「どうしたの? アイ」
「ごめんね、急に呼び出しちゃって」
楽屋が叩かれ入室される。そちらを向くともはや見慣れた顔がそこにあった
──旧B小町の生き残り。30を越えてなおこの娘だけは星野アイと共にB小町を見詰めてきてくれていた
「わたしたちB小町は解散して、ルビー率いる新生B小町がメインになると思う」
「それは何度も聞いてるよ。覚悟はしてたって」
その人はあっさりと言っていた
努力に反する行為だと星野アイをして認識していたので彼女には会う度に言っておいている
「──私は別にそれで良いよ。アイ」
旧B小町メンバーはもう彼女しかいない
寂しさを感じなくはないがそれぞれで活躍の場があり婚約発表していたりむしろそこは前向きに捉えられていた
斎藤社長にいつ首を切られるのか怯える日々から解放されるといっそ身が軽くなるようでもあったようで
「それで、あなたは行かないの?」
「──逆に行って欲しいの?」
星野アイはほんの少し目を泳がしてみて
ふっ、と笑われてしまう
「わたしはあなたが三人の側にいてくれたら、心強いなって思ってて……」
「知ってると思うけど私ももうおばさんだよ?」
はにかんでいた。彼女は本当ならもうアイドルなんてする理由なんてない、と言わんばかりで
星野アイもそこだけは分かっているつもりだった
「私にとって……というか二人もそうだと思うけどセンターはアイ、あなたしか考えられない。かわいいとは認めるよ? でもこの身を預ける気にはならないかな」
そんなことを星野アイは正座してただ黙って聞いていた
そこまでしてくれる理由がいまいちよくわからないけれどそうすることは出来た
「私はアイと一緒にアイドルを卒業する」
「──その、ずいぶんと情熱的だね」
ほっとけ、と言われてしまう。目線を下げて小さく息を吐いた
しゅん、としたフリをすると傷付いたような顔をしてくれるのだ
「──ルビーがいる新生B小町の映像作品を作るって話は聞いた?」
「社長からね。また突拍子もないことするわね、ほんとにあなたは……私がいなかったら二人にどう説明するつもりだったの?」
えへへ、と頬を染めて体を揺らして恥じらったフリをした
こうすれば彼女には必ず意見が通る。うっかり檻から出てきてしまったヒトよりある意味扱いやすくはあった
「──あなたがやりたいことなら構わないわ。私でもなんでも利用しなさい」
「うん、ありがとう──」
真っ直ぐその瞳を見てその名を呼んだ
あなたがいたからわたしは頑張ることができた。それは絶対に嘘ではないと信じたかった
「承諾は得られたのね」
「得られたというか、むしろ背中を押された感じ」
車中でと外の風景を見ながらミヤコにぽつり、と溢す
なんというか作業的だった。星野アイはやや物足りなかった
「──あーちゃんの魅力のなせる業、ですわね」
星野アイの隣にはクリソベリルが座っていた
ミヤコさんに離れないでいることでミヤコさんを勉強しようとしてる、とは聞いていた
「……ユーチューバーの話、纏まりましたわ。MEMって方が話がつきそうですの」
「うん。ありがとー」
にやり、として深く腰掛け直した
もしかしたら仲間を呼ぶ才能もあるのかもしれないよね、と星野アイは思っていて
「クーったら張り切っちゃってわたしの業務手伝おうとするのよ? 参っちゃうわ」
ミヤコはどこか擽ったそうな反応をする
そ、それはとクリソベリルは頬を掻いてわかりやすく動揺していて
「どの道わたくしは覚えようとはしてましたから……」
へぇー、と笑みを深める。一生懸命取り組んでくれてるのは何よりでもあった
主にどういう風にキーボードに使うのか興味なくはなかった
「……クーちゃんさ」
「はい。なんですの?」
ふと、その栗色の瞳を覗いてしまう
円らな瞳だった。純粋そうなそんな眼だった
「あかねちゃんがわたしのマネした時、ちょっと怒ったでしょ?」
「──それを見透かされましたか」
わかりやすく顔をしかめられた。そりゃあね、と星野アイは笑みを浮かべながら頷く
怒ることなんて珍しいから印象に残ってしまっていた
「あれ、ほんの少し嬉しかったなぁ」
「わたくしは……不覚に思ってました」
「えー? どうして?」
一度星野アイに目線を合わせてから正面を見ていて
クリソベリルは大きく溜め息を溢していた
「あんな些細なことで嫌な記憶を……呼び起こされたと言いますか」
「──昔のこと?」
「えぇ……まぁ、大したことではありませんわ」
苦虫を噛み潰したような顔をしていた。ふぅん、と星野アイはやや頷く
この珍獣は檻から出てきて間もない。大したことないは大したことあったりする
信じてると言って信じてなかったりもする。好きと言って嫌いだったりもする
