「ルビー。母さんと留守番頼むな!」
「いってきますわねー?」
う、うん。とルビーは玄関で頷いた
折角星野アイと過ごせる貴重な休みの期間にアクアが家を出ることがそもそもあり得ないことであった
「クーちゃんも一緒だったから大丈夫だよ、ルビー」
「……そうだね」
言いながら星野アイは扉に鍵をかけた。確信したような顔をしていて扉に目を向けている
浮かない顔ながらルビーは頷いて、口を結んだ
「アクアには秘密で沢山お菓子食べちゃおうねー」
「うん!」
ルビーは母を見上げて輝かしいばかりの笑みを向ける
そのままつれられてリビングまで歩いていった
「──急に悪いな。クリソベリル」
近くの公園のベンチに腰かけて、クリソベリルが買った缶ジュースを片手に口を開く
ふっ、とクリソベリルは笑みを浮かべていて
「愛の告白ですの?」
「……まぁある意味そうかも」
まぁ、と白銀の手袋をしている片手で口を抑えていた
アクアはこれに大きく溜め息を吐いていて
「やっぱりやめようかな……」
そんな独り言を溢して缶ジュースを一口していた
その間クリソベリルはただ黙って公園の長閑な風景を楽しんでいるようで
「……真剣な話なんだ。クリソベリル」
「ええ。わかりましたわ」
栗色の瞳が向けられた。円らな瞳だった
アクアはなおもやや言い淀んで目を泳がせてしまう
「……大丈夫ですわよアクアくん。わたくし、あなたの愛には答えられませんけれどあなたのことは愛していますわ」
胸元に手をやってゆったりとそう告げていた
いっそ矛盾したような言葉だったがそれでもクリソベリルの笑顔はどこか神秘的で。アクアは調子が狂ったかのように後ろ手で頭をかいた
元から大きく見えていた姿だったがもっと大きくも見えた
「──俺の、父親のことなんだ」
告白にクリソベリルはぴくりともしなかった
しかしその顔はアクアから離れて風景の方に向いていてなにか考え込んでいるようにも見えた
「……正直言うか迷ってた」
「そうなんですの」
アクアはそんなクリソベリルの顔を覗き見るように見る
小さく頷いて神妙な顔をしていた。いつもと変わらない様子だと思って、缶ジュースに目を向ける
「思うときがあるんだ……母さんの二十歳の誕生日のあの時、クリソベリルが来てくれなかったらって」
「それは苦しいですわね?」
「……まぁ」
アクアは曖昧に頷いた。目線は地面か両手に収まる缶ジュースにあった
サッカーボールを蹴っている子供達をクリソベリルは目で追っている
「それでさ……関係ない、とは思えないんだ」
「アクアくん。わたくしおバカですのよ。わかるように言ってくださいまし」
ふっ、とアクアは笑みを浮かべていて
しかし沈んでいく目を止めることはできなかった
「母さんをあいつは殺そうとしたんじゃないかって」
「それは穏やかではありませんわね」
こくり、とアクアは頷いていた
クリソベリルはようやくアクアの方に顔を向けていた。涼しい顔をしていて明日の天気でも聞いたかような他愛のない様子だった
「……どうしてその話をわたくしにと聞いても?」
「自分でもわからない。でも、消去法だったと思う」
小首を傾げていた。アクアはばつが悪そうに目線を反らしてしまう
曰く、星野アイ、ルビーは論外で。斎藤社長はもっと過保護になるだけで。ミヤコはもっと目の隈が濃くなるだけ。子供部屋おじさんはそういう方向ではいまいち信用しきれないし巻き込みたくもない
芸能界に限りなく近くアクアとルビーの事情に詳しく、その上で母に信用しきられている存在に話を聞くのは思い付いてみれば自然にも思えたとのことで
「──つまりわたくし、忘れられてたのですのね?」
「そこは、許してくれ」
素直に謝っていた。ふふ、とクリソベリルはアクアに笑みを向けていて
再び風景に目を向けている彼女の佇まいからは余裕すら現れていた
「そうですわね……わたくしから言えることは多くありませんわ」
「そうか」
アクアは残念そうに頭を垂れた
クリソベリルはひとつ頷いていて。けれど、と人差し指を立ててこれに続けた
「その人はとてもとても臆病だと思うのです」
「……臆病?」
