おしのこ!   作:すさ

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クリソベリルのいない日

「──おはよう。母さん」

 

「うん。おはよう、アクア。朝食出来てるよー」

 

 アクアはアクアとなってからというもの休日でも目覚めはすこぶる良かった

 朝起きて母の顔を見る。これがもはや趣味と化していたのだ

 

「おはよう、お兄ちゃん。ママ」

 

「ルビーおはよう」

 

 星野アイとアクアの声が重なっていた

 んぅ、とルビーは目を擦りながら着席した。アクアは笑みを浮かべてしまう

 

「ごはんできてるってさ」

 

 へぇ、とルビーは頷いていて

 ふふ、と星野アイは微笑みを向けた

 

「今日はフレンチトーストにしてみたよー」

 

 皿に置かれたのはバターの上から蜂蜜のかかったパンであった

 かなり綺麗にできていて料理人の器用さが窺える。なんでもできる、というのはどうやら間違いではなさそうで

 

「わぁ、おいしそう。いただきます」

 

 ルビーはそういってすぐ食べ進めるのだがアクアはしばらく拝む

 森羅万物よありがとう。とにかく万感の思いを込める

 

「わたし、このあとまた撮影なんだー」

 

 食べながら星野アイはどこか寂しそうに溢していて。そうなんだ、とアクアは頷く

 母が食べてようやく食べ進めていた

 

「……無理しないでね」

 

「うん、大丈夫だよ。ありがとねーアクア」

 

 すき。推しが自分だけに笑みを向けてくれてアクアは何度目かわからぬ悩殺をした

 ルビーに冷たい視線を向けられようと抗えぬものがあった。悪魔的ならぬ天使的だった

 

「あっ、そうそう。クーちゃん今日来ないかも。なんでも鳥人間に弟子入りするって言ってた」

 

 母の口から溢れるその名にはむっとしてしまうことの方が多い。しかし頼んでなくても来る星野アイの親友らしいよくわからない人は今日は来ないようで

 別に常に暇って訳でもないんだな、と安心するところがあった

 

「なえヨンさんだったっけ……?」

 

「……ぴえヨンさん?」

 

 んん、と星野アイはパンを両手持ちしながら頷いている

 咀嚼する姿すら記憶しておきたい。アクアのそれはアクア自身も危ないとの自覚はあるがやはり抗えなかった

 

「覆面筋トレ系ユーチューバー」

 

 星野アイはそこだけは覚えていたらしくすらすらと語っていて。アクアは大きく頷く

 それはまたとんでもないのと出会ったな、と未だに子供部屋おじさんと交流ある自分を棚にあげていた

 

「動画映えスゴそう」

 

 言ってやるとそうだね、と星野アイは笑う

 日差しを眺めるその流し目が穏やかで美しくて息を飲んだ。言葉を失ってしまった

 こんな調子でいるものだから母と過ごす時間が限りなく短く感じられている始末だった

 

「おいしい?」

 

 いつの間にか食べてしまったのか皿を空にしてそんなことを訊ねてくる

 蜂蜜だらけのパン食べたら口の端とかに付きそうなものだがどうやったらそんなに綺麗なままでいられるのか理解が及ばなかった

 

「すんげぇおいしい」

 

「おいしいよ、ママ!」

 

 アクアとルビーはいっそシンプルな感想をいう

 そっか、と星野アイは笑みを深めていて。二人が食べている姿を満足そうにただただ見つめていた

 

「──御馳走様でした」

「ごちそうさま」

 

 母が撮影だと言っていたので名残惜しいながらも早めに完食して。ルビーも同じように思ったのかアクアと同時に手を合わせていた

 お粗末様でした、と溢して皿が回収されて流し台に消える母の背を見ていた

 

「おいしかったね」

 

「そうだな、ルビー」

 

 二人してウェットティッシュで口元や手を拭きながらそんなことを溢していた

 丸めたウェットティッシュ。こんなもの普通はゴミ箱に投げ入れるのだが、アクアは立ち上がって丁寧にゴミ箱に入れているのだった

 絶対に部屋を汚すわけにはいかない。アクアの意志の固さがそこには現れていた

 

「……大丈夫。多分大丈夫」

 

 わりと時間がない。星野アイはそれに気がつくと着替えて顔に化粧水だけ塗り、帽子メガネ着用のもと鞄を持って玄関へ進んだ

 マスク着けてる時間が惜しかった

 

「いってらっしゃい母さん」

 

「いってらっしゃいママ」

 

 いつも玄関まで送ってくれる二人を見てドアノブに手をかけようとして離す

 星野アイは迷いなく振り返った

 

