崇永記   作:三寸法師

87 / 201
◆7

〜1〜

 

 

 結論から言えば、昨日の……六月三十日の合戦は足利方の大勝利で幕を下ろすことになった。敵の総大将の新田義貞こそ息子の義顕と共に土岐頼遠の武勇や細川定禅の軍略から逃げ切り、長坂方面へ撤退して行ったものの、足利軍は数多くの敵将を討ち取った。

 本日は三条河原で楽しい首実検が行われている。正月十六日合戦の時と同様、勝利の翌日の実施である。前回も相当な数の首が持ち込まれたが、今回も千騎を遥かに超える数の首がズラリと河原に並んでいた。ただ、本日の首実検に関しては今一つ多幸感がない。

 思い当たる節は昨日の終盤戦で名和長年を狙った時分にあった。

 

 

『亜也子!後ろ失礼!』

 

 

『殿様!?』

 

 

『あらよっと』

 

 

 並外れた強弓で知られた武将の名和長年を討ち取るのに、弓矢を用いよう。この考え自体に後悔はない。ただ、過ぎたるは及ばざるが如しとは良く言ったものだ。弓を手に取って、亜也子の後ろに流れるような身体捌きで飛び移り、暴れ出した彼女の馬の立て髪を直ぐ一撫でして落ち着かせてから、二人一緒に放った矢が個人相手に用いるには余りに強過ぎたのである。つまり、どういうことか。

 貴重な大将首が兜の前立ての宝船ごと文字通り木っ端微塵だ。

 

 

「壮観な首実検が……はぁ、興醒め」

 

 

「証言者は確保しているのでしょう?なら良いじゃないですか」

 

 

「師冬殿……」

 

 

 嗜めるような言葉に対し、そういう問題ではないと返したいところだったが、今回は師冬の義理の父親の師直による合理主義(分捕切捨)の恩恵を受けることになった手前、軽率に口に出すことが出来ない。

 代わりに、俺はその師直に関する話題を切り出すことにした。

 

 

「結局、皇居兼本陣の東寺を餌に狩場に誘い込んでも、肝心の新田親子を討ち取れなかった訳だが……次戦以降の軍略を握るのは」

 

 

「ええ。直義様(弟殿)ということで決着したようです」

 

 

「……やっぱりか」

 

 

 前線指揮に苦手意識を持っている感のある直義であるが、奥で軍略を練ることに関しては未だに相当な自信を持っているらしい。

 必ず総大将(新田義貞)を討ち取るという意気込みの元で行われた師直の策略が完遂しなかったことで、主導権を奪還するつもりなのだろう。

 何より、土岐家当主(土岐頼貞)を従えた師直、今川頼貞(頼国の息子)を従えた師泰がそれぞれ鳥羽と竹田で、それ程の猛者とは言えない敵の殲滅に時間を使い過ぎたせいで、策が失敗したことを問題視しているようだ。

 

 

「私が新田義顕を十分に足止め出来ていれば良かったのですが」

 

 

「あの新田家嫡男の強さは異常だ。気にすることはあるまいて」

 

 

 最近、新田親子は長男(義顕)の方が強いのではないかという評をよく耳にする。義貞と直接刃を交わしたことは無いので、正確なところは断言し切れないが、確かにこれまで相対した武将たちを比べても、個人の武力で最強だと言えるのは義顕であるような気がする。

 また、記憶が正しければ、義貞が敗走した箱根竹下合戦や湊川合戦の際、義顕は京で居残りしていた。これが大きいに違いない。

 

 

「……いえ。義顕の東寺前への到着がもう少し遅れていたならば、父親の義貞は間違いなく弾正少弼(土岐頼遠)殿に討ち取られていた筈です」

 

 

「そんなこと言ったら、俺なんて義顕の配下たちを蹴散らすのに少し夢中になり過ぎて、みすみす新田親子二人掛かりで頼遠殿に挑ませてしまった。大体、戦後の後悔ほど無駄なことはあるまいぞ」

 

 

「意外と図太いですね。千寿丸殿は」

 

 

「……それ、褒めてんの?」

 

 

「はい。乱世には必要な性質です。私も見習わないと」

 

 

「お、応。光栄だな」

 

 

 何処となく居た堪れなさを感じ、俺は片手の指で頬を掻く。

 亜也子に繊細だと言われたり師冬に図太いと言われたりと俺の面子はどこへ行ったのか。これでも六角家の当主であるのだが。

 

 

