「……しまったな」
ぽつぽつ、と雨足が強まっていく
下駄箱からそんな様子を見てしまった。アクアは後ろからやって来たルビーに目をやりながら呆然とそれを見ていた
「──傘、忘れちゃったね」
「ああ」
別に借りられなくはなかったはずなのだが、突如降ったそんな雨だったためか傘入れにはなにもなくて
まいったなぁ、と心から呟いた
「わかった。こう……俺が盾になるからルビーは──」
ルビーがちょいちょいと兄の肩をつつき入り口を指差していた
どどど、と走ってくる人影がいた
「まさか──」
そのまさかかもしれなかった
「──お二人ともっ、傘をお届けに上がりましたわぁ!」
ぴたり、と入り口で止まって。貴族令嬢衣装の上から雨合羽に身を包んだクリソベリルがそこには存在していた
もはやアクアは笑みすら溢していた
「……なんかそういうの久しぶりだな」
「あ、ありがとクーちゃん……」
どちらかというとルビーの方が圧倒されながら有り難く二つの子供用の傘を使うのだった
その帰り道の中、二人の後ろでクリソベリルは歩いていて
「助かったよ。クリソベリル」
雨粒が傘に当たる。危うくこれにルビーと晒されていたと思うと悪寒がはしった
いえ、と当人は微笑を浮かべていて
「わたくし雨についてはなんとなくわかりますの。匂い、と言いますでしょうか。晴れの時と全然違いますから」
「ちょっとなにいってるかわからないな」
「クーちゃんスゴい……」
アクア、ルビーはただただ圧倒されていた
そうなんですわね、となぜか残念そうに溢していて
「すまないな。その、クリソベリルもそれなりに忙しいんだろ?」
「えっ? 結構暇ですわね。ぴえ師匠とたまに腹筋動画収録致しますけれども」
それ滅茶苦茶気になるな、とアクアは溢してしまう
目元が地面にいってしまっていて。石を蹴っ飛ばしてしまった
「……母さんが、クリソベリルならわたしを倒してくれるかもって。笑ってたよ」
「そんなこといってらっしゃいましたのね」
ざっ、と雨足が強くなってきた気がした
ルビーがクリソベリルの顔を見ようと傘を上向けていく
「嬉しそうだったから……その、正面からは」
「そうですわね、それはわたくしが言っておくべきことかもわかりません」
浮き沈み激しい世界だというのはクリソベリルをしてわかっていそうなところがあった
アクアもそれには小さく頷いていて
「……ずっとずっと一緒にいてくれるつもりか? クリソベリル」
それにクリソベリル困ったような笑みを浮かべた
アクアの目はやはり沈んでいく
「ねぇアクアくん。そういう情熱をわたくしに向けられましても困ってしまいますわ……わたくし、一応お姉さんですし」
「おい待て。どうして俺がフラれたみたいになってるんだ!」
アクアが赤面しながら抗議してルビーは主に苦笑いを浮かべていた
端から聞いてるとそう聞こえなくもない。おほほ、とクリソベリルは流石に冗談だったらしく笑っていて
「ルビーちゃん」
「えっ。な、なに。クーちゃん」
「わたくしもあなたの夢、素敵だと思いますわ」
えぇっ、声を引っ込ませて。目を泳がせた後きゅっと口を閉じてしまう
ルビーは頬を染めてしばらくぎこちない歩みを続けた
マンションに着いて。クリソベリルは自らカギを回して星野家の扉を開く
ミヤコから手渡されていたものだった。命より大事かもしれないものだった
「──ただいま」
「ただいまぁ」
扉を開いて中に入る
申し訳程度に挨拶した後、玄関に用意していたのだろうバスタオルに気付いていた
「お邪魔しますわ」
雨合羽を脱いで小さくして袋に詰め込んだ後、靴のとこにぺいと投げてクリソベリルは入る
玄関に畳んで置かれているバスタオルを拾い上げるとアクアやルビーを拭いていた
「大丈夫? 寒かったりは致しませんか?」
「うん……」
それはよかった、とクリソベリルはルビーに笑みを向けていて
