星野アイは伊達眼鏡とマスクは着用しているが帽子はない。今日はそれほどのことが起こっていた
白いスーツに身を包み、下は同色の丈の長いスカートを穿く。胸元にはブローチが付けてあって
ミヤコ、貴族令嬢衣装のクリソベリルに挟まれる形で護られてはいるが星野アイが星野アイなだけに不安が残るそんな状態だった
「卒園式もそうだったけど……どーしてこんなにうれしいんだろうね」
「それはかわいいからですわ」
「そっか」
ずらずらと生徒が入場して。雰囲気でアクアとルビーが通った気がした
──目を合わせることすらできない。星野アイの目は沈んでいた
「ねぇ。どんな顔してた……?」
「……とても凛々しい顔をしてらっしゃいました。こちらをちらりともせず真っ直ぐ着席しましたわよ」
そうなんだ、と星野アイは呟く
どこか母親として情けない思いを抱いていた
クリソベリルはそんな星野アイを眉を下げる
「──大丈夫。祝う権利は誰にでもありますわ」
そうでしょう? と星野アイはどこかぼやけた視界のまま栗色の瞳を見ていた
勘付いているところはあった。なぜクリソベリルは貴族衣装にこだわるのか。それは星野アイへの注目を少しでも自分に向けるために他ならない
──いや、本当に半分しか力が出せないのかも知れないけれど。それは結局護るための理由でしかない
「クー……またやるのね」
ミヤコがその姿を見て、溢す
クリソベリルにはもはや星野アイかアクアとルビーしか見えていない
ミヤコでさえかろうじて見えているかわからない、そんな状態だった
「なんとか掻い潜り思い出にしてやりましょう。卒園式と同じく」
だが笑みを浮かべることは出来ていた
クリソベリルにしては不恰好なものなのかもしれなかったけれど余裕は感じられた
一度は通った道だったから、なのかもしれない。少なくとも卒園式ほどの気迫は感じられなかった
「──そうだね、クーちゃん」
星野アイは今一度頷いた。卒園式の時はクリソベリルが自らを盾にすることで道を開いてくれていた
今回もそれと同じようなことをしようとしてくれている。頼もしいのと同時にどこか申し訳ない気持ちにもなっていた
「みなさま、さよならですわぁー! オーッホッホッホ!」
クリソベリルを見た生徒が手を振り返し。親に手を引かれていた
さよなら、と言われてさよならですわ、と食い気味に返していた。やや怖かった
「……そうかなとは思ったけどまたクリソベリルの図体に隠れてるのか」
「まあ……確かに目立たなくなるかもだけどほんのちょっと恥ずかしいよね」
式を終えてアクアとルビーの目に飛び込んできたのは見事にクリソベリルが校門の入り口付近で手を降っている光景だった
星野アイはその背後で丸くなるように小さくなって完全に石のようになっており、表向きで保護者として通るミヤコは他のママとコンタクトを取る。妙な連携が出来ていた
アクアとルビーは言われなくとも他人のふりをしながらクリソベリルの背後で丸くなる星野アイに近付いた
「ああ……アクア、ルビー!」
声をかけようとしたところで星野アイがたまらず抱き締めてくる
二人を胸の内に抱きまた小さくなった。その瞬間、クリソベリルはささっと三人がなるべく隠れるように移動していて
「……ごめん。ごめんね。ダメなお母さんで」
それは小さな声だった。アクアもため息を吐いてしまう
そんなことないよ、ママと小声でルビーは返した
「あっ。あの大丈──」
「みなさま、さよならですわーーっ! 気を付けてお帰りくださいましーーっ!」
ある人がクリソベリルの背後を指差して指摘しようとするがその妙に通る声を重ねて凌ごうとしていた
なぜか貴族令嬢衣装だし笑みを張り付け細かく手を振っているそんな姿はやはりどこか異物感があって。諦めたように子供と帰っていく
