「お映画の読み合わせですの?」
「うん。まぁいないよりはマシなんじゃないかって思って……とりあえずお願い」
星野アイの言葉はいつも辛辣だがこの日は手を合わせてはいた
なるほど、と素直に頷く。クリソベリルは今日も貴族令嬢風の衣装に身を包んで星野アイの家に存在していた
「それはわかりましたけれど……あーちゃんは何の役なんですの?」
「ヒロインの生徒会副会長役だって……ぶっちゃけラブコメなんだけど」
これはソファーちょこんと座るアクアの声だ。その目は光を失っている
ええと、とクリソベリルは頭に指をやった。聞いた覚えのあるのは確かでなんとか思い出そうとしているようだ
「なんていったっけ……社長もミヤコさんも興奮するくらい原作人気よかったみたいだよ」
「生徒会副会長……ラブコメ……ああっ! “おつこい”ですわね! 知ってますわぁ~おうちに全巻揃ってますもの!」
ヒントを与えるとやがて閃いたのかぱちりと手のひらを合わせている。スッキリとした顔をしていた
それそれ、と星野アイは頷く
「素直になれない男の子と女の子の話なんだけど……正直ピンとこなくて。これ台本ね」
「まぁっ。ネタバレ! 中身まんまネタバレですわぁ~っ! わ、わたくしちょっと楽しみでしたのにぃ……!」
よよよ、と涙目のわりには渡された台本を両手もつクリソベリルがいた
台本を裏返したり表にしたりしていた
「……ちらちらですわ」
くぅ、と目を瞑って。少し悩んでから細目になって。台本を開けたり閉めたりしていた
それは破れないように工夫したような慎重な行為であった
そんなクリソベリルに星野アイは微笑むことを隠せずにいて
「ごめんね……クーちゃん。でも映像が加わると印象も変わるかもだよ?」
「……わたくし思い出しました。そういえば古畑○三郎もすきなんでしたわ。なにも問題ございませんでした。忘れて下さいまし」
先程の葛藤はどこへやら。忘れたようにクリソベリルは台本を開いた
ぺらぺらとページを捲っていく。口元が緩い。はー、だとかへー、だとかとその度に溢していた
秒で忘れてそう。今さらだが星野アイはクリソベリルに対して妙な信頼感を寄せていた
「まぁたまに見たくはあるけど……正直なぁ」
「クーちゃんの演技はクーちゃんの良さがあるよ。わたしは好きだよ。味があって」
アクアは言いながらルビーに手を貸してソファーに登らせていた
生まれてこの方母の言葉を疑ったことはないが何回かその演技はみているため程度は知っていて。どちらかというと心配よりの発言のようだった
「でもさママ。クーちゃんの演技は……やっぱりその」
「まぁ……見る前から決めつけるのもあれな気もする。かねがね予想通りだとは思うけどな」
それもそっか、とルビーは隣に座るアクアを見つめた
その間クリソベリルは永遠と台本と格闘しているようで。むむむ、と唸ってすらいた
「じゃあクーちゃんはわたしの台詞じゃないところ読んでね」
星野アイが立ち上がるとえぇっと、とクリソベリルも立ち上がった
思わずどんぐり隠したところ忘れたのかな、と星野アイは思ってしまう。そのくらいは目が泳いでいた
「はいじゃあ、スタート」
「もう始まりますの!?」
ぱちん、と星野アイは手を合わせる
突然始めた。むろんその方が面白いから、である
『ちょ、待ちなさいですワぁ!』
やはりその声はやはり妙に通った
「──カットカット! どこ見たの!? 台詞作っちゃったよクーちゃん!」
あははは、と星野アイは腹を抱えた
えぇ、とクリソベリルは台本を縦にしたり横にしたりしていた
「それは地図じゃないぞ。クリソベリル……ッ!」
「ごッ──ごめん。ごめん、クーちゃん。ふくくっ!」
なんなら三人でダウンしていた
笑いのツボは大体似ていた弊害でもあった
「ふ、ふん! アクアくんの方が! こういう役に適しているんじゃなくて!?」
そのあまりの態度に流石に腹を立てたのかクリソベリルはついに腕を組んでぷいと他の方向に向いてしまう
顔を膨らませて真っ赤に赤面させていた
