崇永記   作:三寸法師

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◆2

〜1〜

 

 

 かねてよりの遺恨に加え、正月の合戦で散々な目に遭ったことで更なる復讐心に駆られたのか、三井寺の法師たちは松明を用意しているらしい。師久たちの焼き討ちを支援しようというのだ。

 とはいえ、知勇兼備の師冬が加わり、地方からの援軍のために寄せ手の攻め気こそ復活したものの、戦局は好転していなかった。

 

 

「師冬とはこれまで何度も食事を共にし、その非凡さはよく知っているつもりだ。だが、実際に師冬が兵を指揮しているところを見た覚えがない。亜也子、この際だ。お前の所見を聞いてみたい」

 

 

「……私の考えが役に立つのかな」

 

 

「役に立つか否かは俺が判断する。かつての戦友なら、戦仲間としての良し悪しがある程度判断し易い筈だ。師冬は亡き諏訪頼重や我が弓術の師匠の小笠原殿と比べ、将として如何程だろうか?」

 

 

「うーん……どうだろう。頼重公や貞宗に比べると、数段落ちるような気がする。そりゃあ腕は立つし、頭も良いよ?何でも人に教えられるから、党でも頼りにされてた。ただ、人を死地に駆り立てるような何かがあるかって言うと、違うと思う。その点で言うなら、殿様とか……根津弧次郎とかの方が優れてるんじゃないかな」

 

 

「そうか……参考になる。これで今後の見通しもより立ち易くなるだろう。確か、師冬は軍師を任されていたんだったな。となると、将というより……いや、そもそも軍師と一口に言っても、軍師の型は複数存在する。師冬の場合、後方支援型より純粋な参謀型か」

 

 

 西坂本の軍勢に加わった師冬が請け負う仕事となると、何があるだろうか。ここまで意気込みの割に今一つ攻め切れていない師久であるが、師直の末弟として足利学校で教わるような兵法の数々は当然把握しているだろう。また、指揮能力も相当高いと聞いている。

 だが、幾ら師久が良将でも、加勢した師冬は軍忠状の事務手続きや糧秣の手配などで収まるような器ではない。きっと策略面の手直しに加わり、現状打破を目指した筈だ。だが、結果が伴わない。

 相手が悪いのかと俺が首を傾げていると、亜也子が友軍で出世している元同僚のことを考えていたのか、遠い目をして呟いた。

 

 

「色々あるんだね。軍師にも」

 

 

「ああ。例えば、佐々木一族内でも一般に軍師と呼ばれるような仕事を請け負っている者は複数居る。どちらかと言えば後方支援型で近江国守護代の馬淵義綱、戦術や戦略に詳しい知将で京極一族の黒田宗満、そして群を抜く謀略面の実力で足利軍の中枢に入り込み、惣領の俺を除けば、間違いなく断トツの有力者と言える京極道誉といったところだ……改めて考えると、粒揃いだな。俺の一族」

 

 

「自画自賛?」

 

 

「……自画自賛か。どうだろうな」

 

 

 今、亜也子に挙げた三人の内、二人が京極一族の人間であることを踏まえると、自画自賛というのは少し違うような気がした。

 仮にも分家とはいえ、京極家に関しては「自分のところ」と心から呼べる訳ではない。京極家の郎党たちは良いが、当主の道誉が力を増す分、我ら本家にとっての懸念材料となってしまっている。

 一応、黒田宗満は出身の京極家に対する帰属意識が佐々木一族へのそれに比べて、あまり感じられないが、京極家の親玉となっている道誉は違う。幾ら娘を俺に遣る気でも、腹黒が過ぎる。むしろ魅摩を惣領家当主の婚約者に据えようと強引に働き掛けたからこそ、身内だと感じられなくなっているというのが偽らざる本音だ。

 

 

「殿」

 

 

「重頼か。どうした?」

 

 

 最側近の青地重頼が乳兄弟にして主君の俺に声を掛けてくる。

 どこか表情が硬いと思って訳を聞くと、やはりと思った。

 

 

「秀綱殿が参られただと?噂をすれば影か。来たのは長男だが」

 

 

「秀綱様って魅摩の兄君の?」

 

 

「左様。父親に比べて忠実な男であることに間違いないとはいえ、それ以上に凶暴性を秘めている婆娑羅者だ。調子に乗ると何をしでかすか知れたものではないから、対応する際は父親と異なる方向性で注意が欠かせない……だが、来た者は仕方がないな。通せ」

