崇永記   作:三寸法師

99 / 202
◆1

〜1〜

 

 

 夜明けには京への撤兵を開始するという頃、六角家当主の俺は同じ足利方の武将の師冬と共に、金ヶ崎城の戦場跡を訪れていた。

 この一年半近くもの間、足利方の脅威となっていた新田軍は恐れるに足らなくなった。たとえ義貞(新田左中将)義助(脇屋右衛門佐)が存命であろうともだ。

 

 

「金ヶ崎城内に義貞や義助の姿は無かった。これは確かだ。落城前に脱出していたと見るのが妥当だろう。向かった先は義治の杣山城なのか、それとも他の何処かなのか……が、いずれにしろ些細な話に違いない。彼らは城に残った両親王や義顕を失ったのだから」

 

 

「本当に良かったのですか?有りのままを語っていれば、貴方が軍功第一となっていたでしょうに。さすれば、尊氏様はますます貴方に重きを置いた筈だ。少年期を過ぎても永久(とこしえ)に続く恩寵です」

 

 

「……軍功は義顕以外でも狙える。軍神(楠木正成)の後釜とかな」

 

 

「楠木正行ですか。吉野に参内したそうですが、その後これといった軍事行動は聞きません。精々が河内国で細川顕氏軍と緊張状態に入った程度です。ただ、正行が本当に貴方が認める程の才覚の持ち主ならば、顕氏殿が破られるのも時間の問題かもしれませんね」

 

 

顕氏殿(豚カツ)なァ……正直言うとさ、才覚なら同じ細川一族でも、今回の遠征に従事した頼春殿の嫡子殿の方がある気がする。ま、正行の軍才の程を測るには丁度良い武将かもしれないな。豚カツ(細川顕氏殿)は」

 

 

「ですから、その豚カツというのは何なんです?豚を油で揚げたものと言うだけで、さっぱり実物を作ってくれないじゃないですか」

 

 

「その……下手に油を使って火事になるといけないからさ」

 

 

 粉にするパンの製法を覚えておらず、カツに必要な衣が用意できないとは恥ずかしくて口が裂けても言えず、俺は偽りを口にした。

 期待が外れて呆れたのか、師冬は溜め息を吐いて話を戻した。

 

 

「隠蔽のために敵将たちの亡骸に火を放っておいてどの口で、と言いたいところですが……まぁ良いでしょう。それより、亜也子の事は考えて頂けましたか?弟殿(直義)排除後の対京極家の方針も含めて」

 

 

「ああ、それな?考えとく言うたな。うん。そうだ。そうだ」

 

 

「何も考えてない顔ですね。口振りも真剣さが感じられません」

 

 

「だって、めんどいんだもん……」

 

 

 あっさり師冬に嘘を見破られ、俺はポロッと本音を溢した。

 これまで検討を加速すると言って、無駄に亜也子を推し挙げようとする師冬の催促を躱し続けていたが、そろそろ限界らしかった。

 そもそも安易に検討という謳い文句を使ったのが拙かったかもしれない。どうやら田舎育ちに婉曲的な断りは通用しないようだ。

 

 

「はぁ。前々から貴方は本質的なところで、尊氏様に似ておられると思っていましたが……まさかここ迄とは思いませんでした」

 

 

「え?マジマジ?」

 

 

「褒めてませんよ?」

 

 

「おいおい。尊氏様に似ているなんて、そりゃ褒め言葉でしかないでしょうが。あれか?気を遣って恐縮と言った方が良かったか?」

 

 

 嬉しさでいっぱいになり、俺は得意げな面持ちで捲し立てる。

 一方、師冬は仮面を付けたまま、額に手を遣り首を傾けた。

 

 

「千寿丸殿……私に無理強いさせないでください」

 

 

「……あのさ、何故そこまで亜也子を推す訳?元仲間だから?」

 

 

「無論、情けのためではありませんよ。もし亜也子が血の繋がった妹だったなら、決して貴方には嫁がせません。貴方は婚姻相手の幸せなど微塵も考えない人でしょうから。ですが、そんな人としての欠点も、大名としての貴方の価値に比べれば、霞んで見えます」

 

 

「へぇ。その価値とは?」

 

 

