壊れてしまったレフィーヤさん~妖精は髪を切り、そして英雄に依存する 作:37級建築士
「ベル……おはよ」
「…………」
朝に鳴く小鳥の囀りのように、小さくも耳に残る声で■■■■は僕を起こしてくれる。
肌と肌をこすり合って、互いに摩擦で熱を高めて、それから体全体を起こすのが毎日欠かさない始まりだ
夜分、遅くまで抱き合っていたから、汗を流すためにシャワーを浴びないといけない。水を飲んで、一緒に手を取って浴室まで行こう
朝食は何を食べようか、食べたいものはなんだってある
ベッドは常に清潔で、居心地がいいから、また体を重ねてしまう
ここは居心地がいい。目を覚ますのがもったいない
『いや、流石に駄目だ……駄目なんだぜ、その停滞は君を殺す悪夢だ』
「聞いちゃ駄目」
「……」
また声が聞こえた。扉の向こうから、レフィーが僕の頭を抱きしめて目と耳を塞ぐ。女の子の胸の間から、いい匂いをいっぱいに肺に入れ込んで、気分が落ち着いた
声なんていらない。ここには優しくしてくれる■■■■がいる
起きる必要はない。夢のまま、また気持ちのいいことを重ねればいい
『困った』
『これ以上、俺からは近づけない……やれやれ、アーティファクトといえどこれが限界か』
「……」
聞き覚えのある声、レフィーの胸に遮られながらも、僕はどうしてかこの声を聴いてしまう
ずっと前にも聞いていた。うさん臭くて、でもそこが知れない魅力と頼りがいもあって
だから、なんだかんだでこの方も神さまなんだなって
……神、さま?
『ベル君、聞いてくれているなら……これから起こることに対してアドバイスを一つ』
『どうか、気を保ってくれ、そして忘れないでくれ』
『あきらめてしまった大人たちよりも、君ははるかに偉大で勇敢な決断をした。その結果が破滅かどうかの二択だろうと、誰も君は責められないし、俺が責めさせない』
『覚えているはずだ、忘れなかったはずだ。だから、ここぞという時はそれを噛みしめて、意思を強く持って欲しい』
『忘れてくれるなよ。君は探索者で、けど根底は英雄……世界にたった一人のベル・クラネルが君なんだ。重ねて言うが忘れてくれるなよ、だって……君が、君こそがベル・クラネルなんだ』
× × ×
「……」
扉の先から気配が消えた。もう日も暮れて夜になったから、ちょうどいい
気持ちのいい夜の時間だから、何も考えないでこのぬくもりに身を任せるのが最優先だ。汗ばんだ肌、交わす唇、唾液を交換し合って、柔らかいそれを我が物のように、乱暴に弄ぶ
■■■■は笑っている。あの日々が嘘のように、今が幸せなんだって
「……ベル、好き……ベルとずっと、愛し合いたいッ」
「?」
肌と肌がぶつかる官能的な音、水気を含んで等間隔に繰り返される音に耳を澄ませる。汗を流して息を切らして、そんな日々がいつまでも続く
だけど、そんな日々が来る前のこと
……うそのように、あの日々が、日々
大好きだった■■■■の顔、だけど思い出せない。抱きしめて、愛を交わらせているのに、顔が見えない
「大丈夫です、見えなくたって……あ、アンッ!」
「————ッ」
明かりの消えた部屋で、シルエットだけの■■■■が髪を乱れさせる。艶姿が目に留まるけど、この光景はなぜか第三者の視点だ
「!?」
僕がいる、そこ僕がいるのだ
だけど、僕じゃあなかった。暗闇で見えないけど、裸で獣のように叫び狂うその姿は、その顔は
………………何も見えない、何もない、穴が開いている
僕がいる、だけど僕の顔には真っ黒な円があって、それが模様や仮面の類じゃなくて空白なんだというのが理解できた
感じる、その穴の奥には何もない。何もない孔がぽっかりとあいていて、そんな孔から獣の声が叫ばれているのだ
■■■■を抱きしめながら、■■■■を犯しながら
「———————ッ!?」
身の毛がよだつ、その勢いで全身の皮膚が引きはがされるぐらいの痛みを感じた
僕がそこにいるのに、そいつは僕を上書きしてる。僕はなんだ?人間だったことすら否定されてしまう。だって、そこにいるのはアイツだ
首から下こそ僕だけど、そこにいるのは、顔に穴が開いている猟犬
……猟犬?猟犬ってなんだ??
わからない、僕がわからない、世界が理解できない
薄くなる、薄められていく
「!」
腕がある、握りしめる指がしっかりそろっている
体はそこにある。だけど、体があっても向かうべき未来が見えない。僕が虚無だから、目的がない肉体は、ただ朽ちるのを待つだけ
「……や、だ……いやだ、いやだいやだッ!!!」
忘れたくない、消えたくない
仮初でも、そこにいるのは僕のはずなのに
僕じゃない奴が、■フ■■を抱いている
「く、がぁあぁああああああああああッ!!!」
消えるな、感情で感覚に火を灯せ。ここで諦めれば闇に溶ける、溶けて消えるんだ。それはダメだ!
