おしのこ!   作:すさ

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三文芝居

──天才的なアイドル様!

 

 ドーム会場の観客席最後方に座り、逸る思いを抑えた

 ──十年。いや、それ以上待った。思えばいつだってアイを殺してやれたはずだった

 しかし、そうじゃなかった。あいつはアイになついて犬のようにずっとずっと付きまとった。年がら年中、狙ったかのようにその後ろにいた

 いや、よそう。今夜そのアイも終わる。殺す時はアイのことを考えて殺すべきだ

 

「──今、殺してあげるからね」

 

 アイとルビーの共演。天才と天才の共演。こんなステージで死ねたらどんなに、どんなにあの娘は喜ぶだろう

 ぼくにはここしかない、と思った。チャンスは何度も逃したけれど、無理を通すのはここだと思った

 準備にも苦労させられたが、それ以上に得るものは大きいはずだ

 確認しようと内ポケットをまさぐる。最後となる確認作業だった

 きっと良い声で啼いてくれるだろう、なんて思っていて。ぼくは心底彼女のことを──

 

「ちょっとよろしいですの?」

 

 立ち上がろうとして肩を叩かれた。貴族令嬢服の女が背後に立っていた

 どうして? とまず思った。今はライブの真っ最中だ。これに見とれないわけがないと考えてから無心でまさぐっていたものを握って女へ構えた

 

「そんなものどこで手に入れましたの?」

 

 すぱぁん、と拳銃を叩かれて。片手を取られてから景色が逆転して背中から叩きつけられた。なんとか意識を保ったが片腕が極められてめしめし、と骨の悲鳴が聞こえる

 どうやっても脱出できそうもない怪力だった。わけがわからなかった

 

「あっ。警察さんですの? 銃を持った男に襲われたんですの。来てくださいまし。いえ、いたずらではありません。真面目な話で──」

 

 目が見開かれて栗色の瞳が震える

 端末が落ちて貴族令嬢衣装が赤く染まった

 

「アイとぼくの邪魔をするからだよ」

 

 そいつは女の耳元で告げると押し込んだナイフを捻った

 ぐっ、と歯を食い縛り口の端から血を流していた

 

「──これは……うっかり。しましたわね」

 

 ナイフを引き抜くと女が倒れて。ああ、とそいつは血塗れの手を見ていた

 

「こんなにも軽い命はない──」

 

 観客の悲鳴があった。いっそ嘲るようにそいつは笑っていた

 狂ってる。そいつには狂っているぼくでさえ狂っている、と漏らすよりほかになかった

 

 

 

『クリソベリル』

 

 クリソベリルにとってその人は父だった。厳格ながら甘さが抜けきれず、たまにぶつかってもくれる。そんな父だった。本当に父親であろうとしてくれていた

 

『クー?』

 

 クリソベリルにとって。その人は母だった。唯一無二の存在だった。働き者で家族愛があって、最愛の母だった

 

『クーちゃん』

 

 クリソベリルにとって。その星との出会いは希望に満ち溢れたものではなかった

 こちらから手を差し伸べる勇気はなかったし、結局手を差し伸べられてる始末だった。どこかで情けないと思っていた

 

『クリソベリル』

 

 クリソベリルにとって。その星との出会いは心温まることではなかった

 磨き抜かれた剣のようだ、と思っていた。父親の顔を見て信じられなかった。全然似ていないとすら思ってしまった

 

『クー姉さん』

 

 クリソベリルにとって。その星との出会いは決して優しさに溢れたものではなかった

 眩しい笑顔を受け継いでいてきっと何もしなくても人に愛されていくことだろうと思っていた。人の悪意に触れることなく一生を過ごしてほしいと願っていた

 

『こんなにも軽い命はない』

 

 ──こいつを殺したい。殺してやる

 そんな激情にかられたのはこの男に対してだけだった

 

『クリソベリルちゃん。どうして簀巻きにしてる人なんて作ってるの?』

 

 それは或いは運命のイタズラだったのかもしれない

 ほんの少しでも掛け違えば彼女と交流を深めることすらなかったのかもしれない

 

『──ねぇねぇ。この子達どんな大人になると思う?』

 

 その娘は産まれた双子を抱いて心底喜んでいて。クリソベリルの激情はどこかに消えていた

 

『……わたしはねぇ、幸せになってほしいなーって。ただそれだけなんだぁ』

 

 きっと、とその娘は言っていて

 

『きっと大丈夫だよね、クーちゃん?』

 

 だからわたくしはあの時そうですわね、なんて言えたんでしたっけ。そんなことを思い出していた

 

──誰もが信じ崇めてる、まさに最強で無敵のアイドル!

 

 会場の熱量はより一層高まっていた

 異変に気付いた観客は席から立ってなるべく離れたところからスマホを向けている

 

「──バ、バケモノ」

 

 誰が呟いたか、もはやわからなかった

 ふらり、とクリソベリルは立っていた。血塗れになった腹を抑えて虚ろな瞳ながら立っていた

 

「ひ、ひぃい!」

 

「……ひとり、逃がしましたわね。まぁ、問題ないでしょう。用があるのはあなたですわ」

 

 クリソベリルは血で濡れた手袋で指差していた

 自分でも驚くほど頭が冴えていた

 

「ぼくは……読んでいた。おまえが邪魔に来ることを完璧に読んでいたのに……!」

 

「あなたが読んでいたというのならば。わたくしはあなたが読んでいたことを読んでいました。あなたはとても臆病でしたが……ついに尻尾を出してくれましたわね」

 

 ずり、と一歩一歩命を削る度にそいつは後退していった

 どうして逃げるんですの、と呟いていて

 

──唯一無二じゃなきゃイヤイヤ! それこそ本物のアイ!

