崇永記   作:三寸法師

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▲6

〜1〜

 

 

 西国を掌握した足利軍の東征開始を知り、播磨国周辺からの撤退を直ぐに決断した新田軍は二日間、加古川西岸に駐屯し続ける。

 美作国へ進出していた部隊など山陽地域に取り残されていた友軍を待っていたのだ。しかし、実際には合流する兵たちよりも足利軍の勢いに恐れ慄いて逃走する者たちの方が遥かに多かった。

 

 

「殿。もう十分です。時節柄、ずっと五月雨が降り頻り、川の水嵩は増す一方です。敵の陸軍も間も無く此方へ押し寄せましょうぞ。せめて殿と主力の方々だけでも船を使って川を御渡りください」

 

 

「陸路の敵軍を率いる将は直義だ。何を恐れることがある。たとえ渡河中に奴らが押し寄せて来ようと、負けはない。むしろ俺一人で勝てる。この俺が最後に川を渡ろう。聞け!馬筏を組むぞ!」

 

 

 勇敢なことでは天下無双の新田義貞はまず負傷者たちの渡河を優先するという男気を見せた。美作国や備前国に居た味方たちを接収した上、折よく一夜で勢いの収まった加古川を渡河したという。

 一方、備前国の三石城に到着した後も、一歩ずつ確実に陸路を進んでいた直義は自分たちだけで新田軍と干戈を交えずに済んだことに胸を撫で下ろしていた。水路を征く尊氏本隊に赤松円心らが合流した今、もし此処で下手に戦って負けようものなら、兄たちの立てている戦略が狂うことを冷徹な頭脳で理解していたのである。

 

 

「直義様。このまま加古川を渡りますか?」

 

 

「勿論だ、民部大輔(上杉憲顕)。決戦の場所は恐らく兵庫になる。後醍醐の帝は本拠地決戦を望むまい。今に楠木たちを京から派遣しよう」

 

 

 当の軍神・楠木正成はと言うと、招集された朝議の場において珍しく狼狽の色を露わにしていた。軍略を却下されたのである。

 帝自ら再び逃げて足利の大軍を京に誘い込んでから殲滅するという妙策であったが、以前より交わりのある公家の坊門清忠から帝の威信や民たちを理由に「企画が弱い」とまで言い放たれたのだ。

 いや、理由はそれだけに留まらない。誰よりもまず、清忠の意見に賛同した後醍醐帝の心意気を重視する態度に愕然としていた。

 

 

「帝、ご再考を!戦力差を考えれば、この策しか」

 

 

「楠木よ。逃げぬという誇りと覚悟が人を強くする。汝も堂々と京の外で尊氏を討て!鎌倉幕府(北条政権)の連合軍や尾張(斯波)高経軍をはじめ数多の強敵たちを撃破し続けてきた(軍神)なら必ず成し遂げられよう」

 

 

(……御言葉ながら、帝は弱くなられました)

 

 

 初めて会った頃の身軽で最も輝きを放っていた勇姿から変わり果てた後醍醐帝の誇りや意地に囚われる姿勢に寂寥感を覚えた正成は最後の進言を残し、勝ち目の薄い合戦に赴くべく京を去った。

 摂津国櫻井宿での多聞丸並びに次郎という息子たちとの別れ際、当人たちたっての希望で正行(まさつら)、正時という諱名を与え、思い残すことはないとばかりに兵庫に向かい、当地で新田軍と合流した。

 

 

「新田殿。拙者の策は採択されませなんだ。坊門卿曰く、今春の大勝利は軍略ではなく、聖運の天によるものであり、まして今の尊氏が率いる九州勢は坂東武者の強さに遠く及ばないのだから、拙者の言うように再度逃げるまでもなく、容易く勝てるそうにござる」

 

 

「まことに坊門卿が左様なことを申されたのか」

 

 

「ええ。言われた時は拙者も()()()()し申した」

 

 

 後世、特に戦前で、坊門清忠の逸話は差し迫った局面で文民が軍事に口を挟んで水を差した悪しき前例として取り沙汰される。

 古典『太平記』には体面だけでなく、「聖運の天」、言い換えれば帝のフォーチュンという精神論によって、楠木正成の意見に反駁する坊門清忠とそれに賛同する後醍醐天皇の姿が描かれている。

