崇永記   作:三寸法師

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第壱章 同時暗殺未遂事件
◆1


〜1〜

 

 

 鳥の鳴き声が遠くに聞こえる。茜色に染まった京都の空。鳴き声のみならず、どこぞの寺で打たれたのだろう鐘の音が人々を風流心の境地へと誘った。

 

 

「一声はおもひぞあへぬほととぎすたそかれ時の雲のまよひに」

 

 

「……八条院高倉ですか。いかにも道誉殿らしい」

 

 

「んん?どういう意味ですかな?」

 

 

「いいえ。何でも」

 

 

 どうしてこうなったのだろう。かつて二十一世紀の住人であった筈の俺は遠い目をする他になかった。

 この鎌倉時代と南北朝時代の狭間である今の期間を何と呼べば良いのか高校日本史までしか修めていない俺にはよく分からない。

 

 

 だが、それでも一つだけ分かることがある。

 

 

 目の前に居る袈裟を纏った男。名を佐々木道誉という。俗に言うバサラ大名の筆頭株だ。彼の出立ちに影響を受けて従来と異なるように着崩した格好をした人々で今の京の街は溢れている。

 

 

「左様ですか。それで、本日拙僧を呼び出したのは一体どういう御用向きですかな?」

 

 

「……何、大したことでは。酒をお飲みください」

 

 

「千寿丸殿は飲まれないので?」

 

 

「二十歳になるまで飲まぬと決めております」

 

 

「ほう。それはそれは」

 

 

 顔が真っ黒で見えないと評判の男はニヤリとした後、盃をグイッと煽った。

 

 

「ふぅ。御用向きの件。大方、時信殿が家督を譲る意をお持ちであるということでしょう?」

 

 

「……その通りです。未だ北条の御世が忘れられないようで。申し訳ありません」

 

 

「良いのですよ。あの終わり方では時信殿が心痛めるのも無理ない事でしょうからなぁ」

 

 

 数年前、今世における我が父である六角左衛門尉時信は映えある近江国守護として西国地域における戦いに関わっていた。

 当初より幕府方に加わっていた父は笠置山の戦いにおいても六波羅探題方として参戦していた。しかし、足利尊氏の寝返りの報せの後、六波羅探題の長を勤めていた北条仲時戦死の誤報を受けた事が決定打となって敵に投降することに。

 

 

 問題なのはこの後である。仲時は燦爛たる近江国守護である六角時信の降伏を知って絶望し、行手に現れた野伏の存在もあって蓮華寺にて壮絶な最後を遂げた。

 それから二年もの歳月が過ぎた今になっても、自分が誤報に惑わされていなければと父は毎夜毎夜酒と共に当時のことを痛恨といった面持ちで回顧している。最早完全に心を病んでおり、守護だの奉行人だのと言っていられる状態ではないのだ。

 

 

「その点、千寿丸殿。貴方は素晴らしい。時勢を読むことにかけては父親を遥かに上回っている。何せ貴方は──」

 

 

「道誉殿。その話はここでは」

 

 

「……フフ。そうしましょう。貴方はこれから益々天下のため必要となる人材だ。死なれては私だけでなく尊氏殿も困ってしまう」

 

 

 佐々木道誉、やはり喰えない男である。尊氏麾下の武将の中で能臣としては"完璧執事"高師直が第一であるが、謀臣としてはこの男が第一であるに違いない。

 

 

「それで、千寿丸殿は時信殿が隠居なさるおつもりであれば近江国守護の座は誰に引き継がせるのが良いとお考えで?」

 

 

「私はまだ若過ぎます。道誉殿であれば──」

 

 

「ほう。そのまま近江を貰っても良いと?」

 

 

 包み隠さぬ物言いに俺は溜め息と共に辟易として見せる。だから絶対裏切るだの信用出来ないだの、前世にあった漫画作品における王翦のような扱いを受けるのだろう。

 

 

