順だ。勿論、尊氏様の危機となれば、自身に出来る範囲内でベストを尽くす。

 性格こそ婆娑羅に染まっているが、立派な足利軍の大将なのだ。

 

 

「だが、多くの兵は連れて来られず、今は各地に散らばった足利方の部隊を集めている最中だ。佐々木軍、お前たちも加われ」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 単なる執事の弟というだけでは済まない大きい態度を崩さない師泰の言葉に、俺を含めた佐々木軍の武士たちは驚きを隠せない。

 しかし、師泰の指揮下に入っているらしい軍勢を遠目に見渡してみれば、武蔵国や相模国出身と思わしき将たちの姿があった。

 ここで、待ったを掛けた人物が居る。一族分家の当主の塩冶高貞である。降将とはいえ、現職の守護として一定の発言力がある。

 

 

「待て、高師泰!我ら佐々木軍はお前の主君、鎌倉殿に別働隊の次鋒を任されている。お前の一存で勝手に指揮系統を乱せるか!」

 

 

「塩冶判官か。生憎、俺はお前の一族の惣領サマ、千寿丸に聞いてるんだ。庶流のお前には聞いてねェ。佐渡判官なら話は別だが」

 

 

「何だと……!」

 

 

「で、千寿丸。時信の後を継いだ惣領のお前はどうなんだ?」

 

 

「……」

 

 

 挑発的な態度で興奮した様子の高貞など、まるで歯牙にも掛けていないらしい師泰に返答を促されるが、容易な問題ではない。

 高一族との今後の関係性を考えれば、拒絶するのは確かに悪手かもしれない。しかし、分家の有力者で惣領家に友好的な塩冶高貞がよりにもよって京極道誉と比較される形で侮辱されたのである。

 一族の面子は惣領として守りたい。否、守らねばならない。

 

 

「高一族に支那浜で手を借りた以上、協力したい。だが、ここで貴殿の言葉に従えば、別働隊の大将たる円心殿の武名を傷付ける」

 

 

「おいおい。まず赤松軍に話を通せってか?煩わしいな」

 

 

「とはいえ、佐々木惣領の私は代々、足利家に仕えた貴殿と違って尽くした年月こそ短いが、頼朝公の正統後継者であられる尊氏様をお助け申し上げたいという気持ちは同じだ。故に、折衷案というのは如何か?そこの師冬殿を一時的に軍師としてお借りしたい」

 

 

「は?師冬?話が見えねェ……それのどこが折衷案なんだ?」

 

 

「……ッ!」

 

 

 足利家執事を務める兄の師直の意図を汲むことにかけては抜群だという師泰であるが、雑訴決断所では先代の六角家当主の時信に教わるという名目で、仕事を肩代わりさせていたと噂で聞いた。

 また、高一族は文筆仕事に長けるも、師泰は知力(師泰47,時明64)政治力(師泰38,時明68)も頭が悪いと言われる三浦時明にすら及ばないとは家長(孫二郎)の弁だった。

 戦功からして、今後は幕府の要職を担うことになるのだろうが、本当に大丈夫なのだろうか。他人事ながら不安にさせられる。

 

 

「師泰様、恐らく六角様の申されることの真意は即ち、軍師という名目で師冬殿を同行させ、その実は軍監(目付)とすることかと。こうすることで、佐々木軍は師泰様の指揮下に入らずとも、実質的に」

 

 

「ああ?……そういうことか。千寿丸、俺の執事(山口入道)の言葉に免じて、特別に兄者の子を貸してやろう。確か、去年の乱鎮圧の際、直義様(弟殿)がお気に入りだった斯波のガキを軍師としてお前のところに編入させていたな。それに倣った一時的措置だ。師冬、異存ねェな?」

 

 

「は……千寿丸殿。よろしくお願いしますよ」

 

 

「ああ、こちらこそ」

 

 

 何だかんだ言って、曲がりなりにも尊氏様にも迫り得る有力者である高経の息子が経験した六角軍の客人という立ち位置に、現段階では只の執事に過ぎない師直の養子である師冬を据えるということは高一族にとって、かなりの幸いだと言って良いに違いない。

 一月十六日の合戦も終盤に差し掛かろうとしている。勝ち戦に乗じて一時的に軍師・師冬を得て、如何なる手柄を立てたものか。

 尚も自軍の数を二万騎という目標数に届かせるために奔走する師泰と別れ、六角家当主として思考を巡らしつつ、元同僚との因果に気不味そうな亜也子を尻目に、俺は笑顔で師冬を迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 猛将・船田義昌の戦死を契機に、それまでの危うく尊氏様を桂川へ追い立てるかというような新田軍の猛攻が嘘のように、足利方の有利となった本日の戦だったが、不可解なことが起こっていた。