 どこまでも師冬は他者を出世の道具としか見ていないらしい。

 ただ、俺は別にそれが悪い考えだとは思わない。一定の階級に身を置けば、まま起こり得る話だからだ。よって、随分はっきり言ってくれるなァと他人事のように心中で溢しつつ、含意を尋ねた。

 

 

「何を今更。既にお分かりの筈だ。足利の政権運営を司る者にとって京極道誉(腹黒坊主)の存在は害でしかない。高師直の猶子たる私がその地位を得る時も同じです。真の政権運営者を志す身として、将来的な排除の手段を確保しておかねばなりません。故に、この世で最も京極家を抑えられ得る貴方(千寿丸殿)がこのまま(道誉)に取り込まれては困ります」

 

 

「……」

 

 

 存外、師冬は上手かった。俺の自尊心を的確にくすぐっている。

 しかし、俺は記憶していた。京極家の排除は実現不可能だと。

 

 

「師冬殿……京極家排除は諦めた方が良い。無理がある」

 

 

「どうして?佐々木惣領の貴方にとっても、道誉の台頭は面白くないでしょう?貴方には義顕(新田家嫡男)さえ討ち取れる程の武力がある。武家最高峰の家格があり、知力すら年齢離れしている。ただ、いつも風上に居るのは武力で劣る佐々木道誉。つまり、分家の京極一族だ」

 

 

「……あのな。第一、義顕(新田越後守)が全快だったら、幾ら俺でも」

 

 

「千寿丸殿。飢えた者には飢えた者なりの強さがありますよ」

 

 

 かつては海外進学すら狙えた知性があっても、世が世なら大学を首席卒業できたであろう師冬が相手の舌戦勝負は厳しかった。

 どう処すべきか。いっそ四職に関する知識を高師冬に明かしてしまうべきなのか。いつぞやの三浦八郎に仄めかした時のように。

 しかし、迷っている間に、師冬は致命的な一石を投じていた。

 

 

「そもそも尊氏様のお側に侍る時間は道誉の方がずっと長い」

 

 

「ッ!」

 

 

「お分かりか?京極道誉は貴方の味方ではない。いつか本家の六角家を食い尽くす事を企んでいる。千寿丸殿が神力のある魅摩殿に拘れば拘る程、その危険性は高まる。魅摩殿でなければ、亜也子以外の女子でも構いませんが、足利首脳陣も噂に聞いた事のある女弁慶の子なら、正室腹でなくても貴方(佐々木惣領)の後継になり得るのは確かだ」

 

 

 沸々と腹の内から何かが湧き上がるのを感じた。今までにない感情だった。俺にとって何が重要なのかは元より決まっている。

 こう言う時、何と言えば良いんだろう。俺が迷うと、脳裏をある言葉が過った。さぁ、口に出そう。「ほな道誉と違うかぁ」と。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 新鮮な海産物に少しばかり名残惜しさを覚えながらも、北朝軍の大将の一人として俺は六角家の軍勢を率い、若狭国を後にする。

 もう二度とこの地を踏む機会は無いかもしれない。新田兄弟の本当の生死次第な話だが、金ヶ崎城を遠目に見て、そう思った。

 

 

「義顕たちの末路を見ると、日々の食事の有り難さがよく分かる。な、師冬殿?まさか帰京中までウチ(六角軍)で暴飲暴食をするとはな」

 

 

はひかふいはした?(何か言いました?)

 

 

「……うんにゃ。何でも無い」

 

 

 足利軍への帰参が叶ってから一年半と少しが経って、方面軍の軍師を任される程にまで出世した、かつての彦部吹雪はもう誰の目も憚るまいとばかりに、前にも増して六角軍に入り浸っていた。

 他の者たちは若衆同士で仲良くしていると思っているらしいが、食糧もタダでは無い。幾ら何でもそろそろ師直に馳走して貰わないと割に合わないだろう。京に入れば、早速行動に移すべきか。

 

 

「そういや、師冬殿。お前って妹居たの?」

 

 

「ブゥゥッ!」

 

 

「おい、大事な食べ物を噴き出して無駄にするな!勿体無い!」

 

 

「……すみません。急に言われるものですから」

 

 

「全く……余程大事と見えるな。その妹とやら」

 

 

 もう一年半以上もの間、六角党で我が便女として働いている亜也子から、師冬……元逃若党の彦部吹雪に関する話はそれなりに聞いていたが、妹が居たとは初耳である。恐らく相当の美形だろう。

