「──なんかわたしたち、ジャパンアイドルフェスに参加できるみたいだよ?」
ルビーがソファーの上でスマホに目を落としぽつり、と溢した
「ジャパンアイドルフェスってあの!?」
MEMはソファーで仰け反ってしまう
目を見開いて信じられない様子であった
「誰からそんなこと……?」
「アイ様から」
すん、とした顔を有馬かなは浮かべた
対するルビーは真顔だった
「──それ終わったらドーム行こうよって。誘われちゃった」
「ど……ドーム!? ええっ!?」
「ず、随分急だね……?」
有馬かなとMEMをぼや、と見ながら。うん、とルビーは頷いていて
「アイ様の引退ライブやるからって……」
二人とも何と言って良いかわからなくなっていた
ルビーも目に涙を貯めていて
「……なんか本当に少しでも伸ばされた手を引き上げてくれるんだって思っちゃって」
「まあ……貰えるものは貰いなさいよ」
「元気だして? ねっ?」
うん、とルビーは目を反らして肩を落としてしまっていた
有馬かなはあっさりと告げ、MEMはその瞳を覗き込むようにして慰める
そんな会話を聞いていたミヤコとクリソベリルが小さく溜め息を吐いていた
「──ねぇ、クー」
「なんですの?」
「あの三人のこと見ててって言ったら見ててくれる?」
クリソベリルは一度PCから目を外してミヤコを見た
複雑そうな顔をしていた
「それはもちろんですわ。お母様」
「──そうね、野暮よね」
再びPCに目を移すクリソベリルを見て、ミヤコは柔らかな笑みを浮かべた
事務所のレッスン室を借りてクリソベリルの前にはルビー、有馬かな、MEMの三人が存在した
白銀の手袋はそのままなものの、Tシャツジャージ姿のクリソベリルがいた
「セェイ!」
「えい!」
やっていることといえば正拳突きであった
三人の声が反響する。やけくそ気味の有馬かながいた
「セェイ!」
「えい!」
クリソベリルに習って綺麗な正拳突きしていた
「てぇ、アイドルに関係あるのこれ!?」
「た、体力つきそうじゃないかな?」
MEMは指先を立てて苦笑いを浮かべる
うーん、と有馬かなは唸っていて
「えいっ! えいっ!」
ルビーただ淡々と正拳突きをしていた
クリソベリルはこれに満足そうに頷いていて
「──ま、まぁやってみる価値はあるか」
「準備運動だと思って軽くやってくださいまし」
うん、と有馬かなもこれには頷いてMEMと並んで三人で正拳突きしていた
「笑顔を忘れず、放つのです!」
「えいっ!」
三人は汗水滴ながら笑顔で正拳突きしていた
ふとクリソベリルの目が時計をとらえる。一時間くらいはやったと大きく頷いた
「──はい、休憩。休憩ですわ!」
ふぅ、とクリソベリルはやや息を整えて手の甲で汗を拭いて三人は各々の水筒で水分補給をしていた
「如何でしたでしょうか? ストレス発散になりましたか?」
「思ったよりかはスッキリしたわね?」
「うん……悪くはなかったかも」
有馬かなに振られるとMEMは顎に手を添えながら答えていた
そうですの、とクリソベリルは笑みを浮かべていて
「ほんの少し迷いが晴れたよ。クー姉さん」
「心の整理をする分には武道は画期的ですの」
ふぅん、とルビーは頷いていて。そんな姿にクリソベリルは懐かしさすら感じていた
もうすぐに疲れてしまうルビーはいない、とどこかで安心していた
「しかし今は振り付けを覚えることが最重要ですわね」
クリソベリルはノートパソコンに小型スピーカーを繋げて、壁を背に座り込んだ
三人は顔を見合わせると誰がともなく頷いて鏡に向かった
「──どう? クー姉さん?」
「……。ルビーちゃん、まさかあなたはすべて覚えてらっしゃるのですか?」
まっ、まあね。とやや頬を染めながら掻いていてクリソベリルは感心したように頷いていた
「躍りながら歌うって本当に大変ね。どっちかにしてほしいわ」
「結構動くからね。これにファンサービスも考えないといけないから──」
MEMは人差し指を唇近くにやって考え込んでいた
ふーむ、とクリソベリルは唸っていて
「一旦音楽無しでやってみましょうか? わたくしが拍手でリズムを取ります」
「──そんなことできるの? クー姉さん」
「それくらいでしたら全然出来ますわ」
クリソベリルはスマホを起動してコードレスのイヤホンを片耳に着けてから手袋を外して立ち上がった
よし、とルビーとMEMは鏡の前に向かう。それにほんの少し遅れて有馬かなはその背を追った
「──二曲目のサビ前さ! 上手側からぐるっと回ってみるとか!」
「いいかも!」
マンションの寝室のような事務所の仮眠室でルビーとMEMはノートを広げて興奮したように指差していた
躍りをアレンジする案を二人で出しあってるようであった
「──はぁ」
そんな二人を見て有馬かなはあからさまに溜め息をついていて端でスマホ片手に真剣な表情を浮かべるクリソベリルに目をやっていた
「で。あんたはなにやってるの?」
「──先ほどみなさまで踊ってらっしゃったでしょ? 撮っておいてまして」
あー、と有馬かなは横から覗く
それを確認するとクリソベリルは自分の端末をあっさり有馬かなに渡してしまった