 粟田口まで新田軍を押し返したかと思いきや、義貞たちの姿がどこにもないのである。義助も四天王も同様であり、全く奇怪だ。

 

 

「忍びたちが山中を調べても不明となると、いよいよですね」

 

 

「師冬殿。奴ら、さては街の家屋の中にでも各々逃げ込んだか?」

 

 

「いえ、それなら騒ぎになっている筈です。多くの京の民たちが逃げたとはいえ、全員がという訳ではありませんし。ただ、何かの策で斯様な事態になっているのでしょうが、一体誰の考えなのか」

 

 

「まさか船田を討って、却って敵の考えが見通しにくくなったか?船田が死んで、他の優れた逸材の活躍する場が出来た訳だし」

 

 

「ええ。本来、武勇ならともかく、知謀では父上(師直)に半歩及ばぬ執事でしたから。彼が死んだ今、新田軍で策を練っている武将が誰かとなると、幾人もの候補者名が浮かびます。絞り切れないことには何とも言えませんね。義貞本人という線も無きにしも非ずですが」

 

 

「それはどうかと思うぞ。だが、いずれにせよ、気味が悪いな」

 

 

 文武両道で、俺の目から見ても十分にイケ面な吹雪、もとい師冬と共に戦えることは嬉しいが、如何せん状況が不味かった。

 さぁ、これから逆転というタイミングで、討ち取るべき大将首の姿が見えないのだから、折角の高揚感が挫かれてしまったのだ。

 

 

「亜也子、諏訪で神隠しとか聞いたことある?」

 

 

「急に何!?……流石に千人、万人単位の神隠しはどこに行っても無いんじゃないかな?しかも、戦の最中だよ。案外、義貞ごと鎌倉殿の神力に引き寄せられて、足利軍に紛れてるんじゃないかな?」

 

 

「はン。だとしたら傑作だ」

 

 

「亜也子。去年のあの日(八月十八日)の私への当て付けだとしても、完全に六角党に馴染んだ今の貴女では私のことを笑えないと思いますよ」

 

 

「ごめんごめん」

 

 

 発想の奇抜さはさることながら、呆れた様子の師冬のツッコミへの軽快な亜也子の返しで、凝っていた肩の力がすっかり抜ける。

 再会して以来、やる気が見え隠れしていた師冬は勿論、今や足利方であることに微塵も疑いを抱いていない様子の亜也子に、外様武将でありながら、尊氏様を崇め奉る者として嬉しくなったのだ。

 こうした時に、急報が入ってくるのだから、何とも間が悪い。

 

 

「殿、一大事です!足利軍の将兵の多くが口々に叫んでおります!新田家の郎党たちが数十騎ずつ、味方の中に紛れていると!」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 恐らく神力によるものではない。数十騎ずつ紛れ込んだというのならば、尊氏様の神力による自然発生的な現象ではなく、新田軍の武将たちが意図的に足利軍の内部に紛れ込ませた結果だろう。

 念のための確認の意味を込め、俺は配下の忍に尋ねた。

 

 

「聞くが、紛れ込んだという新田党に変わったところは?」

 

 

「……いえ、殿。そのような情報は特に」

 

 

 神力があるくらいなのだから、言霊なるものが本当に実在するのかという疑問はさて置き、一変した状況は非常に芳しくない。

 とてもではないが、口にした冗談が半ば現実のものとなり、酷く困惑している様子の亜也子に突っ込んでいる暇はなかった。

 

 

「おのれ、新田軍め。こそこそ何しよると思えば」

 

 

「これは……千寿丸殿。マズいですよ」

 

 

「ああ。新田軍の奴ら、俺たちに同士討ちさせる気だ!」

 

 

 血相変えて飛び込んできた忍の報告はやはり佐々木軍の皆に動揺の色を露わにさせた。それどころか、師冬さえ頭を悩ませる程に、窮地の新田軍が仕掛けた一手は足利軍にとって最悪であった。

 いや、足利軍だけに限らない。この佐々木軍とて、今は本家の六角党と分家の塩冶党らによる混成チームなのだ。このままいけば、足利軍にしろ、佐々木軍にしろ、逆転勝利を目前に同士討ちが始まりかねない。そうなれば、これまでの苦労が全て水の泡だ。

 一体どう対処したものか。瞬時の判断が必要な戦場で、中々答えを出せずにいる俺に、何か閃いたのだろうか。意外だったが、便女の亜也子が如何にも我に妙案有りといった様子で、口を開いた。

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