崇永記 作:三寸法師
〜1〜
一月二十七日の早朝、足利軍に衝撃が走った。敵軍との睨み合いが続く中、船岡山に突貫工事で築いた城郭が延暦寺の僧兵部隊一万騎による不意打ちによって、陥落させられたというのである。
しかも、守将はかつて楠木正成に交戦を回避させた天下の名将の宇都宮公綱であり、入っていた兵は紀清両党と呼ばれる宇都宮軍の精鋭たちである。当然、千寿丸を含む足利方の諸将たちは驚いた。
「申し訳ありません。尊氏様」
「我らが駆け付けようとした折には、既に城は落ち、本陣に戻るしか無く。三万騎もの兵を頂きながら、何とお詫びして良いやら」
「……」
「細川に今川の将たちよ。戦には時の運もある。下がって良い」
「「「は」」」
余程、衝撃だったのだろうか。微動だにしない尊氏に代わって、弟の直義が戻った細川や今川の大将たちに労りの声を掛ける。
援軍が空振りに終わったことで諸将たちが肩を落とす中、千寿丸は
(名将の鏡だ。敗けても、正に威風堂々。俺も見習わないと)
「急報!北東方面の出雲路、洛中の入り口に火の手が!」
「恐らく山法師どもでしょう。彼らは歩兵としては甚く精強だが、騎馬の戦には脆い。船岡山を落とした後、そのまま宇都宮殿の軍勢を追うでもなく、街に火を放ち、我らを脅すつもりのようです」
「北東に目を奪わせた後、粟田口から新田か北畠、あるいは双方の軍を突入させ、不意を突くつもりだろうな。師直たちが死守していた逢坂山を放棄せざるを得なかった以上、仕方あるまいが」
参謀として事態を押し測った道誉の言葉に、尊氏が頷いた上で、更に付け加えた。千寿丸は尊氏の持つ見識に感心し切っている。
また、既に二条の足利本陣に帰還済みの師直は主君の尊氏の傍らにいながら、偵察部隊との連絡について仁木兄弟に確認中だ。
洞院軍が東から進軍して来た以上、逢坂山に止まっては坂本の敵本軍と挟撃されかねないため、十六日に力の限りを尽くして守り抜いた逢坂山から退いていたが、全くメゲる様子が見られない。
「高経殿。ここは一つ、ご足労願いたい。師直の騎馬隊は今はまだ温存せねばならぬ故。上杉や畠山の兵を率い、山法師の討伐を」
「……は。兵は如何ほど連れて行けば?」
「山法師だけなら、高経殿のことだ。五百騎でも問題ない筈だが、先の義顕軍と同様、北東の延暦寺から直接、第二部隊が攻めて来ぬとも限るまい。ここは五万騎を連れていかれよ。それなら、たとえ新田親子の率いる大軍でも、北畠顕家の率いる奥州軍でも安心だ」
「御意。尾張守高経、鎌倉殿の仰せに従いましょう」
事態の巻き返しに適任とされ、心の内で感極まるものがあったのだろうか。上杉重能や畠山国清を副将とした足利高経が毅然としながらも、興奮を胸に秘めて加茂川の西の畔の出雲路へと出撃する。
足利一族でも指折りの実力者である高経ならば心強いと武家方の諸将たちが頷き合う中、尊氏は挙動不審の千寿丸に目を付けた。
「千寿丸、如何したか?」
「あ、いえ……何でも。大したことでは」
どこかはっきりしない千寿丸の言動に、十六日の軍議での姿が印象深く脳裏に残っていた諸将たちは呆気に取られた。尊氏に気に入られているらしい幼稚な千寿丸に僻みを覚えながらも、高名な一族の惣領で、幼いながらに近江国守護として一定の成果を挙げた千寿丸を腫れ物扱いせざるを得ないが、これはこれで煩わしい。
こうした中、尊氏や直義の母方の伯父で、重能や憲顕と同じく、薄暗い肌に特徴的な鋭い耳を備えていた上杉憲房が口を開いた。
