壊れてしまったレフィーヤさん~妖精は髪を切り、そして英雄に依存する 作:37級建築士
戦いが始まる。当然SANチェック入ります、悪しからず
〇
少女と少年、二人が坐した時より不浄は溢れかえっていた
ベルの目にはレフィーヤの姿は移る。下着姿で、扇情的な肢体を晒すレフィーヤがそこにいた
「レフィー、君はレフィーだよね、そうだよねッ」
瞳に光は無い。目の前にあるのは不定形の不浄、既視感はダンジョンで見たあの怪物のもの。同じヘドロが周囲にあふれかえて、それらは目の前の塊から流れ出ている
青黒い闇の泥に体が覆われていた。
穴をあけたように、全身の至る個所からヘドロがあふれかえる。覆いつくそうとしている
取り込まれたレフィーヤは力なく、反応も乏しい。だけど涙は流し続ける
だらんと落ちる下顎、避けた頬は赤い血で顔を汚す。痛々しい、可憐な少女のレフィーヤさんは、そこにはもうない
……にげ、て
「!」
瞬間だった。吐き出した言葉にもならない呻きに、ベルは反射で動く。が
「————ッ!?」
対応はできるはず、だがそれを足もとのヘドロが邪魔をする。
……ヘドロが、掴んでいる!?
浮き上がる足、だがそれは立ち上がったんじゃない。持ち上げられたのだ
体を貫く触手針、そしてレフィーヤさんを飲み込むヘドロが腕を形成している。抵抗しようにもヘドロはつかみとれない、実態が無いのに、向こうは一方的に触れられる
もがき苦しむだけ、襲い来る攻撃は予測できているのに、対応ができない
「な、がっ……はなし、があッ!!??」
壊れる、路傍の石を壁にたたきつけるように、浴室の壁を突き抜け外へと転がる
刺さった針が抜ける。返しがついた針が無理やりに抜ける痛み、傷をぐしゃりと広げられて、血の流れ出る感覚に血液が冷えつく
怪物との闘いを思わせる攻防、だけどその相手は怪物ではない。とりこまれていはいるけど、それでも
「……れ、レフィー」
外に出てしまった。暗くて、周囲は何も見えない。ヘドロの水たまりに沈む、家だった建物の瓦礫
姿は見える。山吹色の髪が、そして頬を内から裂かれて血を吐き出す顔も
……こんな、こんなことって
「あっていいはずがない、レフィーヤさんは、何もしていないんだぞッ!!」
……ビシュゥ!!
「く、ちくしょうッ!?」
死体に鞭打つように体を酷使する。ヘドロを蹴り上げて、横へと飛んだ。倒壊する建物より飛び出る触手針を躱した
攻撃をかわし、武器はないけど構えをとる。冒険者として磨かれた経験が、この状況でとるべき最低限を自動でこなしてしまう
それが示す事実、つまるところ、ここからは闘争の時間となる
敵は、目の前にいる
『■■■■■■■■■■■■ッッ!?!?!?』
「ぁ、ああぁああ————ッッ!!?」
慟哭は無為に、受け入れたくない現実はあざ笑うように迫りくる
ヘドロの体、腕と思われる器官は太く大きい
異形の怪物の上半身だけがそこにはある。そして、その核として取り込まれるように、レフィーヤさんが穢されている
「やめろ、飲み込むな!レフィーヤさんを穢すな化け物ッ!!!!」
取り込まれたレフィーは、依然その体から不浄の泥を吐き出し続ける
命が、まだあるように見える。だけど、内から出る触手の針しかり、もう、希望はないのかと
「レフィッ……くッ」
言葉をかけようにも、レフィーのうつろな感情と裏はらに触手が意思を持って積極的に僕を狙う
殺す気で来る。喉奥より出でて、頬を切り裂き血で濡らした計八本の触手針。熟練の矢のごとく正確に急所を狙う連撃が思考時間を奪う
悩み悔やむ時間も与えてはくれない。
あるのは、殺されるか、そして
……殺す、できるわけない。だって、だってアレはッ
「レフィーヤさん、目を覚まして!!レフィー!!!」
「——————……ッ」
弛む触手針、狙うは僕の喉元。避けようとして、けどヘドロに足がとられて体がついていかない
切られる。血が噴き出る
命の消える音は、もうすぐそばまで響きだしている
「……どう、して……なんで、こんな」
不浄の影響、始まりのきっかけがあの怪物だとして
レフィーヤさんは、そこにただいただけ。そのせいで心を壊し、今もつらい思いをして
挙句の果てに、こんな姿に
「何もしていないのに!レフィーヤさんが何をしたッ何をしたっていうんだッ!!」
〇
……どうして、レフィーがこんな目に合わなくちゃならないんだッ!!?
