崇永記   作:三寸法師

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第玖章 金ヶ崎城の決戦
◆1


〜1〜

 

 

 近江国で道誉の翻心の一報を受けて以来の対面となる小笠原貞宗はどこかお冠の様子であった。手土産の鮒鮨に見向きもしない。

 曰く、匂いが受け付け無いらしい。正直、その点は同意である。

 

 

「千寿丸殿……そなたは自分の好まぬ物を儂に食わせる気なのか」

 

 

「ほら。俺って一応、未だ齢十一やないですか。だから、あまり癖のある匂いや味の食べ物は身体がよく受け付け無いのですよ」

 

 

「何ぃ。遠回しに儂の感性を御主のような小童と同じだと言うか。だから、()()の一族は鼻持ちならんのよ。佐渡判官(京極道誉)が良き例ぞ」

 

 

「ちょっと!師匠と言えど、俺と道誉殿を一緒にするのはお止めくだされ!確かに同じ佐々木信綱公(老曽明神)の血を引いてはおりますが!」

 

 

「抜かせい。結託しておったではないか!」

 

 

「だから、して無いですってば!」

 

 

 目の震動具体を見ても分かる程、プリプリ怒っている貞宗の鬱憤の矛先は基本的に道誉に向いている。あくまで「基本的に」だ。

 何やら山徒(山法師)たちとの戦闘で大いに擦り減った自軍を率い、近江国を離れて上洛するという行軍履歴の一因となった俺と魅摩による即興二人芝居が今になって気に食わなくなっている様子だった。

 

 

「新田軍の連続撃破だけでは足りぬからと、せっせと近江国中を駆け回って得た儂の名声が全て水の泡ぞ!うっかり貴様ら佐々木の口車に乗せられてしまったせいでな!一体どうしてくれるのだ!」

 

 

「……いやはや、本当にその件は何と言うべきか」

 

 

 京周辺では噂になっている。弓馬の手本足るべき小笠原貞宗が策士の佐々木道誉に謀られた結果、近江国から追い出されたと。

 人の噂は七十五日と云う言葉があるが、このままでは末代まで語られかねない勢いだった。実際、後に日の目を見る『太平記』で、近江国における貞宗と道誉の一件は滑稽に記されることになる。

 

 

「全く、こんな異臭のする食べ物ごときでは騙されんからな」

 

 

「そう言いつつ、結局食べておられるではないですか……」

 

 

 ボヤきながらも片手で鮨を摘んで食べる姿は老将然としている。

 この時代で既に四十過ぎとなると、相当な貫禄が付くらしい。

 勿論、礼儀作法にも一過言ある貞宗だからこそなのだろうが。

 

 

「今は手持ちの米を一粒でも多く後の戦のため温存しておかねばなるまい。信濃国から更なる増援を呼び寄せることになっておる」

 

 

「北陸へ逃れた新田軍追討のために……ですね」

 

 

「その通りぞ。目処が着き次第、諸将と同様、儂も京を発つ」

 

 

 話によると、新田軍は箱根竹下合戦で名目上の総帥と仰いだ尊良親王のみならず、大覚寺統の皇太子として知られる恒良親王をも担ぎ上げ、北国で巻き返しを図っているという。いや、それどころの話ではない。何と恒良親王が位を譲られたという話があるのだ。

 つまり、事態は俺の想像を上回っている。以前までは前世の知識から南北朝時代を持明院統と大覚寺統の二種の皇統が鎬を削る時代だと理解していたが、どうやら第三の帝が存在するらしかった。

 

 

「師匠はどう思われます?大覚寺統の譲位の噂」

 

 

「噂は噂と言いたいところだが……一筋縄では行くまいぞ。この噂が世にあるだけで、足利軍が大覚寺統から譲り受けた(奪い取った)三種の神器の権威に傷が付く。この手の感覚に関して後醍醐の先帝は抜群よ」

 

 

「……やはり新田軍に刃を突き付けられたからではなく、還幸前の後醍醐先帝が自発的に恒良親王に位を譲られたとお考えですか」

 

 

「ああ。この一手だけで、後醍醐の先帝が京でどのような憂き目に遭おうとも、大覚寺統は何時でも挽回を目指せるという寸法よ」

 

 

 今のところ、天皇なのか上皇なのかすら今一つ判然としない後醍醐もとい尊治は当初の尊氏様の和睦(降伏)の誘い文句と異なる待遇の一環として花山院に幽閉されて、どうにも意気消沈しているという。

 鎌倉時代末の経験から、幽閉は慣れっこだろうと思っていたが、聞いたところによると、後宮に居た女たちの殆どが戦乱のために消息不明になったことで気が乗らないらしい。全く情けない話だ。

 尤も、遅かれ早かれ南方の吉野に逃走するのを知っているため、どうせ見張りを油断させるための演技だとしか思えないのだが。

 