 

 

「楠木殿。俺はこの一戦、非常に嬉しく思っているぞ」

 

 

「と申されますと?」

 

 

「去年から民たちの間で新田義貞という武将に勝ち戦より負け戦の印象が根深く植え付けられている。今回、足利兄弟と一戦もせずに京へ逃げ戻っていたなら、また不甲斐なく思われるところだった。結果は然程問題ではない。この一戦で俺は勇気を取り戻したい」

 

 

「……ぷっ」

 

 

 不器用にも正成を励まそうとしているのだろうか。意外にも人目を気にするような闘将・新田義貞の言葉に、正成は吹き出した。

 笑われたことに目を丸くする義貞に対し、感謝の言葉を述べる。

 

 

「忝い。新田殿のお言葉で拙者の気も晴れた。新田殿、戦局次第で進むか退くか適切に見極める貴殿は誰が何と申そうと、紛れもない良将にござる。拙者が保証しましょう。『暴虎憑河して、死すれども侮なからん者には与せじ』という言葉をご存知でござるか?」

 

 

「……いや、知らぬ。誰の言葉だ?」

 

 

「孔子にござるよ。孔子が弟子の子路に与えた戒めにござる」

 

 

 謂わゆる暴虎憑河、すなわち、暴れている虎と素手で戦ったり流れの激しい河を歩いて渡ったりするような危険行為を冒した上で、死んだとしても後悔しないような無鉄砲な人間とは一緒に()()を成し得ないという格言である。決して新田義貞のことではない。

 軍神は知っているのだ。同じく英雄と謳われる武将の新田義貞が単なる向こう見ずではなく、引き際を心得た人間であることを。

 

 

「最後の得宗・北条高時の猛威を一瞬で打ち砕き、今春に足利尊氏を九州へ追いやったのは聖運のお陰でも何でもない。新田殿のお働きによるものでござる。貴殿の戦い方は誰かに非難されるようなものではござらぬよ。此度の決断も全てが適当なものにござった」

 

 

「……楠木殿」

 

 

 古典『太平記』が記すところによれば、湊川合戦の前夜、楠木正成と新田義貞の両雄は酒を酌み交わしながら語り合ったと言う。

 新田義貞の顔色はすこぶる良く、とても『梅松論』が記したような軍神の狂策があったとは思えない、そんな清々しさであった。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 宮方において正成や義貞が死力を尽くすべき決戦に向けて気持ちを新たにしていた一方、武家方においては水陸の足利兄弟が幾度も使者を往復させて連携を密にし、用いる戦略を決定していた。

 軍議が終わると、参謀役として足利軍の方針の策定に携わった腹黒坊主の道誉は本家の佐々木六角家のための屋形船を訪れた。

 

 

「道誉殿。よくぞ参られた」

 

 

「宗家。明日の決戦の筋書きについてお伝えに上がり申した」

 

 

「感謝する。さぁ、此方へ」

 

 

 本家当主(佐々木六角千寿丸)による分家当主(佐々木京極道誉)のための饗応が粛々と執行される。

 傍らで六角家の重臣たちが胡散臭そうに自分たち本家の人間をも凌ぐ有力者の道誉を見詰める中、当の本人は余裕綽々であった。

 

 

「まず、手始めに敵の布陣からお伝えを」

 

 

「……是非伺いたい」

 

 

(この反応……千寿丸殿は上手く隠そうとしておられるが、前もって知っているご様子だ。だが、拙僧が見抜いたことを悟らせることもあるまい。徒らに簡略化せず、素知らぬ顔で予定通り話そう)

 

 

 数日前、二万騎弱の兵たちと共に兵庫に到着した新田軍は京からの増援によって幾らか兵力を補充した。とはいえ、五十万騎もの大軍勢を自負する足利軍に遠く及ばず、精々が三万と少しである。

 まず、七百騎という寡兵のみの楠木軍が湊川宿の西部に布陣し、次に新田家の当主実弟、脇屋義助が五千騎を率いて経島へ。

 そして、正月に北畠顕家に従って上洛し、弟の幸氏を佐々木城で失った大舘氏明が三千騎と共に打炉堂の南岸に布陣する構えだ。

 

