崇永記   作:三寸法師

93 / 202
◆4

〜1〜

 

 

 建武三年の冬も深まって来た頃、齢十一にして近江国守護の俺は婚約者の魅摩を連れて温泉を求め、愛知川の上流を訪れていた。

 今回は先の甲賀郡での巻狩り以来、どこか釈然としていない様子が続いている魅摩のための埋め合わせとしての意味合いが強い。

 昨年と違い、魅摩との混浴への抵抗感は完全に薄らいでいた。

 

 

「あんたも好きだねぇ、温泉。ここって結構、お気に入りのところでしょ?」

 

 

「ご明察、魅摩姉。将来、俺が寺を建てるとしたら、ここら辺にするかなぁ。知らんけど」

 

 

「あんたが寺を?……稚児遊びは程々にしときなよ」

 

 

「は?稚児遊び?どういう意味?」

 

 

「……分からないなら、それでも良いけどさ」

 

 

「あ゛?」

 

 

 温泉に浸かりながら、魅摩の言動を訝しむ。延暦寺や興福寺のような伝統的な寺社は近江国守護としての立場上、目障りな限りとしか言いようがないが、自分で建てて息を掛けた寺であれば後進育成の場として存分に有効活用できるので、稚児たちと触れ合う機会が発生するに違いない。とはいえ、遊び相手としてはどうなのか。

 ただ、和歌やお茶で遊ぶのはこの時代の定番だ。こうした遊びを活用すれば、本来の目的の後進育成を楽しく遂行できるだろう。

 誰かさんが神君を騙すようにして作り、茶寄合にまで難癖を付けて禁じた悪法は知った話ではない。尤も、魅摩はあの()()()()()式条を気にしてなのか、これまで治る気配の無かった博打癖に最近翳りが見えていた。将来の惣領夫人としての自覚が芽生え始めたのだとしたら、歓迎すべきなのだろうが、どうにも気になる兆候だ。

 

 

「俺が尊良親王(一宮殿下)とやってた遊びなら……うん、これだ」

 

 

「は?尊良(一宮)?……やっぱりまだ引き摺ってたのか」

 

 

「お前もそれを言うか。綺麗さっぱり吹っ切ってるつーの」

 

 

 時信(先代)預かりとなった尊良親王に詩歌管弦を教授された日々は確かに楽しいことこの上無かったが、敵となってしまえば、親王が相手だろうと武士として容赦なく刀を振り下ろすのが筋であろう。

 あの直義でさえ、配下の淵辺義博を使って、幽閉中の護良親王を弑殺したのだ。直義に出来ることがどうして俺に出来ないことがあるだろうか。ただ、実行役の選出には細心の注意を払いたい。

 隣の魅摩の視線を浴びる中、俺は両手を組んで腕を伸ばした。

 

 

「亜也子から聞いたよ。あんたさ、流石に嘘を吐いてまで、便女を振ること無いんじゃないの?」

 

 

「は?嘘だと……?何を根拠に左様な人聞きの悪いことを」

 

 

 勿論、佐々木惣領の俺も天下に跋扈している諸侯の一人だ。

 敵を騙すために嘘を吐くことはある。ただし、使い所を選ぶべきであることは当然、知っている。少なくとも無闇矢鱈と使う手段ではないだろう。立場ある人間として相応の見極めが必要なのだ。

 

 

(トボ)けるんじゃないよ。変な作り話しておいて」

 

 

「作り話だァ?……二人切りだから、目を瞑るけどさ、もし人目のあるところで言われてたら、幾らお前でも看過しかねるぞ」

 

 

「だから、今言ってるんでしょうが」

 

 

「むぅ……なら、俺が法螺を吹いたという根拠とは何ぞ?」

 

 

御匣殿(一宮御息所)だよ。尊良(一宮)に唯一愛されてた女で、しかも幕府が倒れる前に夫を追い掛けて土佐国へ行こうとして賊に拐われていたところ、どこぞに漂着したと。そんで、その賊とやらは堺見物の最中に噂を聞き付けたあんたが始末したって?てんで無茶苦茶じゃないか」

 

 

「あん?それのどこが無茶苦茶なんだ?」

 

 

「だってさ、尊良(一宮)の妃の……西園寺公顕(今出川右府)の娘の御匣殿って、あんたが尊良(一宮)と知り合うより前に死んでるんでしょ?そもそもの話」

 

 

「!?」

 

 

 同じ湯に浸かる婚約者の話に俺は自分の耳を疑い、唖然とする。

 魅摩がどこでどのような話を聞いたのか知らないが、少なくとも俺は御匣殿(一宮御息所)が存命だと認識している。郎党たちも同様だろう。

 