「千寿丸殿はこの戦、いつ終わると思われますか?」

 

 

「……さぁな。ここまで来ると直義殿(御舎弟殿)の策略次第だろう。ただ」

 

 

「ただ?」

 

 

「恐らくあの弟殿、長期戦で勝つつもりと見た」

 

 

 果たして俺の予想は当たっていた。とはいえ、理路整然とした思考の持ち主としては、当世の()()において最高峰と言って良いであろう直義のことである。単なる路線変更では済まされなかった。

 何と兵糧攻めを狙った敵に対し、意趣返しを図ったのである。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 足利軍と後醍醐軍の戦況の変化に伴って、六角家で便女として働いている私は今の主君の千寿丸様に従い、近江国へと移動した。

 私の人生で、近江国に滞在した期間はかなり短い。ただ、諏訪と同じ湖に面した内陸部だからか、近江国の居心地がかなり良いことを知っている。だから、近江国へと楽しみに入った筈だった。

 

 

「なのに……どうして小笠原貞宗(アンタ)近江国(此処)に居んの!?」

 

 

「口を慎めい。尊氏様からのお呼びぞ。大体、その疑問は儂が言いたいわ!時行はどうした!?どうして千寿丸殿(六角家当主)の元に居る!?」

 

 

 久し振りに顔を合わせた小笠原貞宗が単刀直入に聞いて来る。

 多かれ少なかれ昔の私を知っているという者の居る小笠原党は騒然としている。羞恥心のせいで頬が真っ赤な私は堪らず叫んだ。

 

 

「色々あったの!ていうか、殿様!貞宗が居るなら早く言って!」

 

 

「……ドッキリというヤツだ」

 

 

「何処かで聞いたことあるような!?」

 

 

 今も昔と変わらず足利方で信濃国守護の小笠原貞宗は逃若党時代に当時の仲間が何度も煮湯を飲まされた相手だ。同じ足利方の六角佐々木家に投降した以上、遅かれ早かれ訪れていた当然の帰結かもしれないが、正直に言えば、心の準備をする時間が欲しかった。

 ただ、貞宗が味方として頼もしい相手ということは知っている。

 七月四日、小笠原貞宗は早速、甲信の兵から成る三千騎の軍勢を率いて中山道を上るや否や、東坂本からの脇屋軍を追い返した。

 

 

「脇屋義助と言えば、三石城の攻防戦よりも先ず、竹下での合戦を思い出す。当時、ヤツは佐々木(俺たち)尾張(斯波)、土岐などの連合軍の前に劣勢に追い込まれながら、脅威の粘り腰で尊氏様たちの本軍と互角の戦に持ち込んだ天下の名将だ。その脇屋義助を追い返すとは多少ありきたりな表現になってしまうが、流石としか言いようが無い」

 

 

「でも、ビックリしたよ。本当に」

 

 

「ああ。そんな強さがありながら……いや、何でも無い」

 

 

 殿様が言い掛けた言葉は何となくだが、大体分かる。どうしてそんなに強いのに、諏訪明神(諏訪頼重)……または相模次郎(北条時行)に敗北したのか。

 以前、殿様は腰越で戦った諏訪神党の強さを褒めていたけれど、竹下合戦で脇屋義助の強さをそれ以上だと認めていた筈なのだ。

 

 

「殿様。次は総大将(新田義貞)が出て来るのかな?」

 

 

「恐らくな。敵方にも北畠親房のような知恵者が居る。直義殿(御舎弟殿)の狙いが琵琶湖をはじめとする後醍醐軍の補給路を断ち、かつて楠木正成が唱えた戦略を逆に浴びせることにあると見抜いている筈だ」

 

 

「やっぱり足利直義って戦巧者なんじゃ……」

 

 

「さぁな。だが、利口さで他の追従を許さないのは確かなのかもしれない。仮にも尊氏様にあれだけの役割を任されている。敗戦歴こそ目に余るが、知略や政治は冴え渡っている。興福寺の件然り」

 

 

「興福寺の件?」

 

 

「……お前には明かしておくか」

 

 

 外様武将の殿様は若年でありながら、腹黒坊主とされているらしい分家の道誉様に負けず劣らず、事情通だ。配下の甲賀衆は勿論、道誉様や師冬以外にも、様々な情報筋を確保しているのだろう。

