崇永記   作:三寸法師

66 / 202
私事で恐縮ですが、年末年始の余暇を利用して、某忍者アニメ映画を観に行ったところ、三つ鱗の旗が出てきて吃驚しました。


▲3

〜1〜

 

 

 湊川に設営を開始していた足利方の陣営の元へ、先に避難先である曾地口を出立した直義軍に続く形で、仁木軍や細川軍、土岐軍に佐々木軍を伴った総大将の足利尊氏が北の方よりやって来た。

 湊川近くの福原京跡で佐々木惣領の千寿丸の軍勢と合流した京極軍では、京極家当主の娘の魅摩が目を見開いて呆然としていた。

 

 

「三郎、あんた……」

 

 

「ん?どしたん?話聞こか?……何て言ってみたりして」

 

 

(うげぇ。ちょっと目を離した隙に)

 

 

 先月下旬以来に顔を合わせた幼馴染の変貌ぶりに、魅摩は驚きを隠せない。よく言えば凛々しさの増した面差しだけではない。

 千寿丸の身体が帯びる神力から魅摩は看破したのである。

 明らかに尊氏によって手を加えられている。如何にして手を加えられたのかは先日の千寿丸による亜也子の変貌から察しがついた。

 

 

「三郎、疲れたでしょ?今日はゆっくり休みなよ」

 

 

「何か魅摩姉が優しい……有り難くと言いたいところだけどさ」

 

 

「だけどって何さ?軍議に顔を出すつもり?」

 

 

 湊川では、尊氏の到着を契機に、続々と各地に散らばっていた足利軍が集結している。将たちの間で方針の擦り合わせを行うための軍議が行われるのは当然であり、千寿丸も出席すべきだろう。

 しかし、千寿丸はどうしたことか、目の焦点が合っていない。

 魅摩としては無理せず、十分に休養を得た上で、早晩この地に襲来するであろう敵軍と再戦に臨んで欲しいのが本音だった。

 

 

「それもあるけど、今は身体の調子が無茶苦茶良いからさ、下手に休みを入れたく無いんだよ。やっぱ相性が良かったのかな……」

 

 

(婚約者)の前で他の人との相性が良かったとか言うなよ……」

 

 

「?」

 

 

 俯いて呟いた魅摩の言動に、千寿丸は訳が分からなかったのか、小首を傾げる。どうやら魅摩の真意を読み取れていない様子だ。

 勿論、魅摩も長い付き合いの経験上、そのことは分かっている。

 故に千寿丸の澄んだ泉のような瞳を真っ直ぐ見据えて告げた。

 

 

「三郎、軍議の後で良いからさ。話、して良い?」

 

 

「時間の掛かる話か?……軍議の後な?承知した」

 

 

 朗らかに笑った千寿丸は最側近の青地重頼に声を掛け、惣領家の六角家の軍勢のために用意された布陣スペースへと足を運んだ。

 一方、魅摩は千寿丸付きの便女の亜也子を呼び止めた。

 

 

「どうしたの?魅摩」

 

 

「どうしたの、じゃないでしょうが。三郎の様子!あれ、何さ?」

 

 

 主君の婚約者に問い詰められた格好の亜也子は返答に窮した。

 言い淀んだ挙句の返答からは()()()()()意図が見え隠れする。

 

 

「元々、京育ちのお坊ちゃん感があったけど、急により垢抜けた感じがするよね?田舎出身の私が言うのも烏滸がましいけどさ」

 

 

「そうじゃないわ!あんたなら、心当たりがあるでしょ?三郎が足利本軍に再合流してから、急に様子がおかしくなった筈だよ」

 

 

「……殿様に直接聞いた方が良いと思うな。夜、二人きりで」

 

 

「チッ」

 

 

 淡々と語る亜也子の言葉で舌打ちした魅摩は切り替えた。

 今年に入ってから、あれよあれよと言う間に取り残されている。

 便女の望月亜也子はまだ良い。六角家当主付きの便女となったからには遅かれ早かれ、千寿丸と関係を持つに至っていただろう。

 しかし、一方で武家の棟梁である尊氏はどうであるか。

 

 

『尊氏殿はやっと我ら一族の宗家を己が寵童とする夢を諦められたらしい。これで一安心だ。幾ら尊氏殿でも、佐々木嫡流の子を良いようにするには百年早いというもの。この道誉も看過できまい』

 

 

(話が違うじゃねぇかよ、親父ィィィ!)