 

「そんなバカな……これまで何度も」

 

 

「だったら、家人たちに命じて調べてみれば?一宮御息所はもう何年も前に死んでる。何であんたがこの話を知らないのか不思議な位だけど……実はひっそり生きてたという線も考えにくいしね」

 

 

「ちと待て。ならば、討幕後に京に戻って、尊良親王のお側に再びお仕えしていた御匣殿を紹介された我が記憶は一体何だと?」

 

 

「……何やらきな臭い話になって来たね。狐にでも摘まれた?」

 

 

「んなこと……いや、当世なら有りそうで怖ぇ」

 

 

 狐と言えば、古の阿部晴明の母親(葛の葉)が物の怪だったとかいう与太話を聞いた覚えがあるが、神力があるのなら、あながち間違いでないのかもしれない。ただ、尊良親王と親しくしていた頃は俺もまだ尊氏様の神威を知らず、神力そのものを満足に感知出来ずに居た。

 実在した怪談を聞かされたような心地で、温泉に浸かりながら俺は震える両肩に手を回す。足を引いて体育座りにも似た格好だ。

 そんな俺を見兼ねたのか。魅摩が不意に抱擁する構えを見せた。

 

 

「何、真に受けてんのよ。大国の守護サマがさ」

 

 

「魅摩姉」

 

 

「あんたって偶に気弱になるよね。好戦的な癖してさ」

 

 

「不服。めっちゃ舐められてる気がする」

 

 

「じゃ、舐めたげる」

 

 

ぎ!?

 

 

 首筋に異様な感触が走る。思わず漏れ出た声に俺自身当惑した。

 しかし、魅摩は余裕そうだ。手を口元にやって妖艶な笑みを湛えている。主導権を握らせると碌なことにならないのは明らかだ。

 

 

「我慢することないよ。私以外、誰も見ていないから」

 

 

「まだ数えで齢十一だぞ。せめて来年の今頃にして」

 

 

「なーに今更日和ってんのよ。ほれ、ここか?ここ!早く出せ!」

 

 

「……何時迄も好きに出来ると思うなよ。隙だらけだっつの!」

 

 

 それから半刻近くもすると、主導権争いどころではなくなった。

 温泉に浸かり続けていれば、逆上(のぼ)せるのだ。互いに頬を上気させたままで流石に拙いと冷静さを取り戻し、着替えを済ませた。

 

 

「この際、御匣殿(一宮御息所)はどうでも良いけど」

 

 

「消息は調べる。人質に活用出来るなら、万難を排するだけの価値がある。昨年の戦で股肱之臣(二条為冬)を失った尊良親王(一宮殿下)にはアレだがな」

 

 

「あっそ……兎に角、亜也子のことは何とかしたら?」

 

 

「何とかつっても……まさかお前まで妾にしろと言う気か?亜也子にも言ったことだが、俺は松浦五郎のような田舎者と違うのよ」

 

 

 中先代の乱が終わって以来、俺はあくまで戦力として亜也子を抱えるというスタンスを貫いてきたつもりだ。しかし、もしこれで妾にでもしようものなら、あの女欲しさに港で騒ぎを起こした不埒者の同類になってしまう。元北条党の亜也子の感情は関係無しに。

 大体、俺に言わせれば、婚約者持ちにアプローチを掛けること自体がどうなのか。要は箱根竹下合戦がデッドラインだったのだ。

 しかし、魅摩は何を思ったのか、俺の論をバッサリ切り捨てた。

 

 

「知るか。当然、私が知ってる範囲内なら、妾も好きに持ってくれて構わないし、亜也子の処遇そのものもあんた(本家当主)の権限で決めなよ。ただ、振るなら振るで後始末はしゃんとしな。今の亜也子ははっきり言って危ういよ。あんたに嘘を吐かれたと思ってる訳だから」

 

 

「……本当にあった話なのに」

 

 

「そういう問題じゃないの。私が御息所の生死について口を滑らせたのは軽率だったかもしれないけど、亜也子が今のあんたに多少の不信感を持っているのは事実。本当にこれから気をつけなよ」

 

 

「うげぇ。折角、土地までやって。御恩と奉公が……」

 

 

「普通の武士ならそれで丸く収まるかもね。でも、今の亜也子は誰のせいか知らないけど、名誉欲が膨れ上がってる。『綱切』なんか投げつけてまで無理に拾うから……ま、何はともあれ、土地で罷るとは思わないことだね。この一年、あんたの女になって名声を更に響かせるつもりだっただけに、衝撃が大きかったみたいだよ」

 

 

「……どくせぇなァ。これだから男女って

 

