崇永記   作:三寸法師

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◆6

〜1〜

 

 

 一体何がどうなっているのか。湊川の戦いでは、楠木正成が偽京の計とやらを講じてまで尊氏様に一騎討ちを挑もうとし、今度の六月晦日合戦では、新田義貞が強引に包囲を突破してまで東寺の門前に迫り、身の程知らずにも尊氏様に一騎討ちを申し込んでいる。

 しかし、豈図らんや。尊氏様は総大将同士の一騎討ちに前向きのようだった。本来、義貞は分家の当主(足利の下っ端)も同然であるにも関わらず。

 

 

「兄上、あのような無謀の将に構うことはありません。矢で威嚇されたからと言って、兄上自ら付き合ってやる義理はない筈です」

 

 

「直義。試みに聞こう。今までの戦は誰を倒すためのものだ?」

 

 

「それは……後醍醐の帝を倒すためです。兄上の天下のために」

 

 

「違う」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 分身とまで言い切る程の偏寵を受けているらしい弟の返答を手短に一刀両断する兄の言葉を聞き、足利本陣に詰める皆が驚いた。

 では、何のための戦であったのか。場の注目を一身に浴びる尊氏様は何の躊躇も無く、思いも依らないことを平然と言い出した。

 

 

「これまでの合戦の数々はあくまで新田義貞を討って義憤を晴らすことのみが目的だった。畏れ多くも帝を滅ぼし申し上げようとして起こしたものではない。そもそも鎌倉を出陣して以来、我は左様な謀反心と無縁であった。だから、新田義貞をこの手で討ち果たし、主上をお迎え出来るとあらば、それは我が本意に違いないのだ」

 

 

「……兄上。本気で申されているのですか?」

 

 

 こればかりは直義と同意見だった。確かに昨年、中先代の乱が終わって以来、表向き尊氏様は建武政権ではなく、新田家との対立姿勢を示して逆賊という汚名を回避するよう動いていた節がある。

 しかし、今こうして持明院統を足利軍本営の東寺に迎えた以上、そうした配慮は無用の筈だ。何も遠慮することは無い筈なのだ。

 何故に至尊の君が極めて低俗な輩のために心を配ることがあるのだろうか。慈悲深い御心が裏目に出ているようにしか思えない。

 

 

「直義。お前は分かってくれないのか?」

 

 

「いえ……兄上が確かに心の底から思っておられることだと」

 

 

「赤松。武家の棟梁として敵の総大将からの一騎討ちの申し込みを無碍にする訳には行かぬ。ここは我に任せよ。異存ないな?」

 

 

「は。御武運を」

 

 

「お待ちください!」

 

 

 恐らく本陣に詰めた面々で最も戦上手な武将と言って良いであろう赤松円心から得た承諾が尊氏様の背中を押した時であった。

 足利兄弟にとって母方の従兄弟にあたる武将が声を張り上げた。

 その武将の一族は何故だか知らないが、揃いも揃って同じホモ属だとはとても思えない容姿をしている。ただし、知性は本物だ。

 

 

伊豆守(上杉重能)。如何した?」

 

 

「尊氏様、直言をお許しください。今の新田義貞が我らの本陣の前に踊り出ながら、追い詰められていることは古の項羽と同様でありましょう。軽々しく応じられては要らぬ危険を被りかねません」

 

 

「一騎討ちでも我は負けぬぞ。相手が新田義貞であろうとな」

 

 

「……恐れながら尊氏様(鎌倉殿)と新田義貞めの個の武の力量の問題ではございません。西楚の覇王(項羽)がどうして高祖(劉邦)に一騎討ちを申し込んだのかお考え頂ければ、手に取るようにお分かりのことと存じます」

 

 

 進言する重能の口振りから、俺は理解する。勿論、然程の親交のない俺に理解出来るのだから、従兄弟の尊氏様は尚更であった。

 想起すべきは広武山における項羽と劉邦の対峙だ。一騎討ちを申し込む項羽に対し、劉邦はお前の相手は罪人で事足りると取り合わなかったが、項羽は項羽で強かだった。射手を用意したのだ。

 

 

「つまり、新田軍が項羽に倣い、隙を見計らって矢を射ると?」

 

 

「左様でございます。先程の義貞の一騎討ちへの誘い文句には家臣の入れ知恵の跡が見て取れます。たとえ総大将(新田義貞)本人にその気が無いにしても、船田経政(長門守)のような周りの者たちが何を考えておるやら」