 

「はっ。はは、はははっ! おまえ。おまえ、おまえが──! おまえさえいなければ!」

 

 どうしたんですか、とそんな二人の様子を見た警備員が駆けつける

 そいつは壁まで追い込まれて泣きながら笑っていた

 

「へぇ。演技下手ですわね」

 

 警備員を一瞥してから、わたくしの方が余程うまいと続けた

 クリソベリルはなおも距離を詰めていて

 

「──でも、そうですわね。あなたに理不尽を感じる権利はありますわ」

 

 す、とクリソベリルは目を細めていた

 瞳が割れているように見えてただ単に瞳が輝いているだけだった

 そいつは尻餅をついてしまった。言うなればそれは熊を相手取った感覚に似ていた

 

「わたくしって時々とても良い夢が見れますの。例えばあなたが警備員に拘束されている夢ですとか」

 

「うるさい。うるさい。うるさいうるさい!」

 

 首を大きく左右に振った。ありえない。そんなことはありえないと拒絶していた

 まぁ、とクリソベリルは笑っていて

 

「わたくしたちにはいっそぴったりの幕引きですわね」

 

 かたかたと震えていた。寒くもないのにそいつは歯をカチカチとしていた

 さて、とクリソベリルはそいつの前に立って拳を振り上げた

 

「わたくしがあなた相手に加減できるのか。試してみましょうか」

 

「──ふざけるな。アイは。アイはぼくのものだッ! ぼくが綺麗に殺さなきゃ。今殺してやらなきゃ……アイは。ぼくの、邪魔をするなあぁっ!」

 

 そいつは眼を今一度妖しく光らせる

 しかし、その声はやはり震えていた。赤子のように震えていた

 人生の最後においてもアイを思う。或いは、とクリソベリルは静かに目を瞑った

 

「ぶふっ!」

 

 拳を平たく変えて顔を一撃する

 

「わたくし、あなたのこと少し誤解していたのかもしれませんわね」

 

「げあっ!」

 

 倒れたところを腹めがけて片足を振り抜く

 もっと憎たらしいかと思っていたところはあった

 

「話せて良かった」

 

 口に血を滲ませるそいつの脇腹に脚を置いた

 その目は淀み未だにぎらぎらと光沢を放っている。醜い、とただそれだけ思った

 

「あなたになくてわたくしにあるものが今、わかりましたわ」

 

 鋭くなった目はいつの間にか柔らかくなり

 獣にありそうなそんな目ではなくなっていた

 

「──どうして。どうしてぼくからアイを奪う。どうして……? アイは、結局アイはぼくを選んだ。これは変わらない。変わらないのに。ははっ、あははは……!」

 

 一人が応援を呼んだらしく二人の周りを警備員が取り囲む。そいつは腹を抱えて笑っていた

 す、とクリソベリルは少し目を細めてから脚を退けた

 

「それは誰の真似事ですの? 刺された箇所痛いですわ」

 

「アイは……ぼくだ。ぼくにしかアイは愛せない」

 

 あはは、と涙を流しながらそいつは笑っていて。もはやクリソベリルの目からは憐れみしか浮かばなかった

 ただ、歓声だけを聞いていた

 

「……ストーカー役ならピッタリですわね。二番煎じにはなりますけれど」

 

 大きな溜め息と共に吐き捨ててやるとそいつは歯を食い縛っていた

 

「──今でしたら、たかがわたくしを刺しただけですわ。わかったらしっかりと真面目に罪を償いなさい。そうしたら、あなたの大好きなそのなんとかとかいう方ももう一度笑顔を向けてくれるかもしれません。孤独なあなたにも平等に……愛を分けてくれるかもわかりません」

 

 最後にクリソベリルは後退りをした

 そいつは警備員に一斉に取り囲まれる。アイ、と叫んで身をよじり抵抗したが警備員はこれを許さなかった

 

「ああ、そうでした。そうやって償ったあとでしたらわたくし……いつでも相手になりますわ。正直全然殴り足りませんも、の」

 

 そうして拘束されたのを見届けてから、がくりと膝をついた

 救急車、という声が遠くから聞こえた

 

『みなさんに大切なお知らせがあります──』

 

(ああ、申し訳ありません。わたくしもダメンズ好き移ったのかも……? 不覚ですわ)

 

 警備員に連れ去られるそいつの笑い声と推しの声が脳に響く

 体に力が入らない。しかし、こうなることをどこかで悟っていた

 

『わたし、星野アイは──』

 

(──後悔はありませんわね、不思議と)

 

 アイちゃん、という涙声が混じるような歓声が聞こえる

 目に浮かぶのはどれも笑顔ばかりだった。それらに見とれて間抜けにも口を開いてしまっていた

 

(もし万が一あなたが地獄に落ちたとしても──わたくし、絶対推しますわね)

 

 ぼやける視界の中で一人の笑顔を見つけた。クリソベリルはそっと笑みを向け最後にゆっくりと目を閉じた

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