 

 ポツリと口から微かに溢れた言葉は魅摩に聞こえていなかった。

 後から振り返れば、ずっと先の世で噴出する厭世観のような何かがこの頃には既に俺の内側で醸成され始めていたのも知れない。

 しかし、今の俺はそんなことなど毛筋も予感していなかった。

 

 

「ま、今は鹿肉でも食べて落ち着きな。好きでしょ?あんた」

 

 

「ああ……そう言えば、師冬が今度京でご馳走してくれるらしい」

 

 

「へぇ?あの優男が?どんな料理が出てくるんだろうね」

 

 

「意外と養父(師直殿)から料理を教わってたり……うん、無いな。師冬なら料理する前の食材の時点で堪え切れずに、食い付きそうだ」

 

 

 何気に師冬との袖の触れ合いを楽しむ自分が存在している。

 言うまでも無く彼が逃若党の吹雪であった頃には全く予想だにしていなかったことだ。これも尊氏様の神力の功徳に違いない。

 より一層の精進を心に決め、茶碗を片手に鹿肉を箸で摘んだ。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 楽しみにしていた師冬との食事会が延期になった。もっと正確に言えば、京ではなく近江国において俺の主催として実施された。

 原因は明白だ。二ヶ月もの間、花山院に幽閉されていた尊治の(後醍醐)()()が去る十二月二十三日、遂に脱走して、吉野へ逃れたのだ。

 当然、京周辺は右へ左への大騒ぎとなり、師冬と顔を合わせたのは新年を迎え、北陸への増援出動を目前に控えた時機となった。

 

 

「あの髭親父……命を取らない以上、どうあっても逃走していただろうが、何と間の悪いこと。この俺が師冬殿の料理を楽しみにしていたというのに」

 

 

「……色々と言いたいことはありますが、一つだけ。どうして私自ら料理を作ることになっているんです?私としては執事職に就任した際に備えて、客人を招く練習台にするつもりだったんですが」

 

 

「安心しろ。言ってみただけだ。だけど、料理は四条家などの包丁道や他でもない師直殿を見ても分かるように、立派な出世の手段の一つだ。師直殿の猶子のお前も覚えて損はないかも知れんぞ?」

 

 

「そこまで言うなら、今度やるだけやってみますか。味見役はお願いしますよ。西国出身の方の味の好みは良く存じませんので」

 

 

 恐らく師冬が出世のために料理をするとなれば、出す相手は主君の尊氏様や嫡男の義詮が専らだろうが、公家や西国武士たちとの付き合いを考えて、別に覚えておきたいということだろうか。

 しかし、いずれにせよ俺以上の適任が師冬の身近に居る筈だ。

 

 

「……師直殿に教わろうとは思わないのか?関東出身の師直殿とてここ数年で、すっかり西国風の味付けに気触(かぶ)れているようだが」

 

 

「頼める訳ないじゃないですか。ただでさえ多忙な方なのに」

 

 

「はン。そらそうだ。大体、絵面からしてチャンチャラ可笑しい。仏頂面の師直殿と仮面を付けた師冬殿が並んで料理していたら」

 

 

「あれでも偶にホッコリされてるらしいですよ。師泰様(義叔父上)曰く」

 

 

「あれでも、な?……ま、その内手取り足取り教えてくれるやも。次期執事有力候補と足利家の皆々方に見込まれている訳だから」

 

 

 冗談を交わしつつ、俺と師冬は各々の膳の上の食事を掻き込む。

 もう俺も数えで齢十二だ。身体の欲する食事量は日を追うごとに増していく。五年後には亜也子以上の、土岐頼遠にも匹敵する肉体を手にしているかもしれない。何せ前の世代の話で言えば、六角(先代)()()がかつての六波羅探題に、今の時勢(足利政権下)では諸家の頭(外様のトップ)とされるあの土(土岐頼)()頼貞(の父)を個の武で凌駕していると評価されていたらしいのだ。

 血と汗の滲む日々の鍛錬を重ねれば、将来性は十分あるだろう。

 

 

「それにしても最近は北陸の対新田軍の戦況もあまり芳しくないらしいな。金ヶ崎城(北陸王朝軍)も冬に籠り始めた訳だから、然程の兵糧の備えがあるとも思えず、尾張(斯波)高経殿が諸将を従えて長期戦(兵糧攻め)に持ち込めば、まず勝ちだと思っていたが、そこまで甘い話でもないようだ」

 

 

「どうやら城内に後醍醐の先帝の吉野遷幸の話が漏れ伝わっているみたいですね。それに北陸の豪族が噂で動揺し始めたようです」

 

 

