おしのこ!   作:すさ

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おつき様は恋させたい セカンド

「いいか、絶対に側から離れるなよ」

 

 絶対だぞ、と釘を刺す斎藤社長がいた

 クリソベリルは一人ロッキングチェアに座り静かに本読みをする星野アイを見つけた

 

「あーちゃんですわぁ!」

 

 その声はいつもよりは通らなかった

 流石に自重しているらしい

 

「おいバカ、やめろ。邪魔するんじゃない!」

 

 片腕を捕まれてしまった。むぅ、とクリソベリルは唇を尖らせる

 一安心と斎藤社長は大きく溜め息をはく

 

 星野アイはそんな騒ぎに気が付いたのか笑みを向けて手を振っている

 クリソベリルもやや頬を染めて片手で細かく手を振り返していて

 

「まぁ。あーちゃんの服装……本当におかわいいですわぁ! 最早おつきちゃんそのものですの! 二次元に帰って下さいまし!」

 

 手を組んで目をキラキラとさせる

 ふん、と斎藤社長は鼻をならしていた

 

「……アイのやつはなに着ても似合うからな」

 

「仮に着ぐるみ着ても人気者ですわ」

 

 斎藤社長はクリソベリルの横顔を見た

 いつになく真剣な顔であった

 

 スタッフが来たと見るや否や立ち上がって一礼して。台本を指差し確認しながら頷いている

 相槌をふまえながら頷いて顎に手を添える星野アイはいっそ職人にいそうな目をしていた

 

「わたくし見学になりそうですの。あの様子なら大丈夫だと思いますわよ」

 

「……。まぁ、見てればわかるさ。おまえならとくにな」

 

 斎藤社長の意味深な言葉にクリソベリルは首を傾げるしかなかったのだった

 

『おかわいらしいですこと』

 

 それはセットで出来た生徒会室のとある一幕の台詞だった。側で俳優が頭を抱えている

 口元に手を触れて目を死なせるようなそんな演技はむしろ真が入っているように思えた

 

「あれですの……? 滅茶苦茶そのまんまですわね。やっぱり二次元に帰るべきですわ」

 

 クリソベリルは小声で隣で腕組みする斎藤社長に小声で話す

 ふっ、と苦笑いを浮かべていた

 

「……あれについては本人すごく楽しそうにやってるように見える」

 

 へぇ、とクリソベリルは頷いて唇に指をやる

 確かになんだか暗い演技なのだけどハマっている。俳優も頭を抱えて震えていた

 

『……ッ! おつき!』

 

『かいちょー!?』

 

 なんやかんやあっておつきの思いの人たる生徒会長が顔を近付かせてしまう

 そういった内容なのだが。赤面してはいるものの明らかに星野アイの精彩は失われていて

 

──いや、あれはあれですごいよかったよ。話に聞いた通りだ

 

「──ありがとうございます。もっと精進します」

 

 俳優にも謝って。監督とそんな話をしてぺこぺこと礼をする星野アイがいた

 クリソベリルは腕を組む。確かに演技に支障はないように見えた

 

「あーちゃんは自分に無いものを表現することが苦手なのかもしれませんわね」

 

「……むしろ蓋しちまってることなのかなと思わなくはないな」

 

 うーん、とクリソベリルは唸る

 心当たりはなくはなかった。誰しもに天才、百年に一度の逸材と崇められている星野アイがなぜ“ラブコメ”という場においてだけ精彩を欠いてしまうのか。その理由は想像ついた

 

「ピーナッツ……ですわね」

 

「──なんだって?」

 

 父である斎藤社長をして娘のその発言は信じられなかった

 

 ──撮影が一段落して。ふぅ、と星野アイはロッキングチェアに深く腰掛けた

 全然だめだった、とはいわない。しかし、とても満足できる出来ではない。出演者にも映画を楽しみにしている人にも申し訳ない。そんな気持ちがぐるぐるとして出口をなくしてしまう

 

「はぁ……」

 

「お疲れ様ですわ、あーちゃん。相変わらず素晴らしい演技力で。感服致しましたわ!」

 

 お色直ししてくれるスタッフが白黒に見える中で手を腰に当ててるその娘だけは色濃く見えていて

 ああそういえば檻から逃がしちゃったんだっけと思っていた

 

「あーちゃんほら。口をお開けなさい」

 