『————————————』
理不尽に怒るベルの声は、黒に包まれて外には漏れない
そもそも、激しい建物の倒壊音も、おぞましい声を上げるレフィーヤだったものの音も、外へは出ない。
観測上、そこには楕円の球体が表れているだけ。直径20mほどの黒い液体が表面張力だけで形を保っているような造形
皆、気づくことはない。誰も、その異変を見ることはかなわない
不浄に触れ、外なる世界の要素に触れていない者にとって、いぜんそこは中庭の離れがあるだけ
ただし、例外的にに該当する一人と一神を除いては
「さすが、究極の門をくぐった男の知恵だ。日記の通り、封印においては俺たちの世界のものよりも強力だ」
とある場所、窓辺より一点の黒を見下ろす神ヘルメスは、その手に持ったボロボロの手記を手慰みに揺らしながら、夜景を背に立っている。
うすら寒い笑みをうかべ、しかし一方で隠し切れないやるせなさを噛みしめ、そして味を感じない高級葡萄酒をまたあおる
「名酒もこうなっては意味もないな。酔いしか得られない、後味はずっと悪いままだ」
酒をあおる。ぐびぐびと、小瓶をラッパで飲む
神のセンチメンタルな一時、側に立つアスフィはいさめるべきかとも考えたが、しかし
「……」
「どうしたアスフィ、いつもみたいに怒らないのかよ」
振り向き見る。表情を覗かれ、とっさに顔をそむける
彼女もまた加害者の側。罪の意識は消え去らない
たとえ、それが必要なことだったとしても。世界を天秤にかけた上で、これ以上の最善がないとしても
「封印しかない。アスフィ、これが俺たちの限界だ」
「……わかっています、わかっていますとも」
「アスフィ」
「えぇ、受け入れなくてはいけないのでしょう。私も、探索者の遺言を読んだ立場です……えぇ、不浄を広げる存在は封印するしかないと」
すべては苦渋の決断
アスフィもそれは十重に理解している。次元を超えて侵入するティンダロスの猟犬、その不浄に汚染されたものがこのオラリオに広まってしまえば
「わたしは、あなたの指示で例の怪物、ティンダロス・モンストルを封印した。そうしなければ、不浄が多くの生物に感染して世界が汚染されれば、外からくる侵略者によって世界は滅ぶと」
次元を超える怪物、ティンダロス・モンストル。不浄を他の生物に伝播させ、この世界にもう一つの神話の法則で染め上げてしまう
そうなれば、二つの世界は容易につながり、結果猟犬は流れ込む。そうなれば、あとは火を見るよりも明らか
ゆえに封印した。そして、それはくだんの怪物だけじゃない
「……泣いているのか、アスフィ」
「だって、こんなの……あの二人が報われない。私は、私たちはッ」
「あぁ、ひどいことをした。だが仕方ない、遅かれ早かれ、レフィーヤちゃんも穢れていたということだ」
「!」
きっかけは、接触による感染
不定期の正気喪失、そして狂気の永続
普通であれば、失った正気も時間経過で解決する。だがそうならなかったのはなぜか、答えは明白だ
……レフィーヤ・ウィリディス、彼女はすでに終わっていた
「神話生物との接触は正気そのものを損なう体験だ。俺が集めた日記の通りだったな、レフィーヤちゃんはティンダロスの不浄を内側から吐き出し続ける。そして、いずれ猟犬そのものになるだろう」
ゆえに、二人が接触を果たし、時に甘く時に苦い日々を送り続ける裏で、仕掛けは家屋に仕込まれていた
複数の日記から得た神話生物への対策方法の終結、外なる世界の神から授かった矛盾を殺す窮極の魔術
封印はティンダロスの不浄に反応し、この世との境目を隔てて世界の外へと押し出す