「六角殿は突撃がお好きと聞きます。まして此度は敵の先手が佐々木一族の因縁の相手の山法師にも関わらず、遠縁の尾張守様にお鉢が回りながら、自分には命令が無いことで、ウズウズしておられるのでしょう。
「そうですなァ。概ねは憲房殿の申される通りかと」
「ふふ。だが、千寿丸、急くことはないぞ。大戦はまだ始まったばかりだ。それに、君に相応しい交戦相手は山徒の他に沢山居る」
「……は」
(また兄上は前髪姿の虜か。しかも、千寿丸は鎌倉殿になられた兄上でさえ、容易に手の付けられぬ立場だからか、泥沼化している)
兄の悪癖に呆れる直義を尻目に、尊氏から焦りは禁物と金言を預かる千寿丸だったが、やはり表情は暗い。悶々としているのだ。
主に高師直が問題だった。仁木兄弟との会話から徐々に苛立ちを募らせ、諸将たちの注目を集めた千寿丸の言動すら気にも留めようとしない師直の方をチラリと見る。千寿丸は心の内で嘆いた。
(ああ、他家の武将たち……特に師直さえ居なければ、堂々と言えるのに。大体さァ、どうして師直はウチの忍びたちの殆どより機動力で勝る天狗衆を持っているのに、何の情報も持ってないのさ)
実のところ、官軍は昨日夕刻から各所に散って潜伏中である。
北白川には幾万騎もの数の新田軍、赤山禅院に二万騎の洞院軍、鹿ヶ谷から先手で一万騎の延暦寺勢、大津を通って山科へ進軍する二万騎以上の顕家軍、こうした敵に関する情報の数々を甲賀忍軍を使う千寿丸は軍議までに全て揃えていたが、意外なことに師直は何の情報も得られていないらしい。要するに、後手に回っていた。
当然、千寿丸には尊氏の臣下として軍議でこうした情報を提供する手もあったが、足利軍の武将同士で争う観応の擾乱やその先の世にある長い戦国時代を見据えて、すぐに頭の内から択を消した。
にも関わらず、どこか気の弱いところがあると後世に生きる人々から指摘されるだけあって、千寿丸は心の内で煩悶としていた。
(ていうか、高経殿の相手って多分、山法師じゃなくて、
実際、斯波家長や斯波義将*1の父である足利高経という将は家格だけでなく、後に長期間にわたって新田義貞や脇屋義助たちと鎬を削る程、高い実力を備えていた。敵う武将は天下でも稀なのだ。
しかし、千寿丸の予想は盛大に外れてしまった。出雲路へと急行した高経軍は突如として出現した三千騎に勢いを止められた上に、正成の手勢八百騎による突撃の前に呆気なく敗れ去ったのだ。
〜2〜
大戦への興奮と共に、火の手の上がる出雲路へと駆け付けた高経軍であったが、用意していた戦術が早々に崩れたことを知る。
宇都宮軍を破りし山法師を狙い、騎馬武者たちで一周することを望んだ足利首脳部の考えに依拠した戦いは出来そうもなかった。
待ち構えていたのが楠木、結城、名和の連合軍だったのだ。
「高経様!前方の敵兵、山法師ではありませぬ!」
「目論見が外れたな。
古典『太平記』によれば、楠木正成らの三千騎の前線は連結させるも外すも自由となる金具を端に付けた軽量の盾をびっしり並べ、あたかも城を思わせる防御力を以て、機動力に優れた高経軍の騎馬隊に相対したのだという。言うまでもなく、軍神の奇策である。
盾の隙間からは弓矢が飛んで来る他、シリアルキラーの結城宗広の軍からは腐った血が竹筒を用いた仕掛けより射出されている。
慌てふためく先頭部隊の様子に、人並み以上に自尊心のある高経は歯軋りするも、そこは名将である。すぐに対策を考案した。
「チッ!先頭の畠山の騎馬隊に伝えろ!牽制のために、騎射を続けながら、右回りに移動するのだ。今から目標地点に赤旗を立てさせておく故、そこまで差し掛かれば、迂回して後方まで下がらせよ」