「……ちゃんと挨拶できた?」
「できたよ。ルビーなんてもう女の子の友達ができそうだ」
アクアはその小さな手で母の肩を抱いた
そっか、と星野アイは笑みを浮かべていて
「かわいそう……こんなに小さくなっちゃって。悪いことなんてなにもしてないのに」
えへへ、と星野アイはしていた
これそれなりに腰にくるねルビー。見えない努力がそこにはあった
「あとは帰るだけだけど……どうする。母さん」
アクアの一言を受けて二人を強く抱き締め直す
星野アイは考えた。それは本当はやっちゃいけないことかもしれなくて。しかしどうしても叶えたいことでもあった
「──写真。写真撮りたいね。校門のところで」
そっか、とアクアは母に溢していた
ルビーはそんな母の頭を撫でていて
──ちょっと良いかな
「ひゃっ!?」
教員らしき男性にぽんと肩を叩かれて。びくりと飛び上がった
親指で学校を指している。二の句は許さぬ雰囲気を醸していた
「ああ……そんな。ついに捕獲されちゃった」
よよよー、とクリソベリルは涙目ながら結局つれてかれてしまって。あとで絶対引き取りにいくからねと星野アイは双子を抱きながら誓った
なお、ミヤコがこの事態にいち早く気がつき全力ダッシュで連れ去られるクリソベリルを追った
「撮りますわよー?」
三脚に乗ったスマホの画面を見ていた。クリソベリル以外の四人がそこには収まっている
クーちゃんもおいでよ、と星野アイが訴えてくるがここでクリソベリルは多分初めて星野アイの言葉を無視した
当たり前な話があった。式はもう終わっている。クリソベリルが怪しすぎたためか保護者たちはみんな足早に帰っていってしまった
彼女を見て真顔になってしまった子供も見てしまって罪悪感を覚えている。だからこれはクリソベリルなりの不恰好な贖罪のつもりだったのかもしれない
王道を好む彼女からするとそれは邪道だった。だが、こうして終えられてそれを後悔していないのもまた事実だった
「クー、ほら早く来なさい。もうわたしがやるわ」
えっ、と溢した。ミヤコが片手を引っ張って三人のところまで連れてきてしまった
「ほら、もっと近付いて。クー!」
三人から離れて所在なさげにしているとミヤコから声をかけられてしまう
じゃあほんの少しと近付いて、アクアの肩にあった星野アイの手が伸びてクリソベリルの二の腕辺りをつまんで引っ張り、腕を通す形で結局絡まってからまたアクアの肩に手が置かれた
「それで良いの? もう撮るわよ?」
気が動転してしまっていた
クリソベリルは真顔でカメラを見ていた
「クーちゃんだけ悪者にはさせない。これはわたしのための嘘とワガママだから」
そういってカメラに向かう横顔にはっとしまった。繊細に伸びる睫毛や、ほんの少し出来ているえくぼ。あどけなさを残しながらも神聖な雰囲気を纏っていてほんの少し見とれてしまっていた
「よーし」
ミヤコが画面を押して近付いてくる。タイマーを使ったらしい
クリソベリルの肩に両手を置いて片足を上げる。お茶目なポーズだった
やがてピピッ、と聞こえて。撮れてしまった、とクリソベリルは肩の力が抜けていくようだった
「あら。いらないことしてわたしだけブレたわね……? まぁいっかこれはこれで」
なんともしまらない最後ではあったけれど
ミヤコはクリソベリルの肩に引っ付き画面に収まるのは成功したもののほんの少し足がブレてしまい
クリソベリルは星野アイに腕を組まれぽかん、となってしまっていて
星野アイは眼鏡、マスク着用のなかでも二人の子供の肩に手を置き穏やかな雰囲気を見せていて
アクアは母親に手を添えられてピースサインし、ルビーはそんな兄と手を繋いで自然な微笑みを見せている
そんなこの世に二つとない思い出ができたのであった