不墜の一番星   作:チョコミントバナナDX

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三流のハッピーエンド

 

「ねぇ、今、幸せ?」

 

 事をした直後、ふとアイがそう問いかけてきた。

 

「どうだろうか、分からないな。君に普通の幸せを与えることこそ僕の至上命題で目標だった。でも、心の底から幸せそうなアイの顔を見るとこれが正解だとも思えてくる」

 

「うん、君は間違ってないよ。でもやっぱり、この星は気に食わないんだね」

 

 彼女は指を目元に置きながらそう言った。

 

「そうだとも、そんな人の身に余る力を持っていても碌なことにならない。それを持つ事によってバッドエンドを迎えるか、それを持つ為に人じゃ無くなるかしかなくなってしまう」

 

「でも、やっぱりこの私の事も好きになって欲しいな。ねえ、どうしてそんなに完璧なアイドルが嫌いなの?」

 

「まぁ、君には話しておくべきか。僕には唯一無二の親友がいたんだ」

 

「いた?じゃあ今はどうなっちゃってるの?」

 

「喧嘩別れしてそれっきりさ。そいつも君と同じで目が眩む程の才気に溢れる奴だったんだがな、奴は自身の才能に行動指針を乗っ取られてしまっていた。出来るからやる、やらなければいけない、それがどんな難題であれな。簡単に言えば俺はそうさせてしまう程の才能が許せなかった」

 

「むぅ、私を通して自分の過去を救おうとしてたのね。ちょっと妬いちゃうな。私は君に私を見てほしいんだ。どうすればそうしてくれる?」

 

「どうするも何も、その目をこちらに向けて君の出来ることをやればそれで終わる。普通に君の事が好きになるよ」

 

「私は私を愛してくれた君を愛したいの。そして君に今の私、ううん私の全てを受け入れて愛して欲しいの。私はワガママなんだよ?」

 

「本当に困ったな…それじゃ、どうする事も出来ない。僕は皆に崇められるアイは嫌いだ。あくまでこの四年間で愛着が沸いたのは平凡で普通の少女だったんだから」

 

「…今なら分かる。全部がぜんぶ、ウソじゃなかったんだよ。確かに君の愛に気付いてからは私は精神への介入は拒んだ。でも!あの楽しい日々に嘘なんてなかった、なかったんだよ」

 

 アイが悲しそうな、切なそうな声で僕にそう嘯く。直感的には僕に対する嘘の色は感じられない。

 

 一瞬、歓喜で心が満たされそうになる。やっぱりあの普通の少女は失われていなかった!

 

 直後、僕は親友との別れ際、思い出に縋りついてきた声が脳内で反響した。

 

 冷静になった僕は真実を冷たくアイに突きつける。

 

「ダウト、君は自分にまで嘘を付けるからね。そうやって言葉に出せば過去の感情を捏造する事ぐらい容易い」

 

 そう、本物の嘘つきはまず自分に嘘をつく。自分さえ騙してしまえば他人から真偽など測れる筈が無いのだ。

 

「お願い、君にだけはこの四年間を嘘だって言われたくない。私自身ですら信じられないから君が信じてくれないと本当にぜんぶ、嘘になっちゃう」

 

 次は本当に彼女の声が震え出した。自身が無意識に犯した取り返しがつかなくなるかもしれない過ちを悟ってしまったようだ。そのあまりの弱々しさの中に打ち捨てられた少女の破片が見えてしまった。

 

「…ッ。済まない、少し言い過ぎた。もうお互いに考えるのはやめよう。君がここにいて僕がここにいる。そして抱き合っていれば温もりを感じられる。それだけは変えられない真実だ。とりあえず、今は、それでいい」

 

 そう言いアイを胸に抱き、幼子をあやす様に背中を優しく叩く。

 

 ああ、最初からこうしてやれば良かったのかもしれない。

 

 思えば僕の計画も、親からの無償の愛という最も大きなモノを与えられない地点で失敗する事は決まっていたのだ。

 

「もう、二度と離れないで。その代わり私もこの才能を君にしか向けない」

 

「うん」

 

「私から目を離さないで、そうしたら私は私でいられるから」

 

「そうするよ」

 

「私の事を永遠に愛してね。愛してくれたらきっと、星になっても人でいられるから」

 

「無論だとも」

 

「────愛してる」

 

 ▲

 

 その後の事を話すのは無粋かもしれないが、エンドロールの後も人生は続いていく。物語にもならない小噺だが少し聞いて欲しい。

 

 彼女は、星野アイは、結局アイドルを辞めた

 

 そこにどんな葛藤があったかは推し量るだけ無粋と言うものだ。

 

 僕に出来るのはただ、その選択を尊重する事だけ。

 

 引退ライブはひっそりと、だが盛大に行い、ありふれた、しかしたった一つのかけがえのない青春に幕を下ろした。

 

 その後のアイはこれまた意外な事に、顔出し無しのゲーム実況者になった。

 

 それも女性としての可愛さを売るものでなく、ただただ高度なプレイヤースキルとバカっぽいリアクション芸で人を魅せるというアイの才能とは関係のないものであった。

 

