崇永記   作:三寸法師

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◆5+

〜1〜

 

 

 たった三ヶ月で西国武士たちを従え、噂によると何と水陸合計で五十万騎も居るらしい足利軍には、源平合戦以前からの名門や近年急速に力を付けた新興勢力など、様々な武家が集結している。

 今の私が仕えているのは前者の部類。私の出身地の信濃国にまで名前が聞こえていた佐々木氏の嫡流筋、六角家の御当主様だ。

 

 

「本当に酒は良いのですか?千寿丸殿。折角、義父上がこれまで楽しめなかった山陽軍の皆々にとご用意された肴がありますのに」

 

 

「良いのだ。師冬殿。俺は二十歳になるまで酒は飲まんと八幡様にお誓い申し上げたのだ。源氏の俺に誓いを破る道理はあるまい」

 

 

 昨年八月以来の主君の千寿丸様……つまり、殿様は誰よりも源氏の血筋に生まれたことを誇りに思っているらしい。殿様の佐々木源氏の血筋は宇多天皇由来で、清和源氏と異なるが、それでも源為義公に厚遇された一族としての誇りのようなものがあるのだろう。

 どっちにしろ、今なら分かる。殿様は謂わゆる中先代の乱を起こした私の前の主君に協力する気なんて端から無かったのだと。

 

 

「八幡様、ですか。千寿丸殿はお信じになるのですね」

 

 

「実際問題、気合いを入れて弓を射る時など、かの那須与一の如く南無八幡大菩薩と唱えながら撃つ。強化された実感こそないが」

 

 

「どうでしょう。威力が増すような効用が無くても、もしかすると命中率が上がるくらいのことはあるかもしれませんよ。それこそ、船の上で揺れる扇の的を浜辺から狙って見事、射抜ける程に」

 

 

「師冬殿。さては揶揄っているな?俺は小細工をせねば命中できないような弓音痴ではないぞ。何と鼻持ちならない仮面野郎だ!」

 

 

「千寿丸殿、今は仮面を着けてませんよ」

 

 

「そりゃ、そうだ。食事の席だからな。ハハハハハ」

 

 

 すこぶる機嫌の良い殿様が冗談を叩く相手は高師冬、かつての私の同僚の吹雪だ。元同僚と言っても、私と吹雪に会話はない。

 六角家にお仕えしている便女として喋ってはいけないような気がするし、そもそも今の吹雪にとって同じ主君の元で働いていた私という存在がどう映っているのか、正直に言えば、知るのが怖い。

 

 

「我が君。調理が完了しました。ただ今、お持ち致します」

 

 

「おお、そうか。三井、早速持ってきてくれ」

 

 

「は!」

 

 

 六角党には佐々木氏の分家筋以外にも、近江国に住む豪族たちの出身者が数多く参加している。三井という副執事もその一人だ。

 御先代が隠居されて以来、武勇は家中随一に違いないと噂の目賀田弾正忠の縁者で、服飾に関する美的感覚がとても鋭敏だ。

 実際、口では謙遜しながら内心では明らかに自分の容姿への自信たっぷりな殿様の()()()()が、自他共に厳しそうな魅摩の審美眼に叶っているのは半分この人(副執事)のお陰であるような気がしている。

 

 

「殿様。私も配膳、手伝うよ」

 

 

「ん」

  

 

「亜也子殿。お疲れでしょう?少し休まれては?」

 

 

「構わんぞ、三井。好きにさせてやれ」

 

 

「……我が君のお言葉とあらば。虫除けはお任せを」

 

 

「おいおい。食事の席に虫除けとは何だ。物騒な。ま、疾く持って参るが良い。久々のちゃんとしたタンパ……いや、何でもない」

 

 

 助け船を出した形の殿様だけれど、十中八九()()()()()()()

 副執事の言った「虫除け」という言葉に隠された意図を。

 

 

「此方です、亜也子殿。それと、あまり()()()()見ない方が賢明だと思いますよ。他の船からでも亜也子殿は目立つと思うので」

 

 

「き、肝に銘じます……」

 

 

