壊れてしまったレフィーヤさん~妖精は髪を切り、そして英雄に依存する   作:37級建築士

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鬱展開、ダークなベルレフィが書きたくて


第一章~鋭角線上のティンダロス
(1) 壊れた心、繋いだ手


 

 

 

 

 

 

 ダンジョンで命を落とす。そういう冒険者たちの話は多く耳にする

 

 皆、夢を抱いて、夢に挑んでそして命を落とす。悼む声もあれば、その生き方と終わり方に称賛の声をかける言葉もある。

 

 生きるか死ぬか、その二元論だけでダンジョン探索を語ればさぞ語り部は情熱的で人を引き付ける物語性を見出すだろう。

 

 喜びと悲しみ、相反する二つ、生死をかけた人の生き方がダンジョンにはある。犠牲も、生還も、等しく美辞麗句で人々の間に伝播する

 

 ただ、その一方でこの二つに当てはまらないものは、多くの人に関心を持たれない。

 

 ダンジョンに挑む、そして得られる結果は二つではない。

 

 ダンジョンに挑み勝ち抜き生きる結果、夢半ばに命を散らし後の道となる儚い結果、その二つに当てはまらない冒険者の末路を、多くの人々は語らない。

 

 人々はダンジョンに夢を見る。夢を見るからこそ、目を背ける

 

 華々しく生きることも死ぬこともできない、生きながら死んでしまった冒険者の末路には誰も目を背ける

 

 ダンジョン、冒険者、そんな世界の住人がたどる三つ目の道。落伍の結末には目を背け、みな華やかな生と死に着目する

 

 壊れた冒険者には、誰も関心を向けない。だから、壊れた冒険者の末路はこの世で一番おぞましい

 

 

 

 

 その、救いようがない現実を、僕は今初めて痛感している

 

 

 

 

 

 

 

 

~ディアンケヒトファミリア本部、治療院~

 

 

 

<特別治療隔離個室>

 

 

【レフィーヤ・ウィリディス】

 

 

 

 

 風が吹く。届かない高さの窓から風が吹き、部屋の空気を雪いでくれる

 

 今日は初夏様で、光が暑い日だ。風が吹くと心地がいい。

 

 レフィーヤさんも、熱いのはきっと嫌だろうから

 

 

「……レフィーヤさん、ご飯食べませんか」

 

 

 話しかける。白いベッドで体を起こしたまま、どこか遠くを見ているレフィーヤさん

 

 今だけ、いつもこうとは限らない。処方された薬を試していて、今日はその副作用でボケーっとする時間が多いらしい

 

 体の傷も……の傷もまだ癒え切らない体、治療は時間をかけて、焦らずじっくり行う方針だとアミッドさんは言った

 

 

「ごはん、食べませんか……味気ないお粥ですけど。ほら、デザートもあります」

 

 

 卓上に置かれたお盆に、一善のお粥と、そして小さくカットされた果物のシロップ漬け

 

 食欲が薄れる暑い日だから、せめて涼を感じさせるデザートをと提案した。

 

「……食べさせて、ください」

 

「!」

 

 惚けていた顔が、急に正気になったと思えばいつものレフィーヤさんの声になる。少し面食らって、けど安心する

 

 でも、以前であればこんな願いはしない。今のレフィーヤさんは、いい風に言えばそう、あまえたがりなのだ 

 

 

「利き手、使えないから……おねがいします」

 

「……あ、そうだね、うん」

 

 

 レフィーヤさんの言葉ではっとなる。そう、今僕はレフィーヤさんと手をつないでいる。左手で、レフィーヤさんの右の手のひらを、そっと合わせている

 

 あまり意識しないようにしているけど、指摘されるけどまた蘇ってしまった。掌の感触、体温で湿る空気

 

 手のひらから伝わる情報の生々しさ、これだけは一向に慣れる気配がない

 

 

「……ください」

 

「ごめん、いま……どうぞ」

 

 

 匙で掬った粥、病院食の無味な粥ではなくしっかりと栄養の取れるように作られたこの品、要は野菜と穀物の煮込みだ

 

 いい匂いがして、甘みと塩味も聞いたご飯。一口、木匙の先がレフィーヤさんの舌に触れる

 