 プレイするゲームは僕に似て硬派な物に偏ってしまったが、かえってそれによりアイとのキャラのギャップからくる意外性が世間には好評だった様だ。

 

 気になって彼女にこの職を選んだ理由を聞いて見ると、とびきりの笑顔でこう答えた。

 

「だって、私の魅力は君にしか向けないって決めたじゃない?だから私は君から与えられた物を使って見ることにしたの。今の私にとっての一番幸せな記憶、ライブ後のお休みに君の家に押しかけて昼夜の境も問わずひたすらコントローラーを握ったあの時間。いつも君は私の手を引いて、未知の世界へ連れて行ってくれた。ブロックで出来た無限の箱庭、作品が動きだす不気味な美術館、人が滅んだあとに残されたアンドロイド達の夢の跡、他にも数えきれない程ある。君が選んだ世界を通して少しずつ君という人間の本質を知れていく事が堪らなく嬉しくて…上手く言葉に出来ないけど私を救ったそんな体験を共有出来るのなら、きっとそれはとても尊い仕事だと思ったんだよ」

 

 そう言われるとこちらも何も言えることがない。

 

 照れ隠しに買ってきた新作のソフトを起動させ、今度は歩みを共に空想へ足を踏み入れる。

 

 

 この胸の高鳴りに比べれば、才能への執着など些細な事だったのかもしれない。こうして僕の計画も正しく過去の物へなっていった。

 

 ▲

 

 小噺はまだまだ続く。というかコレは僕としてはあまり小噺としたくはないがアイにしてみれば些細な事だったのだろう。

 

 そう、僕とアイの男女のとしての関係についてだ。

 

 アイドル事務所で働く男性は基本的に彼女や配偶者がいる。

 

 というかそうで無いと男なんて生き物は信用がなさすぎてアイドルに近づけられないからだ。

 

 その例に漏れず僕も普通に婚活パーティで出会って付き合い始めた彼女が継続的にいる。

 

 今の彼女とは出会って五ヶ月くらいといった所だったか。

 

 婚活と言うものは恋愛とは対照的な物で、年収、年齢、顔の造形、職業、そんなような機械的なステータスで選別されるのでほぼ自身の身の丈と≒な人物しか現れない。

 

 無論、それは全く悪い事ではない。皆、当たり前にそうしているし、寧ろ運命の出会いなんて物をいつまでも待っている方が愚かな事なのだろう。

 

 人は夢を見るものだが、夢はいつか醒める物だ。

 

 窓際の美少女、誰もが見惚れるマドンナ、クールな美人秘書、男子ならそんな幻想に一度は憧れて、妄想し、そして諦める。

 

 かくいう僕も泣く泣く理想を諦めた非モテ男の一人だった。

 

 最初は見た目に拘らなくなり、次に性格などの中身も諦めた。今残っている基準は共に生きる上で必要な社会的責任能力だけである。

 

 だが運命とはイジワルなもので、求めている誰かでなく諦めた僕に星を遣わした。

 

 何分今まで選ぶ立場でなく、選ばれる立場だった為この状況は大いに頭を悩ませた。

 

 どうすれば良いかという問いには答えられないが、どちらを選ぶか、などという疑問は正直愚問と言わざるを得ないほどその差は隔絶している。

 

 しかし女性を天秤に乗せ比較する事への自己嫌悪や100%自分の都合で女性を突き放すことの醜さが僕に絡みついた。

 

 これだからハッピーエンドの後の物語は嫌いなんだ。

 

 ただ無条件に幸せなのは一瞬だけ。

 

 そこまで至るまでの過程に比べたら取るに足らない浅い悩み、だが無視することも出来ないくらいの面倒臭さを秘めているものがポコポコと湧いてくる。

 

 同じ様なゲーム遍歴を経て、似た価値観を得たアイもこの感覚分かってくれた様でアイはこの現象をこう言語化していた。

 

「何というか、ゲームのハッピーエンディングの後の世界ってさ、その直後の一瞬を妄想するのは幸せなんだけど、実際に描かれると少し興醒めな気分になっちゃう事があるんだ。でもやっぱり何か問題を起こさないとゲームは作れないからさ、ラスボスの残党だとか悪の意志を継ごうとする奴だとかが現れるけど…ついつい心の中でラスボスやそれに至るまでの壮大な物語と比べて劣った物だと直感的に感じちゃうよね。人生も物語が始まって終わった人にとっては似た様な物じゃないかな」

 

 ストン、と言葉が胸に落ちた

 

 喜びや悲しみはおろか、この虚無感まで共有できるとは…

 

 本当に僕は得難いパートナーを得た。

 

 それにこの言葉には僕の想像を上回る続きがある。

 

「でも、私達に関してはそんな心配は不要だよ。だってこれからまた新しい物語が始まるんだから!たとえ物語が何度エンディングを迎えても私達なら何度だって次を始められる。そしてそれはきっと全部ハッピーエンドで終わるんだ。君がゲームでその虚無感を感じさせずに次の話に連れて行ってくれた様に、次は私が君の手を引くの!」

 

 ああ、この子とならきっと宇宙(ソラ)の果てまでも共に歩んでいける。

 

 そんな気がした。

 

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