車中のセットにて撮影が行われていた
アクアの隣には星野アイ演ずるあかねが座っていて
「わたし、わたし……こんなことなるためにアイドルになったんじゃないよ」
伏し目がちに言われたそんな言葉だった
「アイさん……ッ!」
はわ、とあかねの目が見開かれた
アクアが反射的にあかねを抱き締めてしまっていた
「ああ、アイさん。かわいそうに……こんなに小さくなってしまっ、て……?」
「あ、アクアさーん?」
小さく声をかけるとハッ、とアクアは瞬いてあかねの顔を見る。口を真一文字にしていた
対してあかねは頬を染めながらも笑みを向けていて
カットカット、と五反田の声が響く。カメラの横でクリソベリルは前で手を組んで立ち、その隣で厳しい顔でルビーは腕を組む
「……ごめんなさい」
「う、うん! 良いよ良いよ!」
気にしないで、とあかねは笑顔を向けていた
五反田は手招きしていた。アクアが一旦セットから出てから五反田に近づく
「どーした、アクア。そんなに黒川が気に入ったのかな」
「……すみません。つい」
こんなハズじゃ、とアクアは肩を落として床の方を見てしゅんとしていた
「おまえのそんな姿……逆に新鮮だからさ。まぁ次はうまくやれよな」
はは、と五反田は笑っていて。クリソベリルがその隣に近付く
「おまえのシーンはまだだぞ。クリソベリル」
「いえそういえば……まだお礼を言っていなかったな、と思いまして」
「はい本番ッ! 4、3、2、1……」
五反田が再び声を上げた
指を差すとアクアとあかねは目が変わり、二人の演技が始まる。クリソベリルも真っ直ぐとそちらの方を向いた
「──なんとかなって良かった」
「はい、ありがとうございます。五反田監督」
やれやれ、と椅子に座りながら後ろ手で頭を掻いていた
アクアは五反田に礼をしてからルビーの横に立つ。ルビーは自然とその腕を取って引っ付いた
「アイからアホほど報酬貰ってるから。聞いてなかったのか?」
五反田はクリソベリルにそんなことを溢していて
「それでもやっぱり……あなたがいなければ実現は難しかった、と思うのです」
「我ながら気に入ってたんだろうなって」
気に入ってた、と反芻して。いやこっちの話。と言われてしまう
クリソベリルは小さく頷いていて
「時間は有限だ。クリソベリル、次はおまえの撮影を始めるから覚悟しろ」
「……はい」
一行は一度スタジオから離れて車に乗り、事務所へと戻っていく
五反田が運転して助手席にクリソベリルが収まりアクア、ルビー、あかねと中々の密度で後ろに座っていた
「アイとかアクアからおまえの話は聞いてるよ」
「──そうでしたか」
うん、と五反田は頷く
その目はどこか鋭くなっていて
「──売れたいんだって?」
「実を言うと売れたい、とはわたくし……一度だって言ったことはないのですの」
ふぅん、と五反田は溢していて
アクアもどこか溜め息をついてしまうところがあった
「でも、あーちゃん……あっ。星野アイのことなんですけれど」
「知ってるよ。聞いてる」
肩を震わせてハンドルを持つ手が揺れる
思わず吹き出してしまったらしい
「──やっぱりなるべく彼女の側にはいたいな、と」
「……あーちゃんねぇ。随分可愛らしい名前になっちゃったもんだ」
ややツボってしまっているらしく五反田は体を震わせていた
そうですわね、とクリソベリルも笑みを溢す
「で、おまえはクーちゃんときてるらしいな」
「……まぁ。そうなりますわね」
前を向きながらクリソベリルを指差す
やや躊躇いながらも頷いていた
「……アイはよくクリソベリルの話したりするんだけど、その点クリソベリルはアイの話とかそんなにしないんだな」
「まぁ、普段からそれなりに顔を合わせますし。それで事足りてしまうと言いますか」