「いってくるね。アクア、ルビー……お友達の家とかに遊びに行っても良いけどもしお留守番するなら今日は宅配とかないから。知らない人が来たら開けちゃダメだよ」

 

 玄関に膝をついて鞄をおいた上で二人を抱き締める

 どんなに遅れそうでも二人を抱き締めず外に出ることがない。星野アイは自嘲気味に笑みを浮かべていた

 

 母がひらひらと手を振ってばたん、と扉がしまり。鍵がかかった

 アクアは腰に手をやっていた

 

「よし。アイが気持ちよく帰れるように掃除するか」

 

「……えらいねおにーちゃん」

 

 こういう時はルビーも棒読みながら褒めてくれる

 かわいい妹って最高だな、と顔が綻んだ

 

「上が届かないのマジにもどかしいな……」

 

 風呂の水を抜いておき。ベッドのシーツを替えて。床を拭いて。机も拭いて。なんとなく散乱してしまったゴミやほこりを掃く

 そんなことを毎日しているとやることなくなってくるのは当たり前の話でもあって上の方を眺めていた

 

 一応爪先立ちとかで限界までねばるのだがそれによる被害も考えられるので派手なことはしていない。アクアは直情的だが愚かではなかった

 いらないことをしても手伝ってくれたんだね、と笑みを見せてくれる姿が目に浮かぶ。結局はそれを見たくないだけでもあった

 

「手伝おっか。お兄ちゃん」

 

「いや良いよルビー。なんか忙しそうだし」

 

 ルビーはルビーで母が出てる番組録画して飽きもせず全部見る勢いでテレビの前にいた

 そっかあ、とルビーは頷いている。星野アイが出る番組は今日も作られているから本当の意味で全部見ることは難しいだろうけれど。それでもなるべく見ておきたいというその姿勢は理解できた

 

「──はぁー。うちのママかわいすぎ」

 

「わかる」

 

 ルビーが三角座りで見ている星野アイは歌番組だがドッキリ番組とかに出演した星野アイを見た時にはアクアはぷちんときてしまって長文の抗議文を送って無駄な抵抗をしたりしていた

 仕事選んでも良いんだよ。息子は母が心配で心配でならなかった。大事にしたいわけではないけれど永遠に幸せにしたかった

 

「歌もダンスも上手くて。笑顔が良いよね!」

 

「それな」

 

 アクアは深く頷きふと片手を見た。まだまだ小さい

 アクアは自分だがこいつはどんな大人になるのだろうと自分でも分からないところがあった

 ──単純に考えて。医者をやっていた前世をそのまま受け継いだこの脳さえあれば何にでもなれるのはわかる。ならばまた医者を志すかというとそれはそれで違う気がしてしまっていて

 かといって母の言う通り役者を志すのもとなんだかそれはそれで単純な気がしてしまう

 

「──アイは天才だからな」

 

 ぽつり、と告げてしまってすらいて。ルビーもそれには同意するように体を前後に揺らしていた

 きっとルビーはアイの背中を追う。これには確信があった

 だからというわけではないが良い所取り出来る位置に自分がいれたらな、とは望むことはある。それが役者だったらなるだけだし、それが医者だったらなるだけで。そう考えてみると結局単純ですらあった

 

「ルビーはアイを解放したいって言ってたな。それはそれで応援するよ、俺」

 

 ルビーはそんな言葉を無視して食い入るようにテレビをみている

 その横顔は真剣そのもので。聞くまでもなく答えが書いてあった

 ──それならそれで合わせるだけだ。アクアは今一度決意を固めていた

 

「……画面の中のママはずっとずっときらきらしてて眩しいなぁって思って」

 

 そうだな、とルビーにアクアは頷いた

 この輝きをずっと見ていたいのはそうなのだけどそれはやはりワガママに他ならなくて。複雑な顔を浮かべていた

 

『わたくし、薪を用意してきますわーーっ!』

 

 星野アイが出演するなかでバラエティともなるとクーの山籠りというミニコーナーでその顔が映って。せい、せいと薪割りするクリソベリルに対して微妙な顔を浮かべてしまった

 わはは、と分かりやすく作り物の笑いが入るがワイプで抜かれた母は慈愛の眼差しをもってこれを見守っていた

 

「スタイリッシュ薪割りってなんだよ……バカなやつ」

 

 テロップに表示されたその文字列が妙に可笑しくて。そのわりには無慈悲なカットを受けていて

 あはは、とルビーが笑ってしまうと結局つられて一緒に笑ってしまっていた

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