 播磨国沖にいる足利軍の船団には少なくない数の遊女が居る。

 このために水軍内の風紀に多少の乱れが生じているというのが京極家の郎党の弁だった。実際、道誉様やその息子たちは魅摩の安全をちゃんと確保する一方で、遊び女たちとの戯れに夢中らしい。

 一応、軍内最上位級の名門とはいえ、幼当主を戴く外様大名の六角家に便女として仕える身の私も自衛だけは怠らないでくれと家臣の人たちから乗船して以来、口を酸っぱくして言われていた。

 

 

「さて、これが今夜の夕食……明石の鯛尽くしです」

 

 

「鯛……」

 

 

「豪勢でしょう?明石の鯛は他の地域の鯛と比べても別格だと言われています。いえ、それどころか明石の鯛に比べれば他の地域の鯛は雑魚同然と断言されることまであるそうです……まぁ、流石にこれは極論ではないかと疑っておりますが、今後の参考までに」

 

 

「勉強になります……そっか、雑魚だったんだ。あれ

 

 

「亜也子殿?何か気になる点でも?献立の詳しい説明は私の方から我が君にするつもりでしたが、役目をお譲りしましょうか?」

 

 

「いえ、大丈夫です。早く行きましょう。私たちの殿様のために」

 

 

 ほんの少しだけ昔のことを思い出したけれど、次期当主を産む女かもしれないと思って親身になってくれる六角家の郎党たちの期待には背けない。私としても確かに望みに繋がる道の一つなのだ。

 新たな知識を頭に刻み付けて、私は殿様に持っていく分の膳を手に持った。美と量を兼ね備えた膳から、殿様の将来の姿を思い描いてみる。威風堂々とした足利幕府きっての猛将がそこに居た。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 腹が減っては戦はできぬとはよく言ったものである。備前国三石城で経験した籠城戦こそ予め戦闘期間が予測できていた分、それ程不自由することはなかったが、危機感自体は頭にあり続けていた。

 湊川の戦いまで残り一週間を切っている今、播磨国沖の船で思う存分タンパク質を補充しておきたい。とりわけ、師直から明石の鯛が山のように届けられたばかりなのだ。遠慮は無用である。

 

 

「で、亜也子が膳を取りに行っている今だから聞くが、師冬殿よ。お前の養父殿は一体何を考えておられる?どこの船にも遊女という遊女が居るみたいだが、これで士気が保てるものなのか?」

 

 

「逆ですよ。女たちが居るから、兵たちは戦を前に遊ぶだけ遊んで切り替えて戦に臨むことが出来るのです。もし千寿丸殿がこの先、佐々木一族と縁もゆかりも無い他国の武士たちを従えて合戦に出る機会をお望みなら、その辺りには寛容になるべきです。さもなくば不満を抱えた他所の兵たちは良くて逃亡、悪くて裏切りますよ」

 

 

「そこまで?」

 

 

 幾ら何でも過言ではないかと感じたが、足利学校で学んだ彦部吹雪として持つ見識から言っていることであれば、それは俺にとって主君(尊氏様)の方針も同然である。従うべきだとは勿論、分かっている。

 また、今の足利水軍における遊女三昧も夜襲の恐れが限りなく皆無に近いためだとも分かっている。高師直のことだから、その辺りの合理性に抜かりがあるとも思えない。隙を作らない筈なのだ。

 しかし、()()出来たからと言って、()()が出来る訳ではない。

 

 

「……敵を殺すのが楽しい戦で、女との戯れ無くば不満とはまさに身の毛がよだつ思いだ。いや、首から下はまだ産毛だけだが」

 

 

「何の話です?……まぁ、問答無用で従うご自分の一族郎党たちだけで敵に勝つおつもりなら、その辺りの配慮も存外無用かもしれませんが……私から無理強いすることでもないでしょうし、嫌なら嫌で貫き通すのも武将の個性と言えるでしょう。貫き通せるかはまた別として。そう言えば、亜也子とはその後、どうなりましたか?」

 

 

「亜也子?へぇ……」

 

 