 

 

 先月の道誉の言葉を思い出した魅摩は心中で叫び倒す。

 昨年十二月の箱根竹下合戦の終了後に婚約者同士となったばかりとは思えない有り様に、魅摩は痛恨の思いで肩を震わせた。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 湊川と目と鼻の先の福原京跡で行われた足利軍の軍議において、持明院統の院宣に関する話題は一向に出て来ない。

 三草山で尊氏軍から離脱した近侍衆の一人の薬師丸が繋がりある持明院統に近い貴族(日野中納言資明)に院宣の発行を求めに京へ潜入しに向かっている最中であるため、足利兄弟も師直も大勢の前で明かして、敵方に話が漏れ伝わり、当てが外れてしまうことを案じたのである。

 しかし、その判断は却って軍中に不安をばら撒くことになった。

 

 

「何故だ!各地に逃げていた兵たちが続々と集まり、今の足利軍は再び雲霞の如き大軍となっている。機に乗じ、攻め込むべきだ」

 

 

「恐れながら、この卿律師(細川定禅)高経(尾張守)様の仰る通りかと。これまでの戦から明らかなように、敵は京の地勢が攻めるに易く、守るに難いことを端から承知で、帝を京から叡山に臨幸させるという二度と使えぬ禁じ手を使い、何度も我らを攻めておりました。しかし、今は攻守が逆。敵が京を守り、我らが京を攻めれば、どちらが有利かは言うまでもありますまい。申し上げます。この絶好の機会を逃せば、負けるばかりか、取り返しのつかない事態になりかねません」

 

 

「「「……」」」

 

 

 足利高経にしろ、細川定禅にしろ、名将中の名将だが、持明院統への院宣を求めに味方が京に潜入している最中だとは知らない。

 しかし、そのことが却って二人の論の説得力を増幅させた。

 より正確に言えば、院宣の件を知らない殆どの将にとっては高経や定禅の説く戦略こそ理に叶っているように見えたのである。

 堅実さが売りとされる名将の石橋和義や足利方の武士たちの中でも最上位の武力を誇る一騎当万の将の土岐頼遠も同様であった。

 

 

「高経殿は時を、定禅殿は理をご存知だ。二人の策に従い、速やかに敵を攻めることこそ勝利への道だと、不肖この私も考えます」

 

 

「左様。負けたばかりの今こそ迅速に巻き返しを図らねば」

 

 

「山名時氏、右に同じく」

 

 

「敵は今にも後醍醐の帝を延暦寺から花山院に移す見込みだと聞き及びます。またとない好機です。京を攻めましょう……尊氏様」

 

 

 仁木頼章(義長の兄)含め、諸将たちが口々に速攻論を叫び、足利兄弟を除く院宣の件を知る武将たちはどうしたものかと顔を見合わせる。

 持明院統への密かな要請について知らなければ、自分たちも高経や定禅らと同じく、速攻論を唱えていたに違いないため、彼らを説得するだけの理屈に窮したのである。無論、千寿丸も同様だ。

 院宣の件を提示する訳にはいかない以上、論争で他の多くの将たちを言い負かすのは難しい。高経や定禅が相手ならば尚更だ。

 

 

(道誉さァ、稀代の策士なんだから、何とかしてくれよ。本当に)

 

 

(千寿丸殿はこの道誉に期待しておられるようだが……定禅の方はともかく、高経と真っ向からやり合うのはマズい。今はまだ)

 

 

(定禅殿と赤松家は共闘した仲。無理に押し切るのも……)

 

 

 詳細を知る外様武将たちが躊躇する中、師泰が兄の師直に向かって目線でどうするか尋ねたが、師直は素っ気なくも首を振る。

 もはや足利家執事の自分ですら、場の沈静化は困難だと知っているのだ。打破できる者が居るとすれば、神を置いて他に居ない。

 

 

「案ずることはないぞ、皆」

 

 

(((尊氏様!)))