「瓜生(たもつ)だっけ?……吉野遷幸の噂を聞いて敵方に表返ったとか」

 

 

 難攻不落の杣山城に拠る瓜生保は昨年の中先代の乱で、時行軍とほぼ同時期に北陸で挙兵した名越時兼軍を滅ぼした名将である。

 だが、今度の戦では麒麟児(斯波家長)を子に持つ名将の高経に踊らされた。

 偽綸旨を見せられたことで、一時は足利方に翻意し、自らを頼った新田義顕(義貞の嫡男)脇屋義助(義貞の実弟)への協力を拒み、彼らが行軍を断念して総大将の義貞の元へと帰還せざるを得なくなった原因と化したのだ。

 ただ、瓜生の足利方としての行動も長くは続かなかった。一族の者たちが脇屋義治(義貞の甥)を擁立したことに加え、大和国吉野における南朝成立という重大ニュースに接し、高経の手配した綸旨が偽物だったことを知って、再び新田方として活動するに至ったのである。

 

 

「しかし、ああも短期間で表返ると流石に節操を疑うな。立場上やむを得ないことだとしても、俺なら恥ずかしくて穴に入ってる」

 

 

「……何でしょう。不思議と目に浮かびます」

 

 

「冗談だぞ?おい……ま、高経殿は一時限りでも瓜生を寝返らせ、義顕たちに遠く越後国への帰還を諦めさせることに成功したんだ。これだけでも戦略上、相当大きいぞ。帰国されていたら、目も当てられないことになっていた。あの若手武将が本国で再挙兵など」

 

 

「違いないです」

 

 

 この時、いずれ笑い話で済まなくなるとは露程も考えていない俺は北陸事情に思いを馳せる。仮にも高一族の師冬が相手である。

 金ヶ崎城包囲網に参戦していた瓜生に関所で偽の通行証を使われたことにより、担当区域(警戒箇所)において脱走を許す結果となってしまった高師泰やその執事の山口入道の話は避けておくのが無難だろう。

 ここはやはり共に敵として戦った若武者の話題がベターである。

 

 

「高経殿の才知はそれこそ曹魏の司馬懿にも匹「下手な駄洒落は寒いので、止めてください」前置きに突っ込まんといて……コホン。そんな高経殿の包囲網をたった十六騎(擦り減った小勢)で不意打ちの末に破って金ヶ崎城へ戻るとは義顕たちめ、敵ながら上手くやってくれよるわ」

 

 

「ああ、その件ですか?師直様(義父上)が申されていましたが、尊氏様が義顕再入城を聞いて激怒したらしいですよ。早朝特攻を仕掛けた()()()の猛烈な勢いに騙された挙句、杣山城からの敵勢(援軍)だと誤認して包囲網が崩壊するとは情け無き限りなり。それで増援だ何だのと」

 

 

「マジか……聞いておいて良かったァ。冗談抜きで」

 

 

 今でも尊氏様の御心は測り難いところがある。噂では後醍醐脱走の折にこれで見張り代が浮くと喜んだかと思いきや、義顕たちの八面六臂の奮闘を聞いて激怒するというのだから、尋常ではない。

 だからこそ我が身命を捧げるに相応しい御方というものだろう。並程度では価値を見出せない。その後継が傑物ならいざ知らず。

 

 

「このままだと尊氏様の閲兵を賜りし時に、畏れ多くも御方をうっかり御不快にさせるところであったわ。いやあ、危ない危ない」

 

 

「全くですね。ところで、尊氏様の閲兵を賜るということは北陸へ増援に赴く前に大軍で京を訪れるおつもりですか?千寿丸殿は」

 

 

「へ?駄目なん?尊氏様だってお喜びになる筈なのに」

 

 

「……どう考えても直義様(弟殿)が許可を与えさせないでしょう?京に何万騎もの軍勢を引き入れて、混乱が生じれば責任問題ですから」

 

 

「あ」

 

 

 建武四年春、若き近江国(大国)守護の俺は雪解けを待って動き出した。

 これにより、南朝成立後も依然として新田義貞たちが比叡山で得た三種の神器と共に担ぎ上げる恒良親王の北陸王朝を滅ぼすべく、包囲網を形成した足利軍の数は十万騎にまで達することになる。




瓜生、瓜生と書いててマガジンかと思いました(小並感)
『アオのハコ』の一期アニメも終わったので、来月からは『ウィッ(私は英語の)チウォ(教科書が)ッチ(好きです)』を楽しもうと思う一方、『逃げ若』の二期を早く見たい気持ちがどうしても有ります。特に魅摩に注目したいところ。
本誌に関しては……落ち着くところに落ち着いたという印象です。
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