 出世欲に溢れた顔をしていても、元同僚のことを意外と気に掛けているらしい。六角家から自分のところへ元同僚(亜也子)を引き抜こうというのであれば、こちらにも考えがあるが、そうではない筈だ。

 何故なら、六角家のところではなく、たかだか師直の養子(足利家の家人)のところにいる便女であれば、他の武家にとって引き抜きを試みる心理的ハードルが比較的低く、キリがないからである。何なら養父の師直が目を付ける可能性がある。亜也子とはそれ程の逸材なのだ。

 

 

「よく働いてるぞ。今度、俺の所有してる村の一つを選んで与えようかと思ってるところだ。ただ、代官が別途必要になるやも」

 

 

「……結構です。今ので大体の感じが分かりました」

 

 

「厚遇してるだろ?羨ましいか?師冬殿」

 

 

「いえ、別に」

 

 

「だろうな。お前、今やもう完全に出世街道に乗ってるもんな」

 

 

 去る三月二日の筑前国多々良浜における合戦。勇敢にも直義の元で緒戦を戦い抜いた十八騎と数少ない勇士たちのリストに他でもない師冬の名があった。これを換言すれば、何を意味するのか。

 高師冬という若侍が山名時氏や仁木義長と同じく、将来の足利政権を担う優秀な人材だと広く見做されるようになったのだ。

 

 

「ところで、魅摩殿は?佐々木京極軍の船ですか?」

 

 

「ん?まぁな。その内来るだろ。知らんけど」

 

 

 全く意味が分からないが、面前で尊氏様への忠誠心を熱く語ったのがお気に召さなかったらしく、魅摩は平素なら既に俺のところへ談判しに押し掛けて来るところを何時迄も引き延ばしている。

 恐らく分家当主の道誉の娘にして意固地になっているのだろう。

 だが、取るに足らない意地に付き合う義理はない。それよりも目の前に居る他家の武将を接待する公務を優先するべきだろう。

 

 

「殿様」

 

 

「膳をお持ちしました」

 

 

「応。やっぱこっちが先に来るわな」

 

 

 便女の亜也子と副執事の三井が膳を持って戻って来た。

 膳の上にある見事な鯛の姿に師冬は鋭い眼光で涎を溢す。

 アンバランスな元同僚の顔に今一つ判然としない様子の亜也子が今の主君である俺の目の前に運んできた膳をそっと配置した。

 

 

「師冬殿。これまで明石の鯛を食べたことは?」

 

 

「いえ。他の船では人目があって仮面を外せず、細々と食べる他なかったもので、鯛を大っぴらに食べることは叶いませんでした」

 

 

「うわぁ……ま、明石の鯛は特別だ。一度食べてしまえば、他の鯛は二度と味わえないのではないかという程に美味い。特にこの頬肉は絶品だ。師冬殿、俺の面前では遠慮せず、存分に味合われよ」

 

 

「はい。頂きましょう」

 

 

 眼前の師冬に言った通り、明石の鯛は日本で食べられる海魚においてもトップクラスの旨さを持つ。まず目をつけたのは汁物だ。

 お頭の入ったこの時代でも間違いなく豪勢な逸品である。技術の未発達なこの時代に近江国の守護として生きている俺からしても、滅多に食べれるものではない。前世とはやはり勝手が違うのだ。

 

 

「……三井。調理したのはお前の部下たちか?」

 

 

「っ!……何か不手際でもございましたでしょうか?」

 

 

「いや、何でもない。船の上でもよく調理したものだ」

 

 

 明石の鯛にしてはどこか風味が弱いように思ったが、師冬が何も気にせず勢い良く食べていることから、気のせいだと判断した。

 そもそもこの時代の人間と二十一世紀の料理人の腕を比べるのも酷というものだろう。まして当世の船での調理は勝手が違う。

 

 

「話は変わるが、師冬殿に官位の話は無いのか?」

 

 

「いえ、まだです。元服も投降初日に済ませましたし、官位の方もその内あっても良いのではないかと密かに期待しておりますが」

 

 

「そりゃあ官位はあった方が拍が付くのは間違いないから、お前もいずれ貰えるだろう。師直殿が抜かりなく持明院統に口利きしてくれるだろうさ。むしろ貰えなきゃ何のための院宣か分からん」

