壊れてしまったレフィーヤさん~妖精は髪を切り、そして英雄に依存する 作:37級建築士
呼び出されたのは、アミッドさんの指示だった
そこは患者の部屋というには、どこか重々しくて
厳重に逃がさない、まるで牢獄のような設備が整えられていた。
そうして、件の部屋にたどり着き、僕が見たのは貼り付け台に縛られたレフィーヤさんだった
『勘違いしないように、これは治療のため……でなければ、この子は自殺しかねないッ』
強く、アミッドさんがそう言い放った。
レフィーヤさんは決して磔刑にかけらているわけでなく、皆の必死な様子から、それがただならぬ治療現場であると再認識、言った言葉が真実だと理解する
ベッドの上で、布で手足腰、自傷行為の全てを防ぐために置かれた状況。口にも布を一枚かませて、おそらく魔法の詠唱をさせないための処置だったのだろう
『手をつかみなさい、早くッ』
アミッドさんの声に促されるまま、僕はレフィーヤさんの手を、拘束された右の手のひらに自分の右手を重ねる。
その後は、必死に声を出していたことだけを覚えている。がんばれとか、あきらめないでとか、励ます言葉で喉がすりきれるぐらいに、何度も何度も呼びかけをした
それからは、薬の効果もあってレフィーヤさんは意識を消し、しばらくの沈黙ののち
『今は、離しても大丈夫です』
額に浮かぶ汗をぬぐう
この場に、アイズさんやリヴェリアさん、ラウルさんにアリシアさん、皆がいる前で
アミッドさんは、レフィーヤさんの身に起きている現実をつまびらかに語りだした
〇
~現在~
「あれほど、決して手を離さないようにと」
「……すみません」
「はぁ、ですが対応は良かったです。ちゃんと、教えたとおりにパニックを静められたようでなによりでした。歯も砕けていません、吐き戻したことも、起きる頃には忘れているでしょう」
「えっと、覚えていないのですか」
「ええ、なにぶん正気ではないのですから。ですが全てを記憶してないとは限りません」
うっすらと記憶はあり、そして思い出してしまいまた嗚咽を吐き散らすかもしれない。だからと
「少し、強めの薬を打ちました。起きた頃には悪夢と勘違いするでしょう。取り乱して、吐いてしまったことなんて、無理に覚える必要はありませんから」
「……」
同情的に語る。そんなアミッドさんは、治療を終えて、そしてその手にバケツを持つ
僕がやろうとした。だけど、同じ女性として不憫に思い、アミッドさんは汚れ仕事を引き受けた。
男にされたくないことがある、そう言葉にしたのだ
部屋はもう綺麗なまま、あれだけ取り乱した痕跡も何もない。僕が目を背けている間に、レフィーヤさんの服も取り換えられて、ついでにと僕も新しい着替えを貰っている
部屋は、元通り清潔な白色のまま
ただ、一輪の花だけ新しく窓辺に活けて
部屋に漂うのは、清潔な香りと淡い花の香りだけにしてくれる。配慮に頭が下がってばかりだ
「……あまり、気に病まないでくださいね。元は、食事係のものがミスをしたせいでもありますから……今後は、こちらも注意を徹底します」
「い、いえ……アミッドさんは、本当に良くしてくれて」
天下に名高いデア・セイント、そんな彼女が頭を下げてかしこまっているこの構図に後ろめたさを感じない男はいないだろう
アミッドさんが主治医を務めて、十分レフィーヤさんには待遇の良い環境が整えられている
この部屋に足を運ぶのは、決まって彼女とその側近数名、そして
僕だけ。今のレフィーヤさんは、たとえアイズさんだろうと顔を合わせることはできないのだから
「……天下のレコードホルダーに偉そうなことを言って、本当に私はひどい女です」
「そ、そんな」
「いえ、そんなことはありますよ……今回、最も損を被っているのはあなたなのですから」
押し付けた側の人間ですから、と
「……ぼくは、そんな風に」
「ええ、思わないでしょう。でも、事実は負担なのです……だから、あなたは立派なお人です」
「————ッ」
返す言葉はうまく出てこない。強がりを言うばかりで、結局僕はねぎらわれただけなのだから、何も言い返せないし、言うべきでない
強がってどうなる、そう思うと頭の奥が冷めた。アミッドさんは、そんな僕から肩の力を抜いてくれたのだろう
僕が背負ってしまった、一人の女の子を助け続ける役割、その重さに耐えられるようにと
…………重み、か
重い、今僕がつないでいるこの手の相手、レフィーヤさんはとても軽い人だ
だけど、命を含めると重さは一気に手に余るものに変わる。だけど、僕がやらないといけない、僕しかできないことだから
だから、これは僕が望んだ重みだ
冷静に、腹を据えて、噛みしめながら受け入れる。多少の肩肘は張ってしまう、それは意地ではなく、僕の欲だ
「————……ぁ、うぅ」
「!」
苦しい声、僕はとっさに強く手を握る
右の手のひらを包み込むように、強く強く、レフィーヤさんの手をつないで、僕は見る。見て、告げる