 ここで、俺は思い出した。逃若党加入以前の師冬(彦部吹雪)に父親殺しの過去があるらしいという話を。勿論、今は尊属殺人で裁判沙汰になっていたという昭和よりずっと昔で、最悪の不孝だ。通常ならば。

 聡明な吹雪が大それた行為を犯した経緯が何となく想像できた。

 

 

「千寿丸殿。今貴方、勝手な想像をされているでしょう?」

 

 

「ん、んー?何の事やら」

 

 

「言っておきますけど、我が妹はもうとっくに死んでますよ」

 

 

「はれ?売られたんじゃないんだ?」

 

 

 この時代、子女が売りに出される事はあり得ない話ではない。

 かつて鎌倉幕府の三代執権北条泰時が飢饉時における人身売買の合法化に動いて以来、再禁止など何のそので行われているのだ。

 実際、この翌年には深刻な食糧不足から子を売る親が続出する。

 逃若党加入直前には見知らぬ子どもたちを守るため、知恵を活かしていたらしい師冬(彦部吹雪)がどう反応したものか。気になって話を吹っかけた俺に対して、師冬は仮面姿のまま呆れて溜め息を溢した。

 

 

「どんな想像してるんですか?貴方は」

 

 

「ごめん。てっきり……ね?」

 

 

「"ね?"じゃないですよ。本当に……確かに少しの掛け違いでそうなっていても可笑しくない身の上でしたが、流石に不謹慎です」

 

 

「そう?死んだのなら売られたよりは良いんじゃ」

 

 

「何一つ反省していない……これが義顕(新田家嫡男)を討ち取った武将だとは」

 

 

「何を言っているのかな?師冬君。南朝最強の猛将の越後守(新田義顕)を未だ数え十二の俺が討ち取れる筈がない。彼は壮絶に自害したのさ」

 

 

 正直に言えば、新田家嫡男の義顕に武の素質で負けているとは思わないが、八つ歳上のヤツが長い籠城生活のせいで飢えていなかった場合、つまり、本来の実力差というものを重々理解している。

 だから、これで良いのだろう。新田義顕も尊良親王も追い詰められて自害という末路を迎えた。この結末こそが最も美しい筈だ。

 

 

「本当に白々しいですね」

 

 

「でも、その方が良いんじゃないの?同胞の血肉を貪った義顕たちでも自害という立派な筋書きならば、少しは浮かばれるというものだろうさ。戦死後、味方に腿肉を喰われた新田兵も含めてな」

 

 

 快活な笑みを溢す俺は気が付かなかった。師冬の様子の変化に。

 こうしたところへ伝令兵がやって来る。もう直ぐ若狭国と北近江の国境である。ただし、京への道はまだまだだ。今から凱旋後の尊氏様への謁見が待ち遠しい。俺は伝令兵の言うことに口角を上げて了承の旨を表した後、少しだけ俯く師冬の方へと振り返った。

 

 

「聞いたか?中々面白い趣向が……師冬殿?」

 

 

「千寿丸殿。先程の話ですが」

 

 

「お、応」

 

 

「本当に自害という幕引きであれば、義顕(新田越後守)たちも……屍を肉とされた敵兵たちも浮かばれるのでしょうか?彼らは曲がりなりにも新田家の天下のため戦ってきた……その道半ばで死んだのですよ?」

 

 

「……武士ってそういうものだろ?誰も彼もが望み通り、本懐を遂げられる道理はない。だが、終わり良ければ全て良しだ。まして武士なら。幕引きさえちゃんとしてりゃ、誰もが惜しむだろうさ」

 

 

 何でも無いかのように思った事を素直に告げてみる。裏表も偽りも無い言葉だ。小首を傾げる動作すら自然と発露したものだ。

 俺は不思議に思った。他人に冷たい師冬が無駄に義顕たちの名誉を気に掛けた事だけではない。仮面の裏で、さも青天の霹靂だとでも言いたげな、清々しさに包まれているように感じられたのだ。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 嫡流筋(足利宗家)に匹敵し得る名家らしく秩序を重んじる上、我の強い尾張(斯波)高経が敵残党の処理に当たるべく北陸での駐屯を続ける手前、京へ凱旋する部隊は婆娑羅武将の師泰に従う将が殆どだ。勿論、彼らの多くは遠征中に発布された式条(建武式目)に不満である。婆娑羅武将ではない俺ですらそうなのだから、師泰や道誉、それに土岐頼遠に至ってはかなり腹に据えかねているようだ。では、一体どうするべきか。