 

 

「……」

 

 

「尊氏様、重ねて申し上げます。新田義貞の自暴自棄に尊氏様が付き合ってやることはございません。どうかお聞き入れくだされ」

 

 

 ここまで言われれば、尊氏様も興が覚めたのだろうか。

 押し留めようとする重能の勧めに従い、床机に座り込んだ。

 

 

「しかし、あのまま放置するのもなぁ」

 

 

「新田め。相変わらず煩うございますな……うぉ!?」

 

 

 一向に取り合って貰えないことで癇癪を起こしたのか、新田軍は持明院統の皇居でもある東寺に向かって、矢を撃ち込んでいる。

 その威力は腹黒坊主の道誉も堪らず叫び声を上げる程だった。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 薄々こうなる予感はしていたと他人事のように感じる。現在の皇居でもある東寺の本陣を餌にする凄い贅沢……というより、私みたいな一介の便女にも博打だと分かる作戦を使ってしまったせいで、足利軍の本営は敵軍の矢の雨に見舞われる窮地に陥っている。

 不幸中の幸いなのは東寺を目指して北から攻めて来た敵軍が一万騎未満にまで数が減っているので、致命傷にはならなさそうなことだろうか。ただ、それにしては足利兄弟の陣営から、自分の一族郎党たちのところに戻って来た殿様は明らかにピリついていた。

 

 

「歯痒いなァ。このまま味方の援軍を待つしかないのか」

 

 

「つっても、今回の作戦の軌道上には違いないでしょ。尊氏様だって新田の一騎討ちの要求に応じないんだから、三郎もそれに従って大人しく味方の援軍を待っといた方が賢明なんじゃない?」

 

 

「んなこと分かってるんだよ、魅摩姉。だから歯痒いんだ。新田勢が東大門からも仕掛け始めた今、赤松勢の迎撃は期待出来んし」

 

 

「……はァ」

 

 

 戦に関しては素人同然の魅摩にすら呆れられている殿様は繊細という見立ての通り、味方が敵に圧倒されている状況は耐え難いものらしい。だから、籠城戦との相性はあまり良くないのだそうだ。

 殿様の真骨頂は野戦で電光石火の攻撃を繰り出すことにある。

 私にも分かるようになってきた。殿様は出撃したがってると。

 

 

「何なら、私が嵐でも吹かせて敵軍を脅そうか?惣領サマ?」

 

 

「やかま……いや、一考の余地は有りそうだが」

 

 

 考え込む素振りの殿様の視線が魅摩から本堂の方へと移る。

 多分、懸念材料があるんだろう。きっと持明院統の方々だ。

 

 

「皇族の前でお前が神力を使って差し支えないだろうか?」

 

 

「は?今更……ああ、そっか。私が使うと目を付けられるんじゃないかって不安なんだ。そりゃ、私も博打のタネが彼等にバレるのは面白くないけどさ。折角のカモが居なくなっちゃったらねぇ」

 

 

「……お前、まだ博打に興じるつもりなのか?」

 

 

 薄々分かっていたが、やはり殿様は魅摩が博打で神力を振り翳して人々から金を巻き上げていることを快く思っていないらしい。

 去年までは所詮分家の娘のやることだからと見過ごしていた面があったとしても、魅摩が天下に知られた名門一族の惣領家当主である殿様自身と婚約した今、事情が違って来るのかもしれない。

 

 

「命令さえあればね。もしあんたがこの先、何かヘマしたせいで、生活費に困るようなことになったら、私が賭場で稼いであげるよ」

 

 

「なんで俺がお前の手を煩わせてまで、飯を食わねばならんのだ」

 

 

「……なら、自分で何とかすることだね。その豊富な神力で」

 

 

「はン。やってやろうじゃないか!」

 

 

 割と殿様は感情的になり易い。その分、普段なら同世代では類を見ない鋭利な頭脳の割に、挑発に乗せられる可能性が高くなる。

 何年も前から付き合いのある魅摩からすれば、案の定とでも言いたいのだろう。殿様が何やらブツブツ呟きながら、両手を空に翳しても何も起こらない。強いて言えば、日が隠れて曇り空になった程度だった。ただ、これで新田軍が恐れ慄くとは私にも思えない。

 苦悶と羞恥の混ざった顔の殿様を魅摩は腹を抱えて笑い出した。

 