 クリソベリルは珍しく手袋を脱いでいた。片手に赤を基調とした小さな袋を乗せていて微笑を浮かべている

 何をされるかはなんとなく察しがついた。だが、それでも抗うことはできなくて。結局口を開けてしまっていた

 

「これでもくらえですわ!」

「ぐむっ!」

 

 つまんだ物体が星野アイの口内に侵入し舌の上に着地した。それと同時にクリソベリルの手は引かれる。要はピーナッツを口にいれただけなのだが、これがとんでもない早業であった

 口を抑えながら転がして飲み込む。ほとんど味がわからないよ、と思った

 その一部始終をスタッフに怪訝な顔で見られてすらいて。あーあ、とも思っていた

 

「クーちゃん」

 

 星野アイは決してピーナッツがすきなわけではなかった。だが笑ってしまうことは確かだった

 飼育員さんが来てしまう前にお礼を言わないといけない

 

「知ってると思うけど……こうなったわたしは無敵だから」

 

「そのようですわね」

 

 多分わたしは恥ずかしかったのだと思う

 お礼とはちょっと違うけれどそんなものにも笑みを向けてくれるから

 

 

 

『──会長』

 

『……ッ!』

 

 俳優も瞠目してしまう。恋する乙女の役柄。素直になれない思春期の子供

 剥き出しの星野アイを知るものにはいっそ挑戦的とすら思わせる役柄で。しかし、そのなかで──

 

『──わたし。負けません、貴方にだけは』

 

 星野アイの眼は明らかに変わっていた

 役者の覚醒。そんなことは言われるがなんとなくでやった演技は及第点を取り、真が入った演技ではその場全員を引き込ませる

 そんな大衆的かつ今なお覚醒し続けている彼女からすればいっそ日常的で些細な差ではあったのかもしれない

 

『絶対に』

 

 むしろ彼女の演技の本質はありふれていて然り気無いものであった

 なにもないのだ。星野アイを定義するものが自分のなかになにもない。だから自分のなかに人間を作れてしまえる。それを良いように使ってどんな状況どんな場面においても完全に溶け込める。そして同時に次の瞬間にそれを忘れることもできる。そんな危うさこそ星野アイの最大の武器だった

 

「どうやら、判断は間違ってなかったみたいだ……助かったぜ。おまえ連れてきて正解だった」

 

「えぇ? あーちゃんはまた自分で答えを見つけてしまっただけですわよ」

 

 父親からぽん、と肩を叩かれる。そんな珍しいことがあった

 片手で毛先を弄んで恥じらいながらも口がほころぶのも無理はなかった

 

「……というか初めから連れて来ておけば良かったぜ」

 

「──アクアくんとルビーちゃんのことでちょっと思うところがあるんですの。わたくしも一応お姉さんだってこと、いつかわからせて差し上げたいですわ」

 

 クリソベリルの目線はずっと演技をする星野アイにある

 そうだよな、と斎藤社長は笑顔を向けた

 

 再び撮影が終わって。星野アイは再びロッキングチェアに座る

 そのなかでのっそのっそと近寄ってくる人物がいた

 

「監督。うちのアイすごいでしょう!?」

 

 うんうん、と壮年の男は頷いた

 その眼は星を見つけたように輝いていて。爽やかな良い笑みをしていた

 

──おかげで想定以上のものが出来そうだよ。いや、これほどとは思ってたけれどまさかその上をいかれるとはね。生き返った気分だ

 

 監督はそう溢していて。感謝すら告げていた

 斎藤社長が監督と今後の打ち合わせを始めていたところで。あっ、と指差して誰なのか訊ねてくる

 

「……え? 斎藤クリソベリルですわ。ごきげんよう」

 

 指差した先にはクリソベリルがいた

 ふぅん、と監督は興味深そうに腕を組む

 

「い、いや。待ってください。こいつは……その、わたしの娘でしてちょっと自分のサポートをしてくれるんです。本日はどうしても、と言うので連れてきてみただけというか」

 

 斎藤社長が割って入って両手を向けるが既に爪先から天辺までみられていて

 監督のその行為はいっそ機械的ですらあって。目が鋭くなった

 

──君それ……コスプレ? 画的に面白いね

 

「はぇ?」

 

 こてん、と首をかしげてしまう

 クリソベリルにそのことの重大さはわかっていなかったのだった

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