 丁度、凱旋という打って付けの名目がある。ならば着飾るしか無いだろう。それはもう直義がひん剥く程、華美な装いをして。

 

 

「ほ、本当にこんなに煌びやかな格好で大丈夫なのか?昨年の式条に思いっ切り違反しているような気がしてならないのだが……」

 

 

「問題有りません。未来にはこんな言葉が出来ている筈です」

 

 

 すなわち、「赤信号みんなで渡れば何とやら」である。ただでさえ直義が 先の式条(建武式目)の実質的な発布者だと諸将にバレているのだ。

 まして手柄を立てての凱旋で、華美な装いをして何が悪い。この精神により、佐々木や土岐、師泰軍は勿論、小笠原軍までもが道誉のプロデュースした「美々しい」体で京の街を練り歩いて居た。

 後の古典『太平記』において簡潔に言及されたこの件に限らず、諸大名は建武式目を無視した振る舞いをし続けることになる。足利家執事の師直は言わずもがな、この翌年に東国から上洛した直義派のとある武将すら、京でバカみたいな髪型を継続していたのだ。

 

 

「ぬぅ。赤信号とやらはどうせ御主の頼重(諏訪明神)染みた戯言に違いないから百歩譲るとして……仕来(しきた)りはどこへ行ったのだ!仕来りは!」

 

 

「お言葉ですが、師匠(貞宗殿)……皆が皆、仕来りを重んじるのであれば、政権転覆なんて生じ得ませぬ。折角の新たな武家政権です。我らの行いが今後の仕来りになるの精神で参ろうではありませんか」

 

 

「その精神を持った(後醍醐天皇)は今、遥か南の山奥(吉野)に居られるがな!」

 

 

「ええ。ですから、北朝武将の我々が仕来りを気にする道理はございません……ま、私などは公家たちとの付き合いもありますから?精々、各部隊をそれぞれ色で統一してみるといった程度ですが」

 

 

「全く、半端に人目を気にしおって……」

 

 

「そう申される師匠(貞宗殿)は結局、道誉殿の勧めに従った装いですか」

 

 

 存外、小笠原貞宗という武将は押しに弱いらしい。道誉の口八丁だけでなく、土岐頼遠の無言の圧力にも引かざるを得なかった。

 弓馬の手本足るべしとされた貞宗も少しずつ老いる筈だ。元服前の俺の武力が日増しに伸びて急速に差が縮まっている分、師と仰ぐ武将の衰えの兆しがはっきり分かってしまう事が悲しく思えた。

 

 

「端からこうなると分かって()れば、反発したわ!都人(みやこびと)に田舎大名と笑われないようにしようと気張った挙句、この様よ!笑え!」

 

 

「ぷーくすくす」

 

 

(まこと)に笑うヤツが居るか!大体、何ぞ!?その笑い方は!?」

 

 

 数え齢十二でも一端の守護大名だ。しかも、京と目と鼻の先でいざという時の政変に対応可能なのみならず、東方から京を目指す軍勢が必ず通るであろう近江国の守護を任されている身だ。今年中には正真正銘、猛将の仲間入りを果たしておきたいところである。

 貞宗との会話を楽しむ傍ら、俺は思う。まだ足りない。二十年後までに将軍(尊氏公)麾下最強の武臣となっている事こそが第一の目標だ。

 つまり、隣国の美濃国を治める外様最強武将を遅かれ早かれ超えねばならない。麾下の便女に恐れ慄くなど言語道断であった。




原作の命鶴丸の活躍ぶりが想定以上でした。また、時行とちょっと似てる向きがあるそうで。直近の方のインターミッション以前から命鶴丸と千寿丸、そして別のとある一組が雰囲気似ている(要は尊氏のストライクゾーン)という構想はしていたので、ささやかながら手応え(?)を感じました。
ところで、細川顕氏のデザインのモデルがとある外国人野球選手のようですが、成熟後の千寿丸の外見イメージを同様に例える場合、かなりのビッグネームが。現段階では明言までしませんが、石津の戦いのどこかの後書きを使って、確定させるかもしれません。
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