それらはいい加減という意味ではなく適当だからそうなってると最近わかってきた
へんてこなようで、きちんと自分に向き合いどうすれば周りと溶け込めるか考える能がある。彼女の魅力は結局そこに行き着いているのかもしれなかった
「最近、アクアくんやルビーちゃんもしっかりしてきて……ああ、いよいよわたくしはお役御免って思うことはありますの」
「……そうなんだ?」
然り気無くお互いの都合の悪い話題から反らすこともする
そんな意識は毛ほどもしてない顔をして嘘とは違う現実を語っていた
「お二人にはわたくしから教えられることはもうなにもありません」
そのわりには気にかけてるよね、とは敢えて言わない
星野アイはほんの少し賢くなっていた
「わたしもね……たくさんたくさんクーちゃんがどうやったら売れるかなって考えてたし、準備もしてた」
窓の外から見える景色は車ばかりが通りすがる
ミヤコはいつも敢えて遠回りをするが今は退屈に思えなくなっていた
「でもその力はアクアとルビーに全部使っちゃうと思うから……」
「当然ですわ。それは正しい選択です」
クリソベリルはなんてことはなく告げていた
うん、と星野アイは伏し目がちになっていく
「ごめん。ごめんね……クーちゃん」
もしかしたら思わせ振りなことをやり続けていたのかな、と思うところはあった
愛想尽かされても仕方ないと諦めて納得してる部分もあった
「謝ることはないのですよ。それに……あーちゃんから貰ったものはわたくしではもて余してしまう。わたくしの手から溢れ出てしまう」
口からじゃないんだ、と思うところはあった
「──所謂、才能の無駄遣いになりかねません」
「なるほどねー」
正直ピンともこないしちっともわからないがわかったつもりになってあげた
星野アイは徐々にではあるがヒトの心を学びつつあった
「わたくしはわたくしの力で道を開きます」
わかった、と星野アイは微笑んでからミヤコを見つめる。ハンドルを回していて忙しそうだった
退屈はしないがアクアとルビーは恋しい。なーんだ、と思ってからまた景色に目を移した
「……あーちゃんはこのままずっとアクアくんとルビーちゃんのことを秘匿するつもりですの?」
「うん。それなんだけど……卒業したあとならもういっそバレちゃっても良いかなって考えてる部分あるの」
「……本当に?」
うん、と星野アイはやや頷いていた
クリソベリルは複雑な顔を浮かべていて
「いや、すすんでバラしはしないよ? ただまぁバレるのは想定内だよねって」
「それも二人のため?」
「これがそういいたいところなんだけど、はっきりそうとも言えなくて」
星野アイは苦笑いを浮かべていた
二人のためなら自分が犠牲になることは厭わない。しかし、それだけとも言えないようで
「わたしの想定を越えて星野アイという名前が一人歩きしてるの、なんだか恐いなーって。違う生き物みたいで」
「──みたい、ではないのでしょうね」
「あれも欲しいこれも欲しいってやって来たからさー。こんなことになるとは思ってなかったのかも」
星野アイはどこか遠くを見ていた
あら? とクリソベリルは瞬いてから顎に手を添える
「──それって結局自慢じゃないですの?」
「バレた?」
ええ、と頷き微笑んでいた
それに乗ってみるとなんだか自然と笑みを溢していた
「みんなわたし好きすぎるなーって」
「やっぱり自慢ですわね」
あはは、と二人は笑って子供返りのようになっていた
嘘と虚像で作り上げた“星野アイ”がここまで人に認められるなんて考えたこともなかった、と思い出していた
「まぁそういうことでしたら問題なさそうですわね」
散々笑った後に。そんな言葉をクリソベリルは残した
これだから、と吐息を溢してしまって
「……うん。ありがとう、クーちゃん」
星野アイは感謝を告げるしかなくなっていた
静かに目を閉じる。やはり、もやもやしたものが解れていた気がした
そんなことをやってるとやがてミヤコの車が事務所の駐車場に止まった
「最近、事務所でよく寝泊まりしますわね?」
「……ルビーとは一緒に住めるけど今後考えるとアクアと一緒には住めないかもとか思ってて。余程のことがないとマンションに帰ってないの」
言いながら星野アイは車のノブを引いて開け外に出た
中にいるクリソベリルを覗きこみ、待っている
「一緒にいられるなら一緒に住みたいし」
「そうでしょうね」
一度頷いてからシートベルトを外して車から降りた
ミヤコが奥まで進むので二人も着いていく。エレベーターのボタンを押してくれていた
星野アイは笑みを向けながら口を開いた
「──クーちゃんといつでも一緒に寝られるから」
輝く瞳が向けられた
これにはクリソベリルは瞬いてしまって。小さく頷いてから微笑んだ