 

「大舘氏明……顕家軍に参加していた時は其れ程目立った戦功が無かった筈ですが、本来の主人の元に到着してからはメキメキ頭角を表している様子。特筆すべきは三月四日に播磨国の朝日山で赤松軍の先鋒を撃破したことでしょうか。ひょっとすると、あれは範資殿(円心の長男)がわざと負けたのやもしれませぬが、実力は本物のようです」

 

 

「宗家の仰る通り、新田義貞の義理の甥の氏明は確かな実力の持ち主のようです。顕家軍では本来の実力を隠していたのやもしれませぬなァ。所詮、新田義貞軍と北畠顕家軍は()()なのですから」

 

 

(この言い方……足利軍の譜代と外様にも同じことが言えると示唆しているのか?もしくは京極家がまだ底力を出していないとも)

 

 

 同じ宮方であるとはいえ、新田と北畠が必ずしも一枚岩ではないのではないかという見方は去る三井寺合戦の直後に新田軍単独で京の足利本軍を狙った強攻を根拠として、根強く存在している。

 しかし、一枚岩ではない勢力というのは何も後醍醐方に限った話ではない筈だ。足利方でも様々な勢力の思惑が交錯している。

 宗家当主の千寿丸は分家の腹黒坊主が秘めているであろう考えが気になったが、今は何より敵の陣容を把握することが先決だ。

 

 

「して、肝心の義貞は?数は多くて二万五千騎程度でしょうか」

 

 

「はい。丁度、東の脇屋軍と西の大舘軍の中間地点にある和田岬に本陣を置くそうです。総じてどの軍も湊川の西岸に居るようで」

 

 

「……こうなると西からしか陸軍は攻め込めません。南の岸から海軍が上陸しようとすれば、大舘軍や敵本軍(義貞軍)に狙われ、北西の山々から攻め込もうにも、楠木軍が何を仕掛けて来るか不明。東南の海岸は脇屋軍がガッチリ固めている。攻め口を限定して来た訳ですか」

 

 

「概ね宗家のご賢察通りかと。周辺地理をよく勉強されているようですなァ。この分であれば、近江国以外の戦も万全でしょう」

 

 

(こんの腹黒坊主っ!京都人かっつの!今の俺が言えた口ではないけどさ!京都守護みたいな役目があるなら、やりたい位だし)

 

 

 どこか皮肉の滲み出た道誉の言い分に千寿丸は内心、憤慨した。

 しかし、それを表に出す訳にはいかない。本来、戦を目前にして無闇に()()を荒立てるのは厳禁なのである。結果、千寿丸は何ら動じていない演技をせざるを得ず、道誉の言葉を一刀両断した。

 

 

「無駄な称揚は結構です。それより、尊氏様が既に良策をお持ちでしょう?何せ傍らに師直殿、円心殿、そして道誉殿らがおられるのですから、敵の方略を見破るどころか、対策も完璧な筈です」

 

 

「お褒めの言葉、痛み入ります。それでは、お話し致しましょう。明日二十五日に新田・楠木連合軍を打ち負かす我らが結論を」

 

 

「!」

 

 

 自信の漲る稀代の策略家の言葉で、千寿丸はゴクリを息を呑む。

 軍神や闘将を敵に回しながら、兵力で大きく勝る足利方の優勢は変わらない。全体的な将の質量さえ、まるで見劣りしないのだ。

 時代の一大決戦、湊川の戦いの幕開けはもう間も無くである。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 五月二十五日の朝。遂に足利軍が和田岬を中心に布陣する宮方の前に姿を現した。まず初めは細川一族の率いる四国水軍だ。知力面で前漢の張良と比較される定禅や二月に豊島河原で負傷した頼春らの働きで、四国は依然として足利方の支配するところであった。

 自軍の陣営を弟の正季に任せ、新田義貞と並ぶ形で敵を観察する楠木正成は荘厳さを極める敵の水軍の様子に舌を巻いていた。

 

 

「何という足利の大船団。十万騎は居るか」

 