 

「ねぇ、絶対ここからどうしよって思ってるでしょ!?」

 

 

「……五月蝿い」

 

 

「大人しく私を使えって!変な意地張ってる場合か!」

 

 

「〜〜〜ッ!!亜也子!」

 

 

「え、私!?」

 

 

()()、やるぞ!弓を持て!鏑矢は此処にある」

 

 

 こうなったら見せ付けてやろうという気だろう。急な御指名に何時迄も慌てている場合じゃない。竹下の合戦で急に現れた尊氏が殿様に下賜した弓を構える。すかさず殿様が私の後ろに回った。

 私の構えに殿様の手が添えられれば、怖いもの無し。ただの矢だろうと、私たちの手に掛かれば、船を沈める一撃になってしまう。

 ここで使うんだという高揚感を胸に仕舞い、鏑矢を引き絞る。

 

 

待てや!

 

 

「「……何?」」

 

 

「こっちが"何"って言いたいわ!どうして二人で射る!?」

 

 

「この鏑矢の音で敵を威嚇する。序でに味方に援軍要請だ」

 

 

「だったら、一人で射れば良いだろうが!」

 

 

 尤もな言い分だったけれど、殿様は首を横に振った。

 二人で射てこそ意味があるのだと宥めるように言い放った。

 勿論、魅摩がこれですんなり引き下がる筈が無かった。私たちの周りに一族郎党たちの目がある手前、意地を見せたいのだろう。

 

 

「せめて密着するのを止めろ!私の目の前だぞ!端女風情が!」

 

 

「うわぁ。本性出てるなァ」

 

 

「殿様、流石にその揶揄いはあんまりだよ」

 

 

「そう?」

 

 

 真に迫った魅摩(婚約者)の抗議を茶化す殿様を取り敢えず嗜めておく。

 端女風情という言い方は引っ掛かるが、場をこれ以上荒立てるのはきっと私に不利だろう。幾ら六角家の御郎党方がいざという時に私の味方になるにしても、限界というものがあるかもしれない。

 

 

「魅摩。私と殿様が密着するのが嫌ならさ、魅摩が壁になってよ」

 

 

「何だ、その上から……チッ。背に腹は変えられないか」 

 

 

「ん?何、何?どういうこと?」

 

 

「三郎。少し間を空けて」

 

 

「は?」

 

 

 近付いてきた魅摩が殿様を押し除けた結果、私が弓を構えるすぐ後ろで二人が向き合う格好になっている。殿様は直視しなくても分かるほど困惑しているようだったが、すぐに気を取り直した。

 私の両腕に再び殿様の手が添えられる。発射準備は完了だ。

 

 

「射るぞ。三、二、一……い!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

 六月晦日、東寺の鎮守八幡宮から雷を纏った矢が放たれる。

 足利方の本軍を加護するかのような一射で、東寺の東大門をこじ開けようとしていた新田軍は戦慄し、人々が神の降臨を噂した。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 戦局は一変した。急に割り込んで来た魅摩が突如として俺の唇を塞いだままで、亜也子の手から放たれた矢が「一石」となった。

 今の新田義貞の相手は尊氏様ではない。五条において後醍醐軍の別働隊の二条軍との合戦を終えて駆け付けた土岐頼遠である。

 陣営の内で、鎮守八幡宮から五重塔へと移動した俺は天下最高峰の武の対決に鼻息を荒くしていた。後ろの道誉の姿は問題外だ。

 

 

「新田義貞と土岐頼遠……勝つのはどちらか。前々から興味がありました。今回の師直殿の策が成るかは土岐殿の腕次第でしょう」

 

 

「素の力では土岐殿に分が有りそうですが……見ものですなァ」

 

 

 現在の新田軍本隊の数はおよそ七千騎だ。他の部隊は足利方の各勢力に引き剥がされ、東寺からは万単位の軍勢が放つ矢があって、更に援軍(頼遠ら)が到着した今、さしもの義貞にも厳しい状況である。

 こうした中、個人の武で土岐頼遠が敵の総大将の新田義貞を倒すことが出来れば、足利軍の勝利は揺るぎないものになる筈だ。

 

 

「ああ、居ても立っても居られない!道誉殿、出撃します!」

 

 

「宗家。このままご覧にならなくても良いのですか?」

 

 

「何となく分かるのです。このままでは敵が包囲網を突破すると」

 

 

