この物語はフィクションであるというかこの世の大概はフィクションである
この芸能界において嘘は武器だ。アイドルグループ“B小町”の不動のセンター星野アイは今日も観客を魅了していた
「──嘘はとびきりの愛なんだよ?」
星空のなか、あかね演ずる星野アイが笑みを浮かべながら振り向く
そうして、物語は始まった
「──おまえたちじゃアイは越えられない」
アクア演ずる斉藤社長がデスクで指を組んでいた
デスクの前にはルビーと有馬かなが存在していた
「が、頑張りたいんです! 斉藤さん!」
両手を拳にして胸の前で握る
ルビーは必死な様相を浮かべ瞳はなおも輝いていた
「斉藤さん。わたしも、わたしも……頑張りたいんです!」
有馬かなが机を叩いて言い寄る。アクアの目が鋭くなった
ため息を吐いて髪をかきあげる
「どう頑張るって?」
「──わたしは、アイを越える。アイ以上のアイドルになる」
「わたしたちは障害があるのなら、乗り越える。それだけなのよ」
それに。とルビーは有馬かなに続けていて
「アイに越えるのはわたししかいない」
「……」
ルビー有馬かなと見比べるように見た後、アクアは黙ってから目を瞑る
「きっと……楽な道のりではないぞ。覚悟はしてるんだろうな?」
笑みを作り、頷いてその要求を飲んだ
二人は顔を見合わせ、ルビーから抱き締めて喜びを分かち合った
「──ねぇねぇ、なにその欠伸が出そうな動き。盆踊りでももっとキレがあるよ?」
「ご……ごめんなさい」
「ごめんなさい!」
レッスン室にてあかねがルビーと有馬かなに対して指差していた
鏡に映るルビーはくの字に体を曲げて謝っている
「謝らないで。才能は“遺伝”なんだから……ね? あなたが出来なくてもしょうがないの」
ふふ、とあかねは眉間にシワを寄せながら笑みを浮かべている
片手を腰にやって二人を見下げたようなそんな態度であった
「──わたしたちはB小町になるのが夢だった。振り付けだって全部覚えて、踊ってた」
「ちょっと、ルビー……」
深く礼をしたまま小刻みに震えていた。有馬かなはそんなルビーを止めようと小声で注意する
ふっ、とそれをあかねは鼻で笑っていて
「きっと……それはこれからもそう。夢である以上、あなたのそれは叶わない」
ばっ、とルビーの姿勢が正されて。あかねが瞬いていた
その目は覚悟のこもった瞳そのもので。唇を噛んでしまう
「──わたしはあなたを越えてみせるっ!」
ルビーは片手を拳にして決意を示した
やってみなさい、とあかねは目を細めてから告げていた
車中にてアクアは手帳を開いてあかねと話していた
「──アイ。次の仕事だ」
「うん。ありがとねー、社長」
しとしと、と雨粒が窓ガラスを叩く。雲行きが怪しくなっていた
雷と共にあかねの瞳も一層輝きを増していて。しかしその表情はどこか浮かないものであった
「それで、ルビーについてだが……」
「わたし、聞いてないよ。あんな娘入れるなんて」
鋭く突き刺すようにその声は通った
アクアは苦い顔をする。ぱたん、と閉めて一度手帳を胸元にしまいつつ、しかし未だに苦渋に満ちたそんな顔をする
「──アイ」
あかねは濡れる車窓を見ながら笑みを作っていて
そんなあかねにアクアは見ていられない、と目許を抑えていた
「なに? わたしはいらなくなったらポイなの……?」
「アイ……!」
きっ、とアクアは輝く目を向けた。どこか怒りを含んだそんな目であった
あかねはなおも儚い笑みをうかべていて
「わたし、ちゃんと必要とされてた?」
「……もちろんだ。もちろん」
真剣な表情を浮かべながら大きく頷いていた
あかねはしかし、首を横に振った
「わたし、わたし……こんなことなるためにアイドルになったんじゃないよ」
「アイ……それは違う。君は、いつだって輝いていた。これからも君はずっと輝くんだ。しかし、それはルビーや有馬かなと輝くには──君の光は強すぎる」
アクアの涙声が混じったそんな説得だった
ふふふ、と笑われてから体を振るわされてしまって
「嘘吐き」
いっそ軽蔑したかのような目を向けた
あかねの言葉に分かりやすく仰け反ってからアクアの瞳が収縮する
「アイ。君のワガママには何時だって頷いてきた。君も大人にならないと」