 殿様によると、直義は清く正しい手段に囚われず、幾つかの荘園のみの権利をチラつかせて興福寺を買収したらしい。これにより、先月末の戦(六月晦日合戦)で京の南西に後醍醐軍の部隊を複数出現させる原動力になった存在が知将の辣腕のお陰で足利方に寝返ったことになる。

 

 

「要するに、高兄弟は圧倒的な武力によって敵方の畿内武士を一掃しようとした一方、足利直義(御舎弟殿)は財力によって根本から懸念を消したという訳だ。ある意味で、これからの戦の流れを示唆している」

 

 

「?……どういうこと?」

 

 

「……すまん、今の無し。少なくとも、俺たちが生きている間は財力よりも武力で勝者が決まる筈だ。何はともあれ、目下の気掛かりは敵方の総大将の新田義貞だ。果たして師匠(貞宗殿)がどう戦うものか」

 

 

「え?殿様は助太刀しないの?」

 

 

「助太刀なァ……ま、行くだけ行ってみるか」

 

 

 どこか気乗りしない様子の殿様が近江国で号令を発した。

 勢多の唐橋は既に比叡山の僧兵たちの手で焼き落とされている。

 七月十日。要害に拠る小笠原軍を新田義貞は攻めあぐねていた。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 今の足利軍の戦略を司っているという直義様の命令で、本国で働くことになった当主(親父)と共に、京極勢は本家の大軍に合流した。

 半分予想していたとはいえ、六角軍の本陣にあったのは見覚えのある目玉親父が上機嫌で私の婚約者に酌をされている姿だった。

 

 

「おお、道誉殿。参られたか」

 

 

「……佐渡判官(佐々木京極道誉)殿か。いつ振りでござろうな」

 

 

「これはこれは。して、宗家。祝勝の宴ですかな?」

 

 

 前に親父は信濃国守護の小笠原貞宗の武力を認めているようなことを溢していたが、いざ二人が対面しているところを見てみると、意外と貞宗を相手にしていないようだった。多分、故意にだ。

 きっと近江国で活躍した小笠原軍への警戒心があるに違いない。

 

 

「はい、見ての通りです。無論、敵の逆襲への備えは念の為にしていますが、恐らく無いでしょう。新田義貞の戦振りからして」

 

 

「……ほう。詳しくお聞きしたいものですなァ」

 

 

「何。簡単なことです。新田義貞は我が師匠ただお一人の前に退けられた。聞きますれば、ヤツ(義貞)は自分以外では師匠(小笠原)の矢を防げないと自白したそうです。天下を震撼させた新田軍の名が泣きますよ」

 

 

「宗家。お言葉ながら、そのお考えは危険かと」

 

 

 黒い表情だからこそ強調される親父の眼差しが鋭利に光った。

 今回、近江国に出撃した新田軍は総大将(新田義貞)自らに率いられた軍だったとはいえ、多方面の足利軍に警戒しなければならないという背景事情があった。つまり、総力を挙げての出撃(軍勢)では無かったのだ。

 

 

「敵軍に今では父親以上と噂の新田義顕、四天王最強と言われる篠塚重広、湊川で殊更目立った本間資氏の姿はございましたか?」

 

 

「……いえ、見ていませんが」

 

 

 そもそも敵の軍は数日前の足利軍との総力戦で疲弊している。

 当主を失った名和軍は勿論、宇都宮軍や千葉軍にも当分の間は再起を望めない程の損害が出たらしい。こうした中での戦で新田義貞に勝ったからと言って、決して慢心出来ないと親父は諫言した。

 と言うより、三郎を嗜める体で、貞宗に釘を刺しているようだ。

 

 

「加えて、小笠原軍は本来、この大国(近江国)の地理に疎い。専門外なのですから。にも関わらず、今回の戦で新田義貞を退けることが出来たのは我ら佐々木一族の協力あってこそ……そうですな?宗家」

 

 

「……師匠、どうなんです?」

 

 

「う、うむ。道誉殿の申される通りかもしれん」

 

 

「師匠がそう申されるなら、そうなのでしょう」

 

 

 これは少し危ないかもしれない。小笠原貞宗という射手に格別の信頼を抱く三郎の姿に、親父だけでなく、私も危機感を抱いた。

 確かに小笠原貞宗は有力者の子弟が弓矢を習うのに値する一本筋の通った武人かもしれない。ただ、他の群雄と同じく、機を見るに敏に動いて成り上がることに長けている筈だ。油断出来ない。

