不墜の一番星 作:チョコミントバナナDX
順番も何もかもめちゃくちゃだがアイと初デートする事になった。
というのも、アイドル現役時は無論のこと卒業後も僕とアイが正式に付き合うに当たっての双方の諸々の人間関係の処理をしなければ大手ぶって街を歩けなかったという事情があった。
アイの嘘と僕の屁理屈を駆使する事により大体はなんとかなったがそれ故にやけに関係性が成熟した初デートという歪んだナニカが今日生まれてしまったのだ。
予定は王道も王道、駅前で待ち合わせしてランチ食ってモール行ってショッピングしてディナー食って解散。あまりにもテンプレート過ぎるが提案者のアイに言わせてみれば
「ほら、私達ってどうしても何処か狂ってるからさ、せめて形だけは普通から入りたいの。ほら、人間て自分にない物が欲しくなるものだからね」
との事らしい。それと同時に
「でも結局、気心知れた変人が二人揃ったらどうあっても普通には終わらないと思うけどね」
と付け足す様に言ってたっけ。
まぁ、そんなこんなで駅前に突っ立ってるとふと後ろから軽薄な声が掛けられた。
「よお!久しぶり!…俺だよ、俺。大学のゼミで一緒だったじゃん。ケースケだよ!」
そう言われてみれば覚えのある顔だった。とりあえず自身のキャラをアイ用の思慮深いものから、外行き用の一般インキャ仕様に切り替える。
「うす、久しぶりっす。…懐かしいなぁ。それにそのカッコ、妙に張り切ってるね?」
顔は昔と変わっていないが格好が少し派手になっていた。
「悪いね。あの頃の非モテ同盟は今日を持って一方的に破棄する。そう、俺にはめちゃ可愛い彼女が出来たのさ。君は…その感じまさかまだ童貞か?」
「くっ、なぜバレた。クソが。今に見てろよ」
そう適当に戯けてみせる。とりあえず諸々の事情を考慮してコイツにはアイを見せない事が脳内決定したのでで気持ちよくマウンティングさせて早々にお帰り願おう。そうと決めたらアイに暫く駅前に近づかない様にと事情も添えてメッセージを飛ばした。
「いやぁ、でもやっぱ彼女はいいぞ。なんていうか男として一歩格上になったっていうか?まさに一皮剥けたってね。おや、君はまだどっちも剥けてないんだったか。…いや、マウンティングとかそうゆのじゃないんだけどさー、やっぱモテるための努力はした方がいいよ」
「残念ながら、僕がちょっと努力したところで誤差なんだよなぁ」
とは言えさすがにウザくなってきたな。まぁ、これはこっちがどうあってもアイの事を言えないもどかしさが含まれている為でもあるのか。
「じゃあ、僕はこれで」
とりあえず、会釈して離れようとしてみる。
「いや、まだ俺の彼女見せてないじゃん。どうせお前野郎待ってるだけだろ。マジでアイドルレベルにかわいいからさ。あっ、でもやらしい目で見たら友達といえど容赦しないぞー」
久方ぶりにフラストレーションが天元突破しそうになる。ご丁寧に「アイドル」なんて地雷ワードも踏み抜いていきやがって。アイドルになるという意味も知らないクセに、いや、この感情は少し理不尽が過ぎるか。
さらに不幸な事は続く。奴の彼女がタイミング悪く現れたのだ。
「ごめーん、ケースケ、待った?」
「ううん、今来たところ」
こちらに見せつける様にテンプレ会話を展開していく。脳がプチプチと音を立てる幻聴を感じた。だが、コイツらにアイを見せないのは僕が決めた事だ。ここでアイを引っ張り出すのは何というかコイツらと同格の土俵にアイを持ってくる様な気がして、彼女を汚してしまうだけのように思えた。
───いや、この感情は僕が彼女に向けられる事をあんなに嫌がった崇拝の感情じゃないか。アイだって普通の女の子だ、少なくとも僕だけはそう思っておかないといけない。…だとすれば僕が彼女を彼らに見せたくない理由は僕自身の矮小な独占欲であるべきだ。
使う感情は決めた、後はひたすら耐久するだけだ。
「おっとすまない、絵里に夢中になってお前の事忘れてた。紹介するよ、マイハニー、絵里だ。どうだ、かわいいだろ」
「もう、ケースケったら。恥ずかしいんだからね」
「事実を言って何が悪いんだ?」
「ケースケ、愛してる!」
控えめにいってケースケカップルは悍ましい程のバカップルだった。
というかまた地雷踏まれた。アイがそれを言うのにどれ程の葛藤があったと思っている、いけない、また無駄な怒りの感情が湧いてきた。
