不墜の一番星   作:チョコミントバナナDX

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自我という名の夢

 

 妙に体が重い。

 

 意識が戻って最初に感じた事はそんな事だった。

 

 ボヤける視界には見慣れた自分の部屋が写っている。

 

 目を細め、時計を見つめるとその短針は11と12の間にあった。

 

 ああ、自分の所在、状況を少しずつ思い出してきた。

 

 昨日やる事をやってしまった我々は始発の電車で朝帰りする事になったのだ。

 

 詳細は伏せるが紆余曲折の結果、アイが引っ付いて離れなくなり結局家まで着いてきてしまった。

 

 …というかアイと一度も別れていないし、これまだ初デート終わってないのでは?

 

 そんな胡乱な事を考えながらアイの状況を確認する。

 

 彼女は僕の上に覆い被さる様にくっつきながら眠っていた。

 

 …って、コイツ、折角こんな事もあろうかと用意しておいた女物のスウェットを無視して僕のTシャツ着ているし。

 

 まぁ、いいや、可愛いしね。

 

「…ンゥ」

 

 軽く身じろぎしようとしたが、全く動けん。

 

 流石に寝ている奴相手に力で負ける事はないのだが動こうとすると変な場所が擦れて大変けしからん状態になる。

 

 そういう事に対する耐性は一晩明かしたあとでも相変わらず低いままだった。

 

 逆にそういった事に慣れてしまうというのはちょっと物悲しい気もするのでこのままのクソ雑魚耐性でもいい気もする。

 

 人肌の温もりと布団の温もりの相乗効果も相まって再び眠気が襲ってきた。

 

 本日の気温は春にしては少し低いこともこの状況からの逃れ難さを助長している。

 

 頭の中で一応本日の予定を確認するが、残念というか必然というかそういうつもりで一日空けていたので特になにも引っかからない。

 

 …ダメだ、このままじゃアイにダメ人間にされてしまう。

 

 なんでも良いからとりあえず起きなければ。

 

 そう思い軽く体に力を入れると、全く同じくらいの力で行動をキャンセルさせられた。

 

「…」

 

 この嘘つきめ、今の今まで狸寝入り決め込んでいたのか。

 

「お前、もうとっくに起きt、むぐゥ」

 

 即座に唇を重ねられ、舌を口内に捩じ込まれる。

 

 マズイ、コイツごり押す気だ。

 

 全身の拘束が強まり、感じる肉の感触が増す。

 

 部屋に響くのは布団の衣擦れ音と、官能的な水の音。

 

 一切の妥協なく何度も口付けをされ、抵抗の意識を削がれていく。

 

「っはぁ、分かった、わかった、諦めるよ、君の好きにしてくれ」

 

 こうなっては勝てる筈も無いので、すぐに諦める。

 

 するとアイは少し何かを考える様に眉間に皺をよせ、

 

「…眠り姫を起こすには目覚めのキスが必要なんだよ?」

 

 順番も理屈も全てめちゃくちゃな事を言い出した。

 

「いや君、起きてるじゃないか」

 

「今日一日中このベッドから出られなくてもしらないよぉ?」

 

「…」

 

 そう言えば確かに僕から口付けをした事は無いように思える。

 

 まぁ、やっておきたかった事でもあるし良い機会か。

 

「んっ」

 

 彼女を抱き寄せ右腕に力を入れて身体を捩り上下をひっくり返す。

 

 まぁ、アイの胡乱な喩えに従うならやはり彼女が下の方が良いだろう。

 

 …しかし本当に人生は分からんもんだ。

 

 僕の胸の内にいるアイを見て改めてそう思う。

 

 僕はアイの輝かしい未来と得られるはずだった名声を自身のくだらないエゴで全て消し去った。

 

 それも僕の失敗により、彼女の天賦の才や精神の特異性を残したままだ。

 

 もう、やり直しは出来ない。

 

 彼女は不朽の栄光を得る機会も普通の幸せを得る機会もこの無責任な男のせいで未来永劫失ったのだ。

 

 当初はこの歪みを抱えては幸せになる事は難しいだろうとも思ったが僕の目が余程の節穴でなければ目の前の彼女はとても幸せそうな顔をしている。

 

 アイの事、特に僕を好きになってくれた理由は今になっても本当によく分からない。

 

 彼女の事を心の底から愛している人は無数にいたし、彼女の事を理解しようとしてくれる心優しい人も多くは無かったが確実に存在した。

 

 何故、愛も理解も与えずただ害そうとした僕が選ばれたのだろうか。

 

 皆の希望の星になる筈だった物を壊そうとした大罪人は裁かれる事もなく、その星は罪人の腕に抱かれながら輝き始めたのだ。

 

 手に入れられる筈の無いものが手に入れられる筈の無い形で此処にある。

 

 これを奇妙と言わずしてなんと言おうか。

 

 そんな分からんづくしで彼氏失格の僕だが最近一つだけ分かった事がある。

 

 星野アイは他に類を見ない"正直者"であると言う事だ。

 

 通常、人は自分が正しい事を考え、言っていると自分に嘘をつく。

 

 無論、悪い事では無い。

 

 それは自己肯定の第一歩であり、何をするにも必要な事だ。

 

 だがそれは何処までいっても何の確証も無い虚構である。

 

 まあ、そんな事を理解し正面から受け止めた所で発狂するだけなので結局また嘘をつきなおす事がオチなのだがな。

 

 話を彼女に戻そう。

 

 …恐らくアイにはこの最初の嘘をつく機能が欠落している。

 

 原初の一回である心という名の嘘がつけないのだ。

 

 幼少期の影響なのか、元々そうであったのかは定かでは無いがそのはじまりの一歩が欠落する事による影響は測り知れない。

 

 その前提が無ければ自我なんて物は全て虚構でしか無いのだ。

 

 それを識るアイは嘘を完全に操れる、自分すらもペテンにかけることが出来る。

 

 しかし代償として彼女は自分の実在の実感を失った。

 

 当然の結果ではある。何せ自我の存在すら嘘だと分かってしまうからな。

 

 それ故に、アイは愛に飢えるのだ。

 

 誰か自分を見つけて欲しい、しかし他人の存在すら嘘だとしか思えない。

 

 そんな二律背反の中で永遠にもがき続ける。

 

 …痛ましい程、孤独な存在だ。

 

 果たしていつか僕にそんな彼女を救えるだろうか?

 

 その答えはいつまでも分からないままである。

 

 せめて一瞬でも自我という名の夢を見られる事を願い、僕は彼女に呪いのキスを施した。

 

 どうか皆と同じ夢を見れますように…

 

 

 ▲

 

 全く、肝心なとこでおバカさんなんだから、彼。

 

 辛くて、泣きそうな目をしながらキスをする様子をみて改めてそう思う。

 

 私が幸せかどうかなんて疑う余地もないだろうに。

 

 君は空洞だった私に君自身の自我を切って与えた。

 

 考え方、価値観、物の見方、世界観…etc

 

 どれも小さなカケラだったけどそれで十分だった。

 

 君を通してなら私は私を見つけられる、心という嘘を信じられる。

 

 きっと優しい嘘を信じさせる事が人を愛するということなんだ。

 

 だから私は今日も自分自身に嘘をつく。

 

 この夢が覚めてしまわないように。

 

 

 

 




 以上で初デート編は終わりです。

 自分で色々書いてみたものの、結局星野アイというキャラは未だによく分からないままです。
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