「──それも嘘。社長はいつだってそう。もっともっとわたしを甘やかしてよ。わたしを見てよ。わたしは……っ! なんのためにアイドルをしていたの!?」
アクアから求められるように伸ばされた手を叩く
あかねは小さく、自分の両手にすがるように泣いていた
「化粧品が、ない──」
「──あなたは化粧しなくても綺麗なんだからいいよね」
鏡を前にあかねは笑った
そんな顔を向けられてルビーは閉口してしまう
「──その、アイさんの貸してくれませんか?」
「貸すわけないでしょ。そのまま出なさい」
出された手をちらと見てから笑みを深める
歪められたその顔をルビーは真っ直ぐと見据えていた
「……」
二人はしばらく、そうやって睨み合った
「──ねぇ、ルビー。あなた社長とできてるって本当?」
「……誰が、そんなこと」
知りたい? なんてあかねは小首を傾げていて
ルビーは唇を尖らせていた
「さぁ……?」
「社長さんはわたしを拾ってくれた人です。そんな関係じゃ、ない……!」
目を鋭くして両手を拳にしていた
うふふ、とあかねはなおも可笑しそうに笑う
「そうね……可愛そうに。大切にされてるのはこのわたしなのに。勘違いさせちゃったのよね?」
その目が細まって。ルビーの瞳に涙が浮かぶ
あらあら、とあかねは立ち上がってくるりと背を向けた
「ちょっといい加減にして下さいよっ! ルビー……大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう、かなちゃん」
有馬かなが二人の間に割って入って。ふん、とあかねは鼻白んだ
「いいわね、そうやってずっと一生仲良しゴッコしていなさい。そんなことじゃこのわたしを越えることなんか出来ない!」
ほんの少し振り返ってから言い捨てて。ずんずんと歩いていった
大丈夫? と有馬かながその肩を触ってルビーを元気付けていて
「良かったらわたしのを使いなさいよ。ルビー」
輝かしい笑顔をルビーに向けていた
これには潤ませた目を再び輝かせていて
「ありがとう、かなちゃん」
頬に涙を伝えながら笑みを浮かべていた
「教えて。ミヤコさん」
「……」
あかねがぽつり、と溢す。今にも泣きそうなそんな顔だった
クリソベリル演ずるミヤコがデスクで両手を組んでいた
「どうして……どうして、社長やみんなはわたしをよってたかっていじめるの?」
顔は無表情なのに瞳を震わせて、自然と頬に涙が伝う
そんなあかねに。クリソベリルは小さく息を吐いていて
「──ねぇ、アイ」
やっと口を開いて。なんとも残念そうな、大好きなお菓子を待てされている犬のような顔をした
あかねはなおも止めどなく涙を溢していて
「……はい」
ようやく絞り出したかのようなそんな返事をする
「あなたがアイドルになりたかった理由ってなんだったかしら?」
組んだ指を外し、片手を差し出すように広げて見せてから笑みを向ける
クリソベリルのその笑みはどこか確信に満ちていた
「──そんな昔のこと、忘れちゃったよ。ミヤコさん」
「思い出すの」
あかねが甘えたような声を出すが、なおもクリソベリルは厳しく突き放すようにそれだけを言った
「かなちゃんかなちゃん聞いてよー?」
「どうしたのよ、ルビー」
レッスン室にてルビーは有馬かなの二人はTシャツ、ジャージ姿で柔軟していた
「振り付けとかさぁ、全然アイさんみたくならないの」
「──あんた、逆にすごいわね。よくあれだけけちょんけちょんにいじめられて慕えるわ」
そうかなぁ、とルビーは笑みを浮かべつつ。前屈していた
その手はぴったりと脚の先に付く
「そうじゃなくて。単純にファンなんだよね」
「ファン?」
有馬かなと手を繋ぎお互い横に傾く
互いに引き合う形になっていた
「どうあっても星野アイのことは嫌いになれないってこと」
ふぅん、と有馬かなは目を細めてから笑みを浮かべていた
『グループ名はB小町!』
『いいね』 『ヤバーイ!』 『良い名前だねーっ!』
ファミレスにてあかねがそれをいうと弾かれたように色めいた
友情出演の現B小町メンバー三名が声を連ねる
『みんなで。みんなで有名になろうね!』
あかねが満面の笑みでそれを言っていた