というかというかケースケが僕に対する優越感と彼女から吐かれる愛の言葉で絶頂しそうなほど幸せな顔をしている。
…駄目だ、さすがに精神のヒットポイントが切れた。
「もう、後は、二人でお楽しみ下さい。お邪魔虫は帰りまs」
そう口から出そうとした言葉は右からぶつかって来た何かによって遮られる。
「ごめん、待ったよね」
耳元で芝居掛かった、しかしとても艶やかな声が耳を通った。
同時にふわりと柑橘系の匂いが風に乗ってくる。
気付いたら右腕が抱き込まれており、しなやかな女性の身体の柔らかさが服越しにも伝わってきた。
聴覚、嗅覚、触覚を完璧なタイミングで刺激し、どうしようもなく意識を全てそちらに持っていかれる。正しく男という生物であれば抗えない、精神汚染の域にまで達した神技だ。
目玉が僕の制御下を離れ、勝手にソレの方へ回る。
止めに暴力的なまでの視覚情報を頭に叩きつけられた。
「…それ、言ってみたかっただけだろ」
言葉は、何とか返す事が出来た。思い出す事も恥ずかしいがコレの上位互換も食らった事があるので常人よりらまだ理性を保つ事が出来ていた。
しかし、コイツ、改めて見ると見た目だけでも死ぬ程美人だなぁ。実際にアイのせいで社会的、金銭的に死んだ人が多数いる事を知っていたので笑えないワードチョイスではあるのだが。
「お、お前、その、その子はなんなんだ。彼女いないんじゃなかったのか」
前方からノイズが入ったので渋々視線を向ける。
噴き出る脂汗、乱れる呼吸、焦点が合わない目、ケースケは完全に正気を失っていた。
…結果論ではあるが、アイは本当にアイドルを辞める事ができて良かったと思う。こんなファンが量産されてしまえば、アイの身の安全を保証する事は叶わなかっただろう。
ただまぁ、今回のケースに関してはアイはわざと壊しにかかった節がある。
彼女は基本的に自身の身体や魅力の指針性を完璧に制御している。余人にここまで魅力が漏れている事自体が不自然ではあるのだ。
「で、何で出てきた?」
「君からの思いやりを感じれて、幸せになったからそのお裾分けに」
肩越しに答えになってない答えが返ってきた。相変わらず、まだアイの全てを読み取る事は叶わない。
そして前方のサムシングだがもう言い訳するのも視線を向けるのもめんどくさいので無視してこの場を離れる事にした。
▲
そんなこんなで最初から波乱の幕開けであった初デートだが、どういう訳か待ち合わせ場所で劇的な登場を果たしてから妙にアイの機嫌がいい。
何というか、"自分、幸せです"というオーラが身体から漏れ出るくらい幸福そうにしていた。
聞いてみても
「それは、ナイショ」
の一点張りだ。
僕も人の事を言えた身じゃないが思考回路が複雑すぎて、ピタゴラスイッチ的に感情が作動するので一緒にいると死ぬ程頭を使う。
幸い、デート内容自体は普通そのものの予定なのでそちらに気を回さなくても良いからまだ何とかなりそうだ。
「ねぇ、雑に扱われるって人によっては得難い物だと思わない?」
ふと、多義的な問いかけをアイがしてきた。
「そうだな、精神的には若手のまま出世して上司になった人が部下との接し方に苦労するとは聞いた事がある。どれだけフランクに接しても貼られたレッテルがそれを許さない。結果的には孤独を感じてしまうんだ」
とりあえず、頭に浮かんだ具体例を言ってみる。すると彼女は少しもどかしそうにして考え込んだ後、何かに気付いたのか機嫌の良さがもう一段階上がった。
「うん、確かにそう言う側面もあるけど私が言いたいのは信頼の話。この人になら何をしても自身を歪めて見られる事がないと言うか、何というか…ごめんね?上手く言葉に出来なくて」
でも、やっぱり自身の感じたナニカも伝えたいのか、歯がゆそうな表情をしていた。そんな彼女がなんだか愛おしくて、つい頬が緩んでしまう。
「むぅ、何で君が生暖かい目になるのよ」
「いや、済まない済まない。何だかお互いまだまだだなって」
「それはそうね、うん。時間は無限にあるし、今はこの未熟さを楽しみましょ?」
「そうだね、そうしよう」
この心の内を少しずつ相手に共有しようと四苦八苦して、何処かすれ違って、それでも頑張る感じ。
これが正しく交友を深めると言うものなのかも知れない。