 小さな唇が、細く形を変えて、匙をぱっくりと咥える。そうなれば、あとは匙を抜いて唇でこそげるようにすくった粥が舌の上にスライドする

 

 人が食べる所作、その細かな動きをつい目で追ってしまう。失礼かもだけど、でも間違ってのどを詰まらせてはと不安になって、毎回どうも必死になってしまう。はたから見れば、何と滑稽な僕だろうか

 

 

「ん……く、んにゅ……こっく」

 

 

「もう一口、行きますか」

 

 

「……はい、今日は全部食べたい、です」

 

 

 刺激された食欲、素直な声がお中から響いた。一回目のおっかな危ういペースから変わってさくさくと食が進む。

 

 夢中で食事を楽しむ。レフィーヤさんの目はなくなりかけのお粥からもう一皿のフルーツパンチに向かっている

 

 

「……お皿、持ちます」

 

 

 最後の一口、匙を唇から離すやデザートを催促する。少し恥じらいながら、けど食べたさでどこか幼さが目立つレフィーヤさん。つい、口元が緩むのは仕方ないかもだ

 

 

「お皿、貸して下さい」

 

「……え?」

 

「なんだか、子ども扱いされてるみたいです。お皿を持つぐらいはできますから、ほら……貸してください」

 

 

 うかつ、緩んだ顔を見られて、レフィーヤさんは強がりを発動してしまった。

 

 今、お皿はベッドに取り付けられた卓上の上。食べるなら、お皿は手に取ったほうが落とす失敗はない

 

 

「食べるのは、あなたを頼ります」

 

 

「……」

 

 

 だから、大丈夫だと、そう言い聞かせようとする。

 

 僕は、レフィーヤさんの左手にお皿を渡した。とくに、気に留めず

 

 あまり、子ども扱いするのは悪いと感じた。罪悪感が、判断を間違えさせた

 

 

 

 

「……じゃ、食べさせてください」

 

 

 

 

 最速、少しかわいらしく、こちらをからかう意図からしなをつくって、愛想を向ける。

 

 目を閉じて、顔を少し前に出して口を開く。親鳥から餌をねだる雛のようなふるまい、そこへすくった果物のかけらをシロップと一緒に

 

 小さくきれいな、レフィーヤさんの口の中へ、唇と舌、粘膜をなぞるように、慎重に

 

 

 

「ぁ、はむ……ん、ンッ」

 

「?」

 

「く、けほ……これ、お酒入ってる」

 

「!」

 

 

 むせかえるレフィーヤさん、背中をなでるべきなんだけど、手はつないだままだから、落ち着くまで見守るしかできない

 

 

……お酒、抜いてもらったはずなのに

 

 

 頼んだのはフルーツパンチ、要は果物の洋酒付けだけど、これはアルコールを飛ばして食べやすくしてほしいと要望を出したはずなのに、もしかしたら完全にアルコールを飛ばし切ってなかったのか

 

 それとも、味を優先して少しお酒を残したのか。いずれにせよ、酸味とアルコールの気を不意に食らったのは驚くことだ

 

 

「あの、変えてもらいましょうか。ごめんなさい、ちゃんと調べないで食べさせて」

 

「ん、けほ……ぁ、別にあなたが悪いわけじゃ。それに、調べるってことは先に食べるてことですよね」

 

「……ぁ」

 

 顔が赤くなる。気恥ずかしくて、顔をそむけてしまった

 

 

「考えが足りないですね、さすがベルクラネル」

 

 

 いつもの嫌味が地味に背中を刺す。今その口で読んだフルネーム、きっとベル・クラネルと書いて別の意味を含むのだろう。レフィーヤさん、僕の名前を妙な代名詞にしないでください

 

 

「……このまま食べます」

 

「え、でも」

 

「ちょっとびっくりしましたけど、このぐらいお酒が入ってるのは全然おいしい部類です……ん、甘い」

 

 

 おいしい、そう感想をつぶやく。匙で口に運ぶまでもなく、左手に持つお皿から直接汁を飲んで、恍惚な笑みを浮かべている

 

 

 

「……今、行儀が悪いと思いましたか」

 

