不墜の一番星 作:チョコミントバナナDX
次章のプロットが中々出来ないので短編集です。
時系列は同居後のものです。
*梅雨の暗い昼
今日も雨が降っている。
肌がベタ付く様な湿気、窓には結露した水滴が所狭しと並び、除湿機とエアコンは今日も二十四時間無休で働いていた。
それに今日は特段雲が分厚いようで、正午だというのに電気をつけなければ活動し難い程暗くどんよりとした空気感を漂わせている。
どんな人間でもこれは気が滅入るというもので、かくいう僕も朝起きた瞬間にこの休日を浪費すると決めてしまったくらいだ。
アイはいつまで経っても起きてこない。多分、この暗さのせいでまだ早朝だと思い込み二度寝、三度寝…と繰り返しているのだろう。
まぁ、早朝に目が覚めた時のお得感というか安心感というものは得難い物がある。その幸せを態々叩き起こしてまで奪うという事はちょっと可哀想かもな。
…たとえそれが梅雨が付いた嘘であったとしてもだ。まぁ、偶にはアイが騙されて幸せになるのも良いだろう。
カチ、カチ、ザー、ザー
秒針と雨の音が耳障りになってきた。
しかし低気圧により、肩と頭が重かったので自発的に何かする気も起きない。
ゲームすらやる事がめんどくさかった僕は本当に久々に脳死でyoutubeを見る事にした。
配信業をしているアイには悪いが正直僕は余りゲーム実況が好きではない。
配信者が嫌いとかそういうことではないのだが、何というかゲームをすることすら他人任せにする現代人に少し思う所があるのだ。
当たり前の事だがゲームは自分でやってこそ真価を発揮する、体験としての質があがる。迫られる選択、キャラへの没入感、アクション時の興奮、それらの制作者側が考え抜いて作られた初見の体験を水で何倍にも薄める様な事は少し虚しく感じる。
それに一度でも実況をみた人は二度とそのゲームの初見の興奮を味わえないのだ。人生の彩をひとつづつ取りこぼしている様で痛ましい。
この思考はアイにもうつってしまった様で彼女は本当にプレイするゲームの情報を全く入れない。
僕はpvと評価(レビューは除く)ぐらいは見てゲームを選ぶのだが彼女はそれすらもしないのだ。
基本的に勘がいいので上手にクソゲーは避けているが、完全に躱わしきることは出来ずたまに踏んでしまい痛い目を見ている。
まぁ、クソゲー回は非常に好評であるらしいので一概に悪い事ばかりとも言えないのだが。
そんなこんなで思考を鈍く回しながら脳死で関連動画を押し続ける事一時間。
「おはよ、なんか暗いね、今日」
気だるげな様子のアイが起きてきた。
「お陰様でオフの日の半分を寝て過ごしちゃったぁ。ベッドの中では得した気分だったのに台無しだよ」
「起こした方が良かったか?」
「うーん、どうだろ。こんな日は寝てスキップした方が良いような気もするし、でも折角の休み…まぁ、いいや。今日、お昼はアテある?」
正直、活動開始が遅かったため余り腹も減っておらず昼食の事などすっかり思考の外だった。ふわふわとした頭で冷蔵庫内を脳内検索してみる。
「冷やし中華用の麺が余ってた筈だ、まぁ具材はハムしかないが。済まないが今日は買い物に行く気も起きん。それでいいか?」
「いいよー。あっ、じゃあさ、今日の夜はピザ取らない?久々に不健康ピザパと洒落込もうよ」
「いいな、それ。こんな退廃的な日にはピッタリだ。じゃあ今からは何本か映画をみよう、それも子供向けのアニメ映画を何も考えずに見るんだ」
「はい、今日の過ごし方決定!じゃあクッションとか色々用意するねー」
「じゃあ僕は具がハムだけの冷やし中華を作るとしますか」
煩わしかった雨の音はいつの間にか気にならなくなった。
むしろ、忙しない外の世界と部屋を遮蔽するカーテンの様に僕らを囲ってくれている。
憂鬱な雨もやる気を削ぐ怠惰さも利用して空気感を楽しめば、また一歩人生を豊かにするのだろう。
少しくらいは梅雨にも感謝していいかもしれないな。
そう思い僕は明日、帰りに紫陽花の花を買おうと密かに決めた。
*夜空の花
人、人、人…四方八方人しかいない。
