小学校六年の生徒一同が並んで合唱をしていた
今日はアクアとルビーの旅立ちの日であった
──今別れの時ー飛び立とう、未来信じて
マスクと伊達眼鏡、胸にはブローチをつけて白いスーツ白いスカートに身を包んでいる。母の体が合唱に合わせて自然と左右に揺れていた
その目は既に涙で濡れて震えていて両脇のミヤコ、クリソベリルは既に思わず涙を流していた
「──長いようで、短い六年間だったね」
「ええ。一瞬にも思える日々でした……でもかけがえのない日々でしたわ」
星野アイは小さく笑みを作り、ただ静かに懸命に歌う二人を見つめていて
二人のかわいい寝顔。アクアよりもルビーの方がほんの少し背が高くなった日のこと。ルビーが主役になった学芸発表会。アクアが何回もとった百点の答案用紙。ルビーの描いた作品が美術館に選ばれて。アクアの作文はコンクールで賞をとった。アクアは児童会長を長く勤め、ルビーは副児童会長を長く勤めた。アクアはサッカー等のスポーツでもその才能を開花させ主に黄色い声援を浴び、ルビーはダンスでその能力を開花させコンクールまで進んだ
二人の得意分野は違うかもしれないけど、一生懸命取り組んだその姿は母が一番わかっていて。熱いものが込み上げてきていた
──それらは他でもないあの子達からもらった宝物だから。ありがとう、のそんな思いが溢れて止まらなくなっていっていった
──弾む、若い、力信じて。この広い、この広い、大空に
「──っ、うっ。あぁ」
星野アイは声を殺して泣いていて。ミヤコはその頭を抱くように片腕で抱き締めていた
目元を拭ってから笑みを向け、クリソベリルは歌い終わった二人に届きうるような大きな拍手をしていた
「──どんな演目よりも素晴らしい演目でしたわね、あーちゃん」
「ぅん、うんっ!」
拍手をしながらほんの少し体を傾けて囁く
ただただ胸の内で泣いていて。よかったわねアイ、と小さく溢してからミヤコ強く抱き締めて目を閉じていた
卒業式が終わり、二度と会わぬならばとクリソベリルの覇気を使うまでもなく、アクアとルビーに挟まる母で卒業式の写真をあっさりと撮り終えて逃げるように車に乗り込んだ
それはそれは迅速で息の合った動きだった
「わたくし、感激致しました……お二人とも凛々しい立ち居振舞いでしたわ」
助手席のクリソベリルから涙声ながらそんな激励を貰ったのだが
ああ。うん。とアクアとルビーは簡潔すぎる返事を溢していた
「う、嬉しくありませんの!?」
軽くショックを受けていた
クリソベリルは別の意味で泣きたくなりつつあった
「六年なげーなとは思ってたけど実際終わってみるとこんなもんかって……なんだか実感わかなくて。ぽっかり穴空いたっていうか」
「ほんのちょっぴり寂しいよね……でも、中学でまた友達できるかもだし。うーん」
話を振られてもアクアとルビーはどこかぼや、としていて現実感がないようでもあった
なるほど、とクリソベリルは唸って腕を組んでいた
「アクアもルビーも陽東中学に進んでくれるって話だよね」
後部座席の窓際で母は外の景色を楽しんでいる
そうだな、とアクアは笑みを浮かべていた
「あそこなら最悪母さんいても……いや普通科だから騒がれるだろうけどマシかなって。もう母さん小さくさせたくも悲しませたくもないし」
そっか、と星野アイは両手を胸のところで握り笑っていた
息子の気遣いもそうだが少しずつ夢が叶っていきそうなのが楽しかった
「──わたし、高校進んだら芸能科に移るよ。ママ」
「そんなこと言ってくれていいの? 嬉しい……待ってるね、ルビー」
母は一つ頷いてから娘に輝く目を向けた
その目元はほんの少し腫れていて。たくさん泣いていたことを物語っていた
「あなたに食べられるまで、おいしく実ってステージで待ってるからね」