 

 

「この地で大勝利を掴むのが正しい歴史。そうだな?千寿丸」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 唐突に話を振られた千寿丸は面喰らい、諸将たちは耳を疑った。

 才知と色のある六角家の幼君に、武家の棟梁の尊氏が妙にご執心なのは諸将たちの間でも、周知の事実となりつつあるが、まさかこの期に及んで頼りにされているとなれば、青天の霹靂である。

 流石にこれはマズいと直義が代わって場を収めにかかった。

 

 

「佚を以て労を待つ……近江国で北畠顕家の軍勢と戦った千寿丸は知っているのだ。京で騎馬戦に持ち込むより、我らが有利な場所を選んで敵を迎え撃ち、敵の騎馬の脅威を失わせるのが良いと」

 

 

「……如何にも。直義殿のお言葉は我が思いそのものです」

 

 

「確かに北畠軍にしろ、新田軍にしろ、騎馬の戦に強い。楠木軍すら出雲路での我が軍との戦然り、騎馬の戦でも相当に強かった」

 

 

 千寿丸とは遠縁にあたる高経の言葉で、諸将たちは考え込んだ。

 皆、京での合戦で痛感したのだ。敵の騎馬隊の無類の強さを。

 話をするなら今だと、屈指の知略を持つ赤松円心が口を開いた。

 

 

「摩耶城であれば、この円心も存分に力を発揮出来ましょう。六波羅からの討伐軍を幾度も打ち破ったことを思い出します……ああ、千寿丸殿。時信殿(御先代)に他意がある訳ではござらぬ故、悪しからず」

 

 

「は、はい。分かっております」

 

 

 円熟の名将の言葉にタジタジの幼い千寿丸を見て、諸将たちの気が晴れたところで、足利軍の方針は摂津国での合戦で定まった。

 こうして、足利軍は湊川の宿で幾日もの時を過ごすことになる。

 古典『太平記』の作者はこの地で長逗留せず、即座に京を奪い返しに進軍していたならば、官軍は再び京を失っていただろうと考察しているが、今この場にいる将たちにそのことを知る術はない。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 軍議が終わり、足利高経のような縁ある武将たちと談笑した千寿丸は六角党、京極党、塩冶党などで構成された佐々木軍の陣営に帰還して、重臣たちや分家当主の高貞との打ち合わせを済ませた。

 一時期は同行していた師冬も、ここ数日は佐々木軍の陣営を訪れていない。自然と千寿丸は夕食を身内の人間と摂ることになる。

 満腹になった千寿丸は人払いして、一物有りげな魅摩に問うた。

 

 

「で、魅摩。話って何さ?」

 

 

「今日の軍議でのこと……父上から聞いた」

 

 

「ありゃ、そっちから?」

 

 

 思わぬ切り口に戸惑う千寿丸を一瞥し、魅摩は話を続ける。

 幾ら近江国の守護を務めているからといって、未だ齢十一の千寿丸が()()殿()直々に話を振られるというのは尋常の沙汰ではない。

 

 

「曾地口で尊氏様と何かあった?怒らないから、正直に話して」

 

 

「それ、結局怒るヤツ……」

 

 

「……三郎。答えて」

 

 

 やり切れなさを隠し切れない魅摩は縋り付くように尋ねた。

 ただならぬ様子を目の当たりにして、漸く()()の深刻さを感じ取った千寿丸は顔を引き締める。そして、淡々と話し始めた。

 

 

「尊氏様から力を幾らか分けて頂いた」

 

 

「どうやって?」

 

 

「どうやってって……こんな感じ?」

 

 

 魅摩相手に直接言葉にするのは如何なものかと千寿丸は謂わゆるジェスチャーによって示した。すなわち、右手の親指と人差し指で輪っかを作った上で、左手を波のように動かし、その輪っかに通したのである。千寿丸本人としては所詮()()()()のことだった。

 しかし、魅摩は顔から血の気が引き、肩を僅かに震わせた。

 

 

「そっか……そっか……」

 

 

「本当はさ。塩気の効いてる血の方が良かったんだけど、尊氏様のご判断だから、従わざるを得ない訳さ。窒息するかと思ったし」

 

 

「窒息?え?口から?しかも、そんなに……」

 

 

 魅摩は口元に手を当て、困惑しながらポツポツと言葉を溢した。

 耳年増なきらいのある魅摩なりに想像していたが、千寿丸の言動に接すると、嫌でも実感を伴う形で受け入れざるを得ないのだ。

 

 

「魅摩姉。戦はまだまだ続く。状況が好転するまで、あと三月以上は要する見込みだ。それまでは我慢に我慢を重ねることになる」

 

 

「長いな……」

 

 

 先月の新田軍を破り、宇都宮公綱を降して京に入ったばかりの頃とはまるで違う未来絵図にまだ少女の齢の魅摩は息を呑んだ。

 しかし、その一方で、他の公家将軍たちと一線を画す強さを誇る北畠顕家の上洛で、勢力の有利が崩れたのだろうとも理解した。

 

 