 近江国守護(佐々木千寿丸)信濃国守護(小笠原貞宗)腹黒策士(佐々木道誉)という三人の有力者がこれからの戦の展望を話し合う中、私は隙を見て亜也子を連れ出した。

 

 

「亜也子。今回の戦、三郎は何かした?」

 

 

「……特に何も」

 

 

「何も!?」

 

 

「一応、近江国守護として殿様の六角家の大軍勢が本軍で、一族の塩冶様が次鋒。友軍の今川様が後詰め。残りの貞宗の三千騎が先鋒だったんだ。でも、新田義貞の軍が先鋒(小笠原)軍だけで音を上げてさ」

 

 

「それで、貞宗一人の手柄か。で、三郎は京に何て伝えるの?」

 

 

「……貞宗の一人勝ちって有りのまま」

 

 

「な!?馬鹿正直に伝えるヤツがあるか!?」

 

 

 手柄を全て奪い取れとまでは言わないが、せめて自分(佐々木勢)が布陣に関して監督したことを仄めかす位は最低でもしておきたいところだ。

 しかし、あの幼い近江国守護の経験不足がここに来て災いした。もしくは名家としての奢りにも似た自信のせいかもしれない。

 これでは近江国に慣れ親しんだ佐々木家でなく、部外者同然の小笠原家が武家を束ねる足利家の賞賛を一身に浴びることだろう。

 

 

「尊氏様はまだ良いわ。三郎の艶冶に惑わされてるから。だけど、真面目一徹の直義様は勝手が違う。絶対、小笠原を褒めるよ」

 

 

「……魅摩。もしかして貞宗を警戒してる?」

 

 

 勿論、これはあまり大きな声で言うべき話ではない。

 暗黙の了解に従って、二人でこそこそ話し合った。

 

 

「私だけじゃないよ。あんたは元諏訪神党でしょ?心当たりがある筈だよ。小笠原貞宗が土地に貪欲な武士として持つ本能にね」

 

 

「そりゃそうだけど……近江国にまで手を伸ばすかな?信濃国の掌握だって、村上氏のせいで今も上手く進んでいないらしいのに」

 

 

「だからこそ、警戒しておかなきゃいけないんだよ」

 

 

「ただ、肝心の殿様があの調子じゃ……殿様って、あまり核心(急所)に触れるような諫言とか讒言とか絶対に嫌がる性質(タチ)でしょ。それで干される可能性もあるから気を付けてって、青地様に警告されたよ」

 

 

「……あんたが便女の割に出過ぎてるから、言われるんでしょ」

 

 

「殿様の許可の範疇に留めてるよ!……そもそも殿様だってちゃんと土地に貪欲だよ。今回の新田軍との戦に自軍を出動させるのに意外と後ろ向きだったのも、西の防御を小笠原軍に一任して、その間に各地の荘園の再掌握を推し進めたかったからみたいだしさ」

 

 

三郎(あいつ)なりに考えてはいるんだな……でも、結果がこれじゃあね」

 

 

 案の定、直義様は顛末を知り、貞宗を褒め称えたという。

 近江国を百年以上に亘って支配してきた佐々木一族に連なる有力者として、この結果に不満そうな親父(道誉)の顔が酷く印象的だった。

 しかし、だからと言って予想することが出来ただろうか。

 この期に及んで、親父(佐々木道誉)が劣勢続きの後醍醐軍に転じたことを。




以下ネタバレ注意。適宜不透明度タグを使っているので、空白箇所はお手数ですが、メモにコピペするなどしてご覧ください。
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原作(本誌)師冬(吹雪)関連のエピソードが展開されていますが、この作品では概ね『太平記』通り((追い詰められて……))の末路を辿ります((既に前振りも用意済み))。その頃、氏頼(千寿丸)は西国で内心焦りまくっている……かもしれない。師冬の最期を知るのは氏頼にとっての重要イベントが済んでからです。多分。情報伝達スピードの問題で。知った際の反応は是が非でも書きたいです。
なお、この作品での師冬と共闘する機会はまだ複数残っています。また、時行に関して言うと彼女?が(一応)百人?(ある意味全員同一人物?)出来る……かも?
最後に、千寿丸(六角氏頼)はこの先、何度も精神的に崩れることに。好戦的かつ図太い一面を持ちながらも、根が打たれ弱い武将なので(少なくとも本作での設定上)。勿論、尊氏と直冬のファイナルバトルでは『源威集』や『太平記』を踏まえた上で、大車輪の働きがある予定です。※問題行動(命令違反)はご愛嬌。
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