 

「後醍醐の先帝は古の寛平法皇(宇多天皇)に想いを馳せる日々を送っているそうだが、当代の佐々木惣領の御主はこれについてどう考える?」

 

 

「良い迷惑ですよ。本当に。少なくとも女に囚われているようでは寛平法皇のようになるのは到底無理ではないでしょうか。囚われるとしたら、猫ですよ。因みに、俺は犬より猫の方が好きです」

 

 

 我が先祖の寛平法皇(宇多天皇)が大の猫好きだったことは知られた話だ。

 濃厚な血が騒ぐせいだろうか。前世で動物に至極興味が無かったにも関わらず、今世では猫を見るとどうにも心躍る自分が居る。

 

 

「それは知らぬが……そもそも女絡みで()()はとやかく申せまい」

 

 

「?……何故です?私が何かしたとでも?」

 

 

「貴様!どの口で言うか!?」

 

 

「えぇ?この口で?」

 

 

「千寿丸ぅ〜!自惚れるなよ!敵対した家の小娘と示し合わせて一芝居打ったこと、この儂が見抜けぬと思うたか!誰がそなたに弓矢のいろはを仕込み直したと思っておる!?ほれ、答えてみよ!」

 

 

「し、師匠です!ていうか、頬!以前にも増して髭が……!」

 

 

 かなり久々の頬合わせは空気の乾燥もあって、意外と効いた。

 一頻り師弟の頬の擦り合わせが終わると、貞宗は姿勢を正した。

 

 

「あれから魅摩殿との仲はどうなったのだ?」

 

 

「へ?仲と言いますか……普通にまた婚約状態ですよ。縄で縛ってまで娘を連れ回したからには益々娶って頂きたいと道誉殿に言われましたし、本当に東坂本まで攻め込んで貰った手前もあるので」

 

 

「断らなかったと?理由さえ無ければ、そのまま破棄したのか」

 

 

「……仕方ないでは無いですか。足利宗家に余っている娘が居ない以上は。今はまだ佐々木惣領が足利の分家筋から嫁を貰う時世ではないですし、かと言って一族外の外様武将の娘が相手だと、共謀していると見做された時が大変です。例えば、土岐氏なんかだと」

 

 

 この時勢、佐々木惣領と比べ得る血統で、幕府(足利政権)に無駄に睨まれそうになく、尚且つ師直と直義が対立する観応の擾乱が起こっても、心配無用な家の娘を探すとなると、かなり難しいものがある。

 結局のところ、消去法で選んだ選択肢に過ぎないのだ。持明院統に近い公家の娘という手も無くはないかもしれないが、公家は公家で思わぬところで()()()()というものがあって大概面倒である。

 

 

「ぬぅ。儂はてっきり望月の小娘を格上げするのかとも思ったが」

 

 

「……勘弁してくださいよ。師匠まで。我が母上でもあるまいに」

 

 

 俺は文武の中心の京に舞い戻って来る直前のことを思い出す。

 三石城での籠城戦において俺と亜也子が同じ部屋で寝泊まりしていたことを六角党の一人から聞き付けた今世の母親は本拠地(佐々木荘)に戻ってまだ日の浅い内から、亜也子の将来の処遇の予定を見直す気は無いのか聞いてきた。つまり、側室ないし妾にしないのかと云々。

 無論、当初の予定を変更するつもりは無く、従って側室にも妾にもする線は皆無だと言い切った。今後も繰り返し尋ねる気ならば、それ相応の対応を無情にせざるを得ないという警告も加えて。

 幼齢だろうと飽くまでも我こそが惣領であり、たとえ生みの親だろうが、干渉は許容しかねるという態度を断固として示したのだ。

 

 

「せ、千寿丸殿。そなたは亜也子をどう扱うつもりなのだ?」

 

 

「戦場に同行させ、本人の望む軍功を挙げさせた後、戦働きに限界の色が見え次第、引退して貰いますよ。それで、どこぞの尼寺にでも入れて、戦没者の弔いを。投降当初に交わした契約の通りに」

 

 

「……」

 

 

 我が軍に亜也子が加入してから、既に一年以上が過ぎている。

 その活躍は目覚ましく、まさに巴御前もかくやという程だ。

 結局は他所様の大名の貞宗には言えないが、既に与える土地も確保してある。一族の本拠地の佐々木荘の近くにあり、公的には佐々木惣領の俺が地頭を務め、代官を派遣している荘園だ。将にも劣らない軍功があった以上、褒美を与えるのは当然のことだろう。

 

 

「千寿丸殿。もしやとは思うが」

 

 

「何でしょう?」

 

 

「そなた、北条時行(中先代)に遠慮しているのではあるまいな?」

 

 

「遠慮?……はしてないと思いますが。亜也子(あれ)の元主人に」

 

 