 

 

「は」

 

 

 果たして京極家の次期当主が何用だと構える。しかし、魅摩の長兄の秀綱が口にしたのは思いも寄らない「お誘い」であった。

 居合わせた亜也子や重頼もまさしく半信半疑で眉を顰めている。

 

 

「秀綱殿。正気か?」

 

 

「はい。高兄弟と我が父の呑みに、宗家も参られたしと」

 

 

「……まさか四人きりで?」

 

 

「はい。私の知る限りでは。勿論、呑みと申せど、禁酒の誓いを立てられている宗家のため、上質な茶が用意されてございます」

 

 

「さりとて、大規模な宴はこれまでに何度もあったが、そのように小規模なものとなると尊氏様抜きでは珍しい。何かあるのか?」

 

 

「はて。ただ、師直様は宗家のお好きな品々を揃えていると」

 

 

「……お招き、謹んでお受けしよう」

 

 

 ここまで丁重に招かれると、他の三人の性質もあって気味が悪くて仕方ないが、断るのもそれはそれで面倒で、何より角が立つ。

 尊氏様がお見えにならないのが不満だが、行くしかない。

 郎党二人が不安を覚える一方、秀綱は俺に深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 本陣脇にある小さな堂に、高兄弟と佐々木氏両名が顔を揃えた。

 俺を除く三人なら気が合いそうだからまだしも、わざわざ元服前の六角家当主を誘って何をするつもりであるのか。宴なら必ず師直が場に添えるような女たちが居ないことも含め、実に不気味だ。

 しかし、料理はちゃんと美味しい。俺は思わず舌鼓を打った。

 

 

「食事はお気に召して頂けたかな?千寿丸殿」

 

 

「それはもう。いつも以上に頬が落ちるような心地です」

 

 

 特に良いのが鯉のあらいである。通常なら寄生虫のリスクから食べたくないが、師直のような料理の凄腕なら恐れることは無い。

 しかし、満喫しようとしていた俺を現実に引き戻した者が居る。

 師直の弟の師泰である。正月十六日の合戦で、非常時故と危うく彼の指揮下に組み込まれそうになったことが思い出された。

 

 

「そういや千寿丸。お前、師冬と相当宜しくやってるらしいな?」

 

 

「ええ。最近よく言われます」

 

 

 湊川合戦の最終盤、何を思ったのか正成の説得を望んだ尊氏様に使者として指名された俺が数多くの武将たちから師冬を護衛を兼ねて選んで行ったことで、俺と師冬の関係を面白おかしく言う者が多いらしい。あまり気に留めていないが、若い者同士で何とかと。

 ただ、それ以上に多いのが師冬が持つ能力への注目である。

 合理主義者の師直が投降直後に猶子に取り立てる位なのだから、元から認められていたのだろうが、評判となって現れた形だ。

 しかし、硬い防御が相手なのだから、やむを得ない面が大いにあるのだろうが、師冬が対延暦寺の前線に投入されても、一気に戦局が変化したというようなことはない。これでは元の木阿弥だ。

 

 

「もしや師冬殿、西坂本で何か不手際を?」

 

 

「いや。本人は精力的に働いているらしい。なぁ、兄者?」

 

 

「ああ。十万騎という大軍だからこそ生じる皺寄せが師冬の加入で一気に解決したと我が一族の南宗継が証言している。立案した策も聞く限り筋は悪くない。師久と上手く補完し合っているようだ」

 

 

 今なお高兄弟の師冬への心象は存外、良好な様子である。

 恐らく師久と師冬という足利家執事の猶子同士で切磋琢磨させ、次世代の将軍を補佐する後継者を見定めるつもりなのだろう。

 どうせ観応の擾乱で、そうした展望も御破算になるのだろうが。

 

 

「しかし、解せません。お話を聞く限り、その内勝てそうな気が致しますが、どうやら皆々方はそう考えておられない様子です」

 

 

「宗家。残念なことに今回の戦、御味方は悉く尽きを欠き、勝ち切れておりません。師冬殿も例に漏れず、不運に見舞われました」

 

 

「不運?確か高経殿が早朝の急襲を試みるも、突然の朝霧のせいで目論見が外れ、延暦寺に睨みを効かせるための横川攻撃という次善策に移行したと聞きますが……まさか師冬殿も不運のせいで?」

 

 

「ええ。内通者によって攻略する策を試したそうですが」

 