 

「何を恐れる。楠木殿」

 

 

 しかし、義貞の落ち着きぶりに反し、目視可能な足利方の水軍は依然その数を増していた。推し並べて十里以上になろうかという長さを成す足利水軍はそれこそ魏軍と呉軍の赤壁大戦や元軍が宋軍を滅ぼした黄河決戦を官軍諸兵に想起させる程であったという。

 また、敵軍は海上に限らない。何百もの諸家の旗を山颪に靡かせる直義軍もまた、兵を三手に分け、須磨方面から進撃していた。

 こうした当初の見込みを上回る数を誇る足利軍の前に、官軍は意気消沈するかと思いきや、義貞の顔には尚も自信が溢れていた。

 

 

「我らには帝がついているんだぞ。先の戦同様、朝敵だと思い知らせれば、足利の士気はガタ落ちだ!錦の御旗を掲げろ!帝から頂いた官軍の証だ!」

 

 

「へーえ」

 

 

「で?」

 

 

 今更、宮方の掲げる錦の御旗に動じる足利軍ではない。持明院統のお墨付きを得ることで、逆賊の汚名を返上していたのである。

 実際、この戦で足利軍が皇室の守り神という性質を持つ天照大神や八幡大菩薩の名前を併記する旗を掲げていたことが『梅松論』に記されている。道誉や円心たちだけでなく、尊氏もこれで後ろ指を刺されることもあるまいとばかりに歓喜の色を露わにしていた。

 また、六角家当主の千寿丸もかねてよりの両統迭立の弊害が現出する正真正銘の南北朝時代の到来を実感し、口角を上げていた。

 

 

「さぁ、楽しい南北朝の時代だ。本当は戦国乱世で思う存分暴れてみたかったが、この時代も悪くあるまい。むしろ尊氏様と巡り逢えたことに感謝せねばな。ああ、今まで生きてて良かった!」

 

 

「南北朝?戦国?三郎、また何時もの大陸贔屓かい?」

 

 

「……贔屓はしてない。漢籍をよく読む程度だ」

 

 

(やっべ。興奮の余り、口が滑った。そりゃ南北朝時代とか戦国時代とかってこの時代の人間が聞いたら、中国史(向こさん)の話だと思うわ)

 

 

 果たしてこの時分、正しく予感できている者がどれだけ居たであろうか。持明院統の北朝と大覚寺統の南朝で半世紀以上も分裂し続けるということを。壬申の乱の大海人皇子(天武帝)大友皇子(弘文帝)あるいは源平合戦における後鳥羽帝と安徳帝のように早々にどちらかが現世から退場するのではないかと安易に考えていやしなかっただろうか。

 何はともあれ、開戦前の両軍が史上稀に見るほど激しく、如何にも天を崩し、大地を切り裂くような鬨の声を浴びせ合う状況下で、興奮を覚えずに居られないのが千寿丸という武将の性質だった。

 

 

「注進、注進!六角様、尊氏様がお呼びにござる!」

 

 

「ほう!」

 

 

「急がれませ。御一門の顕信(筑前守)殿と共に参られたしとの御命です」

 

 

「筑前守を?弓矢で何かしようというお心積りか?」

 

 

 湊川合戦の幕開けに際し、佐々木一族の筑前守顕信と宮方に属す本間資氏という武士たちが辺り一体を賑わせたとされている。

 急ぎ西国出身で一族きっての弓上手を伴って、尊氏の御座船に参上した千寿丸は目を丸くした。世にも珍しく魚を咥えたまま片翼を失った鶚という鳥が船の屋形の上に転がっていたのである。

 

 

「尊氏様。これは一体……?」

 

 

「敵の一人がな。波打ち際の方を見てみよ」

 

 

「おい、どうした!?折角、敵総大将の屋形船に矢を命中させたと申すに、誰か矢を射返してくれぬのか!?お前たちの船に居る鞆や尾道から連れ出した女たちを楽しませようと思わぬのか!?」

 

 

(あの黄瓦毛の馬に乗る紅裾濃の鎧の武士が射たのか?どれだけの距離がある?貞宗や顕家ですら、当てられるか怪しい程に遠いというのに、何たる凄腕。まだ斯様な武士が当世に居たとはな)