「守護にそんな権限があるとお思いで?朝廷の目と鼻の先で国司のご機嫌伺いなどしていては、尊氏様の補佐どころではなくなってしまうやも」

 

 

「それは困りますなぁ。ならば尚更、守護の役目は貴方が引き継ぐべきだ」

 

 

「……どうして?」

 

 

「子どもの貴方だからこそ出来ることがある筈です。あるいは、面倒事は全て家臣に任せ、魅摩と遊ぶのも良いでしょうなぁ」

 

 

「?道誉殿。何故そこで御息女の名前が?」

 

 

「……貴方は少々人を見る目に欠けているようですな。そこはこれからの大きな課題だ」

 

 

「はぁ。何です?藪から棒に」

 

 

 バサラ大名は格好だけでなく言動までもが変であるらしい。そう思いながら手に持った煎茶入りの器を口に近付けた。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 もう幾つ年が明けると南北朝なのだろう。今の朝廷の乱れぶりを見るとそう思わずにはいられない。

 

 

 遡れば建武の御世が始まったばかりの事だ。何でもやりたがる性分であると噂の後醍醐の帝は当然のように論功行賞に関しても己が手でやりたがった。

 しかし、悲しいかな。武士への土地の分配は鎌倉幕府の十八番で朝廷が気が遠くなるほど長い間携わったことのなかった大事業である。我こそはどこそこで何という武功を挙げたと主張する武士という武士が大挙し、当然のように朝廷の機能はパンク。

 結局、山のような申請を前にして帝が「めんどい」と仰せになったことで北条氏以外の武士の領地は現状維持とすると定められることになったとか。これが事実であれば、帝はたいそう愉快なお方であらせられるに違いない。

 

 

「ったく、こんな筈じゃなかったのによぉ……。これじゃ、ただの近臣政治じゃねぇか……」

 

 

 とは言え、それを知らず京へ恩賞を求めに来る者は未だ枚挙にいとまが無い。そして、そんな者たちは得てして無力感と喪失感で酒に逃げる結果に終わるのがオチである。

 

 

 尤も、そんな他人事のように帝や地方武士をあれこれ好き放題言えるのも俺という人間が宇多源氏佐々木氏の惣領である名門六角氏の嫡男……現棟梁の座に就ける程に恵まれた立場としてこの世に生を受けたからだろう。

 命懸けで政権交代の最中に手柄を立てた者にしてみれば、帝の周りの公家やごく一握りの武士が優遇される現状は受け入れ難いものだ。なまじ御内人が憚っていた北条政権に取って代わった新政権への期待が大きかった分、その失望感は自ずと大きくなる。

 

 

 この手の不満が巡りに巡って足利尊氏による叛逆へと繋がるのだろうか。あのお方が立ち上がるのはいつだって天意という名の何かが降って湧いた時である。五年……いや、後三年もすれば南北朝の世が始まるに違いない。

 さて、やる事をやろう。俺はいかにも堅気というような格好で酒が入っているであろう竹筒を手にした東国武士と思しき中年の男性に近付いた。

 

 

「もし、そこのお方」

 

 

「あ゛?ガキが……こんな俺に何の用だ?小遣いせびろうってんなら無駄だぜ。何せこれぽっちも褒美が貰えなかったんだからよ。これじゃ京に来ただけ大損だ」

 

 

「それは……ご愁傷様です。どうです?拙宅で茶など一杯如何でしょう?」

 

 

「茶だァ?へっ。そんな暇あったら酒でも飲むっつーの。ガキはお家へ帰りな。俺も本領に帰るからよ。あーあ。お袋、元気にしてっかなぁ」

 

 

 ありきたりな説教を言い残した東国武士(仮)は何やらブツブツ呟きながら去って行った。

 

 

「……空振り、か」

 

 

 畿内以外で行けるのはせいぜい本国の近江か神宮のある伊勢、旧政権があった鎌倉及びそこに至るまでの国々しかない京住まいの俺からしてみれば、人脈を広げるためせめてもと思ってのことであるのだが、毎度毎度この誘い文句が功を奏する訳ではない。