そう、とクリソベリルは微笑んでアクアに目を向ける
「仮にアクアくんの説が正しいのだとして。どうしてその人は自分で犯行を行おうとしなかったのでしょうか」
「足をつかせないため」
その通りですわ、と確認するように頷いた
アクアも小さくこれには頷いていて
「その人は自分で行えたにも関わらず何をするかもわからない他人の手を頼りました。賭けな部分もあったはずです。しかし、それを実行した。いえ、実行するしかなかったのでしょう」
「……チャンスはあの時にしかなかった?」
よくわからない非行を行った青年から芋づる式に捕まる、なんてこともなかったのだからその秘密主義は窺えた
誰も信用していないのに誰かを利用する、自分の手は汚したくないが人は殺したい。そんな矛盾した存在が自然と出来上がっていった
察したようなアクアの言葉にクリソベリルは笑みを深めていて
「……わかりません。しかし、アクアくんのお母様はとってもしたたかな人ですわ。強く、賢い人です。そんな彼女が今、全力で生きようとしています。あなたたちのために生きようと頑張っています。同じ手が二度通じるとは思えません」
アクアは顎に手を添えて頷いた
星野アイを殺すには星野アイの考えの外から殺すしかない。これについての反論はなさそうだった
「それにアクアくんのお母様は一人ではありません。むしろ愛されています。家族にも、身の周りの人にも。恨むばかりの人だけが周りにいるわけではありません」
ふとクリソベリルの横顔を見ていた
その顔は真っ直ぐと前を見て目を細めている。その輝かしいばかりの未来を見ているようにも見えた。それは或いは敬虔な信者な姿といっても良かった
「少なくとも今は大丈夫だとわたくしは思うのです」
「……そうか」
ええ、とクリソベリルは空を見ていた
アクアは一気に缶ジュースを飲んだ
「すべては仮定の話ですわ。もしそんな人を見掛けたらブッ飛ばして簀巻きにした上でブタ箱にシュートして差し上げますわね」
それは良い、とアクアは目を沈ませて笑みを溢した
対するクリソベリルは真剣な顔を向けていた。アクアは目を丸くしてしまう
「……アクアくん。あなたは決してそんなことで腐ってはなりません。折角の魅力が損なわれてしまう。それはとても勿体ないことですわ」
片手を肩に置かれて笑みを向けられた
風に揺れる金髪がどこか幻想的に思えて、アクアはほんの少し息を止めた
「暗いところで光るのはコックローチだけですのよ?」
「……ああ、ありがとう。クリソベリル」
その笑顔は陽のように輝かしいものだった。片手でクリソベリルの手に触れる
手袋に包まれているのでわかりにくいが温かかった
「わたくし、もしもアクアくんがデビューしたらたくさん推しますわね。主にグッズとか箱で買って貢献致します」
ふっ、とアクアは吹き出してしまっていて
自社買いじゃないかそれ、と呟いてすらいた
「帰ろうか、クリソベリル」
「そうですわね。きっと二人とも待っていますわ」
二人はゆっくりと立ち上がってから家路に付いた
マンションに向かい鈴を押してほんの少し扉を叩けばその姿が出てきて
「ただいま。母さん」
「おかえり、アクア」
手洗ってくる、と星野アイの横を通ってアクアは駆けていった
まるで本当に子供のようなそんな行為で。そんな息子を見るのは初めてのことだった
「アクアくん、ほんの少し相談事があったようで」
そうなんだ、と言いながらクリソベリルを玄関まで迎える
穏やかな笑みを浮かべていた
「もしかしたらわたくしは口説かれてたのかもわかりません」
ふぅん、と真顔のクリソベリルを覗き込んでから鍵を閉める
ほんの少しおどけてみたようなそんな反応だった
「まぁクーちゃん相手ならしょうがないよ」
「……わたくしたちだけの秘密にして差し上げましょうね、あーちゃん」
リビングに向かうアクアの背をクリソベリルはゆったりとした目で追っていて
ああ、またあなたに助けられちゃったんだね。そんなことを星野アイは思っていた
十万字達成しました。みなさまのおかげで本作品はここまで続けることができました。ありがとうございました。本当にありがとうございました