 

 

 差し詰め『平家物語』にある那須与一の逸話に準えているのだろうと見当をつけた千寿丸に任されたのは一族の武士の説得だ。

 古典『太平記』には数多くの坂東武者たちを差し置き、佐々木筑前守を推薦する高師直の言葉が綴られている。再三辞退せんとする筑前守顕信だったが、上役の説得に根負けし、遂に矢を構えた。

 

 

(西国一の弓使いよ。佐々木の武名を示してくれ)

 

 

「……」

 

 

 しかし、筑前守顕信の矢がこの時披露されることは無かった。

 原因は細川軍にあった。誰の命を受けるでもなく、僭越にも勝手に自分の弓術を披露しようと試みた無礼者の出現を許したのだ。

 体裁の悪いことに、その「推参の者(出しゃばり者)」は放った鏑矢を見事に外した上に、恥ずかしさを紛らわそうと勝手に手勢二百騎と共に上陸して案の定、待ち構えた脇屋勢に包囲殲滅させられたのである。

 これで面目を潰された筑前守顕信以上に怒りを露わにしたのが、佐々木氏惣領の千寿丸や推薦人の足利家執事・高師直であった。

 

 

(ちゃんと監督しろや!豚カツ野郎!)

 

 

(あのブタがあああ……!!)

 

 

「た、尊氏殿。逸らず当初の方略通り動くよう細川軍に通達を」

 

 

「う、うむ。そうだな。重茂、使者の役目を頼む」

 

 

「は!大至急参ります」

 

 

 怒りに震える二人の武将の圧に押されたのか、細川水軍は急いで東へ向かい、神戸の浜から上陸した。詰まるところ、囮である。

 道誉たちの目論見通り、京への退路の封鎖を恐れた新田軍が東の脇屋軍や西の大舘軍も含め、生田森方面へ大挙した。これによって孤立したのが楠木軍だ。宮方は尊氏の掌の上で踊らされていた。

 

 

「二人とも、見てみろ。西から攻める直義軍ともぬけの殻になった和田岬から上陸した尊氏軍(御味方)に挟まれ、あの軍神が孤立無援だ!」

 

 

「尊氏様たちの手に掛かれば、こんなものでしょ」

 

 

「それにしても、意外とすんなり立ち直ったね」

 

 

「当然さ!こんな凄い戦!敵方の新手(熊野水軍)への警戒で、佐々木軍ごと船での居残りを命じられたとはいえ、見物できるだけでも凄まじく贅沢なことだ!当面参戦できそうにないのが至極残念だがな!」

 

 

「高みの見物の方が贅沢だけどな」

 

 

「でも、確かに凄いよ。この戦」

 

 

 夏休みを迎えた子どものように千寿丸がはしゃぐ一方、魅摩と亜也子は落ち着き払った様子で、船上から戦況を見つめていた。

 尤も、窮地の楠木兄弟は全くもってそれどころではない。

 

 

「あー、もう!新田のアホのせいで、見え見えの分断策に!」

 

 

「あれでこそ新田殿だ。弟よ。織り込み済みだ」

 

 

(策を破り得る佐々木軍は来ない。六波羅北条軍の戦法を知っている彼らさえ居なければ、問題なく結界を張れる。足利兄弟、やはり暴虎馮河で幼稚な千寿丸を、ここ一番で用いはしなかったか)

 

 

 追い込まれた楠木軍七百騎に対し、少弐や土岐ら幾人もの名将たちを従える足利兄弟の軍勢は水陸足し合わせて百倍を下らない。

 しかし、正成はこの窮地にありながら、不敵の笑みを浮かべる。転んでもただで起きるつもりは無い。軍神最後の輝きが始まる。

 

 

「突撃!狙いは直義だ!」

 

 

「何ぃ!?」

 

 

 計算違いの突発的な正成の敢行に、師泰が叫び声を上げる。

 湊川合戦において直義を狙った正成はおよそ三刻、総じて十六回もの突撃を仕掛ける。弟の窮地で、尊氏の額に汗が浮かんだ。

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