アクアも閉口してしまう
「お風呂、沸かしてきますわね」
「……むしろまだ沸かしてなかったのか」
傘を取ることに夢中で、とバスタオルを洗濯機に入れた後手を洗いながら笑みを向けていた
クリソベリルにしてはどこか不格好な笑みだった
「おかげでほとんど濡れてないから大丈夫だよ。クリソベリル」
「そうですのね。良かった……今お茶をいれますわ」
アクアは後ろ髪引かれるルビーをつれてリビングに進んでいった
クリソベリルは給湯器に水を入れてスイッチを入れてお茶する時用にあるらしい水色、朱色のマグカップを二つと自分のマグカップを洗いしばらくこれを待っていた
「勘が良すぎる、頭が良すぎるのも……考えものですわね」
ぽつり、と呟いて。茶葉をスプーンですくって茶漉しに入れてその上からお湯を掛ける
そうして出涸らしとなったものを自分のマグカップに乗っけておいた
「どうぞ」
二つのマグカップを机に置いて二人にすすめた
悪くない出来だった
「……ああ。ありがとう」
「ありがと。クーちゃん」
「念のため追い焚き終わったらすぐお風呂に入りましょうね」
ちびり、とアクアとルビーはそれを飲んでいて
それを確認して初めてクリソベリルは立ち上がり自分のマグカップにお湯を入れた
「クリソベリル。今日は掃除は良いよ」
「……。いつもより遣り甲斐がありそうですのに?」
「……それでもだ」
そうですの、と頷いていてアクアは対面に着席するクリソベリルを見ていた
両手で包むようにマグカップをもってずず、とお茶を啜っている。それはそれでいつも通りにも見えた
「クリソベリルは……母さんをどうしたら幸せにできると思う?」
それを訊ねてはみたが唇を噛んでいた
アクアは別に聞きたいわけではなさそうであった。なんなら苦虫を噛んだようなそんな顔をしていた
「わたくし、今が一番幸せに見えますわね」
「そうなのか」
アクアは不安そうな顔をクリソベリルに向けていた
ふふ、とクリソベリルは笑みを浮かべていて
「……アクアくんは星野アイとお母さんとしての星野アイどちらが好きですの?」
えっ、とアクアは狼狽えてしまう
目を見開いてしまった。同じじゃない、とはわかっていてもどちらかを選ぶなんてやはり出来なかった
「多分、あーちゃんもそれに似た感情を抱いてるんじゃないかってわたくしは思いますわ。どちらもほしいから、どちらも欲する。どちらが、と言われても困ってしまう。そんな感情」
クリソベリルはただ穏やかな笑みを向けていた
お茶に反射する顔が揺れて見えていた
「それは……俺にも、わかってたはずなんだけどな」
「そうですのね」
アクアの顔はやはり浮かなかった。ルビーは興味深そうに頷いている
ずず、とクリソベリルはお茶を飲み干して貴族令嬢衣装をまさぐっていた
「うーん。たしかこの辺に……ありましたわ」
胸元辺りから小袋を取り出した。アクアは目を丸くしてしまう
うふふ、と笑みを溢しつつ握られていて
「飴ちゃんお食べ?」
ハッカ飴が満面の笑みと共に差し出されていた
アクアはいよいよ困ったような顔を浮かべてしまう
「いやいいよ。マジで」
本気で拒絶されて目を丸くしていた。そうですの、とやや残念そうにしながらハッカ飴の小袋を千切りガリガリ、と早速噛んでいる
堪え性ないのかよ。アクアは突っ込まずにはいられなかった
「……お風呂、そろそろ沸いたと思いますわ。お二人で入って来ては?」
「……そうさせてもらおうかな」
アクアは片手で頭を触りながら大きくため息をつく
席を立って脱衣室に消えていった
「ありがとね、クーちゃん」
「貴女もそうですが、本当に賢いですわね。わたくしそろそろ負けてしまいそうですわ」
クリソベリルはルビーに困ったような笑みを浮かべていた
そうなんだ、なんてルビーは笑みを向けていて。好奇心旺盛な目のまま兄の背中を追いかけいった