「大丈夫ですか? お水ですか、喉が痛いなら手伝います」
顔色の悪い、薬の影響か開いた眼の光はどこかおぼつかない
強い薬だ。眠ろうにも眠り切れず、混濁した状態で数時間が過ぎる
発狂はしない、だけど不安はある。
植え付けられた心の傷は、どこまでいってもレフィーヤさんを苦しめるのだ
「……めん、…い」
「謝らなくていいです、何もない、何もなかった……今は、安静にしていてください」
語り掛ける、優しい言葉で、親が子を思うような誤魔化しで、どうにかと
手を伸ばした。手をつないだまま、左手を頭に伸ばして、そっと髪を撫でる
「……————ッ」
「今は、どうか夢のなかで」
休んでください、そう言い聞かせ、僕は何度も髪を撫でる
溶かされ、千切られ、荒く落とされた髪の毛も、今は切り整えられて似合った短髪に落ち着いている
不思議なことに、今日目を覚まして鏡を見てもレフィーヤさんは動じなかった。まるで、髪をもともと切るつもりがあったようで
むしろ、驚いたのは僕が傍にいたことだった
「……レフィーヤさん」
少しだけ聞いた、この左腕で無理をした日に起きた多くの出来事。すべては語られることは無かったけども、それでもレフィーヤさんが大変な目にあったことを聞いた
傷を負って、それでも前に進もうとして、けどそんな矢先に今回の悲劇に見舞った
救いがない、本当に胸の奥が気持ち悪くなる話だ
【心的外傷後ストレス障害】
アミッドさんから聞いた、ディアンケヒトファミリアで使われている医療の用語、よく聞く言葉ではトラウマ病と僕でもこの街では聞きかじる病。それはこのオラリオではそう珍しくない心の病だ
事件、事故、何らかの要因で心に傷、いわゆるトラウマというものを植え付けてしまい、それが精神を大きく蝕んでしまうこと
悲劇を生むダンジョン探索の道程で、この病に発症し生きるも死ぬこともできず脱落する人は後を絶たない
そして、程度によっては、二度と病院のベッドから起き上がれないことも。そして、今回はその程度の最大にあたる
はっきり言えば異常なのだ。たった一度のトラウマで、ここまで心が壊れることは、何かしらの薬物や暗示の類でもなければ成立しない
ただのトラウマ病ではない
その症例は、あのダンジョンの下層で出現した新種モンスター、あいつが及ぼしたとある攻撃によって深刻なものへと転じているのだ
……レフィーヤさんは、新種のモンスターと遭遇し応戦した
敵は無形、だけど他の報告では獣という声もあった
ウーズのような、不安定で流動的な形を持ち、そして時に獣の姿を見せる
そう、僕が見た時は、あれは顔であったけど顔ではない。穴が空いた顔のような器官。けど、そのおぞましさを例えるならジャガーノートを連想する。
……モンスターは特殊な攻撃を使う、おそらくは呪詛、それも前例のないもの
すでに、ギルドの報告で精神発狂を起こし隔離された冒険者が20と1人、うち1人は目の前に
新種のモンスターは呪詛と思われる攻撃方法を有し、その影響はすさまじく、現状オラリオにおける解呪の方法は全て等しく無に帰している
通常の呪詛よりもはるかに深い、人の心の構造そのものに不具合をきたす。此度のモンスターが放った特殊な呪詛、それは人の精神を脆弱にし、あらゆる刺激を増大させる効果を有する
人の心が脆弱な核に強固な鎧を着せていると考えれば理解も容易い、この呪詛は人の精神の殻にのみ影響を及ぼす
つまり、呪詛自体は心の核を蝕むことは無い。必要がない
蝕む痛みは、全て自らが生み出した自傷の刃、つまりはトラウマであった
レフィーヤ・ウィリディス。彼女は冒険者だから、多くの経験を経てきた
痛みを背負って、痛みを乗り越えて、それでもと前に進んだ
だけど、痛みは決して消えない。通り過ぎて、踏み台にしても、痛みの過去は背後より襲い掛かる
親しい人もそばにはいられない。全てのかかわりが傷へと誘引する
今はそれほどに、心は脆くなってしまっている
「……ッ」
手を握って、ただそれだけが僕に出来ること
多くの犠牲者が心を失っていく中、レフィーヤさんだけは、今も心をつなぎとめている
……アミッドさんが言っていた、今のレフィーヤさんは
たった一人、多くの仲間や主神に友よりもおいて、貴方は僕を選んでしまった
壊れる心の最後の砦、強い依存で心を満たす相手に僕を選んだ。だから、貴方は僕の手を嫌がらない
むしろ望んで、この手を繋ぎ続ける。最初の発狂の際も、貴方は誰よりも先に僕の名前を叫んでいたのだから
レフィーヤさんは壊れてしまった。そして、僕に触れて依存した
依存し続けていなければ、レフィーヤさんは生きていけない
次回に続く
以上、レフィーヤのPTSDの原因及び謎の敵についてでした。説明の話ばかりですが、次回からちょっとラブコメ的に進行します。介護、依存、ベルレフィ、雲ったラブコメをお送りしたい
感想・評価等貰えると幸い、モチベ上がって執筆が捗ります。