怪物は依然空間に残り続ける。ただし、あふれる不浄はこの世界に漏らし出さない
「ベル君が抑え込めれば、レフィーヤちゃんの正気を保つことができていればこうはならなかっただろう。この処置はあくまで最終手段だったからな。だが、なってしまったものはしょうがない……封印で被害の拡大は防がれる。無事、世界の安寧は維持された」
犠牲は二人、当然許容できない数字だ
しかし、外の世界を知るヘルメスにとって、此度のことは譲れない。犠牲は質ではなく数で考える
ベル・クラネル、レフィーヤ・ウィリディス、二人の死を、嘆くことすらおこがましい。
「アスフィ、見えるか……俺のせいで夢ある少年少女が犠牲になる光景だ」
「…………この先、あなたはどうされるのですか」
「罰を受ける、それが妥当だろう。俺はきっと、ロキとヘスティアに処刑されるだろうな、それだけのことをしたのだからな」
「せめて、事情を説明すれば」
「やめておけ、それが賢明ではないのは……同じ、知ってしまった側の立場で理解できるだろう」
「で、ですが……わたしは」
あなたに死んでほしくない、別れたくない
眷属として、普段は見せることもなく、口にすることもない情愛の言葉を恥ずかしがることなく吐き散らす
嗚咽交じりに、名を連呼する声に、ヘルメスは目を向けることはない
視線は、今もなお自らが下した非道の先にのみ
「説明して収まることじゃない。脅威を知っている俺たちは正しく動かなくちゃあならない。アスフィ、なあアスフィ……言っただろう。正しくことを解決しないと、結末は常にバッドエンドだ。外宇宙の神話生物はここで止めなければ、もっと悲惨な結末が量産される」
数多く目にした日記、外宇宙と交信し、もしくはのぞき見した人間の多くが自殺を選び、知識のみを書に残した
外宇宙との接続の危険性を憂い、決断する一方で。いざ、自分が世界を去ったのちに脅威が現れた時に、対抗しうる情報を残さなくてはならないと
残した知識は、神ヘルメスが集め、独占している
知るものが増えれば、それがきっかけになるかもしれない。それすら危うい綱渡り、だかそれでも必要だと判断した。
外宇宙の存在が及ぼす危険、それを憂いてこその英断である故
「神話生物だけじゃない。外なる神も、旧支配者も、俺たちの世界に干渉させてはいけない」
ふと、昨日まで何でもなかった人間が旧支配者の悪神を信仰をすることで、世紀の大虐殺事件が起こりうるかもしれない。
狂気にもがいて、皆壊れてしまうのだ。
ダンジョンも、冒険者も、そんなものは意味をなさなくなる
世界を守る そのためには、外宇宙の浸蝕を止めなければならない
「ベル君には生きて欲しい、だが世界は重い。このままティンダロスの猟犬が群れを成して流れ込む前に鋭角の隙間を一切潰して無に帰す。これで世界は保たれる」
でなければ
「外宇宙とつながってしまえば、このオラリオだけじゃない。俺たちの世界そのものが一日を持たずして崩壊する」
次回に続く
次回、バトルメインになるはず。今回も説明と会話ばかりでした。サクサク進めたいのに
【不浄の妖精ティンダロス】
下半身のないヘドロがヒト型をしている。取り込まれたレフィーヤが核となり、レフィーヤの喉奥より猟犬の触手が飛び交って敵を襲う。
数値は想像で補ってください
感想いただいてなによりです。足りないクトゥルフ知識も増えてうれしい限りです。モチベ上がって本当に助かります、ありがとうございました。
おかげで、レフィーヤがもっと曇らせられるアイデアにつながったりします。さあ、楽しくなってきた(狂気)
次回もお楽しみに