夏祭り、と言えば風物詩の一つで聞こえがいいかもしれないが都会のそれは最早他のイベントとの違いが余り分からない程、人で溢れていた。
道ゆく女性に浴衣姿が見られる事だけがこれが夏祭りであるという証左になっている。
しかしその格好も取ってつけた様な違和感というか安っぽさをはらんでいた。
都会のイベント事というものは大方こんな感じなので、若い頃には、彼らは盛り上がられれば何でも良いのか、と斜に構えて馬鹿にしていたな。
今となってはその彼らの方が空気感を純粋に楽しめており、幸福度が高い事を理解してしまったため、ただ虚しいだけだ。
でも僕は運がいい。
そんな虚しい過去の負債もこの一回で完済できるどころかお釣りもくるだろう。
───からん、からん
普段聞きなれない足音が僕に寄り添っている。
紺青色の浴衣には銀糸で星明かりが織り込まれ夏の夜空を示し、裾には三日月が登り人目を引く。
紫紺の半幅帯には複雑な幾何学模様が彫り込まれ、…確か元禄結びというんだったか、有り体にいえば蝶々結びの様な結び方で結ばれて背に可愛らしい結び目が揺れていた。
美しい黒髪は後頭部で結い上げられ、普段は見えない色白い首筋が見えてなんとも煽情的である。
音を奏でる下駄は真紅の鼻緒、頭には屋台の景品の狐のお面
真っ赤なリンゴ飴を幸せそうに舐めながら、それは此方を見つめている。
「うん、似合ってるぞ」
無意識に口をついたのは、ありふれたそんな言葉だった。
「それ、今日で12回目だよ。他になんか無いの?」
アイは少し口を尖らせながら呆れたようにそう返した。
「どうにも暑さで頭がやられてしまったようでな。口に出す直前までは色々考えているのだが全部吹っ飛んじまう。そう言うアイは暑さや水分とかは大丈夫か?」
「うーん、じゃあかき氷たべよ?」
アイスや氷で水分補給していいのだろうか…まぁ、いっか!いちいちそんなみみっちいこと考えると楽しめるものも楽しめない。
「分かった、何味がいい?」
「苺!」
「ですよね」
まぁ、事務所の名前だから思い入れがあるのだろう。
人混みの中を掻き分けて、はぐれないように二人で進む。
柄の悪い人も多いと言えば多いので少々心配であるがいちいち心配してたら(以下略)
自分のこの捻れた性格もいい加減何とかしたいが、治し方など知るはずもない。
まぁ、本当にダメな所はアイが治してくれるだろうと相方を信用する事にした。
そんなこんなで祭りは廻る。
吊るされた赤提灯、響く和太鼓の振動、漂うソースの香り、そして笑顔の彼女。
僕は拾い忘れた青春の一欠片をまた一つ回収する。
橙色の夜を歩き回った末に僕らは僕の高校時代の友人のビルの屋上にお邪魔させて貰っていた。
無論、目的はアレである。
「やっぱ、人が少ない場所はいいわぁ」
「君、本当に人混みが嫌いだね。ライブ会場とかいつもどうしていたの?」
「いや、仕事に個人の好き嫌いは持ち出さんよ。それより僕から離れんか、全身汗でべしょべしょだから不潔なんだ。折角の浴衣が汚れてしまう」
「拒否する〜。まぁ実際、匂わないから大丈夫だよ」
「…その一言で世の男子がどれほど安心するか。とりあえずありがとな」
その後は互いに言葉もなく、ただ夜空を見上げていた。
ふと、一粒の光の種が夜空に登る。
ぐんぐんと高度を上げたそれは大輪の橙色の花を咲かせ、
残響を残して跡形もなく消えた。
その後も次から次へと種が空に舞い、花を咲かせ、消えていく。
空の花園には入れ替わり立ち替わり花が咲き乱れ、空白ができる事はなかった。
「改めてありがとね。皆んなのアイドルを辞めさせてくれて」
一つ一つの消える花に覚えがあったのだろうか、ふとアイがそんな事を言ってきた。
「いや、最後にそれを選択したのは君だ。それに君は花火なんかじゃなくて星だと思うがな。雲で隠れてしまうことはあっても決して消える事はない一番星だ」
ぎゅっと腕に絡まる力が強まった。
今、隣の彼女を見る事は無粋がすぎると言うものだろう。
黙って、舞い散る花達を見つめ続ける。
空を見上げてながら、今隣に温もりがある事に心から感謝した。