 

「頼みとした内通者の一人、今木澄賢という坊主がとんでもない間抜けだった。本来、比叡山の地勢を知り尽くしている筈のヤツがよりにもよって夜襲の助けをしようとした晩、前後不覚になって道に迷った挙句、朝になって宇都宮軍に捕縛され、そのまま斬首されたそうだ。このために師冬たちは未だ延暦寺を攻略できていない」

 

 

「何と……」

 

 

 後に日の目を見る『太平記』では、建武三年六月の比叡山周辺で勃発した足利軍と後醍醐軍の攻防戦において事ある毎に後者に有利なミラクルが起こったことが執拗なまでに記されることになる。

 突然の霧や内通者を襲った眩暈の他にも、八王子権現を名乗る霊的存在に憑かれた童の未来予知が実しやかに噂されたのである。

 

 

「嘆かわしいことです。尊氏様の軍勢が斯くも不運続きとあっては士気が弱まり、敵の勢いを助長させることにもなりかねません」

 

 

「左様。そこが問題なのでございますよ。宗家」

 

 

「千寿丸殿の申されるように、このままでは鎌倉殿の威信に傷を付けかねない。師冬の派遣に続く更なる一手が我々に必要なのだ」

 

 

「まさか……」

 

 

 ここまで言われれば、誰しもが勘付くというものであろう。

 わざわざ婆娑羅者三人の集まりに俺を呼んだのには相当の訳が存在したのである。そして、俺の予想は奇しくも的中していた。

 

 

「喜べよ、千寿丸。やっとお前の出番だぜ」

 

 

「無論、昨日の今日で西坂本に再び増援部隊を送れば、それこそ要らぬ混乱を招くことになり、墓穴を掘る結果に終わりかねん」

 

 

「また、高経殿は不運に見舞われながらも、よく冷静に対処しておられる。奥州総大将を務めるご長男への信頼故か、早期決着への熱意が薄いのが玉に瑕だが、宗家が助けに行かれる程ではない」

 

 

「御三方。なれば、残るは」

 

 

 今回の比叡山攻めに際し、足利軍は三つの寄せ手を構成した。

 一つが西から攻める師久軍十万騎であり、もう一つが北から攻める高経軍八万騎である。そして、今問題となるのが最後の一つ。

 

 

「そうだ。渋川、吉良、石塔、畠山の連合軍五万騎だ」

 

 

「だが、殆どが中途半端な武力の寄せ集めよ。足利の名門一族ばかりを揃えたが、庇番の頃と殆ど何も変わっちゃいねぇ。畠山だって新田四天王の篠塚にやられっぱなしだ。中務大輔(石塔頼房)位か?例外は」

 

 

「宗家。彼ら足利一族の連合軍は西近江から比叡山攻略を目指しておりますが、今回の新田・名和連合軍との戦、惜しいところの一つすらございません。そこで、宗家に現地へ足をお運び頂きたく」

 

 

「足を運ぶ……?本当にそれだけですか?」

 

 

「無論、ただ単に行けと言っているのでは無い。面倒だ。単刀直入に言おう。佐々木六角、近江国守護のお前が彼ら足利の恥晒しどもを率いて戦え。近江国の戦なら、彼らも守護のお前に従う筈だ」

 

 

「はぁ」

 

 

 唐突な話というより、今更な話に俺は拍子抜けする。

 予想と違って、あまり驚かない俺を不審に思ったのだろう。

 肘枕をする師泰が半笑いで冗談めかすように突っ込んだ。

 

 

「おいおい。何だ、その気の抜けた返事は?嬉しく無いのか?」

 

 

「師泰殿、決してそうでは無いのですが……一つ懸念が」

 

 

「懸念?千寿丸、今更日和るヤツがあるかよ」

 

 

「……千寿丸殿。懸念の訳は渋川家だな?」

 

 

 武勇ならいざ知らず、知力では師直は師泰に大きく勝る。

 弟が心構えを説くのに比べ、兄は端的に俺の不安を指摘した。

 

 

「はい……此度の大手軍の大将は渋川家の御大が務めておられると伺っております。渋川家と言えば、義詮様の婚約者の実家にございますれば、要らぬ不和が生じることになりはしないかと思い」

 

 

「お二方、我が宗家は義詮様を随分買っておられるそうで」

 

 

「ほう。そうなのか?取り立てて言う程の面識は無い筈だが」

 

