「お花見ですの?」
「うん。ちょっと散っちゃったけど人も疎らになったし返って調度良いんじゃって社長言ってたみたい」
「……お父様がそんなことを」
「なんか、どうしてもやりたいんだーっていってた社長」
星野アイは口元に指を置いて天井を見ていた。蛍光灯の光がやや眩しい
へぇ、とクリソベリルは感嘆していて
「ちょっと奮発してご馳走だすからって」
「それは期待値上がってきたかも」
アクアはやや声が高くなっていて興奮が隠しきれなかった
期待しちゃうよね、と星野アイもこれには溢していて
「……お花見かぁ」
ルビーはしみじみと溢してコップにジュースを注いで一口飲む
母と兄と共に簡単なものは済ませてもいた。しかし、それでも窓の外から季節が移り行く様を見ていたことを忘れたわけでもないのだった
満開からやや過ぎて散ってしまった桜の下で斎藤、ミヤコ、クリソベリル、星野アイ、アクア、ルビーはレジャーシート二枚敷いた後談笑し合っていた
「すまねぇな。今日は付き合って貰っちまって」
斎藤社長はそう溢しながらお猪口に酒を注いでいて。気だるげに桜を眺めていた
花びらが舞って肩に乗ったりする。ふん、と鼻を鳴らしながらぐい、と一杯飲んでいて
「飲み過ぎないでね」
「……おう。大丈夫さ」
心配そうに見つめるミヤコをよそに大きく頷く
サングラスに日光が反射するようであった
「──急にどうしたのって聞いて良い? 佐藤社長」
「斎藤な。おい、結構な付き合いだよな? もはやわざとだろ」
そうかもね、と笑ってるらしい完全防備姿の星野アイからお酒を貰う
斎藤社長もどこか笑みを溢していて。注いでくれるらしいと察すると無言でお猪口をその前にやった
寿司モグモグですわ、と双子ときゃいきゃいするクリソベリルが目に映る
「二十歳になった時……なんやかんやおまえ忙しかったから。実感わかなかったんだ」
「そっか」
酒器を両手でもってあっさりと告げていて
ああ、と苦笑いを浮かべていた
「それ、貰うわ」
はい、と酒器を斎藤社長に返した
斎藤社長は自分が使っていたのとは別のお猪口を出して星野アイに向けた
「ん」
斎藤社長の短すぎる主張に星野アイはやや首を傾げる
ほら、と催促するように言ってきたので両手を差し出すようにしてそれを受け取った
「えぇ……初めからそう言ってくれればいいのに」
「ほんの一杯だけだ、付き合え。ほらいったぞ」
全く、と星野アイは嘆息する
酒を傾けすぐに真っ直ぐに戻す。並々なんか入れられていなかった
本当にほんの少しだった
「じゃ、いただきます」
星野アイは一旦マスクを外してぐい、と一杯飲む
苦いな、と思った。ただただ苦いなぁ、とだけ思った
「……おめでとう。アイ」
「ありがとう。斎藤社長」
斎藤社長は呟くようにそう告げて桜を見上げていた
これからもずっと元気でいてください。星野アイは言葉には出さないがそう願っていた
「──クリソベリル! おまえ、なんか面白いことできないか?」
斎藤社長が叫ぶ先には寿司を両手持ちしながら首を傾げる貴族令嬢がいて
やや思考停止した後に寿司を口に詰め込んで近付く
「わたくし──落ちてくる桜の花びら。お箸でつまめますわ」
「マジかおまえ。やってみろ」
せぇい、せぇい! とお箸で落ちてきた花びらを捕まえる
がはは、と斎藤社長がその様子を指差して笑っていた
「……なんかすごいことなんだろうけど、あれくらいじゃもうびっくりしない自分が怖い」
ルビーはそんな風に溢す兄の方をまじまじと見てしまっていて。どうしたんだ、なんて言われてしまう
結局ふるふると首を左右に振ってしまった
「アクア。ルビー。お腹一杯になったかな?」
「寿司で腹を満たすほどの贅沢はないなって思った。慣れちゃいけないけど」
あはは、とルビーは笑みを浮かべて。目線を頭上にやる