「──わたしは、そんなこといってたんだよね。笑っちゃう。そのあげくやることがこれって……」
自宅ベッドで寝返りする
あかねの手にはルビーの化粧品があった
「ああ。本当にわたし、なにやって来たんだろ……」
大きくため息をついてから、ぽい、と上に投げてしまう
その目は細まって微妙な顔をしたうさぎのぬいぐるみに向かう
「──わたしは、みんなに愛されてたのに。どうしてうまく返せないんだろ」
うさぎを引き寄せて抱き寄せる
そのあと丸くなるようになってうさぎを優しく撫でていた
「やっぱり、わたしにはアイドルなんて向いてないんだ」
自嘲したような笑みを向け。ゆっくりと目を閉じた
「──俺がアイに会ったのは、ひょんなことだった。スタバにいくアイに声をかけた。正直最初は良い印象だとは思えなかった」
喫茶店にてアクアの独白から始まり。対面に座るあかねの顔が映った
「アイドル……わたしが? 笑っちゃう話だねぇ。興味ないです」
名刺をみて。小さく笑みを向ける
首をゆっくりと左右に振っていた
「絶対に向いてる」
対してアクアは確信したように溢していた
「わたし、施設の子だし。片親なんだけど小さい頃にお母さん窃盗で捕まっちゃって……人を愛した記憶も愛された記憶もないんだ。そんな人にアイドルなんてできないでしょ」
「良いんじゃねぇの?」
目伏せがちに告白されたそれをアクアは簡単に蹴っ飛ばす
「で、でもアイドルはみんな愛してるとか言ってるじゃん……うまく出来る自信、ないよ」
目を床の方にやっていた。その声は段々と小さくなっていっていて
丁度従業員の歩く脚が見える
「きっとおまえにも出来るさ」
アクアはなおも真っ直ぐと言って。笑みさえ浮かべていた
「──本当に?」
「──おまえは誰にも負けないアイドルになれる。俺が保証する」
小首を傾げるあかねに大きく頷く
そんなアクアに目を輝かせていた
「あなたのアイドル! サインはB!」
(──ああ。嘘吐き。嘘吐きばっかり。わたしがあなたに勝ってるところなんてどこにもありはしない。わたしは誰にも負けないアイドルなんかじゃ、ない。でも、それでも。わたしを推すファンがいるんだ。いてくれているんだ。それなら──答えないといけないよね)
ライブ会場でルビーと有馬かなが踊ってる横であかねの独白があった
その踊りはどこかぎこちない。しかし、ルビーと有馬かながそれに合わせるように踊っていた
「──爆レスをあげる」
(これができるのはわたしだけ。あなたには真似できっこない)
指でハートを作り、それを言いながら愛してる、と唇だけはそう形作られる
ここはとても上手く出来ていた
「あなたのアイドル! サインはB! Chu!」
(みろ、この歓声を。わたしを見る衆目を。あなたはわたしを越えると言った。これを越えることが、本当に出来るのか?)
あかねは空虚に笑っていた。両手を拡げて衆目に対して一礼をして。さらに拍手は強くなった
「わたし、わたし。間違ってましたっ!」
「──は?」
ライブ終わりの舞台袖で。あかねは深く一礼されてしまう
瞳を震わせて動揺してしまっていた
「わたし……ずっとあなたを越えることばかり考えてて。ずっとあなたの上に立つことばかりを考えてて……でも、そうじゃないって。今なら言えるんです!」
ルビーは真っ直ぐと背筋を伸ばした
どこか危険な美しさすら孕むそんな瞳だった
「わたしが……わたしたちが、アイを継ぎます! わたしたちは……あなたの夢の続きになります! それで、それで。納得できませんか!?」
胸元に片手をやってその瞳は輝いていた
「──っ!」
これを聞いて。あかねはついに一歩後退してしまい目が泳いでしまう
思い出すの。そんな声が響いて
『──みんなで有名になろうよ!』
自分で言っていたはずのそんな言葉を忘れてしまったようでいた
(ああ、わたしは──何をしていたのだろう)
目をつむる。笑みを浮かべながら涙さえ流していた
開かれた目はどこか刺がなくなっていて。ルビーは有馬かなと目を見合わせる
有馬かなは涙を浮かべながら、静かに頷いていた
「──本当にあなたって。物好きなんだね」
あかねはその輝く目を向け、手を差し出す
にっこりと微笑んでルビーは頷き。その手を握った