 単刀直入な貞宗の質問を俺は小首を傾げ、やんわりと否定する。

 大体、本当に遠慮するなら、とうの昔に亜也子を放逐している。

 再起不能な人間(時行)に便女の一人居ようが居まいが、大局……尊氏様の天下取りに支障をきたす筈が無い。にも関わらず、未だ俺が亜也子を生かして側に置いているのはひとえに戦力増強の観点故だ。

 

 

「千寿丸殿。これは儂の個人的な見立てと思って聞いておかれよ」

 

 

「はい?」

 

 

「亜也子と時行の縁……()がりはとっくに()れておろうぞ」

 

 

 どこか寂しそうな貞宗の溢した呟きを聞き、俺は呆ける。

 一体何を当たり前のことを言っているのかと己の耳を疑った。

 

 

「師匠。切れてなかったら、昨年までに彼女は首チョンパですよ」

 

 

「そういう意味ではない。そういう意味ではないのだ。千寿丸殿」

 

 

「はぁ」

 

 

 何を思い悩んでいるのか、我が弓術の師の貞宗は頭に手を当て、困り果てた様子で、逆に俺の方が対応に苦慮することになった。

 結局のところ、要領を得ない言葉には同様の言葉で返す他ない。

 終いに貞宗は言葉を振り絞ったかのように重々しく口を開いた。

 

 

「……頼重(諏訪明神)ではないが、儂も予言してみよう。千寿丸殿、御主はいつの日か必ず家族(妻子)に苦労を掛ける。それも並々ならぬ苦労だ」

 

 

「?」

 

 

「自分では未だ気付いておらぬやもしれぬが、御主は確かに御先代の時信殿の特性を受け継いでいるぞ。あまり良くない方向でな」

 

 

「……」

 

 

 さては身体(フィジカル)というより、気性(スピリッツ)の面についての言及だろうか。

 きっと外から見たら、そう映るのかもしれない。だが、実際は。

 

 

「全然違いますよ……千寿丸()時信(先代)は」

 

 

「……蓋を開けてみねば分からぬか」

 

 

「いえ、師匠。それ以前の問題です」

 

 

 いざという時にスパッと切り替えられるという点で、俺は明確に先代当主(六角時信)を上回っていると自負している。いつまでも北条政権という檻に囚われ続けていた時信には出来ないことが俺には可能だ。

 だからこそ、あの一宮殿下(尊良親王)と敵対することになろうと、葛藤することは有り得ない。結局、尊氏様さえ居てくれれば、他はどうだって良い。我が身命を捧げるべきは唯の一人しか居ないのだから。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 現在、佐々木惣領の俺は北近江に足を運んでいる。少なくとも名目上は友軍への支援物資の受け渡しを自ら監督するためである。

 情報によると、北へ逃れた新田軍は当主の甥の脇屋義治を除き、主だった将兵たちが金ヶ崎城という場所に集結しているらしい。

 金ヶ崎と言えば、後の豊臣秀吉が一世一代の覚悟で行ったという退け口について想起したくなるものだが、今は火縄銃の影も形も当国に見られない南北朝時代である。つまり、尊氏様の御代だ。

 

 

「塩冶殿。この間、ようやっと久々に奥方(顔世)殿と再会させられた直後の出陣、真に痛み入る。佐々木一族の惣領として礼を言おうぞ」

 

 

「何の。尊氏殿(鎌倉殿)の御命とあらば、致し方ありますまい」

 

 

 佐々木一族の分家で、出雲国と隠岐国の守護を兼任する塩冶高貞は今度の新田軍追討軍の水上部隊の最高指揮官を任されている。

 金ヶ崎城に集結する新田軍を追い詰めるべく、尊氏様の肝煎りで選ばれた大将の一人として海上交通を封鎖する役目があるのだ。

 

 

「京での奥方(顔世)殿の面倒は此方の方で抜かり無く。安心して軍務に励まれよ。塩冶殿の水軍の采配あらば、必ずや金ヶ崎城に籠った敵を窮地に追い込める。間違いなく今度の戦の勝利条件の一つだろう」

 

 

「身に余るお言葉です。宗家、顔世()の面倒をお願いしたいのは山々なれど、我ら一族の聖地、近江国の守りを第一に頼みまするぞ」

 

 

「分かっている。道誉殿も軍勢を率いて北上する以上、六角軍が伊勢国や大和国といった近隣からの敵軍の侵入阻止を一手に担うことになる。絶対に甲賀郡で押し留める。どこの誰が来ようとな」

 

 

 今回の尾張(斯波)高経を総大将とする新田軍追討軍は俺の同族の道誉(京極判官)高貞(塩冶判官)以外にも、高師泰や小笠原貞宗、土岐頼遠の他に、仁木頼章(義長の兄)細川頼春(豚カツの従兄弟)今川頼貞(頼国の息子)らが加わり、総勢六万騎の大軍勢である。