十二年。移り行く季節の中で最後の方に出会った人がいた。結局その人がどうなったのかわからなくなってしまったけれど手のひらに花びらが止まる度、この脚が動く度にその顔が浮かんでしまう
「──わたし、生きてるよ。せんせ」
ぽつり、と小さく溢してしまってすらいて。アクアの方を見ていた
兄は主に母とイチャイチャでれでれしててたまに吐き気を催しているのだがこの日ばかりはなぜかこちらの方を見ていて。いっそ首を傾げてしまった
「……本当にどうしたんだ。黄昏ちゃって」
だから多分それは好奇心だったんだと思う
興味本意にしたことだった
「お兄ちゃんはさ。もしもママの子供に生まれてなかったらって考えたことある?」
「……ないとはいえない」
頷くかどうか少し悩んで頷いた。目の前で星野アイはわかりやすく首を傾げていて
ルビーは笑みを見せてしまう。きっと母にこの胸のうちを知られたら絶対にビックリされてしまうだろうな、なんて思っていて
「わたしね、幸せすぎるなぁって思うの」
風を感じる。走れる。優しい兄がいる。面白い人が周りにいる。その上で推しを近くでみれる
これ以上ないものが揃っていた。絶対に手が届かないと思っていたものにすら届いてしまっていた
「それはね、ルビー。わたしも思ってるよ」
誰でもない星野アイがこちらを真っ直ぐと見てそう言ってくれていた
罪悪感はない、とは言えない。だからこそ星野アイが助かるのなら自分のすべてを使っても構わない、とすら思っていて
「──わたしも出会ったのがアクアとルビーでよかったぁって多分思ってる……思いたいなって強く願ってる。それが普通なんだよ。きっと」
髪が風で流れるように揺れていた。剥き出しの星野アイは憧れたあの姿とは多少違ったけれど、むしろそれは意思を固くする材料にしかならなくて
普通、だなんて優しいウソを吐いて笑う母が愛おしくて堪らなかった。剥き出しの星野アイは星野アイでなくとも、母親ではあった
「──大好きだよ」
「うん。わたしも──ルビー」
ルビーに静かに笑みを見せていた。星野アイには絶対に言えない言葉がある
それでも暖かみを感じるのは何故なのだろう。それでも他人を引き付けて止まないのは何故なのだろう
見えないところで傷を負い今もこうして身を呈して守ってくれているそんな姿勢に歯痒くなる気持ちがあった
「わたしね、大きくなったらママを解放してあげたいと思ってる」
「……そっかぁ。それは楽しみだね」
だからそうなるまでは待っていてください、とルビーは言ったつもりだった
星野アイは感心したように深く頷いて背後に目線をやった
「えぇい! セェイ! えぇい! てやーっ!」
これはアクアもそう言うけれど彼女は本当になんなのだろう、とルビーも首を捻るところがあった
母いわく天国の檻から飛び出してきたらしいし。兄に至っては間男ならぬ間女呼ばわりでライバル視してるし。なんやかんや色々やってくれて、助けてくれてその扱いなものだからちょっとかわいそうかな、と味方してあげてるのだけど
「えぇ!? 地味、ですの……? もう飽きたぁ……? そんなぁ。よよよ~!」
表情豊かすぎて。なんだか情が移ってしまいそうになる
少なくとも斎藤社長やミヤコさんがあんな風に穏やかに笑えるのは彼女の能力に他ならない。星野アイとは違うけれど、なにかの切欠をつかむとどこかにとんで行ってしまいそうなポテンシャルは感じた
「クーちゃん。蓋投げるから取ってみて!」
それ、と星野アイから寿司桶についてる蓋をフリスビーのように投げられる。目にも止まらぬ速さでこれに追い付き不動のまま蓋をつかんでいた
すごいすごい、と母は大喜びで手を叩き。クリソベリルは照れる。そんな様子を見ているとああ本当にこの人たちは普通とは感覚が違うんだとわかってしまって。才能の差を感じていた
類は友を呼ぶ。兄もたまには良い言葉を思い付くものだ
ルビーは人懐っこい笑みを浮かべた。いつまでもいつまでもこの光景が続けば良いのにと強く願っていた