 

「幼名が被ってるからだろ。"千寿"だからなぁ?」

 

 

 揶揄うような師泰の口調に取り合ってはいけない。

 俺はあくまで平静の構えを崩さないよう心掛けた。

 

 

「恐れ多いことにございます。私はただの千寿丸。一方、義詮様の幼名は千寿王と申されました。両者には雲泥の差がございます」

 

 

「けっ。チンケな配慮をしやがる」

 

 

「……尊氏様の御嫡男への配慮は尤もだ。しかし、我々としても渋川家に喧嘩を吹っ掛けるつもりはない。むしろ今後、高一族と渋川家は血縁関係を結ぶことで、連帯を図りたいとすら思っている」

 

 

「なれば」

 

 

「だが、戦は戦。貴殿には湊川の戦で発揮した機転、船坂峠で敗走中の脇屋軍に与えた大打撃と戦功があり、そもそも近江国での戦いとあらば、佐々木が仕切るのが筋だ。ご存知か?千寿丸殿。当初、尊氏様は大手軍大将に貴殿を据えるお考えだったが、待ったを掛けた愚か者がいる。其奴は戦が弱い癖して、口出ししおったのだ」

 

 

「……師直殿。まさか」

 

 

 寝耳に水な話を疑問に思うこともなく、俺は身体を震わせる。

 脳裏を過ったのは湊川合戦で楠木軍に狙われ、あわや軍神考案の偽京の計とやらに尊氏様の命を刈らせるところだった弱将だ。

 

 

「そのまさかだ、千寿丸殿」

 

 

「宗家。本来、近江国守護の宗家が預かるべき比叡山攻めの大手軍の大将という大役を御舎弟殿は不当に奪ったのです。年齢と足利の血筋でないことを挙げ、ご自分の奥方の実家に挿げ替えさせた」

 

 

「公正が聞いて呆れるぜ。尊氏様はお前に加冠の約束をしたことを引き合いに出したり、猶子にして更なる箔を付けることも厭わないとまで仰ったりしたが、強情な弟は耳も貸さず突っぱねた。自分は元服前の斯波を重用して時行軍に連敗したのを棚に上げてだ」

 

 

「あんの劣化泰時!尊氏様のご厚意を……!」

 

 

 三人の婆娑羅大名に話を吹き込まれ、俺の我慢は限界だった。

 様子を見兼ねたのか、幼齢の俺の周囲を三人が固め始める。

 

 

「だが、結果はこの様だ。近江国の地勢に疎い渋川たちは脇屋の計略にまんまと出し抜かれ、大敗を喫した。これでは何のための起用か知れたものではない。俺でも千寿丸殿を迷わず使うだろうに」

 

 

「最初から宗家を大手軍の大将に起用していれば、このような残念な結果にはならなかったでしょうなァ。新田義貞も比叡山へ援護に回る余裕を得られず、師久殿の最初の攻撃はあっさり成功していた筈です。今頃、比叡山は灰の山となり、全て丸く収まっていたに違いありません。弟のせいで源氏の天下到来は大幅に遅延している」

 

 

「だが、機が巡ってきたぜ。今なら大将を変えられる。兄者が口利きすれば、尊氏様はもう一度その気になってくださるだろう。兄者は合理主義者だ。ガキのお前でも第一の功労者になれる筈さ」

 

 

 不思議と頭の中が揺れる感覚がして来た。もし師直の言う通りになるとすれば、大手軍の大将だけでない。加冠の儀によって生まれる縁だけでない尊氏様との繋がりを得られるかもしれないのだ。

 師直、師泰、道誉の三名が俺を三角状に取り囲んでいる。

 すぐ目の前に座った師直が、目と目を合わせて告げて来た。

 

 

「もう一度言う。六角、お前が大手軍の大将だ……やれるな?」

 

 

「……やります」

 

 

 

 

「俺がやります!尊氏様のご期待に応えて見せる!俺が五万騎の大手軍を率い、師久殿や師冬殿の十万騎、高経殿の八万騎の搦手軍と連携し、必ずや比叡山を火の海に沈めてご覧に入れましょう!」

 

 

 六月十九日、俺は婆娑羅武将たちを前に堂々と啖呵を切った。

 もう、なりふり構っていられない。俺が殊勲を立てるのだ。

 しかし、待っていた現実はまさに非なりであった。折角固めた決意はよりにもよって猿たちのせいで霧散させられることになる。

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