「は!」
(近江国守護すら唯の子どもに堕とす戦術、我が物としてくれる)
この時、高経の脳裏に蘇ったのは竹下における脇屋軍の採った戦術であった。戦において時に勇猛ぶりを発揮する従兄妹甥の千寿丸を怯ませた戦術として、高経の心に印象深く刻み込まれていた。
しかし、単なる二番煎じでは芸がない。高経が目を付けたのは武士の探究に家を挙げて取り組んできた上杉家出身の重能である。
高経の息子の家長が関東庇番衆の寄騎だった一方、上杉家は二番組副頭の憲顕や六番組の重能を輩出していた。当然、それなりに付き合いというものがあり、人造武士についても聞き及んでいる。
「重能。徐々に掃けていく先鋒騎馬隊の動きに合わせ、お前の義弟が作り上げた上杉家直属の歩兵部隊を最前線に投入せよ。恐れを知らない人造武士とやらならば、敵の堅固な防壁を打開できよう」
「は。畏まりました」
しかし、脇屋軍の戦術を流用した戦術は間も無く崩壊した。
采配こそ鮮やかだったが、前線の騎兵が居なくなり、歩兵の人造武士たちが敵の盾に接触するまでの一瞬の間が命取りであった。
恐らく、この男さえ居なければ、高経は勝っていたのであろう。
老練な結城宗広にしろ、怪力を誇る名和長年にしろ、本来なら、
「おお、軍神自ら斬り込んでの猛攻とは!」
「精鋭八百騎の突撃で、高経の大軍があっという間に……」
盾を飛び越え、敵の目の前に出た楠木正成による八百騎の猛攻は老将の結城宗広や勇将の名和長年から見ても、レベルが違った。
何せ、人造武士とは半年前の中先代の乱で、北条時行直属の軍師さえも苦戦させた程の手練れの集団なのだ。これを兵の一人一人が圧倒し、そのまま後ろの敵軍本隊ごと蹴散らそうとするのだから、軍神の強さが籠城戦に限ったものではないことは明白である。
「高経様!楠木軍に続き、結城軍や名和軍までも!」
「……撤退だ。この戦場から得られるものはもはや皆無だ」
「「は」」
名将の高経は目標を切り替えた。前線に押し出した人造武士たちを崩され、ここから巻き返すのは容易ではない。まして敵は世にも稀な軍神である。ならば、後のため、兵力を残すべきだろう。
自らの名に敗北の傷が付くことは承知の上で、高経は悔しさを拳に滲ませながらも、撤退戦を開始する。結局、楠木・結城・名和の連合軍との戦線を放棄した高経軍は南の五条河原にまで退いた。
〜3〜
後に室町幕府の開闢以来の元勲として知られることになる足利高経を一月二十七日の戦いで撃破したことは間違いなく、楠木正成を日本史上最強の将と呼ぶ大いなる根拠になり得るものである。
正成の弟で血気盛んな正季は兄の活躍ぶりに鼻を高くしていた。
「世人たちの中には、紀伊飯盛山の反乱鎮圧の件*2で、兄上より高経の方が優れていると陰口を叩く輩もおりましたが、実際に戦ってみれば、この通り。寡兵の兄上が衆兵の高経に圧勝しました」
「あまり気を大きくするな、弟よ。今回は結城殿の残虐さと名和殿の頑強さを存分に活かし、異形の盾を使った連環の計で勝てたが、高経のことだ。次はあるまい。将にとって最大の敵は慢心だ」
「心得ております、兄上……して、高経軍は五条河原へと撤退して行きましたが、このまま次に?天狗の格好をした足利軍の忍びを悉く刈り取っている今、敵は我らに翻弄されるばかり。高経の大軍を撃破した勢いを活かさぬというのも、勿体無い気が致します」
「高経が五万騎の軍勢の再整備に掛かり切る今こそ、顕家卿の出番でござるよ。数の減った足利尊氏の本軍と短期決戦をして頂く」