「いや、別に」

 

「ふふ、甘いものが悪いんです。甘いものに惑わされたから、仕方ないことです……くぅ、ふにゃぁ」

 

 

 お皿に口をつけて、中のシロップを一口。少しお酒の気を残した甘酸っぱいシロップは病み上がりには染みる味なのだろう

 

 上機嫌で甘みに喉を鳴らす。これが獣人ならしっぽは左右に揺れて耳はぴくぴくと感情の機微をまるわかりにしていただろう

 

 

「……ぷは……ぁ、おいしい。本当に」

 

 

「気に入ってもらえたなら、おかわりでも」

 

 

 知るだけで半分がなくなった。器を見て、レフィーヤさんは素直に提案へとうなずく

 

 

 

「……じゃあ、お言葉に」

 

 

 

 甘えて、そういいこぼそうとした

 

 

 その、時

 

 

 

「ん、けほ、ごほっ……うぅ」

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

 むせた。甘い入った酸味と、そして微弱な酔いの気

 

 喉に絡む刺激で、せき込むレフィーヤさんは両手がふさがっていた。とっさに、ハンカチを貸そうと僕は右手の先に視線をそらした

 

 視線を外してしまった。レフィーヤさんから、目を離してしまった

 

 その、隙に

 

 

 

「ぁ、だめ……ッ」

 

 

 小さく叫ぶ、レフィーヤさんの声。咳き込み、揺れる体の動きでお皿を落としそうになる

 

 まだ、中身の入ったお皿、左手に持ったそれは滑るように、その手の拘束から零れ落ちそうになる

 

 傾く、落ちる、布団を、毛布をこぼしてしまうことを本能で危惧し、反射で体は動いてしまった。

 

 レフィーヤさんは悪くない、それは仕方ない行動だ。だから、悪いのは、僕なのだ

 

 

 

 

「あぶ、な…………ぁ、あぁあ、あああぁあああああアッァアアアァアアッッ」

 

 

 

 目を離した僕が、絶対的に悪だ

 

 

 

 

 

 

「レフィーヤさんッ!?」

 

 

 

 

 

 

 震える手、とっさに離れた手をもう一度つなごうとする。だけど、その前にレフィーヤさんは両の手を体の内側に抑え込んだ。丸まって、防御姿勢をとるように

 

 

 そうして、危惧していたことは、防げず

 

 

 

「……ぁ、あぅ、うぁッ……アアアアアアアアアアアッッ!?!?!?」

 

 

 

「……ッ」

 

 

 絶叫をまき散らし、レフィーヤさんは我を忘れて頭を振り払う

 

 手をつなごうにも、まずは暴れるレフィーヤさんを抑えないといけない。だから、乱暴でも、無理に肩をつかんだ

 

 

「い、嫌ッ 怖い、怖いぃいッ 助けて、助けてこないでッ 来てッ!! 誰か助けて、誰も来ないでッ!!!? ぅああ、あぁあああああッ!!!アァアアアアアアッ!!?!?!?」

 

 

「落ち着いて、レフィーヤさん手を出して」

 

 

 ベッドの上で暴れ狂う姿に、見ているこっちも恐怖が伝播してしまいそうで手がすくむ。

 

 きしむベッド台、卓上ははねのけられて、逃げるようにレフィーヤさんは床へと落ちる。いや、自ら飛び込んだ

 

 

「……レフィーヤさんッ、手をッ!!」

 

 

 もう、無我夢中だった。強引に力のこもった腕を奪って、無理矢理その手に僕の手を重ねさせた

 

 狂乱からの自傷行為、傷つけないために、守るために、僕はレフィーヤさんに乱暴を働いた

 

 

「ぁ、あぁあ……ぁ、はぁ、はぁはぁはぁっ ひ、はっく、ひっ すぅはあすぅはああ、ぁ、ああぁ……ああぁ」

 

 

「大丈夫です、大丈夫ですから……落ち着いて、ほら……手は握ってます。見て、こっちを見てください」

 

 

 正気をまだ失って、取り戻し切れていない。乱れた呼吸、過呼吸気味なレフィーヤさんに、僕は空いた手を出して、何度も指をパチンパチンと鳴らし続ける

 