思い出せ、僕が刻み付けた存在の証を!あの日々を!
疑って、悩んで!けど、気づいたんだ!理解できたんだ!
「おまえの、じゃ、ない……ぼくの、だ」
黒い泥を噛みしめて、炎と雷でこの身を焼け焦がして、それでもしぶとくつかみ取った。取り返したんだ
お前のじゃない、お前には渡さない
レ■ィ■■の手を取るのは僕だ、僕だけがレフィ■■を知っている。汚い欲だって思うならそう思え、この我欲を僕は捨てない
「!」
掴んだナニカ、足元にあったベンチだ。大きく掲げて、思いっきり振りかぶって
「はぁああああああああああッ!!!」
「「■■■■■■ッ!?!?」」
ベッドの上に叩きつけた。あの時の戦いで見た黒いヘドロが部屋中にまき散らされた
何もなかった。ここは何もなくて、だから何だって創られてしまった
ここは虚無だ、だからこいつはまだ潜んでいた
噛み砕いて、焼き払って、けどまだ住み着いていた
『……■■、グルァ』
「犬が嫌いになりそうだよ。もう金輪際、触りたくないぐらい」
しぶとく呻く頭の残骸、形を戻そうとする獣の顔を、僕はわざとらしく、力強く踏み抜いて前を行く
ここは居心地が良かった。きっと、気づかなければ僕はアイツに重なったまま、ずっと綺麗な部屋で艶やかな胸に甘えてしまえた。まぐわって、愛を育んで、退廃的な日々に溺れていた
甘露を飲み干してなお飽き足らない日々、きっとこの世で最も贅沢な日々なのだろうけど、僕はいらない
あれは終わりだ、何も得られない日々、つまり虚無だ
「……れふぃー、レフィー」
綺麗な名前だから、何度でも口にしたくなる。虚ろな僕が言った言葉だけど、この言葉に間違いはない
「待たせてごめん。今、行くから」
ずっと、声を聴き続けていた扉。意を決して、そのドアノブを回して押し開けた
〇
〇
〇
〇
【Errorコード解除】
【対象の意思を確認、共有領域へと接続します】
◆ ◆ ◆
扉を開けた先、窓辺から風がそよぎカーテンが揺れる場所で、一対のテーブルと椅子が設けれていて、相席を誘うように神ヘルメス様は坐していた。
僕は夢から覚めたはずなのに、そこはどうしてか、妙だ
「……ヘルメス、様」
「やあベル君、退院おめでとう」
「?」
なにもおかしいところがないゆえに、この状況に違和感が絶えず沸き起こる
夢から覚めた感覚はある。ここが現実だと理解できるのを肌で感じる。だけど、知らない場所で二人
夢から覚めたのに、僕はまた狭い虚ろに閉じ込められている気がしてしまう。出られない、閉じられた場所で声を出してみるのだ
「……ヘルメス様が、僕を助けた?」
問いかけてみる。力なく自信なく、声の主であるヘルメス様に聞いてみた。けれど
「はは、それはあり得ない……自信を持つべきだよベル君」
手を叩き、大層笑っている
「ベル君は自力でここまで来た。安心しなよ、ここなら影響はない……世界とも宇宙ともちがった箱の中だ。だから、なにを話しても世界に影響はない」
「……な、なにを」
「君も理解しているだろ。そして、知りたいはずだ……猟犬のことを」
「!」
神は嗤う。おもむろに、足取りも軽やかに、何時までも立っている僕にしびれを切らして、幽霊のような足取りで僕の懐まで忍び込む
掴まれた手が、重力を消し去って僕の体を連れ去った。
「座ってくれ、茶はないが許して欲しい」
「……は、はい」
有無を言わさない。ただ流れるように、僕を誘導していく
どうしてヘルメス様が、なのか。わからないまま、事は動き出す。わからなくても、予感は働くのだ
僕が知るべきこと、知らないこと、今起きている現実
進むべき指針は、きっと今この神の口から語られる言葉にかかっていると
「……ッ」
自然と身に力が入る。そんな僕に、ヘルメス様は楽し気に笑った
「……ベル君」
「はい……って、え?」
いきなり、それは卓上に転がった。おもむろに取り出してみせたものを、僕の目の前で転がした。
日の光を透過して、綺麗な影を真っ白なテーブルに伸ばす。色を付けたガラス細工は、それぞれの面や頂点に数字が刻まれていたのだ
四角、三角錐、多角形、死角以外を僕は知らないけど、でもそれらがサイコロなんだとは理解できた
「さあ、話をしようか……ベル君」
「?」
「安心して欲しい、やり方は俺が指南する……問題無いさ、ただの遊びだよ、そう遊びなんだ。少し遊びながら語りあおう、ここではないもう一つの世界を、その先に語られ続けてきた神話を」
賽は転がる。盤上は無くとも、駒は歩を進める。向かう先は破滅か生存か
全ては、探索者のあがき次第
次回に続く
不思議な空間で二人仲良くTRPG
ベル君にもついにクトゥルフ真実を受け止めさせます。そして、ぬるふふふ
目指せ暗黒期、オラリオを曇らせ隊
次回のお楽しみに