不墜の一番星   作:チョコミントバナナDX

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人間耐久力テスト

 

 指と指が絡まる、腕を上半身で抱き込まれ、体重がこちらに預けられる。

 

 その目は甘美に蕩け、頬はほんのりと上気している。

 

 端的に言ってアイの上機嫌は未知の領域にまで突入していた。

 

 まぁ、機嫌が良い事はよいことではあるのだがこれは些かまずい。

 

 まだ日中、出来上がるには早すぎる。

 

 僕は妙に夢見がちなのでデートはちゃんと段階を踏んで進めたい派であるし、ここで彼女の魅力に呑まれ情けなく手を出す事は直感的にあまりしたくなかった。

 

 そうと決めたらひたすら耐久なのだがこれがアイ相手には非常に厳しい。

 

 少し冷たくしようにも彼女に嘘は通用しないし、無視しようとするとスキンシップが尋常じゃなくなる。

 

 適当な会話を振ろうにも、最早お互い頭が回っていないので何処か上滑りして長く続かない。

 

 これは詰んだかもしれないな。

 

 ちらりと彼女の方を見ると、もう諦めちゃえと目で訴えかけてくる。

 

 しかし諦めろと言われると絶対に諦めたくなくなるのが人のサガ。

 

 是が非でもディナーまでは耐えてみせる。

 

 今の時間は4時半、予約の時間は7時なので時間にして150分か。

 

 店にさえ入ってしまえば、スキンシップは取れないし、口に物が入っているので感情の昂りも抑える事が出来るだろう。

 

 かくして僕と煩悩の戦いは幕を開けた。

 

 とりあえず、立ててきた予定通りに公園に寄る。

 

 健全な精神は健全な肉体から。

 

 体を動かし、交感神経を優位にして煩悩を消そう。

 

 でも、デートという程は忘れてはいけない。

 

 そういう訳で雑にスワンボートに乗り込む事にした。

 

 足をわざと酷使して、疲労と痛みで脳から性欲を消し飛ばす。

 

 これが咄嗟の思いつきにしては中々上手くいっていた。

 

 アイの方も初めて乗る乗り物への興味が強く出て、少しこちらへの攻勢が弱まっている。

 

 しかし、何事もそう上手くはいかない。

 

「…ちょっとこの辺で休憩しない?」

 

 ふと、アイがそう声をかけてきた。女性に無理をさせるのは男として論外なのですぐに従う。

 

 足を止めて一息つこうとするとコテン、とアイがしなだれかかってきた。

 

「ふふっ、君はわかりやすくて可愛いね。周りをよく見て、今近くに他のボートはいない。ある意味でここは完全な密室状態なんだよ。だから、ね?」

 

 僕が言葉を発する前に彼女の手が伸びた。

 

 鎖骨、胸板、みぞおち、肋骨、腹筋、へその順に輪郭を確かめる様に丁寧に触られていく。

 

 じわじわと掛けられる体重でボートがちゃぷちゃぷ水音を立てながら揺れる。

 

 少し抵抗しようとしてみるが却ってそれが彼女の琴線に触れた様で接触がさらに激しくなっていく。

 

「うーん、じゃあ、えいっ!」

 

 その末にシャツの中に手を突っ込まれた。奇妙なくすぐったさに思わず声が出そうになったがなんとか堪える。

 

 少し度がすぎるので諫めようと彼女をみてみると何やら様子がおかしかった。

 

 相変わらず顔が緩みきっている事には変わり無いがほんの少しだけ目が潤んでいたのだ。

 

「───待て、どうした、その目は」

 

 もう、焦りは無かった。脳は冷却され活動を再開し、原因の究明を急ぎ出す。

 

 もうアイとは四年の付き合いだ。表に出ている分かりやすいものよりも見えにくいほんの僅かな感情の発露の方が大切であることは分かりきっている。

 

「目?…あっ、えっと、これは」

 

 どうやら本人も今の今まで気付いていなかったらしい。だがこの様子だと何が原因かは瞬時に分かったようだ。

 

 彼女は少し体を離し、ポツポツと語り出した。

 

「えっとね、なんかまた無理矢理やっちゃうなぁ、って言う申し訳無さというか、折角二人で頑張って計画したデートを途中で台無しにしちゃう罪悪感というか、君が必死に耐えてくれてるだけなのに欲に負けてベタベタしだしちゃう私自身の醜さに対する嫌悪感というか、兎に角そんな感じ。ほんとにごめんね」

 

 何というか死ぬ程健気な理由だった。

 

 というか下手にベタベタされるよりこっちの方が100倍キツい。まじで今すぐ抱きしめたくなる。

 

 暫くは羞恥心で互いに顔を赤くして無言の間が続いたが、やがてどちらからともなく手を繋ぎ船を漕ぎ出した。

 

 互いに最早言葉は不要、そんな黄昏時を造られた白鳥はたおやかに進んでいく

 

 静かで穏やかな水辺、黄金色に染まった水面はまるで今の暖かい心を写しているようで、

 

 夕日が当たっている肌は薄いベールに覆われた様な感触を感じ

 

 遠くに聞こえるカラスの声に何処か寂寥感を覚える

 

 吹く風は、心地よい春の風、木々を揺らし音を奏でる

 

 水鳥が羽ばたく音、子供たちの楽しそうな声

 

 ああ、過程はどうあれここに来て良かった、とそう思える穏やかな一時。

 

 暫くそんな緩やかな時間を過ごしていると、今度は恐る恐る右肩に呼吸が預けられた。僅かにそちらに視線を向けると少し申し訳無さそうな彼女と目が合う。その"ちょっとだけだから…"という感じが堪らない程いじらしくて、すぐ目を逸らそうとしたはずが中々そう出来なかった。

 

 この"ちょっと"を無限に許容していたらどうなるかは自明であったので断腸の思いで言葉を絞り出す。

 

「取り敢えずは、夕食を取ろう。…その後は、まぁ、うん、互いに好きにしようか」

 

「…そうね、"互いに"好きにしましょ。でも、今晩は無性に誰かの言う事を聞きたい気分だから…ね?」

 

 …また、とんでもない爆弾を落とされた。

 

 というかまだその手の事は一回しかやってないし、その一回目は計画やらなんやらで互いに感情が乱れてたからまともなのは何気に今夜が初になる。

 

 しかもちゃんとデートしているので雰囲気も割と完璧。

 

 このペースで夜まで走り切ったら正直どうなるかわからない。

 

 そんな期待と緊張と共に船を降り、店まで移動し始める。色々あった初デートも終盤に差し掛かっていた。

 

 

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