「──ちょっと。ベルさん?」
「自分の背中ほど気になるものはないでしょう?」
微笑みを向けていて。全く、と有馬かなは目を細めて端末に目を落とし顎に手を添える
クリソベリルはその姿に満足そうに頷いた
「──あっ、あっ。どうしよう!?」
有馬かなが涙目で端末を指差す。なにかと見たら“星野愛久愛海”の表示がされていた
クリソベリルは一度瞬いてから通話を押して、端末を返してもらった
「はい。こんばんはアクアくん」
「ああ──その、うまくやってるのかなって」
うーん、とクリソベリルは唸る
電話口から困惑する雰囲気があった
「ちょっと変わりますわね」
えっ、わたし? と有馬かなは自身を指差す
半ば端末を押し付ける形でクリソベリルは渡してしまった
「も、もしもし? アクア……? そうよ、わたしよ。悪かったわね!?」
ふっ、とクリソベリルはいっそ笑ってしまって
会話を聞くのは悪いと、お花を摘みにと言付けてクリソベリルは逃げるように部屋を後にした
「あっ、クー姉さんおかえりー」
「お、おかえりなさい」
事務所でお茶を飲むなり時間を潰してしばらくして部屋に戻るとルビーとMEMから目を向けられる
戻りました、とこれには簡単に答えていて
「──い、いや。どこまでいったのよ。ベルさん」
「ごめんなさい。ここにはわたくし専用トイレがありますの」
へぇ、と有馬かなは目を細めていて。実は嘘は言っていないクリソベリルは笑みを深めていた
しっかりと端末は返してもらい、ヨシと頷く
「──その、待ち受け見ちゃった。ごめん、ベルさん」
「別に減るものではないですから良いのですよ」
クリソベリルの端末の待ち受けはクリソベリルによく似た顔をした母と柔和な顔をした筋骨隆々な父の一枚である
結婚式での一枚のようで二人とも正装をして腕を組み、カメラに向かって幸せそうな笑みを浮かべていた
「──アクアくん、なんて仰ってました?」
「その……あまり会話続かなくて」
「そう。それは残念ですわね」
クリソベリルは端末を片手にじっ、と見つめていて
有馬かなとしてもどこか気まずそうであった
「──ルビーちゃん。わたくしはわたくしの部屋で寝ますわね? また明日」
「うん。ありがとね、クー姉さん!」
はい、とクリソベリルは頷いてから有馬かなに背を向けて歩いていく
「ちょ、ちょっと……別に良いじゃない、ベルさん」
その背を追いかけて扉まで来ていて。クリソベリルは小さく息を溢す
「──ほんの少し用を思い出しました、かな先輩」
「かな先輩やめなさい」
そうですの? と一旦振り向いて笑みを向けていて
むっとして有馬かなは腕を組んでいた
「なによ。用って……?」
「──大丈夫。大したことはありませんわ」
クリソベリルは片手を広げてそう言い残すと扉を開けて後ろ手で閉めた
端末を操作して耳に当てる。ワンコール、ツーコールとかかって出た
「もしもし。アクアくん?」
「──酷いな、クリソベリル。有馬結構困ってたぞ」
ふっ、と笑ってしまって。クリソベリルは後ろに目をやる
扉に気配がするのを察した
「アクアくんはかなちゃんが好きですか?」
「──どうして?」
「そうですの、そんなに情熱的に思ってらっしゃるのなら……言って差し上げたらよろしいのですのに」
「マジか……」
どたどた、として扉からの気配が無くなる。アクアはなにかを察して唸っていた
それを確認してからクリソベリルは歩き出した
「撒いたか? クリソベリル」
「ほんの少ーし卑怯な手でしたが」
「──有馬への言い訳考えといてくれ」
わかりましたわ、とこれには笑みを浮かべる
ふぅ、とアクアはわかりやすく溜め息をついていて
「それで、アクアくん。なんの用だったのでしょうか?」
「実はあかね伝いにあいつのこと探ってて……わかったことがあるんだ」
「──それ、やめてくださいまし。すぐにでも」
電話口のアクアは沈黙していた
クリソベリルは目を鋭くさせてから言い聞かせる
「危険がすぎます」
「──俺が、止めないと」
「いいえ、わたくしが止めますわ。アクアくん」
アクアはやはり沈黙していた
クリソベリルの自室の扉に手をかけて開ける
「アクアくん……気になるのはわかりますわ。よくわかります。わたくし、行動をするなとは言いません。しかし愚かな行動は控えるべきです」
後ろ手で扉を閉めて鍵を掛けた。これで母か父以外は入れない
「あーちゃんだけではありません。アクアくんやルビーちゃんの身になにかがあっても終わりなのですから」
「──そう、かもしれないけど」
そうです、とクリソベリルは強く告げていて
アクアはやはり溜め息を吐いていた
「あかねさんにも説得を。あまり詮索してはいけません。わかりましたね?」
「……ああ、わかった」
アクアはそれだけ言うとやはり黙り込んでしまっていた
「……今から帰りですの?」
「ああ」
簡単に答えてくる。そうですの、とクリソベリルは笑みを作った
「お疲れ様でした。愛してますわ、アクアくん」
「うん……ありがとう、クリソベリル」
恒例の挨拶をした後、通話を切る。すっと目を細めてクリソベリルは顎に手を添えた
今はまだ動けませんか、とだけ呟いていた