 こっちを見るように、こっちに気付くように

 

 

 支えを失っていないこと、心を失っていないことを

 

 

 

 まだ、レフィーヤ・ウィリディスが完全に壊れ切っていないことを、この音で呼び起こして認識させる

 

 

 

…………パチン、パチン、パチン

 

 

 

「————……ぁ、ぁあ」

 

 

「見てください、見ましたか……次、手を強く」

 

 

 

 一つ一つ、段階的に心を、崩れた心の積み木を建て直す。

 

 焦点が定まる瞳、徐々に整いだす息の音

 

 

 

「…………わ、わたし」

 

 

 

 ごめんなさい、悲痛な音色で繰り返す言葉で、レフィーヤさんの瞳は大粒の涙でくれる

 

 左手で正面からつかんだ右の手を、痛いほどにギュッと握って

 

 嗚咽を漏らし、レフィーヤさんは僕の服を濡らし続ける

 

 

 

「————————ッッ!!!??」 

 

 

 

 はき散らす嗚咽、僕はそれを黙って、静かに受け止めるだけ

 

 涙と吐き戻しでひどくなるあなたを拒まず、右の手でなんどもあたまを、背中を、心を安心させる心地を撫で続けることで捧げる

 

 

 ひどく、気持ち悪い気分で、感情で、あなたは何度でも僕にごめんなさいを言い続ける。自分の状態を理解して、罪悪感をいっぱいに、そのうえで逃れきれないこの強依存の関係に後ろめたさを覚えながら、それでもと

 

 

 レフィーヤさん、あなたは壊れてしまったから。だから、本当にすべてが壊れ切ってしまわないように、ベル・クラネルに依存し続けるのだろう

 

 

 

「うぅ、ぐ……ごめん、なさい……きたなくて、ごめんなざいっ うぅ、わぁあ、あッあぁあああッ」

 

 

 

 まき散らす悔恨、それでも離せない繋いだ手の依存。

 

 いつ治るのか、いつまで壊れ続けているのか、明日もわからず僕は今日もここにいる

 

 

 

「……人が、来ます。鎮静剤、きっと眠ることになります……でも」

 

 

 

 救えなかった。助けられたけど、あともう少し発見が早ければ

 

 まだ、ここまでの惨事にはならなかったのでは。そう思わない日はない。周りが何と言おうと、僕は貴方を救えなかった結果を、受け入れて、飲み干して

 

 そして、責任を果たすと誓った。そのうえで、もう一つ

 

 

 

 

「そばにいます、離れないよ……レフィーヤさん、あなたはきっと、きっと」

 

 

 

 

 たとえ今は壊れていても、僕が必ず立ち直らせると

 

 レフィーヤさん、あなたはここで終わっていい人じゃないと、まだ落伍者には早いと

 

 僕は、みっともなく泥臭く、最後まで最高の結末を掴み取る

 

 

「壊れても、まだ終わりじゃない。終わらせないッ……僕が、貴方をきっと、もう一度立ち上がらせてみせるから……だからッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 壊れてしまった冒険者に意味はない。壊れた冒険者に価値はなく、はじめからその存在はいないものとして歴史は処理していく

 

 華やかな生きざまも死にざまも残さない、そんな者がたどる帰結。否定したくとも、それが大衆の見解であり、世の理

 

 どんなに叫ぼうと、壊れた者は日の目を見ない。ただ静かに、何もなせなかった悲しみとともに朽ちいるだけ

 

 当然、認めない、そんな結末は間違っている。だから、ベル・クラネルはあがき続ける

 

 レフィーヤ・ウィリディスは壊れてしまった。されど、ベル・クラネルは戦い続ける

 

 

 

 

 強依存、心的外傷、壊れてしまったレフィーヤはベル・クラネルの手を掴む。安らかな最期を得るためではなく、強く気高い冒険者として、もう一度立ち上がり心を取り戻すために。ゆえに、バッドエンドは無い

 

 

 これは、少年少女が手をつないで送る比翼連理の英雄譚、レフィーヤ・ウィリディス再起の物語である

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 




次回、壊れてしまった理由を明らかに

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