 

 

 高師冬は後に三河守あるいは播磨守の座に輝くことになる。

 類い稀な逸材とはいえ、元は高一族の庶流に過ぎない彦部氏の吹雪だったことを考えれば、相当な大出世だったと言えるだろう。

 

 

「ですね。千寿丸殿もいずれお父上のように官位を貰える筈です。持明院統を擁立するからには足利方の武家はより良い官位が貰えるようになる筈ですし、五位どころか四位になるかもしれません」

 

 

「はは。そりゃ楽しみだ。俺の場合、元服し次第になりそうだが」

 

 

 結局のところ、武士たちを統率する人間には官位が必要になる。

 この意味で、朝廷という存在が大覚寺統である必然性こそ無いにしても、武士たちの保護の対象になることは間違いなかった。

 偉大な尊氏様や賢君名主の足利義満にはまた異なる道もあるかもしれないが、それでは事ある毎に王朝交代する中華の二の舞にしかならないので、俺も命令の無い限り、推し進める気は皆無だ。

 

 

「とはいえ、官位と申しても、最近は名ばかりの場合も少なく無いですからね。近江守なんて良い例でしょう?近江国守護殿?」

 

 

「……まぁ、実際のところはな」

 

 

 長きに渡って佐々木氏が治めてきた近江国はかなり特殊だ。

 六角家の後押しがなければ、国司であろうと考えの通りに回せないのである。あの道誉に近江国を支配したいという野心があったとしても、すぐに大望が成就しないのにはこうした背景があるのだ。

 

 

「特筆すべきは楠木正成です。あれだけ大覚寺統に厚遇されても、思うように兵が集まらない。今度の戦も新田軍は京から多少兵力を補充したそうですが、楠木軍の兵力は千騎足らずみたいですよ」

 

 

「どうだろう。楠木正成の場合、好き好んで少数精鋭を率いてきたような気もするが。俺に言わせれば、何十万騎もの大軍と戦うのであれば、数千騎より数百騎の方が却ってやり易いように思う」

 

 

 恐らく今回の戦、正成の嫡男の多聞丸は従軍したがるだろうが、恐らく父親に拒絶されるだろう。正成なら、生き残った息子がかつての自分のように千早城で抵抗を続けることを望む筈だ。

 多聞丸とはいずれ戦で相見えるような予感がしているが、かなり先のことになりそうだ。思うに観応の擾乱より早いかどうかだ。

 

 

「……どうせ絶望的な兵力差があるのなら、命令伝達の観点から見ても動かし易い少数精鋭の方が良いと仰るのですね。万人向けの考え方ではないかもしれませんが、勇将ならではの発想です」

 

 

「ただ、楠木正成の真骨頂は勇気より知恵だ。何か策があると考えるのが妥当だろうが、見当がつかん。特に赤松円心や細川定禅らを擁する武家方に、生半可な策は通じぬ。師冬殿ならどうする?」

 

 

「……兵糧攻めですかね。皇威を考えても実現性は低そうですが、頭を使って勝とうとするなら、これしか手が無いと思います」

 

 

「兵糧攻めだと?正月の京の合戦の二番煎じではないか」

 

 

「ええ。それもあって、実現性は低そうだと」

 

 

「ほーん。ま、いずれにせよ盤面は既に向こうの詰みという訳だ」

 

 

 とうの昔に勝利を確信している俺は余裕綽々で鯛の身を摘む。

 目に見えた大勝利という調味料で味付けされた魚肉はそれこそ酒を飲まずとも酔えそうになる程、いつにも増して絶品だった。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 失敗した。心からそう思った。まるで神仏を拝んでいるかのように幼気で、尚且つ堕落した大人のように澱んだ眼差しと恍惚とした表情だったあいつは今までになく甘ったるい声を出していた。

 遠く離れていた主従が夢枕において顔を合わせた。これを知って武士が感極まるのは当たり前のことだ。主従関係が男女関係より優先され得るものだということも、理屈の上では呑み込んでいた。

 

 

『こ、壊れた……?』

 