 現に、この手の地方武士に袖にされることはこれまで幾度となくあった。

 

 

「三郎。あんた、また田舎(イモ)臭い武士に声掛けてたの?」

 

 

「魅摩姉」

 

 

 不意に背後より声を掛けてきたのは、自称神力秘めちゃっている系女子でこの時代としては非常に珍しいツインテールのような髪型と下手な遊女より派手な格好をした少女。他でもない佐々木道誉の愛娘、魅摩である。

 自他共に認めるバサラである魅摩の派手は二十一世紀に放り込んでも十分過ぎる程に派手だ。両の肩を出したその格好が昼間の渋谷や原宿などの繁華街にあれば、多数の奇異と情欲が混じった視線に晒されることだろう。

 要するに、無駄に色っぽい少女なのだ。

 

 

「危ないからヤメなって何度言ったら分かるのさ。一片危ない目に遭ってみないと分からないってんなら──」

 

 

だから(・・・)その危ない目って何?そっからまず分からないんだけど。これでも俺、そこらの武士に負けない位には腕立つよ?」

 

 

「ハァーっ……」

 

 

 この魅摩という少女、困った点が一つある。バサラの流行に乗ってあまりにも派手な格好をすることでも、自前の賭場で新参者から金を巻き上げることでもなく、それらと異なる一点。

 何故かここ数年で俺に対して事ある毎に説教するようになったのだ。本当にどういう心境の変化だろうか。昔はそんな事なかったというのに。

 

 

「あんた、私が止めなかったら尊氏様の近侍になるところだったんでしょ?まさかどういう意味かも分かってなかったの?」

 

 

「近侍てそのまんま側仕えの意味でしょ。てか、あれ魅摩姉が止めたんだっけ?守護の嫡子がやることじゃないって、父上や武蔵権守殿に言われた記憶が──」

 

 

「私が慌てて二人に言ったの!」

 

 

「そうだったんだ。それにしてもチクリっておおよそ婆裟羅じゃない気が……」

 

 

「うっさい!」

 

 

 地団駄を踏む魅摩を見て思う。この娘は喜怒哀楽の変化が見ていて楽しい。これから十年でどう成長するのだろうか。

 稀代の策士である佐々木道誉の愛娘であれば、酷い目に遭うようなことは考え辛い。変なところに嫁ぐような事がない限り、そこは安心して良いだろうというのが俺の考えである。

 

 

 とはいえ……

 

 

「ああ、もう。やっぱあんたは無しよ、無し。全っ然、婆裟羅じゃないんだもの」

 

 

「えぇ……俺、魅摩姉のお父上から婆裟羅認定されてんだけど。いや、ほんと嫌なんだよ。非常識な人に非常識呼ばわりされてるみたいでさ」

 

 

「三郎がそれ言う!?」

 

 

 目を今にも飛び出しそうなほどに丸くさせた魅摩の剣幕に俺は困惑する。確かに、時代を先取りした要素を家中で実践している自覚はあるが、それでもこの時代のやり方から逸脱し過ぎないよう工夫を凝らす事を忘れていない。

 また、所作についても特に親しい身内の人間たちを除けば常に礼儀正しくあるよう努めている。これでもなお、非常識呼ばわりされるのであれば、俺はどこぞの寺に引き篭もる所存である。

 

 

「で、魅摩姉はまた用もなく街をほっつき歩いてた訳?」

 

 

「そんな訳ないでしょ!あんたがまた逆ナンしてるって聞いて飛んできたのよ!」

 

 

「逆ナンて……俺、一応男子なんだけど。そもそもナンパと違うし」

 

 

……どうしよ。このままじゃ本当にどこぞの馬の骨の手で千くんの貞操が奪われかねない。ならいっそ本当に

 

 

「おーい、話聞いてる?」

 

 

「……」

 

 