果たして、冷静さを装いながらも、空前絶後の大戦を前に武者の昂りを抑えきれず、どこか鼻息の荒い正成の言葉通りであった。
高経の敗戦から間髪を置かず、北畠顕家の率いる万単位の奥州軍が山科から粟田口に入り、鴨川の東岸に火を放ったのである。
十六日での
「ゴミ共!!御ぶち破れ!!!」
「「「「「応!!!!!」」」」」
軍神の楠木正成を擁する官軍の思惑通りに事が進む一方、足利軍でも予想外の劣勢を打破すべく、総大将の尊氏自らが立ち上がる。
高兄弟をはじめとする多くの精鋭たちを率い、顕家を討ち取り、流れを変えようと試みたのである。しかし、問題が発生した。
「疾い」
「強い」
「本当に公家か?」
「本当に十九か?」
「「北畠、顕家!!」」
若き公家将軍の露払いとなる奥州軍の兵士たちを足利軍の誇る精鋭たちで掃討し、あと一息のところまで追い詰めたのは良かったのであるが、それこそがまさに弓上手の顕家の思う壺であった。
同時に矢を四本も射出することにより、扇状の範囲に一斉に攻撃できる弓術「四矢縅」によって、精鋭たちが次々と散ったのだ。
これにより、足利軍の士気は急降下した。生え抜きの将兵たちは依然として戦い続けているものの、そうでない外様の大名たちや勝ちに便乗しようと参戦した武士たちの闘志が挫かれたのである。
「土岐殿。貴殿の鎧なら顕家の矢を防げる筈。それに、前にやってご覧になった数々の武技ならば、周りの奥州武士ごと丸腰の顕家を容易く崩せましょう。軍功を挙げるため、やってみては如何か?」
「赤松殿。口惜しかれど、味方の士気が下がるというふざけた理由のせいで、先日の戦から西国武士との連合軍での我が武技を『美濃骨霰』に至るまで禁止されている。六角殿、貴殿の讒言のせいだ。これで負ければ、どう責任を取る?また己の本拠地を燃やすか?」
「なら、顕家の周囲の口を封鎖し、火攻めにします?今の南部馬の状態ならば、間違いなく強行突破で脱出されるのがオチですが」
痛烈な土岐の批判に、漫然と口答えする千寿丸だったが、心の内にあるのは悔しさだった。折角、佐々木城で散った郎党たちの命を代償に、顕家軍の軍馬に災難を見舞わせたにも関わらず、結局は尊氏軍が圧倒される結果となっている。歯痒いことこの上ない。
名刀「綱切」に触れ、心臓の鼓動を大きくさせながら、決死の突撃を敢行するか考え始めた千寿丸に、見兼ねた円心が口を開く。
「六角殿。先日、師直殿より聞きましたが、支那浜で顕家軍の動きが鈍化していた理由は乗船中を見計らって攻撃したからのみでないそうで。何でも、妖しげなる力にて、敵の動きを鈍らせたとか」
「妖しげなる力?何だそれは?」
「土岐殿。我が三男の則祐は元はと言えば、延暦寺の坊主。故に、この世ならざる理にも、それなりに通じております。則祐もまた、六角千寿丸には不可思議な力が宿っていると申していました」
「……今は火急の時。手段を選べない。やってみます」
深く溜息を吐き、顔を上げた千寿丸の目に迷いは無かった。
京での戦を得意とする六角党を中心に構成された佐々木軍に号令を発し、移動し始める。何も、真正面から突撃する訳ではない。
「ちょうど良い。この屋敷に踏み込むぞ」
「屋敷……殿様。何で今になって?」
「刀に神力を巡らし、日光を反射して顕家に目眩しをするためには角度を上手い具合に合わせたいし、道の真ん中では敵や味方の兵に邪魔だとばかりに押し除けられる。なら、屋敷内でじっくりと」
奥州出身の強面の兵たちを盾にして、矢を放ち続ける顕家の近くにある屋敷に、千寿丸たち佐々木軍はひっそりと踏み込んだ。