「ほう。先程の雷撃により、新田軍の士気は目に見えて低下している様子です。にも関わらず、お味方の鉄壁の包囲を破る力があると申されるか?それに、下手な開門は要らぬ窮地を招き得ますぞ」

 

 

「ならば、六角軍が出撃のために門を通過する間、京極軍が門の側に控えて、万が一にお備えを。これなら大事ないでしょう?」

 

 

「……は」

 

 

 五重塔からの観戦を止め、敵味方の入り混じる渦中に飛び込む。

 このことに躊躇いは全く無い。俺は南の門の前に配下を集めた。

 

 

「聞け!尊氏様の許可も貰った!最精鋭部隊を以て出撃だ!」

 

 

「「「応!!!」」」

 

 

 鼻息荒く、郎党たちと共に南の門からの出撃を開始する。

 東方向へ進み、敵の部隊と鉢合わせるも、怯むに及ばない。

 

 

「そら、退け!退け!六角軍が押し通る!」

 

 

「ぐァ!?」

 

 

「うォ!?」

 

 

「京は我らの庭も同然!雑魚どもはすっこんでな!」

 

 

 久々の実戦使用となる紅蓮槍を使うも、ブランクを感じない。

 逆にこの数ヶ月間の自身の成長ぶりが手に取るように分かった。

 いつか必ず幕府最強の武将になる。俺は改めて誓いを立てた。

 

 

「ん!?あれは……?」

 

 

「父上!其奴は危険です!直ぐお助けに参ります!」

 

 

「新田義顕、久し振りだな!」

 

 

 およそ正月合戦以来の対面となる新田義顕だが、今になって恐れる道理はない。馬綱すら風圧で断つ斬撃の対策は練っている。

 しかし、義顕は意外にも苦虫を噛み潰すような顔をした。

 

 

「六角……?今、お前の相手をしている暇は無い!」

 

 

「はン。土岐殿のためか?確か正月合戦でヤツはお前と船田義昌(先の新田家執事)の前に転がされていた筈だが、成る程。義貞単騎では危ないか」

 

 

「何を「若殿」……分かってるよ、畑」

 

 

 折角の挑発も義顕の隣の老臣のせいで無駄になる。いや、ただの老臣ではなかった。あの新田四天王の一人の畑時能であった。

 三石城に斯波(尾張)孫四郎と拠っていた際、畑の先遣隊が来ると知らされた時のことも、今となっては遠い昔のことのように思われた。

 

 

「お前ら、ソイツは適当に()なして。頃合い見て退却だから」

 

 

「「「は!」」」

 

 

「チッ」

 

 

 バカ殿こと新田義貞の子にも関わらず、意外とクレバーなのか、的確な指示を出す義顕の仕草に、俺は思わず舌打ちを溢した。

 しかし、今更一介の武者たちに止められる俺ではない。

 

 

「邪魔だァァァァ!」

 

 

「「「ぐああああ!」」」

 

 

 紅蓮槍で一薙するや否や、迫り来る敵兵たちを吹き飛ばす。

 この歳でのパワープレイに、周囲が大きく目を見開いた。

 

 

「殿様……凄い燃え上がってる」

 

 

「ああなった我が君は誰にも止められません。十年、二十年の後の日の本に、個の武で敵う武将が果たして現れるかどうか……」

 

 

「お前ら!主命である!我が意のままに突っ走れ!」

 

 

「「「御意!!!」」」

 

 

 現在、窮地にあるのは間違いなく新田軍である。六月三十日の合戦は途中までの新田軍有利から、確実に潮流が変化していた。

 足利方の各軍が敵勢に襲い掛かる中、六角家当主の俺は果たして誰を討ち取るべきか。敵方の武者たちを蹴散らしながら思案していると、視界の隅に見知った顔が現れた。俺の口角が鋭く上がる。

 

 

「名和長年……!」

 

 

「殿様、それって!」

 

 

「ああ、間違いなく大将首だ。それも敵方で五本の指に入る程の」

 

 

 あの先の戦で死に損なった弓の凄腕こそ、当世に生き残っている最後の三木一草だ。ヤツは総大将(尊氏様)を除く足利方で間違いなく最強と呼べる猛将に狙いを定めている。恐らく土岐頼遠と対峙する新田親子を五人張りの強弓によって、援護しようという腹なのだろう。

 宝船を模した敵将の兜の前立を捉え、俺の瞳が煌めいた。

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