 ブツブツと先程の武士より遥かに密やかな独り言を呟いた魅摩は何やら重苦しい雰囲気を醸し出しながら俺の方をジッと見た。

 朱色に染まった魅摩の頬はよもやその気があるのだろうかと思いそうになる。が、特に何でもないことでもこの娘がそうしがちなことを思い出した俺は直ぐにその思考を振り払った。

 

 

「ねぇ。これからさ、うち来ない?」

 

 

「その"うち"ってのはお父上の家?それとも何時もの賭場のこと?」

 

 

「……別にどっちでも良いよ。一緒に行こ?」

 

 

「しおらしい顔で賭場かどこかに行こって言われて、ほいほい付いて行ったらただのバカなんだわ」

 

 

「ああ!もう!良いから行くよ!」

 

 

「だから行かんて!」

 

 

 徐々に激しさを増しながら言い合いをする俺と魅摩は傍から一見したところでは一悶着起こす愛くるしい幼い男女の一組にしか見えないだろう。

 しかし、その言い合いの中に頻繁に賭場という物騒な文言が飛び交っていることに野次馬たちは首を傾げてばかりである。何故ドン引きしないのだろうかと疑問に思わざるを得ない。

 

 

「だーれじゃ!?」

 

 

「「!?」」

 

 

 突如として掛けられた声と共に俺の視界は暗転した。

 この世に生まれ落ちて以来、曲がりなりにも名門の武家の跡取り息子として武芸の鍛錬に注力せざるを得なかった俺の背後を突いた挙句、目を覆うとは只者ではない。魅摩との問答に夢中になっていたのを差し引いた上でもだ。

 

 

 だが、声以外にも手の形の具合や匂いを含めた雰囲気は俺にとって覚えがあるものだった。冷静に視界を塞ぐ手を掴んで外し、後ろを振り返って下手人を確かめた。

 

 

「……師匠。信濃に居る筈では?どうして都に?」

 

 

「千寿丸殿の守護就任の報せを聞いてな。居ても居てられなくなって来てしもうたわ」

 

 

「はぁ……」

 

 

 本当にそれだけだろうか。何か別の理由があるに違いない。北条家の残党が各地で散発的に挙兵し続けている現状下、諏訪神党が深く根を張る信濃を空けて良い筈がないのだ。

 

 

 しかし、そんな俺の憂慮を知ってか知らずか当代一の弓の使い手と断言できるこの者はあまりにも特徴的なその目をこれ以上なく輝かせている。その挙動に呆れていると、自分の袖がクイクイと引かれていることに気が付いた。

 振り返らずとも分かる。魅摩の手によるものだ。

 

 

「ねぇ、この気持ち悪い笑い方と目のおっさんは誰?師匠って呼んでたでしょ?師は選んだ方が賢明よ」

 

 

「娘。気持ち悪いとは失敬な。年長者には敬意を払えい」

 

 

「けっ。真面目か。おっさん、絶対モテないでしょ」

 

 

「何ぃ?」

 

 

 尊敬を博する師匠と幼馴染であるバサラ少女の睨み合いはまさに修羅場と呼ぶに相応しいものだった。しかし、それもいつまでも続くものではない。目敏くも魅摩の良い意味での普通でなさに気が付いた師匠は目力を些か緩め、一転して俺に視線を寄越した。

 

 

「千寿丸殿。この娘、只者ではあるまいな。一見したところでは京の流行りに乗っただけの格好なれど、仕草と言い佇まいと言い、良家の品が滲み出ておる」

 

 

「おっ、意外と早く悟ったか。おっさん見る目あるじゃん」

 

 

「ふんっ」

 

 

「それで、三郎が師匠と呼んでいるんだ。おっさん、結構な大物なんじゃないの?三郎、紹介しなさい」

 

 

「……はいはい」

 

 

 きっと互いに互いを知ればたいそう驚くことだろう。相手が只者でないと見抜いているなら、最初からそれ相応の接し方をすれば良いのに。そう思いながら俺は魅摩と、そして信濃国守護小笠原右馬助貞宗に双方の素性を説明し始めた。

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