ダンまち外伝【エクストラ・オラトリア】 作:黎明のカタリスト/榊原黎意
□ギル
センセイは俺に刀だけ預けてもうしばらく顔を見せに来ない。
俺は冒険者になりたくて、それでもあの娼館に孤児として縛られていた。
『もし仮にお前が冒険者になるとして』
『お前は冒険することができるのか?』
『それとも冒険者という生業に甘んじて、ただ無為に人生を浪費するのか』
そんな時に、あの男は現れた。
まるで隙間から差し込む一条の陽の光のように。
『冒険とは、危険を冒すことだ。断じて安全を取り続けながら前に進むことじゃない』
『お前が聞いてきた冒険譚の主人公達は何れも冒険をしてきた。命と何かを天秤にかけて、その何かを掴むために命を懸けてきた』
『娼館の用心棒になるべく技術を磨いてきたお前に、冒険を夢見る心はあれど、危険を冒すだけの胆力があるようには思えない』
「なんとでも言えよ。俺は冒険者になる」
「そう決めたんだ」
俺は絶対に譲らなかった。譲れなかった。
なんと言われようとも、俺は冒険者になるのだと。
そうしてある日、男はバツが悪そうに頭を掻きながら再び俺の前に現れたのだ。
『……はあ。めんどくさ』
『まあそれ以外に答えなんてないって顔してるもんな。リマトさんも絶対分かってただろうに』
『仕方ねえ』
『────来いよ、ギル。僕がお前を
差し伸べられた手を拒むなんて選択肢は、少なくともその時の俺には無かった。
そして、それは今も変わっていない。
あの時から俺はあの太陽に照らされているのだ。
□
まず第一に、ダンジョンとは人間にとって危険な場所である。
これは神の恩恵を得た冒険者であっても例外ではなく、どれだけ
昨日笑いあった友が、その次の日には屍を晒し、それどころか一欠片も痕跡を残さずに忽然と姿を消すことも稀ではない。
ダンジョンにあるのは、死だ。
だからこそ、世間一般で言う普通の冒険者達は自分の身を守る武装の手入れを怠らず、生命線に成り得るポーションへの出費を惜しまない。ありとあらゆる懸念材料を出来うる限りで排除し、生きて帰るための最善を尽くす。
そして、そんな臆病な程に慎重な備えを行った冒険者達で
まあ、何が言いたいのかと言えば。
「ギルくん? 私、いっつも言ってるよね?」
「……はい」
「どうしてまた約束を破ったのかな?」
俺ことシャマシュ・ファミリアに所属するただのギルという冒険者は、その最善を尽くすことを怠り、独りでダンジョンに潜った。
今、その罰を受けていた。
俺の担当アドバイザーであるエイナさんが如何にも怒っていますという雰囲気を醸し出しながら俺を睨めつける。
エルフの血を受け継ぐハーフエルフらしく眉目秀麗な年上美人に睨まれるなど、我が主神ならば「何それ裏山!!!!」っと騒ぎ出すであろうが、しかし今回ばかりはそうも言ってられないらしい。
瞬間、視界がブレて額に強烈な痛みが走る。
「エイナさん、うちのガキがほんっとーにすいません!!! おいギル、お前も謝れ!」
「……すいませんでした」
「あ、いえ、神シャマシュ、そこまでされなくても……ギルくん、大丈夫?」
机に思い切りぶつけられたことで額から発されるじんじんとした痛みに堪えながら、横目で犯人、いや犯神を見上げる。
透き通るような金髪に、宝石のような金色の眼。その顔立ちは優男そのもので、普段の軽薄なナリが身を潜めている今は正に清廉で頼りがいのありそうな美丈夫そのもの。
エイナさんから神と敬称を付けられた彼は紛うことなき神。俺が所属するシャマシュ・ファミリアの主神シャマシュ本神である。
「いーえ、コイツには今日こそキツい灸を据える必要があります」
「それは確かにそうかもしれませんが……それでもギルくんも反省しているようですし……」
「なあギル、お前今回で何度目だ?」
「……十六回目」
ぱこーんと子気味の良い音が夜のギルドに響き渡る。痛い。いや、先の机にぶつかった時の痛みも含め、恩恵を持つ今の俺からすれば大した痛みではないのだが。
しかしこれは明らかに俺が悪い。
「バカヤロー! お前、何回エイナさんに世話掛けさせてんだ! 二、三回ならお父さん、ギルくん若いねって許しますけどね! 十六回ってなんだよお前反省したことあんのかオイ!」
「シャマシュは俺の親父じゃないだろ」
「僕はリマトさんと宗矩からお前のこと託されてんの!! 父親みたいなもんじゃろがい!」
うぐ。母さんとセンセイのことを出されると厳しい。
普段のシャマシュの言葉ならやれ娼館行こうぜだの、やれカジノ行こうぜだのと無視できるのだが、今回ばかりはどうしようもない。
「……はぁ、ったく。まあ、生きて帰ってきただけ上出来か」
「はい、そうですね。流石にそろそろやめてほしいですけど……」
「う、善処します……」
「まあ、言ってやめるようなら冒険者続けてねえよなあ」
「それはそう「同調すんなコラ」……はい」
同調しようとして一喝されたことで肩を下げた俺を一瞥すると、シャマシュはこれで話は終わりと立ち上がった。
「とりあえず先にホームに帰ってっから、換金したらお前もさっさと帰ってこいよ」
「神シャマシュ、本日は御足労頂きありがとうございました」
「いーってことですよ、エイナさん。またギルがなんかしたら呼んでください。僕だったらすぐに駆け付けますんで!」
おちゃらけて気の抜けた雰囲気に戻った彼の背を見送ってから、エイナさんは再び僕の前に腰を下ろした。
その目には理知的なそれ以外に、母や姉から向けられるような慈愛が含まれているのが簡単に分かって、俺は気恥ずかしくなりながら沙汰を待つ。
「と、いうことで次に約束破ったら一ヶ月間探索は無しだからね」
「ア、ハイ」
俺は目の前の鬼に心底恐怖した。
「本当に心配したんだから……ベルくんもキミも、どうしてそんなに血気盛んなのかなぁ。心配する身にもなって欲しいんだけど……」
「返す言葉もございません……」
ここまで心配されているのだ。その心配を無下にできようはずもない。
……今日はたまたま普段から探索を共にする二人が装備の手入れで休みだったために一人で潜ることになったわけで。いやまあ、そもそも二人が休みだから俺も今日は一日休暇だったんだが、そこはほら、逸る心を抑えきれなかったということで。 ……ダメ? ア、ハイ。
しかし、流石に俺も十三の若輩とはいえ弁えてはいる。
「安心してくれ、エイナさん。俺はもう無茶はしない」
「うーん。信じていいのかなあ……」
解せぬ。