クリソベリルは頬を掻いてやや目を泳がせていた
そんな反応を横目でみて、笑みを深めていく
「ほぉん……やっぱりデキてるのか」
「な、なにがですの!?」
分かりやすく動揺するクリソベリルにあはは、と五反田はからかうように笑っていた
これにはアクアとルビーも固まってしまっていて。えぇ、とあかねも目を死なせながらメモ帳を取り出してペンを走らせていた
「いやいーよいーよ。この業界そういう話珍しくもないから。俺は応援するよ」
「──なんだか滅茶苦茶勘違いされている気が致しますわね」
微妙な反応を返されてしまったので、ああすまんすまんと五反田はどこか悪びれることもなく溢していて
クリソベリルは大きく溜め息をついて深く座り直していた
「真面目な話さ……アイはクリソベリルの話してるとよく笑うんだよ。だから良い影響って言うのかな、そういうのを受けてるんだろうなって」
「──そうだとよろしいのですけど」
うん、と五反田はやや声を落としながら頷いていて
クリソベリルは頬杖をついてただ外の景色を見つめていた
「俺もさ、一回くらいは会ってみたかったんだ。面と向かって」
「……とても、光栄ですわ」
「勿体ないなぁ。どこぞの人形みたいな顔してるのに」
これも本人のやる気か、と五反田は独り言のように続けてからどこか残念そうに目を細めていて
クリソベリルとしては首を傾げるばかりであった
「あっ、そうでした。その、クリソベリルさん。わたしの演技……どうでした?」
「えっ。どう、というのは?」
ぱちくり、としてしまって聞き返してしまう
あ、と間抜けな声をあかねは出してしまって。メモ帳を捲りながら口を開いた
「ちゃんと星野アイだったのかな、と。クリソベリルさんの目からも」
沈黙があった。クリソベリルは複雑な表情をしていた
珍しく動揺して考え込んでいるようなそんな反応をしていた
「その……素晴らしい、ものでした」
「ほ、本当に!?」
ええ、とクリソベリルは続ける
あかねは目を輝かせてほんの少し腰を浮かせていた
「ごめんなさい──わたくしはどこかであーちゃんを唯一無二だと、誰にもあの娘の真似などできないと信じたかったのかも分かりません」
景観にゆっくりと瞬く
クリソベリルのそれはすでに壊れている。名前を付けることもかき集めて整理することももはや難しくはあった
「……そうですか」
あかねはメモ帳を取り出してやはりペンを走らせていた
ふぅ、とクリソベリルは簡単に首を振って笑みを作った
「……認めます。あなたの星野アイも、紛れもなく星野アイですわ」
「……。その、ありがとうございます」
車中にはかりかり、というあかねのペンで綴る音だけが響いていた
「──お兄ちゃんさ」
ん? とアクアはルビーに目を向ける
その顔は笑みを張り付けていて
「どうして突然あかねちゃんを抱き締めたりしたの……?」
「……本当に出来心だった。訴えてないでくれ、黒川さん」
「う、う、訴えるだなんてそんな……っ!」
妙な雰囲気を纏う妹にアクアはやや目を死なせた
あかねは両手を前にして首を小さく横に振る
「あかねさん少し嬉しそうで微笑ましいまでありましたわ」
「や、やめて下さいよ。クリソベリルさんまで……!」
あかねの頬はいよいよ朱に染まってしまう
ふふ、とクリソベリルはいたずらな笑みを浮かべていて
「そうなのか、黒川さん……?」
「アクアさんもその気にならないで! 怒りますよ!」
ぷく、とあかねは顔を膨らませていて
怒るの下手すぎか、とアクアは笑みを向け。妹の目はやや死んだ
「初々しいですわね」
「い、いやぁ……そんなことないですって!」
あかねは顔が真っ赤に染め上がってしまって。あはは、とクリソベリルは笑っていた
そんな二人にアクアとルビーは顔を見合わせ、困ったような笑みを向けあっていた