涙を貯めたそんな目で見られてやっぱり、とルビーは溢していた
──星野アイはルビーとのライブをするその日まで卒業しない。そんなことを察したのはいつのことだったかもはや定かではないが
「わたし、わたし。でも……ママのことは食べたくないよ。食べられるのは良いけど」
「……。ルビーが食べないと、わたし腐っちゃうかもだよ?」
それもやだなぁ、とルビーは伏し目がちに答えていて
ふふっ、と母は笑顔を向けている
「ぶっちゃけちゃうとわたしが一番イタイと思ってるからなるべく早く倒しに来てほしいかも。いや、ガンバるよ? ガンバるけど……ほら、歳には勝てないし」
つんつん、と人指し指をさせていた
よし、とアクアはじっくりとそれを見てから満足そうに頷いてから口を開く
「その、なんだ。割りと切実な願いだったんだなって……」
あはは、と星野アイはそのあどけない顔で笑顔を引き吊らせていた
これには双子共に苦笑いを浮かべていて
「ちゃーんとサポートもするから。ねっ? 一つくらいならお願い事叶えられるかもだから」
「──そうか。母さんは神だったな」
星野アイにしては黒すぎる光を目に宿しながら両手を合わせてそんなことを言っていた
アクアは妙な納得感を得ていた。業界の荒波をくぐり抜けてきた経験は伊達ではなさそうだった
「ぜ……善処します」
ルビーはやや目を死なせてから頷いた
あーあ、とアクアはそんなやり取りを聞いて嘆いた
「正直全然いけるよ。俺一生推すからな、母さん」
「お祖母ちゃんになっても推してくれるかなっ!」
片手をマイクのように仕立てて二人の前に差し出した
おっ、とアクアは目を見開いて。しかし、ほんの少し淀ませる
「い、いいかもー」
「いいかもー!」
ルビーも兄に続いて片手を挙げる
妹と声を重ねたにしては元気のない、そんな様子だった
「……アイ。それそろそろ伝わらなくなって来てるらしい」
そうなの、と星野アイは瞠目していて。アクアは少し悩んでからこくり、と深刻そうに頷いていた
母の目はやや死んだ
「──ありがとう。アクア、ルビー。わたしのワガママに付き合ってくれて」
「マジで一生推すから覚悟しろ。車椅子になってもスイスイ行くからな」
「ひどい……お兄ちゃんっ! わたしとは遊びだったのねっ!」
ルビーが自身の体をかき抱いて揺らす。アクアの目がやや死んだ
嬉しいなぁ、とだけ母は溢していた
「──わたしが卒業したらルビーも推してあげてね?」
母が太陽のようにはにかんで。ふとアクアが妹の顔を見る
何かを期待しているようなそんな目を向けられていた
「それは……もう言うまでもないよな。ルビー」
「むぅ。それでもいってほしい!」
ぷく、と膨れてみるルビーの姿に守護る意思が溢れそうになり
全く、とアクアは小さく笑みを作った
「どこにかわいい妹を推さない兄がいるって?」
「やったー! お兄ちゃんすき! だぁい好き!」
隣に座るアクアの腕に飛びかかる形で引っ付いた
ルビーの成長があらゆる意味でわかってヴっ、とアクアは唸る
「こうなったらもお、ちゅーしてやるから!」
「わかったわかった、落ち着こうな。ファーストキス兄で済ませた残念な妹にはなりたくないだろ?」
むーむー、と兄の手の内で悶えていた。ツれない態度ながら兄はルビーに抱き締められている
ミヤコは複雑な顔をしていたが、本当に仲良しだーで母は痛恨のスルーをしていて高いスルースキルが返って仇となっていた
「わたくし、今悟りましたわ」
助手席からただならぬ雰囲気を纏ったクリソベリルが一言溢していて
なになに、と星野アイはこれに聞き返していた
「──わたくしの命を燃やすならならここですわ」
「いかないでクーちゃん」
中空眺めながら不穏なことを言い出すので全力で止めておいて。ミヤコは頭を痛めるように大きく溜め息を吐いていた