「だけど、安心して。この地で楠木を討ち取れば、後はトントン拍子で進む筈だって、尊氏様も仰っている。それまでの辛抱だ」

 

 

「そう……ちょっと待って。この地って、湊川のこと?」

 

 

「まぁな。いつ勝つのかというところまで、明確な答えが分からなかったから、尊氏様の御力を借りることになったんだけど。ただ、それも今回限りだな。湊川の次は十年以上後の……魅摩姉?」

 

 

 千寿丸は話の途中で、俯いて震える魅摩の異変に気が付いた。

 自身の名前を呼ばれた魅摩はポツリと零した。懺悔の言葉を。

 

 

「あたしが父上に軽々しく喋ったからか」

 

 

「は?魅摩姉、何を喋ったって?」

 

 

「あんたが湊川周辺の地図を欲してたみたいだって話。陣中で話題になってたから、父上の耳にも早晩入るだろうし、話しても良いだろうって思ったんだけど、軽率だったみたいだね。父上から尊氏様に話が行って……去年の六月と何も変わってないみたいだわ」

 

 

 吐き捨てるように言った魅摩は再び千寿丸の目を見据えた。

 未だ幼稚で、大人になり切れていない幼馴染の姿を改めて直視した魅摩は感極まる余り、遂に真正面から涙ながらに抱き着いた。

 

 

「三郎。もうあんたを責めることはしない。尊氏様のことも、亜也子のことも、あんたの好きにしたら良い。他に恋仲の子を作っても構わない。私のことが信じられないならさ、潔く降りるから」

 

 

「降りるって、何を……」

 

 

「私との婚約。本当に嫌ならさ、良いよ。破棄して」

 

 

「!?」

 

 

 藪から棒に切り出された話で、千寿丸は狼狽の色を隠せない。

 抱きつかれたまま、千寿丸は幼馴染の横顔に目を遣る。

 明らかに魅摩は虚勢を張っている。さて、どうしたものか。

 甘言に乗って破棄したところで、魅摩の父親で一族の有力者の道誉に恨まれるのは想像するまでもない。また、尊氏が苦心して覇業成就に取り組む今、要らぬ不和を招くような真似は厳禁である。

 

 

(だけど、それ以上に……俺は)

 

 

「今更……」

 

 

「三郎?」

 

 

 不意に千寿丸が零した言葉を訝しんだ魅摩は抱擁の腕を緩める。

 再び真正面から魅摩の視線を浴び、後顧のことなどもうどうにでもなれと意を決した千寿丸は噛み締めるようにして言い直した。

 

 

「今更、魅摩(お前)以外の相手を探せって?尊氏様は益荒男だし、亜也子はただの便女だ。男女の仲になろうと思ったことは一度もない」

 

 

「三郎。見え見えの嘘を今吐かんでも……じゃあ、あの神力は?」

 

 

「力を流し込んだら好き合う仲か?アホらしい。だったら」

 

 

 己の歯に舌を引っ掛けた千寿丸は唇を前に尖らせた。目を大きく見開いた魅摩の口に、血の滲み出る舌が捩じ込まれていく。

 流れ出す血の感触で千寿丸の覚えた痺れは魅摩にも伝播する。

 痙攣する魅摩の身体を壊さないよう千寿丸は注意を払いながら、押さえつけたが、元から不安定だった二人の体勢は崩れ、魅摩の身体の揺れがやっと収まった頃には、二人揃って横になっていた。

 

 

(あーあ。これで退路は完全に断たれたな。何やってんだか、俺)

 

 

 千寿丸は諦観を胸の内に仕舞った。その双眸に迷いはない。

 伸ばした首を引っ込めた千寿丸は息を整え直した。それから魅摩の身体と敷物の間に挟んだ腕を抜き取り、素っ気なく告げた。

 

 

「分かったか?二度と戯言を抜かすな」

 

 

「……あっそ。あんたの、惣領サマの御心のままにしたら良いさ。だけど、こんな簡単に神力を貰えるなんて、思わなかったわ」

 

 

「魅摩。一つだけ言っておく」

 

 

「何よ?」

 

 

「お前に神力を渡して良いのは俺だけだから」

 

 

 ただ一言だけ告げた千寿丸は起き上がろうと体勢を見直す。

 暫く目をパチクリさせた千寿丸が緩やかに離れようと試みたが、魅摩は全てが()()()()のにも構わず、両足でガッチリ掴む。

 固まった千寿丸に悪戯っぽく笑った魅摩は再び顔を近付けた。

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