またかーっ! と有馬かなは叫んで大きく仰け反る。家事している母が飛び上がった
星野アイとのキャスティングに文句はない。むしろ身に余る光栄だ。しかし、あまりに多いその機会には頭を抱えるばかりだった。こんな筈じゃなかった
『アクアと仲良くしてくれてありがとう御座いました』
ぺこり、と礼をされてしまった。アクアに負けた身だというのに礼を言われてしまった
出会って最初の一回でそんなことを言われてしまった
そういえば最初からロックオンされていたのかもしれない。被害妄想のようなものを抱いていた
『──かなちゃんはいつもつんけんしてくれて嬉しいなぁ。もっともっとお喋りしようね? 演技についても気になったらすぐに教えてほしいな』
二回目で役者としてのプライドをズタズタにされていった。悪気がなさそうなのが更に小さな胸に突き刺さった
演技は良いに決まってるからその人を選ぶ態度が気にくわなかったらしいと認識して頑張って意識して改めた
『──かなちゃん。どうして急に他の人を引き立てるような演技をするようになっちゃったの? つまらないよー。もっとぶつかっていこうよ?』
三回目くらいの大河ドラマの子役でそんなことを言われてしまう。ベーゴマかなんかか、とは言いたくなった
有馬かなは頭が痛かった。それだって頑張って自分なりに努力して手に入れたものだったのにと嘆いていた
『──かなちゃんだってかわいいんだから自信もって。ねっ?』
ある時にはもはやストレートに褒められていた。天にも登る有馬かなだった
『もしかしてかなちゃん、なにかあった……? ほら、遠慮なくおねーさんに言ってみよう?』
それに答えようとなけなしの演技をしていてもそんな文句をいわれて、ありとあらゆる角度から追い込んだ
それなのに有馬かながいくところどこにでもいて狙ったかのように親子になったりする。最早あらかじめプロデューサーと示し合わせてると言われた方が納得できるようなそんな事態だった
──まぁ実際のところはなんやかんや息が合いつつあったからなのかもしれない
有馬かなは誰もが天才と認める星野アイと息が合いつつある自分に酔ってる部分があった。天才かも、と改めて調子に乗りつつもあった
そんな記念すべきn回目の星野アイとの共演は、また親子だった
殺し屋の母と諜報員の父を持つ勘の良すぎる子供の役だった。死んだ目をしてる父とかもうどうでも良かった。おつこいで見た俳優だしこいつはこいつですごいのかもしれないけれど、問題にすらならない。まだ、勝負になるというそんな安心感すらあった
「その、よろしくお願いします……アイさん」
「よろしくねー。わたし相手なんだからそんな畏まらないでいいんだよ?」
星野アイは笑っていた。演者としての星野アイを間近にすると鼻高々たる態度はなりを潜めて小さくなってしまう
演技では誰にも負けたくないけれどどうひっくり返ってもこの人に勝つのは無理だ、という評価をしていた
売れるべくして売れた人だと悔しいが認めていた
「おねーさん頼りにしてるから。今回もお願いね、かなちゃん」
二人して鏡に向かい隣同士座って化粧をするほどには気に入られていた。有馬かなとしてもこれはまんざらでもない顔をしていて
「はい……アイさんの期待に答えられますよう全力で取り組もうと思います……っ!」
「あら。なんだか元気ないねー? なんかあったのかな?」
まさか本人を前にして星野アイが苦手だということは言うわけにはいけない
自分でもビックリするくらい言葉を選ぼうとしていた
「もういい加減……わたしに構うのやめてくださいよ……っ!」
しかし、ダメだった。いじめられてるという風にすら思ってる部分があった
えー? なんて笑みを作りながらスタイリストと共に鏡の前で化粧されていて
煽ってるのか畜生、と顔を赤くして隣を見てしまった。妙に似合うな殺し屋衣装畜生っ! と隠しきれず口から出そうになる
「放っておくわけにもいかないからそうしてるんだよ?」
「うっ、うう……っ!」
もはや涙目だった。有馬かなは勝手に星野アイに挑んで負けている部分がある。最初からカメラアングルと顔と演技と気配りの全てが完璧だったのにそれからもどんどん成長していくのだ。バケモノでしょこいつ、と溢した数はもはや数えきれない
一回二回くらいなら所詮どこぞの偶像がついでにやることだからまぐれかも、と嘗め腐っていたところはあったがまずはそこのところから折られた。それはもう丁寧に折られた
「いじめないで……いじめないでぇ……」
鏡の前でぷるぷるしていた。限界は近かった
「えっ。いじめられたの!? かわいそうに……だれだれ、教えて? ディレクターさんかな? ADさんかな? スタッフさんにはいない……? もしかして、共演者? ……ふぅん、共演者かぁ。わたし、言っとくから安心して」
目が光る星野アイが怖くてありがとございます、とだけ言っていた
あんただよ、とは言えなかった。そう言えてしまえるような有馬かなはこの時は死んでいた
「やっぱイケてるねー。かなちゃんかわいーっ!」
あはは、と化粧の終わった有馬かなに向かって笑っていた。それに対して、空虚な笑みを向けることしかできなかった。情緒はもはやボロボロだった
常ににこにことしている星野アイのそんな姿にも見とれてしまって。やはり腹が立って拳を震わせてしまう。ナニクソ、と思わされてしまう
それももしかしたら星野アイの才覚といえるかもしれなかった
「──まぁたかなちゃん良くなっててさー。びっくりなんだぁ」
撮影を終えて真っ直ぐと事務所に帰ってきた母からそんなことを言われる。その様子は本当に楽しそうで珍しく興奮しているようにも息子には見えた
机を挟んで丁度対面に座る形ですやすやと肩で眠るルビーと共にソファーで腕を組んでいた
「そんなにスゴいのか……有馬かな」
その娘は一瞬とはいえ殺意を抱いたほどの相手だった。そこまで母の興味を引き出しているのならそんなにスゴかったんだな、と認識を改めなくもなかったようで感心したように頷いていた
「うん。わたしがあーしてね、こーしてねって言ってるのを素直に汲み取ってて。単にかわいいなーって」
指先を立ててそんなことを言っていた。なるほどなぁ、とアクアは頷いてから溢していて
誰かを育ててる母の目は眩く光って見えた
「何回も共演してるからかもしれないけど放っておけなくなってきて……不思議だよね」
星野アイは両手を組んでやや左右に揺れながらそんなことを溢していた
今日も推しがかわいいことを確認した
「母さんと共演かぁ……」
しかしアクアはどこか浮かない顔をしていた
「いいなぁ……母さんと共演できるの」
「アクアも子役とかやってみたいんだね?」
アクアはほんの少し悩んで寝息を立てるルビーを見てから首を横に振った
そっか、なんて星野アイは伏し目がちになってから寂しそうに呟いていて。ぐむ、とアクアは唸った
「いつかしたいよね、アクアとルビーとわたしで親子共演!」
母は胸の前で両手を握り燃えていた
もはや星野アイの中では双子の芸能界入りが決まっているようで。アクアは苦笑いを浮かべてしまう
「それはきっと素晴らしいものになりそうですわね」
クリソベリルはオフィスチェアに座りながらしみじみと答えていた
すー、とデスクで腕を枕にして寝息をたてるミヤコの姿を見ている
「ドラマとか映画とかバラエティーとか本当になんでもいいから二人とでたいよー」
夢を語る母の目は一層輝いて見えた
そこには親子バレするかもなんて懸念は微塵も存在せずただ純粋に楽しみにしているようでもあった