 これでも降雪に配慮して選抜された部隊なのだが、近江国の周辺地域の情勢次第では、雪が解け次第、佐々木惣領の俺も大軍を率いて援軍に派遣される可能性があると直義から告げられていた。

 

 

「……その意気です。ただ、北畠軍の再上洛は当面の間、心配ござらぬでしょうが、私が出陣する間、宗家に万が一のことがあらば、昔は後醍醐の先帝の後宮に居た(顔世)の立場も危うくなります。どうかお気を付けて。未来ある御身、あまり無茶をなされまするな」

 

 

「お、応。塩冶殿、お気持ちは分かったのだが、無茶をしなければならないような敵は北畠(奥州)新田(北陸)以外、何処にも居りますまいて」

 

 

「宗家。お言葉ながら、ただの物資の受け渡しにまで御自ら足を運ばれるご様子ですと、分家の拙者としても多少心配になりまする」

 

 

「そればかりは物資の重要性が今年の戦で散々身に染みたので」

 

 

 まさか敵軍を一部でも神力で無力化せしめるために態々北へ足を運んだとは言えない俺は欺瞞(半分本音)を口にする。塩冶高貞は同じ分家の大名でも、道誉と別のベクトルで距離を置かざるを得なかった。

 一応、惣領の俺に対する高貞の恭順の意思は箱根竹下合戦の経緯からも理解している。ただ、神力の情報となると話は別だった。

 塩冶勢と別れた矢先、俺は最側近の青地重頼に問い掛けた。佐々木一族の本家当主の生まれともなると、複数の乳母が付けられる関係で乳兄弟は他にも居るが、重頼こそ最も気心が知れた郎党だ。

 

 

「重頼、俺は上手く笑えていたと思うか?」

 

 

「はい、大丈夫だったかと……殿、やはり顔世御前(塩冶殿の奥方)のことで気掛かりな点がございましたか?この一年近く、六角党で身柄をお預かりしている間、彼女に不審な点は終ぞ見られなかったようですが」

 

 

「ん?顔世殿のことは別に……そりゃ、後醍醐の、すなわち下賜された女を妻に出来る塩冶殿の神経は新田と同様、理解に苦しむが、一族の武将としては今や道誉殿より遥かに信頼しているさ。ただ、()()()のことまで明かす気にはなれないということだ。結局な」

 

 

 活用方法次第で、瞬く間に数多くの敵を呆気なく無力化させられる光り輝く粒子を指先に纏わせる。この力にも大分慣れてきた。

 武と武のぶつかり合う真っ当な戦で使うのは難しいかもしれないものの、搦手として十分に使い熟せる。たとえ魅摩でなくとも。

 佐々木惣領として金輪際、婚約者を戦場に出す気は無かった。

 

 

「して、殿。尊良親王(一品中務卿)殿下のことはあのままで宜しいので?あるいは京でまたお会いすることを心待ちにしておられたのでは……」

 

 

「おいおい、滅多なことを。一宮(あの御仁)と敵味方に別れ、どれだけ経ったと思っておる?今や敵方の立派な旗頭ぞ。もう風流心しか無かった頃の殿下は何処にも居られぬ。全く、急に何を申すかと思えば」

 

 

 光陰矢の如しとはまさに格言である。昨年、足利討伐を謡う新田軍に担ぎ上げられた尊良親王の御旗を京に密かに潜入して魅摩に折らせたり、謀って尊良親王の股肱之臣の二条為冬を竹下の戦で破滅に追いやったりしたことも実感の上では、遠い昔の話のようだ。

 今頃、鎌倉時代末期の頃すら凌ぎ得る苦労を積み重ね続けてきた尊良親王にかつての面影はないに違いない。京中で美貌を謳われた姿があるいは父親似の髭姿になっている可能性すらあるだろう。

 

 

「殿。まさか私が脈絡なく殿下に言及したとお思いで?」

 

 

「どう考えても脈絡の一つすら無かったと思うぞ」

 

 

「……成る程」

 

 

「?」

 

 

 当惑する俺に、重頼(乳兄弟)は今度こそ思いも寄らない言葉を返した。

 何日も前に北近江の国境沿いを襲った寒波の影響も今となっては些事に過ぎず、粉雪が視界のところどころで力無く舞っていた。




以下ネタバレ注意
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本誌最新話が凄く心に沁みました。彦部氏の親父も、謂わゆる毒親の類とはいえ、結構好きになりましたね。作品として楽しむ分には毒のある人物が好みなのかもしれないと思う今日この頃です。
因みに、六角氏頼(千寿丸)はまぁまぁ毒親度高めだと思います。変なところで自身の父親(六角時信)に似ているというか。勿論、最終的には実子を愛するようになると思いますが、それって多分、尊氏が既に(以下略)
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