 

『いと尊き御方よ。微力ではありますが、私が貴方様に天下をお捧げ致します。貴方様の邪魔をする不埒者はたとえ何処の誰であろうと排除します。直義も師直も論外です。ああ。ですから、どうか尊氏様よ。貴方様の恩威が永遠に日の本を包み込みますように』

 

 

 狂気の沙汰としか言いようがなかった。主君の実弟の直義様と足利家譜代の郎党筆頭の高師直の双方への害意を漏らしたのだ。

 どちらかに傾倒している人間が異なる方に敵意を抱くというならまだ分かる。だけれども、三郎のように両方となると珍しい。

 佐々木一族の惣領として持っていたであろう自尊心が悪い方に出たのかもしれない。そう感じた時、三郎の目がすっと据わった。

 

 

『っ』

 

 

『まずは楠木正成を殺さないと始まらない』

 

 

『急に何?一体どうしたって言うのさ?』

 

 

『魅摩姉、安心して。すぐに補充する』

 

 

 有無を言わさず、唇を塞がれる。あくまでも神力を流し込むためと称して、歯で噛んで血の滲んだ舌を私の口に捩じ込まれる。

 何と言う程のこともない。別行動を終えた婚約者同士で、三ヶ月前と同じことをするだけだ。そう割り切っている筈だった。

 

 

『何、嫌なの?』

 

 

『ごめん、ちょっと待って。心の準備をするから』

 

 

『……』

 

 

 幼馴染の変貌ぶりに対する動揺を引き摺る私は近付いてきた三郎の胸に手を当てたまま、らしくもなく息を整えようとしていた。

 しかし、両肩に手を乗せる三郎の冷めた目線が益々私に冷や汗を掻かせた。こんなことで幻滅されたくない。焦りは加速する。

 

 

『やめよっか』

 

 

『だから、待てって!私もしたいんだっつの!』

 

 

『興醒め。だから、日を改める。やっぱり師直殿の申された明石の鯛を食べたい気分だし、幸い猶予はまだある。日数的な意味で』

 

 

『ちょっ……』

 

 

 肩に乗せられていた手を外され、小箱に座る体勢を不意に崩した私が改めて手を伸ばした時にはもう三郎の姿は見えなかった。

 それから今日まで、三郎は京極家の屋形船に姿を現さなかった。

 親父が言うには佐々木一族の分家の加地氏に依頼し、新たに貸し切った六角家用の屋形船で悠々自適に鯛を満喫しているらしい。

 

 

「親父。いつまで私をここに押し留めておくつもりよ?」

 

 

「魅摩、このまま宗家の元に嫁ぐなら、心しておくことだ。宗家と意地の張り合いになった場合、決して折れてはいけないよ」

 

 

「だからって、このまま何もしなけりゃ、忘れられるだけだわ!」

 

 

「……心配ない。魅摩、今日中には宗家もお前に会うため、此処へ来られよう。もう二十三日、そろそろ播磨灘を越えたい頃だ」

 

 

 腹黒い親父の言葉に半信半疑のまま、また一日が過ぎていく。

 戌の刻、風も吹かさず長い船旅で手持ち無沙汰になっている私は明日朝一番に突撃を仕掛けようと考え、早めに寝ようとしていた。

 すると、俄かに船内が騒がしくなる。私の顔はすぐに晴れた。

 

 

「三郎……」

 

 

「もう待てん。魅摩姉、今夜は寝かさない」

 

 

「!?」

 

 

「さっさと越えるぞ。いざ、播磨灘」

 

 

 神経質にピリついた様子の三郎がにじり寄ってくる。このまま構えるのも良いかと思ったが、今度ばかりは待ち切れなかった。

 私の方から三郎の身体に飛び込む。ここまで来れば、やることは決まっている。それからずっと、船団を風が後押しし続けた。

 翌二十四日夜、本隊の船団が大蔵谷の奥に錨を下ろすと同時に、先鋒・細川軍の四国船団が須磨や明石の沖に停泊した他、直義様の率いる陸軍が一ノ谷から印南野にかけて駐屯しようとしていた。

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