「……それなんだけどね、クーちゃん。アクア相手はなんか違うの。わくわくしないの」
星野アイはむくり、と起き上がるとそんなことを溢した
目の輝きを失っている瞬間があった
「おかしい……負けた気はするが、なぜか悔しくない」
アクアは顎に手を添えるとぽつりと溢した
へぇ、とクリソベリルはそれを聞いて組んだ腕を解放する
「では問題ございませんわね! わたくしもっとお手伝いしたいですわぁ!」
「敵ながらチョロすぎる……ッ! それでいいのか。大丈夫なのかクリソベリル……ッ!」
おーほっほっほと口元に片手をやって笑っている。アクアの懸念は全くといって届くことはなかった
今さらだがクリソベリルは星野アイに対してだけに限られないかもしれないがいっそ信じられないくらいにはチョロかった
「笑って集中出来そうもないから一人で読むね。三人で遊んでて」
「名案ですわねあーちゃん! よおしアクアくん! ルビーちゃん! そこにお直りなさい。追いかけっこ致しますわよぉ!」
クリソベリルは星野アイに台本を返した後、白銀の手袋はめた両手をうねうねさせて飛び出した
星野アイが座るソファーを中心に唐突な追いかけっこが始まったのだった
わー、きゃー、とアクアとルビーは嬉しい悲鳴をあげる
「お、おい。クリソベリル! 母さんが台本読んでる前でこんなアホなこと……てぇ、動きキモすぎィ──!」
「花の乙女にキモいとはなんですの! 怒りましたわよ~!」
クリソベリルは獰猛に微笑んだ。その身はほぼ四つん這いで動いている
その姿は乙女でも貴族令嬢でもなく肉食動物を思わせた
「タッチですわ! はい、アクアくん鬼ぃ!」
逃げ切れる訳もなく。やがて指先がアクアの背中をとらえた
むぐぐ、とアクアは片手を拳にして震わせる
「やろう。やったなぁ、アホノベリル!」
「あはは、お兄ちゃんが怒ったこわーい!」
一緒に逃げますわよ、とクリソベリルは片手でルビーを捉えて抱えると告げた
先を見ながらも笑みを浮かべるどこか凛々しい顔にルビーは目を奪われずにはいられなかった
「転ばないようにねー」
言いながらぺらぺらと良いペースで捲っていく
下の人に怒られないかな、と思わなくはないが星野アイもこれといって気にした様子はなかった
「ふふふ……オーッホッホッホ! ルビーちゃんにタッチしたいのでしたらわたくしを倒してからにして頂きますわよ」
「クーちゃんがんばって!」
ルビーを母親の隣に安置してクリソベリルは腰に両手を添えた
かっこいー、なんて星野アイとは思えぬ棒読み発言があった
「な、なんかずりーぞ! おまえ!」
アクアが目上のクリソベリルを指差す
これが意外でもなんでもなく長身だった。170近くあると本人から一度聞いたがそれは信じても良さそうで。その身体能力と合わせてもはやスポーツ選手としての方が大成したのではと誰もに思わせるほどだった
「ズルい……? あら、そうでしたか。ごめん遊ばせアクアくん」
クリソベリルはアクアの目線に座り込む
おっ、とアクアは突然そんなことをされるものだからたじろいでしまうのだった
「あっ。お兄ちゃん赤くなってるぅ……クーちゃんの勝ちだね!」
「おっ、おま。ルビー! 俺は母さん一筋だぞ!」
それはそれでどうなのよ、とルビーは飛び出してアクアと取っ組み合った。アクアがルビーの髪めっちゃ撫でるだけのじゃれあいを見てクリソベリルは微笑む
鮮やかな金髪と栗色の瞳を持つ彼女だが流石に自分の容姿についてだけは理解が及んでいるようである
「えぇ~? でもクーちゃんは自分よりもつよい人がすきなんだよね?」
「流石あーちゃん。わかってますわ! わたくしはわたくしの全力パンチに耐えられる殿方を探してますの!」
しかしこの様子だと深くは考えたことはなさそうなのだった
そっかぁ、と呑気に溢す。星野アイには確信しているところがあった。そんな男の人は絶対存在しないよ、と
「うーーん。やっぱりピンとこない……悪いんだけどクーちゃんさ、現場来てくれない? お父さんと一緒なら問題ないと思うし」
ぱたん、と台本を閉じて。そんなことを言っていた