京の人々は戦禍を避けるべく逃げている。この屋敷に住んでいた人々も、同様なのか。屋敷の内は静寂そのもの……かに見えた。
「لقد كنت في انتظارك! طفل سيء!」
「げえっ!南部!よりにもよって!さては楠木の策か!?」
「マズいっ!殿、お下がりを!」
「宗家、お早く!」
騎乗での戦を得手とする千寿丸にとって、屋敷内における戦闘は出来なくはないが、遥か格上の敵と戦えるフィールドではない。
千寿丸の目眩しを警戒してか、屋敷内に伏せていた南部師行たちの姿に、当の本人は動揺を隠せない。至急、目賀田弾正忠と塩冶高貞という二人の猛将が南部師行を相手に、時間稼ぎをし始めた。
こうなってはさしもの千寿丸も無理な攻勢を仕掛け難い。
「ああ、もう!今日に限って、ツキがない!撤退だ!」
(斯くなる上は師直、師泰、師久の三者に託すしかない)
「殿、大変です!」
「美濃部……まさか!?」
「新田軍が動き出しました。北白川からここまで攻めて来ます!」
実のところ、新田軍は大軍をそのまま尊氏のところへと差し向けた訳では無かった。二千騎の三手に分けた上で、旗を多めに持たせて移動させ、さも大軍が来ているかのように偽装したのである。
しかし、新田兄弟、大舘氏明、堀口貞満による少数精鋭の撹乱は尊氏軍に危機感を与えた。大軍なれば、精鋭だけでなく、雑兵の数も多い。一人一人が我先にと逃げ出した結果、総大将の尊氏ですら顔を歪ませながら、勢いに乗る顕家の騎射に追い回されていた。
「宗家!目賀田殿と共に、南部軍を退けましたが、他の敵も此方に程なく押し寄せて参る筈。鎌倉殿に遅れることなく、丹波へ逃げるのです。向こうには一族の荘園も幾らかあり、挽回可能です」
「いや、楠木正成の策は高経殿の敗戦直後に顕家軍が粟田口から入京して来たのを見ても、一分の隙も無い。何でも、新田軍が旗を用いて兵の数を実際より多く見せ掛けていると云う。その分の兵を退却する尊氏様を狙って西方に配置した筈。今から行こうと、徒らに危険が増すばかりか、尊氏様の身代わりにもなれず、無意味だ」
「……では、どうされるおつもりか?宗家も私も、
「今、倣うべきは島津なるべし」
「!?」
「東だ。東へ参ろう」
激戦の後で、息を荒くする千寿丸は騎乗し、東の方を睨む。
佐々木軍の面々は惣領の幼くとも精悍な顔に目を奪われていた。
「よもや敵も近江国に逃げるとは思っていまい。たとえ念のための伏兵を置くとしても、少数の筈。後背を見せるより、いっそ我ら一族の総本山を目指す方が、夢破れ果てるとしても、ずっと良い」
「……宗家」
「殿、我々は従います」
「「「我々は
一族郎党たちの異存無しという宣言に、千寿丸は大いに頷く。
外様の出である便女の亜也子でさえも、周りに居る共に主君の千寿丸に仕える側近たちと目配せし、心を固め切っていた。
「良し!我ら佐々木軍、必ずや近江国へ!」
「「「「「応!!!」」」」」
武家の棟梁の尊氏が丹波国への道を一目散に駆け、かつての長岡京の近くまで逃げる一方、彼への臣従を心に決めた筈の千寿丸は近江国を夢見る一族郎党たちと共に、殆ど逆方向の道を選んだ。
果たして、本来は尊氏たちと違って、逃げに向いていない千寿丸が大勢の武士たちを連れ、無事に帰ることが出来るのだろうか。
不安こそあれ、佐々木軍は一心に近江国への渇望を募らせた。
原作における直義の家長評は若くして奥州総大将や関東執事に就任したという事実を踏まえても、かなり高いものですが、仮に家長の才能を後に生まれる義将と同等だとすれば、腑に落ちます。
逆に直義の先見の明が恐ろしく思えるくらいです。